宝石少年の旅記録

小枝 唯

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【宝石少年と言葉の国】

綺麗が好きな彼の願い

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 ルルがグリードに来て1週間が過ぎた。今日ジェイドは用事があるらしく、久し振りに1人で出歩く。
 今居るのは、国の入り口に近い物売りたちの橋。グリードに来たばかりの頃に、利用させて貰った場所だ。

「おや、あんた新しい物売りじゃないか?」

 飛んで来た声に少しだけ遅れて足を止めた。活気ある女性の声を頼りに振り返り、それらしい気配にぺこりと頭を下げる。彼女は果物を売っていて、爽やかな甘い香りが漂ってきた。
 彼女はジェイドにルルの存在を教えた相手だった。

「どうだい、商品は売れたかい?」
『うん』
「そうかいそうかい。しっかし随分と若いじゃないか。もしかして、旅でもしてるのかい?」

 頷く彼に、彼女は我が子の様な健気さを感じたのか、手元の果物を彼の手に握らせた。ルルは手に収まる懐かしい感覚に目を瞬かせる。

「プルーナは好き? 持ってお行きよ」
『でも、商品なのに』
「いいんだよ、売れなきゃ腐っちまうだけだ。それに、若いんだから食べなきゃね」
『……ありがとう』
「まだしばらく居るのかい? 困った事があったら何でも聞きな」
『ありがとう。じゃあ、早速なんだけど……この国について、聞いていい?』
「ああ、どんと来い」

 胸をドンと叩く音につられ、ルルの口から「ふふ」と嬉しそうな息をこぼれる。

『この国の、特徴的な場所とか……ある?』
「そりゃあなんて言ったって、大図書館さ」
『ん……それ以外は、何かある?』
「そうだねぇ……なんせそんなに広くない国だからねぇ。あとはこの物売り場くらいさ」
『そう。少し、歴史が浅い、のかな』
「ああ、そんなに歴は長くないよ。でも、大図書館の本の多さで一目置かれてる国でもあるのさ。知識だけは逸品ってね」

 まだ旅をして2年という短い時間だが、確かに今までの国に比べると、明らかに本の量や質が上だった。国を少し周って見ると、歩きながら本を読む器用な民も多い。

「あとはジェイドのお陰もある。知ってるかい?」
『うん、知ってる』
「そうかい。あの人の知識はとても膨大でね。グリードの誰よりも聡明だよ。その頭の良さもあってか『マジェス』という国の科学者と仲が良いんだ。立ち寄った事はあるかい?」
『ううん、まだ無い。いつか、行くだろうから、覚えておくよ』

 ふと、人の気配を感じて振り返る。その人物は親しい客のようで、亭主は明るく出迎えの声をかけた。もう少し話したかったが、これ以上長居すれば邪魔になってしまうだろう。亭主はルルが店から一歩後ずさった事に気付いた。

「あぁ、悪いね」
『ううん、色々答えてくれて……ありがとう。プルーナも』
「いいんだよ。また来ておくれ。そうだ、この国を知りたいなら、やっぱり大図書館が手っ取り早いよ」
『分かった。ありがとう』

 ルルは手を振った彼女へ頭を下げ、控えめに手を振り返し、店をあとにした。


 やがて賑やかな物売り場から道を外し、建物の壁に寄って足を止める。あれから他の物売りたちにも尋ねて周ったが、あまり有力情報は貰えなかった。みんな、最初に出会った女亭主と同じような答えだらけだ。
 ルルは緩く握った手で口元を隠しながら、難しそうな顔をする。

(あんまり人に、深く聞く事は……出来ないのかも。やっぱり、自分で調べた方が、いいかな。なんだかこの国……している気がする)

 彼らから得た情報で分かったのは、この国が良くも悪くも静かだという事だった。先程聞いたように、あまり目立つものが無い。

(静かなのはいいけど……ただ静かなだけじゃ、ない気がする。不思議な国)

 ルルは雲が眩しく映える青空を見上げ、肺の中を入れ替えるように息を吸って再び歩き出す。その足は、国の全てが集まっているであろう大図書館への道を辿った。

 少し久しぶりに、大図書館前の低い階段を登って巨大な門を潜った。立ち止まると、コツン……と彼の足が止んだ音だけが響く。

(今日も人は、居ない)

 本棚に囲まれている中央まで進み、キョロキョロと周りを見る。やはり自分以外の気配が、ジャスパーのものを含めて感じなかった。

『ジャスパー……僕だよ。どこかに居る?』

 この中に居るであろう彼へ呼びかけたが、しばらくの間応答は無く、返事を待ってただ立ち尽くす。するとどこからか、宝石の香りが空気に漂い始めた。香りが強くなったと感じたと同時、首に誰かの腕が絡まる。

「!」
「ル~ル」
『ジャスパー?』
「ウン。来てくれたンダネ」

 ルルは頷きながら仮面とフードを取り、首元に絡んだ彼の腕にそっと手を添えた。ジャスパーは抱き着く格好のまま、静かに地面に降りる。確かめるようにルルの頬を撫でながら、嬉しそうに瞳を細めた。虹の双眸は今、自分の赤と緑を含んでチラチラと反射している。

「フフ、待ってたヨ、来てくれるのを。会えて嬉シイ。早速オ喋りシヨウ」
『いいよ』

 ルルは初めて出会った頃と同じく、彼の取って置きの場所へ導かれる。そして先程の微かな宝石の香りを思い出して、後ろへ振り向く。

「? ドウカシタ?」
『ジャスパーは今、宝石とか持ってる?』
「ううん、持ってないヨ?」
『そう……。気のせいかな』

 ルルは胸の中で小さく首をかしげながらも、促されてソファに腰を下ろした。ジャスパーは愉快そうに空中で踊った。

「サァ、何の話をしよウカ」
『ん……僕、君の事を……もっと、知りたいんだ』
「ボクのコト?」

 ジャスパーは踊るのを止め、色違いの目をパチクリして自分に指をさす。すると、可笑しそうに目を細まり、肯定を示された。
 そんな堂々と知りたいと言われたのは初めてだ。別に嫌ではない。しかしいざ意識するとなると少し恥ずかしく、時間を稼ぐように彼の周りを泳いだ。

『嫌?』
「う、ウウン。どうぞ。何ガ知りたい?」
『ジャスパーはどうして、綺麗なものが好きなの? 小さな頃から、好きだって聞いたから』
「ン~別にね、綺麗なモノが大好きってわけじゃナカッタよ。最初はネ」
『そうだったんだ。じゃあどうして?』
「……だって好きでしょ? ミンナ、綺麗な存在」
『みんな?』
「うん。綺麗なモノを嫌う人は居ないデショ? たとえ妬んだりする人は居てもサ。ダカラ、ソレを集めたり、ボク自身がソレになれば、少しはみんなと……仲良くなれるカナ~なんて、ネ?」

 ジャスパーは目を伏せながら、まるで悪い事を反省しているかの様に、歯切れ悪く呟く。最後になるにつれ、言葉は掠れてしまうほど縮小していった。
 グリードの国民たちは皆、緑の髪を持つ。しかしその中で、彼だけが濃い茶色を持っていた。しかしいくら自身を美しくしても、やはりその溝はどうにも埋められず、今もなお孤独でいる。
 ルルは彼の言葉をいまいち理解出来ず、難しそうな顔をした。

『どうしてジャスパーが、そうなる必要が、あるの?』
「え?」
『分からない。人は違うものなのに、そんなに、おかしいの?』

 ルルにとって、何故ジャスパーだけが姿を変えなければいけないのか、理解出来なかった。何故姿形で、人々からの意見が変わるのかが分からない。盲目であるがために彼は知らないのだ。人にとって、同じ世界に異色があるのを嫌う事を。

『クゥもね、自分の色を……嫌いだって、言っていたの。僕は、綺麗だと、思ったのに』

 そっと、彼の髪へ撫でるように指を通す。風を必要とせずに靡くその綺麗な髪は、一切指に引っかからない。しかしなんだかジャスパーには、指の愛おしそうな動きに後ろめたさに似た感情を覚えさせる。

「……それは、盲目だからサ」
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