宝石少年の旅記録

小枝 唯

文字の大きさ
上 下
51 / 210
【宝石少年と言葉の国】

一難去ってまた一難

しおりを挟む
 しかし地面に降り立とうと姿勢を整えようとしたルルの足首を、宝石像のゴツゴツした手が逃すまいと掴んだ。

「ルル!」

 ジェイドは自分よりもひと回り大きな像へ、咄嗟に体をぶつけた。すると、バランスを崩した宝石像が放ったルルを受け止める。

「無事か……!」
『うん、ありがとう。ジェイドも平気?』
「ああ、助かったよ。しかし妙だな、私たちへ確実に攻撃をするようになっている」
『そうだね。さっきまでは……邪魔をするだけ、だったのに』

 前面に広がった光景には思わず苦笑いが出る。槍や剣などを持った緑の像がこちらに向かって来ているのだ。まるで戦場の兵士の様に足並みが揃っている。

『あ……さっき、ジャスパーが……外に居るボクが、2人を、邪魔するって』
「ふむ。宝石を壊しても、心臓部……国宝自体をどうにかしなければ、意味が無いようだな」
『ん……状況が、変わってしまったね』
「はっはっは、一難去ってまた一難とはこの事だ」
『早く、国宝の所に行こう。次が来てしまう前に』

 何故か考え込み始めたジェイドを急かし、腕を引っ張る。しかし彼は、スカイスキーに乗り込もうとしない。兵たちは行進を続けて迫って来ている。

『ジェイド、何してるの?』
「先に行きたまえ。ここでどうにかしなければ、またどちらも身動きが取れなくなるだろう」
『え……駄目だよ、1人でなんて。なら、僕も』
「聞きなさい。ここで食い止める役は誰でも負える。だが、国宝をどうにか出来るのは、君だけだ」

 ジェイドはルルの頭にポンと手を乗せて微笑む。

「私の子を助けておくれ、ルル」

 それまで腕を引っ張ろうとしていた手が、渋々と言ったように離される。
 ずるい。そんな事を言われれば、それ以外の言葉が安くなってしまうではないか。彼は信じてくれている。それなら自分も信じて応えなければいけない。

『……何か、手立ては、あるんだよね?』
「もちろんだとも。私は最高の師匠から錬金術を伝授されたんだ。その力を見くびってくれるな」
『分かった、信じる。気を付けてね』
「ああ、そっちも」

 ジェイドはスカイスキーに埋め込んだパネルを手慣れた様子で操作する。機体は彼に従って空高くへ浮上した。ルルは落ちない程度に地上に顔を出す。

『あとでね?』
「分かっている。頼んだぞ」

 スカイスキーは、まだ何か言いたげだったルルを無視して発進する。あっという間に彼方へ飛んで行った。
 無事見送った直後、今まで大人しかったリンクスが意地悪そうに笑った。

『随分格好つけたな?』
「からかうな。全て思い出したと言っただろう。アレを頼む」
『おうよ』

 ジェイドは荷物を背負ったまま、その中に手を入れる。兵はもう彼を仕留められるだろうと、槍を突き出していた。鋭い刃先が心臓を貫こうとしたその時、彼のリュックの中に入れていた手が何かを握って取り出される。
 その瞬間、小さな物が破裂するのによく似た音が響き、今にもジェイドを殺そうとしていた宝石像が倒れた。

「残った私が、本当に丸腰だと思ったのかね?」

 その両手に収まっているのは、腕ほどの長さをした2丁の銃だった。黒い体に血管の様な赤い線が浮かんで、定期的に点滅している。
 これは彼が幼い頃、自分で最初に作った愛用の銃だった。しかしこの存在も忘れていたから、握るのは10年ぶりだ。
 ジェイドは久々に感じる銃の重さに満足そうにしている。

『鈍ってるんじゃないか?』
「なめるな相棒。一発で命中だ』

 見れば、その弾は宝石像の腹部を貫いていた。弾が鉄を焼く音を立てると、みるみるうちに兵の体がバラバラになっていった。
 この弾は特殊なもので、マグマ石よりも遥かに高い熱を凝縮させて作っている。

「ふむ、悪くない」
『何だ、随分あっさり死ぬじゃねえか』
「人間で言えば心臓を狙ったからな。こいつらは体の中心、つまり腹部に動くための核があるのだよ。それさえ撃ってしまえばお終いだ」

 怯む様子も無くこちらへ進む兵たちの腹を次々撃ち抜いてやると、彼らは同じ様に崩れていった。
 放たれる弾は迷いなく真っ直ぐ彼らを葬り続ける。銃を持ち兵たちと向かい合う姿は、とても楽しそうだ。

「さて、遠慮せずに掛かって来たまえ」

 ジェイドは一斉に刃と殺意を向ける彼らへ、2つの銃口を向けると引き金に指を置いた。

~               **              ~               **                 ~

 ルルは一直線に元大図書館へ飛び続けていた。彼は振り返ろうとしない。あの場はジェイドに委ねたのもそうだが、すぐに現れた新しく迫る音に、前を向く以外の選択を奪われたのだ。
 追って来ているのは兵士ではなく、肉食獣の様な歯を持った巨大な花。腹を空かせた花は徐々に距離を縮ませているが、ルルにはスカイスキーのスピードに頼る以外殆ど何も出来なかった。

(捕まったら、本当に食べられそう)

 時折小さな抵抗として、花の前に宝石の壁を作るのだが、それすら力強く突き破って来る。
 何度目かの壁を突き破った肉食花は、自ら砕いたルルの宝石を食べてより体を巨大化させていった。

(核を壊さないと。やっぱり、剣が欲しい)

 核を直接、それも正確に壊すのは、少し繊細な作業だ。慣れない力よりも馴染んだ剣の方が、無駄に力を消耗させずに確実に倒せる。
 おそらくあの炎によって、剣を覆っていた宝石も崩れた筈だ。

(どこだろう? 宝石が多過ぎて……地上に降りないと、分からないかも)

 はやる気持ちを煽る様に、それまで安定していた足元がグラリと大きく揺れた。何事かと後ろを見てみれば、充分に栄養を補給した肉食の宝石花の大口から、新しい花がいくつも伸びてきている。
 それは小さいながらに主体と全く同じ姿で、機体に真っ先にかぶり付いていた。機械なんて苦にはせず美味しそうに喰らい続け、足場は小さくなり、代わりに揺れは大きくなっていく。
 ルルは無数の気配が機械を蝕む事をなんとなく理解した。しかしそれ以上に不味い状況を、宝石の耳が察知する。機械からバチバチと、小さく爆ぜる音が聞こえているのだ。

(あ、まずいかも)

 ルルは嫌な予感に背中を押され、一か八かで自ら飛び降りる。直後、スカイスキーは予想通りにそれなりの音を立て、小さな花を巻き込み爆発した。
 無事に受け身を取れ、宝石の床へ着地には成功した。空からコツコツと、地面にスカイスキーだった破片が、あられの様に降ってくる。

(あぁ……あとでジェイドに、謝らないと)

 今はとりあえず、無事だった事に感謝しよう。偶然でも地上に降りられたのだから、無事剣を探せる。巨大な花は、爆発の煙のせいでルルの姿を見失っていた。
 しかし数えきれない宝石の香りが誘うため、どれが剣なのか判断するのに少し時間が必要だ。それに、別の攻撃がいつ来るかも油断出来ない。

 悩ましそうに周囲を見渡し、剣を求めて歩き始めた時、頭に突然小さな雑音が訪れた。
 しばらく放って置いたが、全く治らない音にルルは不愉快そうに眉根を寄せる。しかしふとその顔は元の表情に戻る。雑音だと思っていたそれが少しずつ大きさを増し、別の音になってきたのだ。
 その音は、多くの宝石の中から主張する様に目立つ宝石の音だった。
 まるで生きているかの様に、自分を呼ぶ音。普段聴く甲高い音ではなく、心地良く低い、体に染みる音だ。足が無意識にその音の方へ向かっていた。

(この音……どこかで、聞いた事ある)

 思い出した。クーゥカラットの声と同じ音程なのだ。
 ぷつりと音が止んだ時、靴先が何かを蹴った。それは探し求めていた剣。ルルは目を丸くしながら、グリップを探るように握る。剣に埋め込まれた石が僅かに瞬いた。
 偶然か必然か、あの不思議と懐かしい音がここへ導いてくれた。もしかすれば気のせいかもしれない。しかしどちらだろうと不安を吹き飛ばすには充分だった。孤独でないと分かるだけでこんなに心が満たされる。早くジャスパーをそこから引き上げなければ。

『……うん、大丈夫。独りぼっちじゃ、ない』

 ようやくルルを見つけた肉食の花が歓喜に叫ぶ。しかし地面に亀裂が入るほどの轟きに彼は驚く素振りを見せず、平然と振り返って剣を構えた。
 独りではなくなった今、不安は無い。

 太い茎から細長い葉が生まれ、振り落とされる。ルルはまるで大剣の様な葉を避けず、剣の腹で受け流した。地面に突き刺さった葉は根深く、すぐには抜けないだろう。次の葉が生み出されるのだって数秒の時間はかかる。
 ルルは橋のようになった葉の上を、切っ先を根元へ向けながら一直線に駆けた。
 先程からいくつも宝石の核の脈動が聞こえてきている。新しく生まれた葉の核は、花とは別で根元の茎にあるらしい。試しに力一杯にそこへ剣を突き刺すと、今まで丈夫だった葉がたちまち、ガラスの様に粉々に崩れ始めた。

 ルルは不安定な足元から、新しく襲い掛かる葉に軽々と跳び移る。時折り邪魔する蔓は、宝石を纏わせて氷の様に固め、動きを鈍らせた。
 それでも新しい葉や蔓など、獲物を捉えようとする物たちはまたすぐに現れる。だが彼はそれに対して、軽く防ぎ続けるだけで攻撃を仕掛けなかった。
 まだだ。本体である花の核を壊すまでに、少しの間だけ時間を稼げればいい。
 花の吠える声が近くに聞こえてきた。ルルは固めた蔓を足場にして更に高く、花よりも上に跳んだ。花は無数の歯を持った大口を開いて構える。すると大きな口を目の前に、彼の目が丸くなり「あ」と呟かれる。そして、そのまま食べられるように包まれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...