宝石少年の旅記録

小枝 唯

文字の大きさ
上 下
68 / 210
【宝石少年と2つの国】

眠るドラゴン

しおりを挟む
 埃は少なくとも、窓が1つしかないせいか湿気がある。カラクリなどの整備に使われる道具もあるのか、鉄臭さも鼻を突いた。しかし足が進むごとに、ルルは確実に別の香りも嗅ぎ取っていた。それは微かに残った獣の香りと、強い宝石の香り。
 ギィギィと足が木板を踏む2つのうち、ベリルの音が止まり、遅れて立ち止まる。

「これだ。ドラゴンの剥製」

 そこに居たのは漆黒のドラゴンだった。見上げるほどの大きな体を、鋭い爪が伸びる四肢が支えている。威厳ある顔が2人を静かに見据え、呼吸の音が幻聴で聞こえてきそうだった。
 傾き始めた日差しに照らされる艶やかな翼や体は、とても良く手入れされている。まるで今にも飛び立ちそうだ。動いていない方が奇妙と思えるくらい、そこに居るだけで迫力がある。この圧倒的な存在を、人間はどうして架空に出来るのだろう。ルルは確かに、そこにドラゴンが居ると分かった。

「触るか? せっかくだしな。慎重にな?」

 ルルは許可が出ると同時、引き寄せられるようにそっとドラゴンの顔に触れた。日を背にする1人と1匹の姿がどこか絵画の様で、ベリルは眩しそうに目を細める。
 青い指先が、彼の色を含んだ『虹の瞳』を撫でた。

「珍しいだろ。あ、そういえばルルの名前の由来って、その石から来てるんだな?」
『凄い……』
「へへ、親父の最高傑作なんだぜ。まぁ継ぎ合わせだから、臓器の種類とかバラバラだけどさ」
『ううん。合ってるよ』
「へ?」
『合ってる。羽も、心臓も、目も、臓器も…………全て……この子の物だよ』
「ルル……?」

 ベリルはそれがどういう意味なのか分からず、ポカンとする。しかしルルは彼が理解していないのも構わない。自分の倍以上あるドラゴンを抱きしめるように、腕を精一杯に広げ、大きな顔に身を預けた。
 かつて、人間のせいでバラバラになったドラゴンは、人の手によって再び繋ぎ止められた。そして待っていたのだ。永い眠りから覚めるために、凍った心臓を溶かす者を。自分を起こしてくれと、その圧倒的な存在感で訴える。
 今まさに、心臓が小さく脈を打ち始める。

『この子は、生きている』

 ルルは脈動に目を閉ざし、閉ざされた口元に口付けする。ただ眺めていたベリルはその時、息を飲んで目を疑った。鋭い虹の目がこちらを向いた気がしたのだ。いいや、確かに目が合った。
 次の瞬間、畳まれていた翼が蕾から花開く様に広げられる。その風圧で屋根を支える柱に亀裂が入り、重たい筈の道具が埃と一緒に飛び交った。ベリルは吹き飛ばされそうな力に本能的に怯んだが、ドラゴンの傍にルルが居る事を思い出して駆け出した。

「ルル!」

 ベリルは、強風の中では折れてしまいそうな彼の体に腕を回すと、かぶさるようにして庇う。
 ドラゴンは真っ白な牙を持つ口を開くと、目覚めた事を歓喜する様に低く吠えた。その声は空気を震わせる。そして2人の真上で翼をはばたかせると、そちらを見向きもせず、窓を突き破って外へ飛び出した。
 ベリルはドラゴンを追って、ボロボロになった窓枠に身を乗り出す。しかしその姿はあっという間に小さくなっていた。せめてと、全身で風を受け止めて空を行くドラゴンを、金の目に焼き付けようと見つめた。彼は呼吸すら忘れ、ドラゴンが見えなくなってもずっと空を見ている。

「……飛んだ」

 ルルは驚愕のせいかやっとの思いで起き上がり、ポツリと呟かれた声で自分のを思い返す。何故急に動き出したのか。どうして自分が、ドラゴンが生きているのだと判断出来たのだろう。まるでそうするべきと決まっていたかの様に、体が動いたのだ。
 しかしそこまで考えていくらか冷静さを取り戻すと、喉からヒュッと音を出した。ベリルから大切なものを奪ってしまったと気付いたのだ。いくら無意識だったとは言え、そんな事は関係ない。ドラゴンは彼の父親の最高傑作であり、宝物であり、そして形見なのだから。どれだけのルナーを払っても代わりなんてない。
 風圧でズレていた仮面が外れ、フードが頭から取れる。ルルはそれも構わず、ベリルの元へ走って彼の背中に思わず抱き付いた。

『ベリル……ごめんなさい、僕』
「ルル、見たか?!」
『え?』

 ベリルは振り返ると、怒りを示すどころか力強く抱きしめてきた。ルルはされるがまま、彼の感情が昂っている理由が分からず、キョトンとする。

「見たよな! ドラゴンが飛んだの!」

 ベリルは声を震わせ、抱きついていたと思えば体を離し、肩をがっしりと掴む。明らかとなったルルの姿に気付かないほど、彼は興奮していた。

「見たろ?! 生きてたんだ、本物だったんだっ! すげぇよ!」
『か……悲しく、ないの? 行っちゃったんだよ……?』
「全然! 生きた姿を見れたし。それに生きてるんなら、自由に空を飛んだ方がいいだろ? それにしたって最期、親父は本物を作ったんだ。やっぱ俺の誇りだぜ!」

 ルルはゆっくり瞬きをして、彼が落ち込んでいないと頭で理解すると、ホッと胸を撫で下ろした。

「──って、あれ? ルル、その格好」
「!」

 まだ興奮収まらない様子だったが、彼の目がようやくルルを正確に映した。本人もその言葉で姿を晒している事に気付く。ベリルはドラゴンと瓜二つな虹の瞳を、信じられないと言ったように見つめていた。

「お前、まさかっ」
『あ、えっと、隠してて、ごめんね。僕』
「しゃがめ!」
「っ?!」

 オリクトの民なんだと言おうとした時、頭が手で押さえられて床に伏せる。ベリルは周囲を警戒し、窓からルルをそのままの姿勢で離れさせた。

『ベリル?』
「しっ! とにかく下に行って話すぞ」
「……?」

 低く潜められた声に、ルルは何も言わずに従って彼の自室に戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...