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【宝石少年と言葉の国】
聞こえぬ悲鳴
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ゴーンゴーン……と、分厚く体の芯に響く音が聞こえ、ルルは言葉を止めて顔を上げる。ジェイドとジャスパーはそれに遅れて耳を澄まし、鐘の音に気が付いた。ここでは小さく聞こえるが、これは大図書館の天辺に着いた鐘が、国全体に夕刻を報せる音だ。
「もうこんな時間か」
「帰ル……?」
「暗くなってしまうからな」
寂しそうに目を伏せると、優しく大きな手で頭を撫でられた。
ジャスパーはすっかり色を濃くし始めた夕日に、ムッとした顔を向けながらも渋々頷いた。歩く2人を通り越し、先に出口へ降り立つ。ここから先、出る事が出来ない。
『楽しかったよ、ジャスパー。貴方と友達になれて、とても嬉しい』
「ボクこそ! アリガトウ、ルル」
ジャスパーは差し出された華奢な手を両手で包み、嬉しそうに、しかし物寂しそうに目を細める。ルルの耳元に顔を近付け、彼だけへ小さく囁いた。
「マタココにおいで、気が向いたら。ボクは待ッテルよ……イツモ」
ルルは低い囁きに仮面の下で目をパチクリとさせ、微笑みに似た表情を浮かべながら頷いた。
『バイバイ』
「ん、気ヲ付けてネ2人とも」
「ああ、お前もな」
ルルは手を振り、先を行くジェイドに続いた。彼の背を気配で追いながら、ふと不思議そうに首をかしげる。
『ねぇ、ジェイド。今日は…大図書館に人が、居なかったね』
「ん? あぁ、そうだなぁ。まぁ、毎日人が居るわけでもない。あの子の事もある」
『どういう事?』
「実際にあの子に会って、君は何を思ったかね?」
『何を? 面白い人だと、思ったよ? あ、でも……想像していたより、顔が、大人びていたかも』
ルルが彼に触れるまで想像していたのは、自分と同じか、少し歳が下である幼い顔だった。しかし実際は、歳は26と上で、背も随分と高かった。
ジェイドはそれに小さく頷く。
『何か、理由があるの?』
「君と若干、境遇が似てる。いや、ある意味逆かもしれんがね」
「……?」
「あの子はこの国では、あまり好かれていないのだよ。容姿や持っている力のせいか、気味が悪いと言われてしまってな。あの子は……ただ生きているだけで、皆から拒絶されるんだ。あの子は世界に触れられない。そのせいか、心の成長が遅いのだよ」
ルルは話を聞きながら、逆だと言った意味をなんとなく理解した。自分は皆をある意味惹きつけるが、ジャスパーは避けられる。これを考えると確かに逆だ。
記憶を辿り、ふと花を渡した際の、大袈裟にさえ見えた喜びの声を思い出した。ジャスパーはジェイド以外の優しさを知らない。だから他の人からの優しさに、心から大きな喜びを示したのだ。ジェイドもそれを分かっていて、土産物を託したのだろう。
「ルルがあの子と馬が合ったようで、安心したよ」
『ジャスパーは、いい人だよ。僕は好き。だから、もっと知りたい。そういえばジェイドは、家族って……言っていたよね?』
「ああ。出会ったのは、もう10年も前だ」
大図書館に偶然立ち寄った時だった。今はジャスパーのお気に入りの場とされているあそこに、傷だらけで座っていた。こちらの存在に気付くと警戒心を見せ、中々手当てさせてくれなかったのを覚えている。
家族は? 親は? 家まで送ろう。そう誘ったが、彼は目元に影を落として「無い」とだけ答えた。
「その時はそれで別れたが、どうにも忘れられなくてな。私は大図書館に通うようになり、いつの間にか隣に居るのが馴染んだというわけだ。まぁ、家族だと思っているのは一方的だがね」
『そう。でも、ジェイドが大切に想っているの……よく、分かるよ。それにしても、ジャスパーは元々、大図書館に居たんだね。どうしてだろう?』
「ふむ、そうだな。そういえば、何故そこに居るのか……尋ねた事が無い」
ジェイドは口元を撫で、訝しそうに首をかしげた。ルルは悩ましそうな彼の声を聞きながら大図書館を思い返す。なにやら、言い知れぬ違和感を感じた。
『あそこは、本当に……柱の塔?』
「ん? あぁ、確かだ。何か気付いた事でもあったかね?」
『話したの、国宝の事。でもジャスパーは、国宝自体を初めて、知ったって。あそこに、ずっと居るのに』
「国宝を知らなかったと?」
『うん。この国の国宝、国石は何?』
「マラカイトさ。グリードの国民は、皆持っている」
日が沈む頃、辿り着いた家のドアノブへ、腕に飾った国の代表石であるマラカイトを取り出し、主張するように翳して鍵を開けた。
ルルは部屋に入ってフードと仮面を取ると、瞳を伏せて宝石の耳に手を添える。
『……聞こえないんだ、国宝の音』
「音?」
『何となくね、ある場所が、分かるんだ。終わりが近い国宝が、死を…嘆くみたいに、僕を呼ぶの。あまり、好きな音と、香りじゃないけど…』
「そうか、それを辿って君は旅先を決めるのかね?」
『うん。だけど……香りが、しない。国宝は、どこにあるの? 本当にあれは、この国の心臓部?』
ジェイドは何も答えられない。その言葉は独り言のように、頭の中で静かに消えていく。掴み所の無い奇妙な悪寒を感じた。考えれば考えるほどに、今まであった筈の答えが霧に隠れてしまう。
(私は……この国の何を知っているんだ?)
『ジェイド? 聞こえてる?』
「あっ? あぁすまん。もう1度いいか?」
『この国を、詳しく知りたい。だから、もう少し……お世話になっていい? 協力して欲しいんだ。国を、案内してほしいの。あと、歴史とかも』
「あ、あぁもちろんだとも」
『ありがとう。よろしくね』
ジェイドは差し出された青い手の平を握り返しながら、必死に平静を装う事しか出来なかった。
「もうこんな時間か」
「帰ル……?」
「暗くなってしまうからな」
寂しそうに目を伏せると、優しく大きな手で頭を撫でられた。
ジャスパーはすっかり色を濃くし始めた夕日に、ムッとした顔を向けながらも渋々頷いた。歩く2人を通り越し、先に出口へ降り立つ。ここから先、出る事が出来ない。
『楽しかったよ、ジャスパー。貴方と友達になれて、とても嬉しい』
「ボクこそ! アリガトウ、ルル」
ジャスパーは差し出された華奢な手を両手で包み、嬉しそうに、しかし物寂しそうに目を細める。ルルの耳元に顔を近付け、彼だけへ小さく囁いた。
「マタココにおいで、気が向いたら。ボクは待ッテルよ……イツモ」
ルルは低い囁きに仮面の下で目をパチクリとさせ、微笑みに似た表情を浮かべながら頷いた。
『バイバイ』
「ん、気ヲ付けてネ2人とも」
「ああ、お前もな」
ルルは手を振り、先を行くジェイドに続いた。彼の背を気配で追いながら、ふと不思議そうに首をかしげる。
『ねぇ、ジェイド。今日は…大図書館に人が、居なかったね』
「ん? あぁ、そうだなぁ。まぁ、毎日人が居るわけでもない。あの子の事もある」
『どういう事?』
「実際にあの子に会って、君は何を思ったかね?」
『何を? 面白い人だと、思ったよ? あ、でも……想像していたより、顔が、大人びていたかも』
ルルが彼に触れるまで想像していたのは、自分と同じか、少し歳が下である幼い顔だった。しかし実際は、歳は26と上で、背も随分と高かった。
ジェイドはそれに小さく頷く。
『何か、理由があるの?』
「君と若干、境遇が似てる。いや、ある意味逆かもしれんがね」
「……?」
「あの子はこの国では、あまり好かれていないのだよ。容姿や持っている力のせいか、気味が悪いと言われてしまってな。あの子は……ただ生きているだけで、皆から拒絶されるんだ。あの子は世界に触れられない。そのせいか、心の成長が遅いのだよ」
ルルは話を聞きながら、逆だと言った意味をなんとなく理解した。自分は皆をある意味惹きつけるが、ジャスパーは避けられる。これを考えると確かに逆だ。
記憶を辿り、ふと花を渡した際の、大袈裟にさえ見えた喜びの声を思い出した。ジャスパーはジェイド以外の優しさを知らない。だから他の人からの優しさに、心から大きな喜びを示したのだ。ジェイドもそれを分かっていて、土産物を託したのだろう。
「ルルがあの子と馬が合ったようで、安心したよ」
『ジャスパーは、いい人だよ。僕は好き。だから、もっと知りたい。そういえばジェイドは、家族って……言っていたよね?』
「ああ。出会ったのは、もう10年も前だ」
大図書館に偶然立ち寄った時だった。今はジャスパーのお気に入りの場とされているあそこに、傷だらけで座っていた。こちらの存在に気付くと警戒心を見せ、中々手当てさせてくれなかったのを覚えている。
家族は? 親は? 家まで送ろう。そう誘ったが、彼は目元に影を落として「無い」とだけ答えた。
「その時はそれで別れたが、どうにも忘れられなくてな。私は大図書館に通うようになり、いつの間にか隣に居るのが馴染んだというわけだ。まぁ、家族だと思っているのは一方的だがね」
『そう。でも、ジェイドが大切に想っているの……よく、分かるよ。それにしても、ジャスパーは元々、大図書館に居たんだね。どうしてだろう?』
「ふむ、そうだな。そういえば、何故そこに居るのか……尋ねた事が無い」
ジェイドは口元を撫で、訝しそうに首をかしげた。ルルは悩ましそうな彼の声を聞きながら大図書館を思い返す。なにやら、言い知れぬ違和感を感じた。
『あそこは、本当に……柱の塔?』
「ん? あぁ、確かだ。何か気付いた事でもあったかね?」
『話したの、国宝の事。でもジャスパーは、国宝自体を初めて、知ったって。あそこに、ずっと居るのに』
「国宝を知らなかったと?」
『うん。この国の国宝、国石は何?』
「マラカイトさ。グリードの国民は、皆持っている」
日が沈む頃、辿り着いた家のドアノブへ、腕に飾った国の代表石であるマラカイトを取り出し、主張するように翳して鍵を開けた。
ルルは部屋に入ってフードと仮面を取ると、瞳を伏せて宝石の耳に手を添える。
『……聞こえないんだ、国宝の音』
「音?」
『何となくね、ある場所が、分かるんだ。終わりが近い国宝が、死を…嘆くみたいに、僕を呼ぶの。あまり、好きな音と、香りじゃないけど…』
「そうか、それを辿って君は旅先を決めるのかね?」
『うん。だけど……香りが、しない。国宝は、どこにあるの? 本当にあれは、この国の心臓部?』
ジェイドは何も答えられない。その言葉は独り言のように、頭の中で静かに消えていく。掴み所の無い奇妙な悪寒を感じた。考えれば考えるほどに、今まであった筈の答えが霧に隠れてしまう。
(私は……この国の何を知っているんだ?)
『ジェイド? 聞こえてる?』
「あっ? あぁすまん。もう1度いいか?」
『この国を、詳しく知りたい。だから、もう少し……お世話になっていい? 協力して欲しいんだ。国を、案内してほしいの。あと、歴史とかも』
「あ、あぁもちろんだとも」
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