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【宝石少年と2つの国】
美しいものが好きな神様の話
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ベリルに連れられてしばらく歩いていたが、目的地に着いたのか足が止まる。しかしそこは何の変哲のない路地の途中だった。家らしいものは無いが、彼は周囲を念入りに見回している。
「ここから行くぞ」
『ドアはどこ? 建物の気配、無いけど』
「へぇ、気配だけでよく分かるな。ここはまだ家じゃないぜ。この下を通っていくんだ」
ベリルはしゃがむよう要求し、同時に膝を折ると彼の手を引っ張った。導いた先にあるのはマンホール。「ここから」と言われたが、ルルは想像出来ず反応を示せなかった。
「見てろ?」
ベリルは面食らった様子に笑うと、腕まくりをしてマンホールを持ち上げる。
現れた奥へ続く真っ暗な穴を覗くと下から風が吹き、攫われそうになるフードをルルは慌てて抑えた。
「鉄梯子があるから、それを使って付いて来てくれ」
『本当に、こんな場所から……行けるの?』
「道は全部覚えてるから安心しろよ。普通の道行って、変なのに追われたら厄介だろ?」
素早く降りてからこちらの様子を伺う彼に、ルルは慎重に一段一段降りていく。ベリルはやはり慣れた手つきで降りきった。地面との差は予想よりも少ないようで、すぐに足が底に着く。
穴の所々から小さく顔を出す鉱石が、2人の足音に反応して鳴く。それ以外、他の音は聞こえない。
『随分警戒、しているんだね』
「当然だ。勝手に作った穴だから、バレたら面倒なんだよ」
『たった、1人で?』
「おうよ。追いかけ回されるのが嫌だからさ、国中に俺専用で作ったんだ。近道ってやつ」
ルルは思わず彼の苦労を想像して拍手を送る。ベリルは胸を張って言ったが、そんな素直に褒められるとは思っていなかったのか、少し恥ずかしそうに咳払いして先を急いだ。
薄暗い蛇の中の様な道を中腰になって這った。
「そういえば、無事だったんだな?」
「?」
「ほら、追われてたろ。崖で。頭の怪我、もう平気なのか?」
『うん、大丈夫……だけど……ベリル、あそこに居たの?』
「えっ? あ、あ~いや、噂で聞いたんだ」
ベリルは慌てた様に早口に話を切り上げる。しかし、たとえ聴覚が敏感で無くても、嘘だと分かる声の震えと単調さは隠せていない。
そんなに分かりやすい回答をされると、少し意地悪して聞き出したくなってくる。
『隠し事、下手なんだ』
「な、何も隠してねえって! 無事なら良しってだけ。ほら、もう登ったら着くから集中しろって」
ムスッとした声に追求をやめたが、ルルは焦る背中を面白そうに見つめた。ベリルはその視線から逃げるように、スイスイと近くの鉄梯子を登っていく。そして天井に着くと片腕で体を梯子に固定し、もう片方で真上を押し退けた。丸い穴が空き、そこから地上の明るさが中に降り注ぐ。
顔を出して見慣れた自室だと確かめると、穴から這い上がって振り向いた。
「こっちだ」
無数にある道の行き先が気にはなったが、ルルは指示に従って梯子を登った。差し伸べられた手を取ると引き上げられ、マントに付いた埃に軽く咳き込んだ。
ベリルは床に開けた穴を同じタイルで塞ぎ、最後にカーペットを敷いて、カモフラージュする。
「着いたぜ、ここが俺の家。正確には俺の部屋、な。元は親父の部屋で、改造したんだ」
『器用だね』
彼の部屋はとても物が多くて狭かった。しかし敷き詰められた物の隙間から覗く壁や天井が遠いため、元は広い部屋だったらしい。今は床にまで物が散らばっている。部屋を占めているのは、沢山の本や、古くに絶滅した生物の骨組みを木で表した模型、古い魔法道具など。しかしその中に不必要な物は無いらしく、全部埃はかぶっていなかった。
ルルにとっては散らかっている部屋というよりも、遊園地の様な場所だった。初めて見る物だらけで、目を輝かせて一つ一つを物欲しそうに見つめている。
ベリルはうずうずしている彼にクツクツと笑い、机に置いた小さな鳥のオモチャのネジを巻いて飛ばして見せる。
『凄いね。まるで、宝箱みたい』
「あははっ変なヤツ」
他の人間が見ればきっと、同じ箱でもゴミ箱と称するだろう。一つ一つ丁寧に触って行く姿は、招いた甲斐があって悪い気はしない。
『ベリルが、作ったの?』
「おう」
『こんなに凄い腕、しているのに……あんな仕事、しているなんて、もったいないよ』
「そ、そうか?」
『うん。その手は、物を作るための……大切な手だから』
そっと握る彼の手は、血豆や小さなたこが出来ている。そして鉄の香りや、油の匂いなどが染み付いていた。こんな才能を持つ手が、あんな血に汚れた仕事をするなんて、本当にもったいない。
ベリルは照れ臭そうに指で頬を掻き、目を逸らして咳払いする。
「あ~……。す、好きに触っていいぜ、ここの」
『本当?』
本棚はそれぞれ、一冊を抜くのに力が少し必要なほど、ぴっちり詰まっている。しかし綺麗に開いている段が一つだけあった。そこには、段の幅にぴったりと箱がハマり、小さな舞台の様な場所が出来上がっている。
本の代わりに置かれているのは、カラクリで出来た人形たち。ルルはその中から1人を手で抱き上げる。
『これ……何?』
「人形劇だな。音楽も流れるし、見てみるか?」
『うん』
ベリルに人形を渡す。彼は人形を元の位置に置き、舞台の奥に手を入れた。指先でネジを探り出し、それを数秒間回す。巻かれたネジが錆に負けず動き出すと、暗かった舞台が明るくなり、スポットライトを浴びた人形たちが踊り始めた。
2人が覗いた舞台の奥に、神々しさを讃えた人型の何かが現れ、人形はそれを崇めるように跪く。そして、機械仕掛けの歌声が流れる。
ベリルは口元に指を添えた。
「始まるぞ」
──これは昔のお話。この宇宙にまだ何もなかった、大昔の事。美しいものが大好きな神様が1人、おりました。
神様は美しい世界を創るため、一つの舞台として土地を生みました。それはビジュエラ、我らの世界。ビジュエラは、それはそれは美しい世界です。不思議な力を宿した、輝く自然に囲まれた土地。そこに神様は生命を生み出しました。
愛は人、力は獣、光は妖精、闇は魔族。これらを主役に、自然界に身を置き生きるものたちを他にも、神様は美しい星がより美しくなるようにと置きました。
しかしなんて哀しいのでしょう、命を持った彼らはとても弱い存在だったのです。そこで神様は思い付きました。彼らを守る存在を作ろうと。自分の分身とも呼べる彼らは大変美しく、心清く賢明で、いつまでも、人、獣、妖精、魔族たちに身を寄せて見守りました。
のちに我々は彼らを……。
ガガガッと小さな音を立てて、途中で歌が止まってルルは現実に帰った。ベリルが「古いからなぁ」と仕方なさそうに言う声が、ボンヤリと聞こえる。
『これ……ビジュエラの、歴史?』
「そ。のちに我々は彼らをオリクトの民と呼ぶ……で、終わり。諸説あるっぽいけど、その中でも有名な歴史だぜ。この話だったら、その見守り役の人たちが居る理由も頷けるだろ? どうだった?」
ルルは不自然に動きを止めた人形を、仮面越しにじっと見つめる。初めて知った、お伽噺に似通った歴史だったが、どこか自分たちの存在に納得出来た。
過去に自分がオリクトの民であると知った時、彼らが人に融け込もうとしていたと聞いた。その理由が守るという名の世界の監視なら、ビジュエラを開拓し続ける人間の側に居ようとするのは手っ取り早い方法だろう。
しかし『いつまでも』とは、なんともお伽話らしい美談だ。
『……うん。初めてだけど、不思議な歌声だった。でもとても、聞きやすかったよ』
「へへ、なら良かった。これ、俺と親父の合作なんだぜ? まぁチビの時だから、ほとんどやったのは親父だけどな」
『ベリルが、器用なのは……お父さん譲り、なんだね』
「まぁな。あ、時間もったいねえよな。ドラゴンの剥製は屋根裏なんだ」
ベリルは壁掛け時計を外し、その裏から小さな鍵を取り出すと、隠されていた鍵穴にさした。
奥でカチカチと歯車が噛み合う繊細な音が宝石の耳に聞こえてきた。すると、天井の隅が開き、ルルの足元まで降りてくる。やがてカタカタとした音が止むと、折り畳まれていた木の階段が出来上がった。驚いて避けた彼をベリルは可笑しそうに笑い、軽々と細い階段を登る。
「こっちだ」
『家が、生きてるみたい……』
あとを追って、足の半分も無い階段を慎重に上り、薄暗い部屋に顔を出す。屋根裏と聞いて沢山の埃を無意識に想像したが、大事な物をしまっている場所だからか、綺麗に掃除されていた。
「天井低いから、気を付けろよ」
『うん』
ルルは手で傘を作りながら、骨組みが見える屋根に注意しながら周囲を見渡す。しかし背があまり高くないからか、思っていたより立つ真似事をしても頭スレスレで当たらない。
中腰になっているベリルに少し羨ましさを感じながら、案内に従って進んだ。
「ここから行くぞ」
『ドアはどこ? 建物の気配、無いけど』
「へぇ、気配だけでよく分かるな。ここはまだ家じゃないぜ。この下を通っていくんだ」
ベリルはしゃがむよう要求し、同時に膝を折ると彼の手を引っ張った。導いた先にあるのはマンホール。「ここから」と言われたが、ルルは想像出来ず反応を示せなかった。
「見てろ?」
ベリルは面食らった様子に笑うと、腕まくりをしてマンホールを持ち上げる。
現れた奥へ続く真っ暗な穴を覗くと下から風が吹き、攫われそうになるフードをルルは慌てて抑えた。
「鉄梯子があるから、それを使って付いて来てくれ」
『本当に、こんな場所から……行けるの?』
「道は全部覚えてるから安心しろよ。普通の道行って、変なのに追われたら厄介だろ?」
素早く降りてからこちらの様子を伺う彼に、ルルは慎重に一段一段降りていく。ベリルはやはり慣れた手つきで降りきった。地面との差は予想よりも少ないようで、すぐに足が底に着く。
穴の所々から小さく顔を出す鉱石が、2人の足音に反応して鳴く。それ以外、他の音は聞こえない。
『随分警戒、しているんだね』
「当然だ。勝手に作った穴だから、バレたら面倒なんだよ」
『たった、1人で?』
「おうよ。追いかけ回されるのが嫌だからさ、国中に俺専用で作ったんだ。近道ってやつ」
ルルは思わず彼の苦労を想像して拍手を送る。ベリルは胸を張って言ったが、そんな素直に褒められるとは思っていなかったのか、少し恥ずかしそうに咳払いして先を急いだ。
薄暗い蛇の中の様な道を中腰になって這った。
「そういえば、無事だったんだな?」
「?」
「ほら、追われてたろ。崖で。頭の怪我、もう平気なのか?」
『うん、大丈夫……だけど……ベリル、あそこに居たの?』
「えっ? あ、あ~いや、噂で聞いたんだ」
ベリルは慌てた様に早口に話を切り上げる。しかし、たとえ聴覚が敏感で無くても、嘘だと分かる声の震えと単調さは隠せていない。
そんなに分かりやすい回答をされると、少し意地悪して聞き出したくなってくる。
『隠し事、下手なんだ』
「な、何も隠してねえって! 無事なら良しってだけ。ほら、もう登ったら着くから集中しろって」
ムスッとした声に追求をやめたが、ルルは焦る背中を面白そうに見つめた。ベリルはその視線から逃げるように、スイスイと近くの鉄梯子を登っていく。そして天井に着くと片腕で体を梯子に固定し、もう片方で真上を押し退けた。丸い穴が空き、そこから地上の明るさが中に降り注ぐ。
顔を出して見慣れた自室だと確かめると、穴から這い上がって振り向いた。
「こっちだ」
無数にある道の行き先が気にはなったが、ルルは指示に従って梯子を登った。差し伸べられた手を取ると引き上げられ、マントに付いた埃に軽く咳き込んだ。
ベリルは床に開けた穴を同じタイルで塞ぎ、最後にカーペットを敷いて、カモフラージュする。
「着いたぜ、ここが俺の家。正確には俺の部屋、な。元は親父の部屋で、改造したんだ」
『器用だね』
彼の部屋はとても物が多くて狭かった。しかし敷き詰められた物の隙間から覗く壁や天井が遠いため、元は広い部屋だったらしい。今は床にまで物が散らばっている。部屋を占めているのは、沢山の本や、古くに絶滅した生物の骨組みを木で表した模型、古い魔法道具など。しかしその中に不必要な物は無いらしく、全部埃はかぶっていなかった。
ルルにとっては散らかっている部屋というよりも、遊園地の様な場所だった。初めて見る物だらけで、目を輝かせて一つ一つを物欲しそうに見つめている。
ベリルはうずうずしている彼にクツクツと笑い、机に置いた小さな鳥のオモチャのネジを巻いて飛ばして見せる。
『凄いね。まるで、宝箱みたい』
「あははっ変なヤツ」
他の人間が見ればきっと、同じ箱でもゴミ箱と称するだろう。一つ一つ丁寧に触って行く姿は、招いた甲斐があって悪い気はしない。
『ベリルが、作ったの?』
「おう」
『こんなに凄い腕、しているのに……あんな仕事、しているなんて、もったいないよ』
「そ、そうか?」
『うん。その手は、物を作るための……大切な手だから』
そっと握る彼の手は、血豆や小さなたこが出来ている。そして鉄の香りや、油の匂いなどが染み付いていた。こんな才能を持つ手が、あんな血に汚れた仕事をするなんて、本当にもったいない。
ベリルは照れ臭そうに指で頬を掻き、目を逸らして咳払いする。
「あ~……。す、好きに触っていいぜ、ここの」
『本当?』
本棚はそれぞれ、一冊を抜くのに力が少し必要なほど、ぴっちり詰まっている。しかし綺麗に開いている段が一つだけあった。そこには、段の幅にぴったりと箱がハマり、小さな舞台の様な場所が出来上がっている。
本の代わりに置かれているのは、カラクリで出来た人形たち。ルルはその中から1人を手で抱き上げる。
『これ……何?』
「人形劇だな。音楽も流れるし、見てみるか?」
『うん』
ベリルに人形を渡す。彼は人形を元の位置に置き、舞台の奥に手を入れた。指先でネジを探り出し、それを数秒間回す。巻かれたネジが錆に負けず動き出すと、暗かった舞台が明るくなり、スポットライトを浴びた人形たちが踊り始めた。
2人が覗いた舞台の奥に、神々しさを讃えた人型の何かが現れ、人形はそれを崇めるように跪く。そして、機械仕掛けの歌声が流れる。
ベリルは口元に指を添えた。
「始まるぞ」
──これは昔のお話。この宇宙にまだ何もなかった、大昔の事。美しいものが大好きな神様が1人、おりました。
神様は美しい世界を創るため、一つの舞台として土地を生みました。それはビジュエラ、我らの世界。ビジュエラは、それはそれは美しい世界です。不思議な力を宿した、輝く自然に囲まれた土地。そこに神様は生命を生み出しました。
愛は人、力は獣、光は妖精、闇は魔族。これらを主役に、自然界に身を置き生きるものたちを他にも、神様は美しい星がより美しくなるようにと置きました。
しかしなんて哀しいのでしょう、命を持った彼らはとても弱い存在だったのです。そこで神様は思い付きました。彼らを守る存在を作ろうと。自分の分身とも呼べる彼らは大変美しく、心清く賢明で、いつまでも、人、獣、妖精、魔族たちに身を寄せて見守りました。
のちに我々は彼らを……。
ガガガッと小さな音を立てて、途中で歌が止まってルルは現実に帰った。ベリルが「古いからなぁ」と仕方なさそうに言う声が、ボンヤリと聞こえる。
『これ……ビジュエラの、歴史?』
「そ。のちに我々は彼らをオリクトの民と呼ぶ……で、終わり。諸説あるっぽいけど、その中でも有名な歴史だぜ。この話だったら、その見守り役の人たちが居る理由も頷けるだろ? どうだった?」
ルルは不自然に動きを止めた人形を、仮面越しにじっと見つめる。初めて知った、お伽噺に似通った歴史だったが、どこか自分たちの存在に納得出来た。
過去に自分がオリクトの民であると知った時、彼らが人に融け込もうとしていたと聞いた。その理由が守るという名の世界の監視なら、ビジュエラを開拓し続ける人間の側に居ようとするのは手っ取り早い方法だろう。
しかし『いつまでも』とは、なんともお伽話らしい美談だ。
『……うん。初めてだけど、不思議な歌声だった。でもとても、聞きやすかったよ』
「へへ、なら良かった。これ、俺と親父の合作なんだぜ? まぁチビの時だから、ほとんどやったのは親父だけどな」
『ベリルが、器用なのは……お父さん譲り、なんだね』
「まぁな。あ、時間もったいねえよな。ドラゴンの剥製は屋根裏なんだ」
ベリルは壁掛け時計を外し、その裏から小さな鍵を取り出すと、隠されていた鍵穴にさした。
奥でカチカチと歯車が噛み合う繊細な音が宝石の耳に聞こえてきた。すると、天井の隅が開き、ルルの足元まで降りてくる。やがてカタカタとした音が止むと、折り畳まれていた木の階段が出来上がった。驚いて避けた彼をベリルは可笑しそうに笑い、軽々と細い階段を登る。
「こっちだ」
『家が、生きてるみたい……』
あとを追って、足の半分も無い階段を慎重に上り、薄暗い部屋に顔を出す。屋根裏と聞いて沢山の埃を無意識に想像したが、大事な物をしまっている場所だからか、綺麗に掃除されていた。
「天井低いから、気を付けろよ」
『うん』
ルルは手で傘を作りながら、骨組みが見える屋根に注意しながら周囲を見渡す。しかし背があまり高くないからか、思っていたより立つ真似事をしても頭スレスレで当たらない。
中腰になっているベリルに少し羨ましさを感じながら、案内に従って進んだ。
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