宝石少年の旅記録

小枝 唯

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【宝石少年と2つの国】

王の心臓

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 暗闇の中、ルルは誰かの手が優しく頬を撫でるのを意識の遠くで感じた。冷たくてとても心地良く、導かれる様に目を開く。変わらぬ何も無い景色の向こう側で、聞き覚えのある少女の「あ」という声が聞こえて来た。

「ルル、気がついた?」
「……、……?」

 しばらくの間意識が朦朧とし、何があったのか、どういう状態でいるのか理解出来ずにいた。少しずつ体の感覚が戻って来た。草の生えた地面に仰向けになって倒れている。頭の下には柔らかい枕の様な物が敷かれていて、何故か手に触れる草が濡れていた。ゆっくり起き上がると、後頭部にズキリとした鈍い痛みを感じて頭を支えた。その時、髪の合間から見知らぬ布が指先に触れる。
 仮面とフードが無い。姿が晒されている事に気付き、ルルは咄嗟にルービィから距離を取った。彼女はそれに警戒されているのだと気付き、落ち着かせようと微笑む。

「大丈夫よ、何も盗んだりしてないわ。手当てをしたくて取ったの。ほら、よく見て。全部、貴方の隣に置いてあるから。まだあんまり動かないで。やっと血が止まったばかりなのよ」
『血? 手当て……?』
「ええ。少なくとも、悪いようにしようと思ってやった訳じゃないわ」

 そう言う声はとても穏やかで、ルルは手探りに元々眠っていた場所を辿る。確かに言われた通り、丁寧に畳まれたマントに仮面が置いてあった。

「マントや仮面を取ったのは、寝苦しそうだったから」
『……ごめん、ありがとう。それなのに、疑って』
「ううん。私の方こそ、逃がしてくれてありがとう。でもごめんなさい。隠している理由を聞かずに取ってしまって。それに、怪我も負わせて……」
『巻き込まれたのは、僕の、意思だから』

 ルルは彼女の隣に座り直し、改めて手当てされた場所に触れる。少しずつ記憶が戻って来た。共に居るという事は、無事に逃れられたのだと安心出来た。
 ふと、撫でた場所にレースの様な手触りを感じた。包帯にそんな洒落た物などなく、予想される素材は1つだけ。

『これ……ルービィのドレス?』
「ええ。包帯を持っていなかったから使ったの。あ、大丈夫、清潔な筈よ」
『どうして』
「私、ドレス好きじゃないの。だって豪華なだけで、しかも動きにくいんだもの。だから、包帯として役立った方がマシでしょう?」

 ルービィは清々したというように笑って言った。緩くカーブがかった髪と同じ上品な薄水色のドレスは、端を切り取ったのか少し短くなっている。
 ルルはそれに唖然とすると、ハッと我に返って彼女の手に触れた。突然の事にビクッと指が震える。
 彼女は手当てをするために、他人を拒絶する仮面とマントに触れた。少し触れただけでも傷付いた友達が居たのだから、どれほどの傷を負ってしまったのか。

『手、見せて』
「え? あぁ」

 触れると、熱を微かに持った無数の切り傷が、白くしなやかな手を汚していた。無意識に眉根の寄った顔を見て、ルービィは慌てて頭を振った。

「大丈夫よ、気にしないで。こんなのすぐに治るわ。それにしても、不思議な守護のまじないが掛かっているのね。ルルの魔法?」
『僕の家族が、掛けてくれた……最後の魔法なんだ。ごめんなさい、綺麗な手を』

 守護の力だとしても、他人ならば無差別に拒絶するのは、少し困ったものだ。相手が大丈夫だと言っても、傷付けてしまった事には変わりない。
 ルルは手を掬うと傷にそっと口付けを落とした。ルービィはそれに目を丸くし、たちまち顔を真っ赤にさせる。

「ル、ルル?!」
『? 何?』
「え、あのっ」
『こうすれば……軽い傷はすぐに、治るでしょ?』
「え、それ、家族から聞いたの?」
『ううん。僕がそうだと、思っているんだけど…………違った?』

 首をかしげて言うと、彼女の口から息を呑んだ音が聞こえた。そして手が強く握られる。

「貴方、やっぱりオリクトの民なの?!」

 ポカンとルルは本能的にやっているようだが、小さな傷口などに口付けをするのは、オリクトの民の特徴だった。彼らは互いの想いを寄せる事によって、体を治癒するらしいのだ。
 震えている両手と声に、ただ頷く事しか出来ない。

「お願いがあるの。王様が今どこに居るか、教えて……!」

 悲痛な叫びは木々に溶け込み、止まっていた鳥たちが驚いて数羽飛び立つ。音が消えた2人の空間に、木の葉から雫が池に落ちた音が響いた。

『どういう事?』
「実は、他国から移住した貴族の1人が、民の指示で五大柱になったんだけれど……その人が、王様の心臓を欲しがっているの」
『何で、心臓なんかを?』
「王の心臓は不老不死にして、その人間を神と同じ存在にしてくれるという言い伝えがあるのよ」

 そんな言い伝えを聞いたのは初めてだ。オリクトの民についての書物を見つければ必ず読んだが、そんな一文は見た事が無かった。それに、王の存在を記す書物はほとんど無いのだ。
 もしかすれば単なる迷信なのかもしれないが、ルービィは悲しそうに目元に影を落として続ける。

「それで、実は姉様が……本物の王様を庇うために自らが王だと名乗り出て、アダマスというその五大柱に捕まっているの」
『お姉さん? 貴女は人間でしょ?』
「血縁者じゃないわ。私がそう呼んでいるだけ。姉様は太陽の民で、オリクトの民の1人なの」

 まだ手で数えられるほどしか仲間に会った事はないが、まさかそんな目に遭っている民も居るとは。
 彼女は不安のあまりか、呼吸を止めてこちらの言葉を待っている。しかし何故王を探しているのだろうか。姉のために差し出す? それとも、また何か別の理由があるのか。

『どうして、王の居場所を?』
「逃すためよ。姉様との……約束なの。王様がもしこの国に来たら、すぐに出口へと連れて行くって」

 ルルは想像していなかった理由に目を丸くする。様子からして姉の存在を随分慕っている筈。それなのに約束を優先するなんて。

『ルービィ──』

 王は自分だよと名乗りあげようとして、言葉を止めた。嘘を吐くのは心痛むが、逃がされる訳にはいかない。
 王という存在がどれほどかまだ想像つかない。それでも国宝を扱うのだから、世界にとって重要なのは分かる。しかしだからと言って、悠々自適に民の死を無視するのは違うだろう。

『……僕、自分がオリクトの民だと知ったのは、人に言われてから、なんだ』
「え?」
『奴隷だった。そ五大柱の1人に、買われて……ようやく、それを知ったの。だから王が何なのか、分からない。存在は、知っているけれど』
「そうだったのね……。ごめんなさい、嫌な事を」
『ううん。情報を持っていなくて、ごめんね。その代わり、僕にも……お姉さんを助けるの、協力させて欲しい』
「え、でも」
『大丈夫、貴女の邪魔はしない』

 救出だけではなく、そのアダマスとがしたい。内容によっては、正しい罰を言い渡す必要がある。話が本当ならば、その行動は絶対に許されてはいけないのだから。
 ルービィは目を細めたルルに不思議な決意を示す意思を感じたが、何も言わずに協力に了承してくれた。

『どうやって助けるか、だね』
「姉様を助けられる時間はもう決まっているの」
『すぐに、助けられないの?』
「ええ。姉様が閉じ込められているのは、太陽と月の民の間にある柱の塔の最上階である事が分かったの。そこにはね、鍵の無い扉があるのよ」
『鍵が……無い?』
「そう。鍵の代わりにね、呪いが施されているの。太陽と月が合わさり、塔とも重なる日にしか開かれない呪い」
『それは、いつ?』
「2週間後よ」

 太陽と月が重なるというのは、300年の内に1度しかない皆既日食の事。更に柱の塔である、太陽と月を両手に持つ女神像にも重なる日だ。その日をノイスは2つの国の境が消える記念の日とし、互いの国宝を拝むのだ。
 アダマスはわざわざその日を選び、封印の呪いを牢獄部屋に施し、彼女の姉を閉じ込めていた。

「私が太陽の地区こっちに時々来ているのは、アダマスの動きが無いかどうか。姉様に変な事をしていないかを確かめるため」
『そんなに、怪しい人なの?』
「怪しいわ! 随分と女癖が悪いって言われているのよ。それにね……アダマスが来てから、美しい女性と数々の宝石が消えているの」

 ルービィは悔しさと恐ろしさから、ドレスの端をぎゅっと握り締めている。
 しかしそんな人物が支持されるのには、それなりの理由がある。他国から突然移住して来た彼は、国の未来を予言した。台風が来る、大雨が来ると言った最初の予言は見事に的中した。それでも民はそれだけでは、単なるまぐれだと相手にしなかった。だが彼は次に、流行病が来ると予言する事となった。すると翌月から発熱、頭痛を訴える民が増え、苛立ちに治安は悪化していった。
 アダマスは頃合いを見た様に、その病を断ち切る方法を助言し、言葉通りにした民の病はたちまち消え去ったのだ。
 彼の力は確かに本物だった。その力は彼を五大柱へ導くほどだ。その結果国を救った英雄となり、そんな噂では落とせないほどに民に好かれているという訳だった。
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