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【宝石少年と2つの国】

ワイヤー使いの少年

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 青い手が壁を伝っていく。ルルは人通りの多い道から外れて、いくつもの細く入り組んだ道を歩いていた。大通りを歩く時は、出来るだけ冒険者が作る人混みの中に紛れて目立たないようにすれば、集中する視線が分散される。
 賞金のせいで誰かに毎日追われていれば、地形を把握する時間が消えてしまう。旅の目的を邪魔される事は絶対に避けたかった。
 ノイスの特徴としてまず分かったのはその道の数の多さだ。長い一本道は珍しく、ほとんどは数メートル先で分かれている。

(本当に、迷路みたい)

 背の高い塀に囲まれているのに、何故か視線は絶えなかった。しかし周囲を見ても、ここに居るのは自分だけだ。
 常に追いかけて来る視線を辿って顔が向いたのは、太陽が眩しく輝く空だった。そんな所に人間が居る筈はないと踏んだのだが、よく見れば高くに飛行船がいくつも占領しているのが分かった。ルルの目が仮面越しに、一瞬だけ監視の目と交わる。

(あれだ。鳥かと思ったけど……人工物だ)

 まるで監視されている気分だった。一体目的は何だろうか。喧嘩や殺害、人身売買を食い止めるためならば理にかなっている。だがそのためなら、この国の血の気は薄まっている筈だ。もしも観戦の様なそれが目的ならば、とても悪趣味だ。

(1つの国に、2つの国宝。それ以上に、この国には……何か別の亀裂がある)

 迷わないため、そして道を覚えて記録に残すために壁に添えていた手を、邪魔する物があった。ルルの足を止めたのは1枚の紙。それをなんとなく指先で読み取ると、顔が不愉快そうに歪んだ。
 そこに描かれていたのは丁寧な自分の姿と名前、それから賞金の額だった。

(どうして名前が……バレているんだろう)

 自己紹介をしたのはバッカス、ルービィ、コラン──そして、最初に会った門番だ。わざわざ注意してくれたバッカスと、互いに賞金を賭けられたルービィは無い。彼女の父親であるコランも考えにくい。そうなると残るは1人だけ。恐らく門番が売ったのだろう。

(もう、名前を隠しても、意味は無さそう)

 仕方なさそうに溜息を吐く。もうここまで来ると、むしろ堂々と道を歩けそうだ。確か昨日、勝負を挑んで来た男が、自分の首にも賞金があると言っていた。そう思うとこの国ではむしろ、コソコソする必要は無いのかもしれない。そうなると、重要視する必要は無くなった。
 ルルは手配書を無視して再び小道を行き、角を曲がる。しばらく進み続けると、細かい道から、比較的大きな道に出た。
 若々しい活気さがある店は少ないが、老舗の常連客たちの穏やかな会話が聞こえてくる。装飾屋や服屋、待ち合わせに使われる数席しかないカフェなどが、ポツポツと並ぶ商店街だった。今までの居酒屋や武器屋やらが多く並んでいた場所から、空気が一気に大人びた気がする。
 散々賑やかな場所を見て来たからか、太陽の地区にもこんな静かな場所があるのかとルルは面食らった。

「悪かったって」
「ったく、もっと多く支払ってほしいもんだなぁ」
「妥当な値段だろ。言い値をぼったくりに使うのは卑怯だぜ?」

 種類豊富な生地を扱う布屋から、亭主と思われる男の仕方なさそうな声と、少年の声が聞こえて来た。ルルはその声に聞き覚えがあり立ち止まる。すると、ちょうど店の奥から出て来た彼の金の目と、仮面越しの目が合った。
 こちらに気付いて気まずそうに「げ」と言ったのは、ルービィを追っていた男たちの中に紛れていた、ワイヤー使いの少年。彼は冷や汗を浮かべると、慌ててルルに背を向けて逃げ出した。ルルは引き寄せられる様に彼を追う。

『待って』
「な、何だよ、剣は返しただろ……?! 許してくれよっ!」
『違う』

 少年はどうやら、追った理由を剣の事での恨みだと思っているらしい。しかしルルは言われた通り、返してもらった時点で根に持ってはいなかった。
 少年はそう呟いて立ち止まった彼に、恐る恐るといった様に減速し、距離を保ちながら止まる。

『逃げないで。怒ってるわけじゃ、ないよ』
「じゃ、じゃあ何だよ」
『聞きたいんだ』

 じりじりと距離を取られながらも、ルルは構わず間を詰める。そして、恐ろしさに顔を引つらせる彼の両手を握って言った。

『ドラゴンの事、聞きたいの』
「……へ?」

 頭に響く声はどこか弾んでいる。予想外の尋ねごとに、少年は肩から力が抜けた。何度も目を瞬かせ、何を言いたいのか探った。
 しかしルルはそれ以上もそれ以下の答えも聞きたくないようで、戸惑う彼へ申し訳なさげに頭を傾ける。

『突然、ごめんね。どうしても、気になったから』
「……な、何でドラゴンの事?」
『昨日、言っていたでしょ? でっかいドラゴンって」

 少年はそれが自分の言った事だと分かるのに、少し時間が必要だった。咄嗟に思い浮かんだ逃げる口実なのだから、成功出来たら頭の中から消えるのは当然だろう。しかしルルを盲目だと知らない彼は、誰でも分かる嘘に何故そんな声を弾ませるのかと、更に怪しんだ。

「何が目的なんだよ。ルナーも名前もやらねえぞ」
『? そんなの、要らない。僕、ドラゴン……見た事無いの。だからどんな形で、どんな色だったのか……聞きたくて』
「あ、あんな嘘、本気にしたのかよ?」
『嘘? 居なかったの?』
「み、見れば分かるじゃねえか」
『見えない』
「え?」
『目、見えない。だから……気になったんだ』
「え、マジで?」

 少年はまじまじとフードと仮面に覆われた顔を見つめた。あんな戦い方をした人物のそんな言葉はあまりにも信じられなかった。しかし少年は嘘を言っているとも思えず、それでも頭は混乱する。
 ルルは少し残念そうにしながらも彼の両手を名残惜しそうに離した。

『そっか……分かった。急にごめんね』
「あ、ま、待てよ!」
『何?』
「ほ……本当に見えないのか? じゃあ何であんなに戦えたんだ?」
『……。剣は教えて、もらったから。家族に。見えないけど、耳はいいの。だから音で、距離を把握すれば、普通に試合……出来るよ』

 振り返ってそう語る顔は、僅かにズレていて少年を見ていない。少年はそれが分かったのか、改めて顔に驚愕を浮かべ、すぐに罪悪感に歪めた。

「悪かった。それなのに、ドラゴンとか言って。剣も、奪って。その、あー……ごめん」

 ルルは徐々に尻すぼみする謝罪に仮面の下で目をパチクリとさせ、可笑しそうに笑った息を吐く。

『いいよ。でももう、人身売買は、しないでね』
「何の事だ?」
『あの時やろうと、していたでしょ? 女の子を……捕まえて、売ろうと。仲間が、言ってたよ』
「はぁ?! アイツらそんな事しようとしてたのか! 禁止事項させようとするとか、ありえねえ。くそぉ、犯罪に巻き込みやがって。二度とアイツらから仕事受けるか」

 一般人の人身売買と、奴隷以外の人間を売る事は世界的に禁止されている。それは誰もが知っていなければならない、世界の常識なのだ。
 爪を噛みながらぶつぶつと文句を続ける彼は、どうやら男たちと関係が薄いらしい。行動目的を知らなかったとは言え、彼があれ以上手を染めなくて良かった。悪い性格はしていない。
 別れを告げて立ち去ろうとしたルルは、少年にまた呼び止められ、振り返って首をかしげた。

「お詫びといっちゃなんだけどよ、ドラゴンの事……教えようか?」
『詳しいの?』
「おう。みんな、俺をドラゴン野郎って呼ぶくらいにはな」

 そう言って笑った彼の顔は、今までで1番輝いていた。
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