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【宝石少年と旅立ちの国】
死が近い宝石
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しかしそれを、外から見ていた人物が居た。その人物は彼らの行動を訝しみ、足音と気配を消してそっと近付く。何か別の物に注意を払っているその背中はやがて、手を伸ばせば触れられる距離になった。
「……おい」
「!」
「っ!?」
突然の低い声に、神経を研ぎ澄ませていた2人は大袈裟に見えるほど、ビクッと体を跳ねさせた。
緊張に一瞬でも止まったのではないかと疑いたい心臓は、いつもの倍以上にドクドクと脈打ち始める。しかしバッと勢い良く振り返ると、2人の竦んだ肩から力が抜けた。
「ク、クーゥカラット。なんだ、お前かぁ……外を見回ってたのか?」
『心臓、止まった、かも』
「俺も驚いたぞ。こんな所で何してるんだ? クリスタは休みだし、ルルには留守を頼んだんだが」
「ま、まぁちょっと用事があってね。な? ルル」
『ん、うん。用事』
クリスタとルルの様子は、誰が見ても挙動不審だ。クーゥカラットは腕組みをしてじーっと品定めする様に見たが、仕方無さそうに溜息を吐く。
まぁ2人の事だから、悪巧みなんてものは考えはしないだろうと諦めた。
「それで、ここには何の用だったんだ?」
「あぁいや、ここは通りかかっただけなんだ」
『宝石の香りがして、気になったんだ。なんだか……強い香り、だったから』
「宝石の香り? あぁ、そうか。この下には、前に話した国宝が保管されているんだ」
『国宝……? 宝石なのは、分かるんだけど……少しね、不思議な香りなの』
「不思議、か。ちょうどいい、下へ降りてみるか」
『大丈夫、なの?』
「ああ、いずれ見に来ようとも思っていたしな。みんな外へ出ているから、今のうちにな」
国宝は名前の通り古くから存在する国の宝石で、無くてはならない心臓部。滅多に一般公開される事はないが、定期的な管理のため、五大柱の彼らは入る事を許されていた。
塔の中は天井が高いからか、外見よりも開放感があった。背の高い本棚が壁に取り付けられ、中央には5人分の机がある。更に奥には月桂樹の模様を中心に、少し大きなひし形のシトリンが埋め込まれた大きな扉があった。
ルルは2人とその扉の前に立つと、膨らんでいる模様を手でなぞった。
「月桂樹っていう植物の模様は、アヴァールの象徴なんだ」
『ここからも、宝石の香りする。凄く小さくて、仄かに……だけど』
「ああ、建物には魔除けとして、材料の中に宝石も混ぜられているんだよ。特に扉や窓にはね」
クリスタはクーゥカラットへ視線を向ける。彼は頷くと胸に下げた国石を、扉のシトリンに翳す。ペンダントヘッドが淡く光を纏ったかと思うと、それと扉の国石も共鳴して眩しく輝いた。
扉は叫びにも似た重い音を立てて口を開け、3人を迎き入れた。
中に入ると扉は自然と閉まり、壁に付けられた炎が仄暗く灯る。扉の中は下に続く螺旋階段の入り口があり、どこまであるのか覗いても底が見えない。
「ルル、ここからは長く階段だ。足元に気を付けるんだぞ」
『うん』
ルルは差し出されたクーゥカラットの手を握り、もう片手で壁を伝いながら階段を降りた。
「クリスタ、本当の用事は何だ?」
「あとで分かるさ。ほら、階段危ないから前を見ろって」
「まったく」
クーゥカラットははぐらかされた事に小さく息を吐き、クリスタはなんとか尋問から逃れようと顔をそらす。
ルルはそのやりとりが可笑しくて楽しく、口角が小さく上がっていた。
ようやく長い階段は終わり、安定した広い床に足が着いた。そこはとても単調な場所で、中央に大きな柱があるだけの空間だった。
ルルは周囲を見渡す事はせず、透明なガラスで守る様に作くられたその柱に迷わず歩み寄る。柱との距離が縮むたび、色鮮やかな宝石の耳は小さな雑音を拾い始めていた。
「香りで分かるんだな。それがアヴァールの国宝だ」
ルルはクーゥカラットに応えず、仮面を取ると、中心に置かれたシトリンを食い入る様に見つめた。
国宝は思った以上に小さい。話で聞いた限り大きな物を想像していたが、本来は手の平に収まりそうな程度だった。
「ルル?」
何も言わない彼に、2人は不思議そうに顔を見合わせて首をかしげた。
普段からルルが見ている世界は、いつも何も存在しない。それなのに今、彼はシトリンが視えている。
(違う。見えてない。でも……何でだろう、これがあると、ハッキリ分かる。どんな状態なのかも。今……これが、もうすぐで『終わりそう』なのも)
ルルはそれを自分の中で呟いた瞬間、底知れない虚無感と恐怖に襲われ、背筋をゾッと震わせた。
この宝石が、どんな鉱石よりも強い力を秘めているというのは、確かに分かる。しかしその中に、縋り付いてくる様な悲鳴が混ざっているのだ。
(さっき、外で聞いた、音だ。僕を……呼んでる?)
ルルは本能的に、これを手に取らなければならない気がした。
だがその助けの声と見知らぬ『終わり』は、彼にとって恐ろしく、心には恐怖だけが植え付けられる。伸ばされかけた手は国宝に触れる事無く離れた。
クーゥカラットとクリスタはルルの体がふらりと不安定に揺れた事に気付き、急いで走り寄った。
「どうした、大丈夫か?!」
「ルル!」
『…………僕』
震えた手から仮面が零れ落ち、ガチャンという音が部屋全体に大きく響き渡った。
クーゥカラットがルルの肩を支えようと手を添えると、彼はこちらを見上げた。その不安そうな虹の瞳は、シトリンの色を取り込んで、黄金色が濃く混ざっている。
『僕……この宝石、怖い』
「え…?」
『……嫌い。怖い……っ』
ルルは彼の胸元に顔を埋め、目を固く瞑る。クーゥカラットは困惑しながらも、震える体を抱きしめながらクリスタへ視線を向けた。
「分かった、大丈夫だルル。すぐにここから出よう。クリスタ」
頷いたクリスタが目を閉ざし、他には聞き取れないほど小さく言葉を口ずさむと、3人の足元に白い魔法陣が現れる。線が淡く輝いた瞬間、全員の姿は光に包まれて消えた。
ルルはクーゥカラットが仕事机として使っている席に座り、乱れた呼吸を落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた。クリスタのテレポートのおかげで、すぐあの異様な恐怖から逃れられた。
「大丈夫か……?」
『うん……もう、大丈夫』
「一体、何があったんだ?」
そう尋ねても、クーゥカラットたちの頭に答えが返ってくる事は無かった。何か言いたげだったのだが、虹の目は閉じられる。
『よく、分からない。ただ、怖かったの。とても。ごめんね、でも、もう大丈夫。何ともないよ』
「……分かった。それでも、話したくなったら言ってくれ」
ルルはクーゥカラットの静かな声に、視線を下に落としながらもコクリと頷いた。
先程までまるで、砂嵐の様な雑音が聴覚を邪魔していたが、それは国宝から離れたからか消えていた。素直に音を届ける宝石の耳は、塔の外からこちらに来る数人の足音をルルに伝える。
『誰か、来る?』
2人は壁に掛かった大きな時計へ顔を向けた。どうやら階段を降りるだけで、だいぶ時間を食ったようだ。外に出回っていた五大柱の3人が帰って来たのだろう。
「関係者以外が見つかったら少し厄介だ。ルル、すまないが帰れるか?」
『ん、大丈夫だよ。それに、まだ用事も、終わってないから』
「本当に大丈夫か……? あまり無茶をするな。クリスタ、頼んだぞ」
「ああ。ルル、気分が悪くなったらすぐに言うんだよ?」
『うん』
クーゥカラットは出口に出て周囲を見渡し、まだ見える距離には誰も居ない事を確かめる。ルルとクリスタは馬小屋に移動して馬に跨り、見送る彼へ別れを告げた。
馬に合図を送ろうと思った時、クリスタは「そうだ」と呟くとクーゥカラットへ振り返る。
「今晩もまっすぐ帰ってこいよ」
「なんだ、用事と関係あるのか?」
「あとでのお楽しみだ」
ここでもまだ意地悪そうに笑って隠し通す彼に、クーゥカラットも呆れに寄った笑みを浮かべて頷いた。
「分かったよ、早く帰る。それじゃあ、気を付けてな」
『クゥも』
「ああ」
ルルは手を軽く挙げるクーゥカラットに振り返し、クリスタの腰に腕を回す。クリスタはそれを合図に手綱を引き、馬を塔から走らせた。
人々の賑わいと馬の足音を聞きながら、ルルは先程の国宝を思い出していた。忘れたいのに脳裏に焼き付いて仕方がないのだ。
けれどこれからクーゥカラットへのプレゼントを選ぶのだから、こんな気持ちではいけない。今はこのモヤモヤを忘れよう。楽しい気分でなければ良い物なんて見つけられないのだから。
それに、頭の霧を取り払えばきっと、この不確かな不安も確かになってくれる筈だ。そうしたらちゃんと、彼らへ話そう。
ルルはそう言い聞かせ、目をぎゅっと強く瞑った。
「……おい」
「!」
「っ!?」
突然の低い声に、神経を研ぎ澄ませていた2人は大袈裟に見えるほど、ビクッと体を跳ねさせた。
緊張に一瞬でも止まったのではないかと疑いたい心臓は、いつもの倍以上にドクドクと脈打ち始める。しかしバッと勢い良く振り返ると、2人の竦んだ肩から力が抜けた。
「ク、クーゥカラット。なんだ、お前かぁ……外を見回ってたのか?」
『心臓、止まった、かも』
「俺も驚いたぞ。こんな所で何してるんだ? クリスタは休みだし、ルルには留守を頼んだんだが」
「ま、まぁちょっと用事があってね。な? ルル」
『ん、うん。用事』
クリスタとルルの様子は、誰が見ても挙動不審だ。クーゥカラットは腕組みをしてじーっと品定めする様に見たが、仕方無さそうに溜息を吐く。
まぁ2人の事だから、悪巧みなんてものは考えはしないだろうと諦めた。
「それで、ここには何の用だったんだ?」
「あぁいや、ここは通りかかっただけなんだ」
『宝石の香りがして、気になったんだ。なんだか……強い香り、だったから』
「宝石の香り? あぁ、そうか。この下には、前に話した国宝が保管されているんだ」
『国宝……? 宝石なのは、分かるんだけど……少しね、不思議な香りなの』
「不思議、か。ちょうどいい、下へ降りてみるか」
『大丈夫、なの?』
「ああ、いずれ見に来ようとも思っていたしな。みんな外へ出ているから、今のうちにな」
国宝は名前の通り古くから存在する国の宝石で、無くてはならない心臓部。滅多に一般公開される事はないが、定期的な管理のため、五大柱の彼らは入る事を許されていた。
塔の中は天井が高いからか、外見よりも開放感があった。背の高い本棚が壁に取り付けられ、中央には5人分の机がある。更に奥には月桂樹の模様を中心に、少し大きなひし形のシトリンが埋め込まれた大きな扉があった。
ルルは2人とその扉の前に立つと、膨らんでいる模様を手でなぞった。
「月桂樹っていう植物の模様は、アヴァールの象徴なんだ」
『ここからも、宝石の香りする。凄く小さくて、仄かに……だけど』
「ああ、建物には魔除けとして、材料の中に宝石も混ぜられているんだよ。特に扉や窓にはね」
クリスタはクーゥカラットへ視線を向ける。彼は頷くと胸に下げた国石を、扉のシトリンに翳す。ペンダントヘッドが淡く光を纏ったかと思うと、それと扉の国石も共鳴して眩しく輝いた。
扉は叫びにも似た重い音を立てて口を開け、3人を迎き入れた。
中に入ると扉は自然と閉まり、壁に付けられた炎が仄暗く灯る。扉の中は下に続く螺旋階段の入り口があり、どこまであるのか覗いても底が見えない。
「ルル、ここからは長く階段だ。足元に気を付けるんだぞ」
『うん』
ルルは差し出されたクーゥカラットの手を握り、もう片手で壁を伝いながら階段を降りた。
「クリスタ、本当の用事は何だ?」
「あとで分かるさ。ほら、階段危ないから前を見ろって」
「まったく」
クーゥカラットははぐらかされた事に小さく息を吐き、クリスタはなんとか尋問から逃れようと顔をそらす。
ルルはそのやりとりが可笑しくて楽しく、口角が小さく上がっていた。
ようやく長い階段は終わり、安定した広い床に足が着いた。そこはとても単調な場所で、中央に大きな柱があるだけの空間だった。
ルルは周囲を見渡す事はせず、透明なガラスで守る様に作くられたその柱に迷わず歩み寄る。柱との距離が縮むたび、色鮮やかな宝石の耳は小さな雑音を拾い始めていた。
「香りで分かるんだな。それがアヴァールの国宝だ」
ルルはクーゥカラットに応えず、仮面を取ると、中心に置かれたシトリンを食い入る様に見つめた。
国宝は思った以上に小さい。話で聞いた限り大きな物を想像していたが、本来は手の平に収まりそうな程度だった。
「ルル?」
何も言わない彼に、2人は不思議そうに顔を見合わせて首をかしげた。
普段からルルが見ている世界は、いつも何も存在しない。それなのに今、彼はシトリンが視えている。
(違う。見えてない。でも……何でだろう、これがあると、ハッキリ分かる。どんな状態なのかも。今……これが、もうすぐで『終わりそう』なのも)
ルルはそれを自分の中で呟いた瞬間、底知れない虚無感と恐怖に襲われ、背筋をゾッと震わせた。
この宝石が、どんな鉱石よりも強い力を秘めているというのは、確かに分かる。しかしその中に、縋り付いてくる様な悲鳴が混ざっているのだ。
(さっき、外で聞いた、音だ。僕を……呼んでる?)
ルルは本能的に、これを手に取らなければならない気がした。
だがその助けの声と見知らぬ『終わり』は、彼にとって恐ろしく、心には恐怖だけが植え付けられる。伸ばされかけた手は国宝に触れる事無く離れた。
クーゥカラットとクリスタはルルの体がふらりと不安定に揺れた事に気付き、急いで走り寄った。
「どうした、大丈夫か?!」
「ルル!」
『…………僕』
震えた手から仮面が零れ落ち、ガチャンという音が部屋全体に大きく響き渡った。
クーゥカラットがルルの肩を支えようと手を添えると、彼はこちらを見上げた。その不安そうな虹の瞳は、シトリンの色を取り込んで、黄金色が濃く混ざっている。
『僕……この宝石、怖い』
「え…?」
『……嫌い。怖い……っ』
ルルは彼の胸元に顔を埋め、目を固く瞑る。クーゥカラットは困惑しながらも、震える体を抱きしめながらクリスタへ視線を向けた。
「分かった、大丈夫だルル。すぐにここから出よう。クリスタ」
頷いたクリスタが目を閉ざし、他には聞き取れないほど小さく言葉を口ずさむと、3人の足元に白い魔法陣が現れる。線が淡く輝いた瞬間、全員の姿は光に包まれて消えた。
ルルはクーゥカラットが仕事机として使っている席に座り、乱れた呼吸を落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた。クリスタのテレポートのおかげで、すぐあの異様な恐怖から逃れられた。
「大丈夫か……?」
『うん……もう、大丈夫』
「一体、何があったんだ?」
そう尋ねても、クーゥカラットたちの頭に答えが返ってくる事は無かった。何か言いたげだったのだが、虹の目は閉じられる。
『よく、分からない。ただ、怖かったの。とても。ごめんね、でも、もう大丈夫。何ともないよ』
「……分かった。それでも、話したくなったら言ってくれ」
ルルはクーゥカラットの静かな声に、視線を下に落としながらもコクリと頷いた。
先程までまるで、砂嵐の様な雑音が聴覚を邪魔していたが、それは国宝から離れたからか消えていた。素直に音を届ける宝石の耳は、塔の外からこちらに来る数人の足音をルルに伝える。
『誰か、来る?』
2人は壁に掛かった大きな時計へ顔を向けた。どうやら階段を降りるだけで、だいぶ時間を食ったようだ。外に出回っていた五大柱の3人が帰って来たのだろう。
「関係者以外が見つかったら少し厄介だ。ルル、すまないが帰れるか?」
『ん、大丈夫だよ。それに、まだ用事も、終わってないから』
「本当に大丈夫か……? あまり無茶をするな。クリスタ、頼んだぞ」
「ああ。ルル、気分が悪くなったらすぐに言うんだよ?」
『うん』
クーゥカラットは出口に出て周囲を見渡し、まだ見える距離には誰も居ない事を確かめる。ルルとクリスタは馬小屋に移動して馬に跨り、見送る彼へ別れを告げた。
馬に合図を送ろうと思った時、クリスタは「そうだ」と呟くとクーゥカラットへ振り返る。
「今晩もまっすぐ帰ってこいよ」
「なんだ、用事と関係あるのか?」
「あとでのお楽しみだ」
ここでもまだ意地悪そうに笑って隠し通す彼に、クーゥカラットも呆れに寄った笑みを浮かべて頷いた。
「分かったよ、早く帰る。それじゃあ、気を付けてな」
『クゥも』
「ああ」
ルルは手を軽く挙げるクーゥカラットに振り返し、クリスタの腰に腕を回す。クリスタはそれを合図に手綱を引き、馬を塔から走らせた。
人々の賑わいと馬の足音を聞きながら、ルルは先程の国宝を思い出していた。忘れたいのに脳裏に焼き付いて仕方がないのだ。
けれどこれからクーゥカラットへのプレゼントを選ぶのだから、こんな気持ちではいけない。今はこのモヤモヤを忘れよう。楽しい気分でなければ良い物なんて見つけられないのだから。
それに、頭の霧を取り払えばきっと、この不確かな不安も確かになってくれる筈だ。そうしたらちゃんと、彼らへ話そう。
ルルはそう言い聞かせ、目をぎゅっと強く瞑った。
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