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【宝石少年と旅立ちの国】

プロローグの朝

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 短い様で長い時間、2人は何も言わなかった。そのためか、お互いの呼吸の音に紛れ、心臓の脈打つ鼓動がよく聞こえていた。それはもうこれから先、混ざる事が無い2つの生きる証拠の音。
 それを確かめるように、どちらも離れようとしない。

「もう遅いな。このまま眠ってしまおうか?」

 体を離したくなくて、クーゥカラットは軽く笑いながら言った。冗談の中に本音を半分混ぜた言葉に、ルルはコクリと頷く。

『クゥ、苦しくない?』
「ああ」
『じゃあ…このまま』
「ああ、そうしよう」

 ルルは顔だけを上げてクーゥカラットを見つめる。もう夜も更けたが、お互いに目を瞑ろうとしない。それからしばらくは、どちらともなく途切れ途切れに話を繋いだ。
 やがてルルの声が微睡に小さくなった。

『……僕、セルウスショーに出て、良かった』
「ん? どうして」
『クゥと…会えたの。クゥは、違う幸せがあったって、言っていたけど…今の僕にとっては、これ以外の…幸せ、要らないから……』
「…そうか……」

 ルルは眠気に頭が落ちてハッとする。このまま睡魔に負けて寝てしまわないようにと、背中に回した手にぎゅうっと力を入れた。クーゥカラットはそんな彼の背中を優しくトントンと叩く。

「ルルは、これから何をしたい?」
『ん………分からない。でも、色んなものを……見てみたいんだ…』

 クーゥカラットは再び微睡みに意識が溶け始めたルルに微笑みながら、優しい眠りを促す様に彼の髪を撫でる。

『……クゥ…』
「なんだ?」
『だい…すき…』

 柔らかな微睡みは、今はとても鬱陶しく感じてしまう。しかしいくら頑張っても、纏わりつくそれを取り去る事は出来ない。

「ああ…俺もだ。大好きだよ、ルル」

 目蓋が重たいのか、ルルの目は何度も閉じかけ、完全にくっ付く前に頭を上げてブルブルッと乱暴に振った。

「……さぁ、おやすみ、ルル」

 クーゥカラットは無理をする彼の顔を胸元に埋めさせ、髪を優しく撫でる。するともう限界だったルルは、彼の鼓動が子守唄となり、あっという間に夢の中に沈んでいった。
 クーゥカラットはルルの髪にキスをし、愛しそうに背中を撫でる。

「……不思議だな」

 彼らの前で少しも涙が出なかった。もちろん、悲しみも未練もあるが、とても心が静かで穏やかだ。そんな感情を消すほど、自分は幸せだったんだ。最後の最後、彼はそれを実感して誰よりも慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
 クーゥカラットは自分の命が砂の様にサラサラと流れ、消えていくのが分かった。とても眠い。しかしそのワインレッドの瞳は、最期までルルから逸らされる事はなかった。

「ありがとう………。俺の魂と心は、お前たちと共に…永遠に」

 クーゥカラットは霞んだ視界に、目を閉じる。その時、一筋の涙が落ちた。

~               **              ~               **                 ~

 ピチャン……と、足元で水が跳ねる音が聞こえ、ルルは閉じていた目を開いた。殺風景なこの世界を知っていた。現実ではない、自分が誰かを待つために見る空虚な夢だ。

『…誰?』

 目の前に1つの気配がある。
 ルルは目の前に居る、クーゥカラットでもクリスタでも無い、自分と同じ香りがする誰かに尋ねた。誰かは、過去と同じにクスリと笑う。

- 幼き子よ。この世界は終わる -
『どうして……?』
- 知っている筈だ。あの、終わる宝石を -

 その言葉にルルの記憶は、アヴァールの国宝を思い出していた。

『それと世界、何が関係あるの?』
- 国宝、我らが民の宝石。それが朽ちる時……保たれる世界も朽ちる。神が言った、我らの親が言った。それで世界は成り立っている -

 言葉の意味をいまいち理解出来ない。誰かは全てを知った様な物言いだが、ルルは初めて聞いた言葉だらけだ。
 ルルは頭の中で言葉を反芻しながらも、やはり意味が分からず微かに眉根を潜める。重要だという事だけは分かった。

『……僕に言うのは、どうして?』
- 神の子、我らの子。《世界の王》は、全ての命を紡ぐ、運命の子だからだ。お前は、世界を繋ぐための存在だ -
『僕は、神の子なんかじゃ…ないよ。王って、何? それに、僕は…僕のために、行動したい。僕の存在は、僕だけのものだから。もちろん、世界が滅ぶなんて……嫌、だけど』

 すると誰かは可笑しそうに笑って、冷たくも柔らかな手でルルの頬を撫でた。
 ルルはその反応に思わずキョトンとする。てっきり、目の前の誰かが怒りを見せると思ったのだ。だってそれは運命とやらに対抗した、わがままを言ったつもりだから。

- 構いはしないさ。私はお前の望むがままに、進めばいいと思っている。だから私は、これ以上、神からの使命を伝えるつもりはない。王の事も -

 何故か誰かの言葉は、今まであった堅苦しさが砕けていた。まるで親しい相手と会話するかの様な感覚に、ルルは訝しそうに首をかしげる。

『貴方は……誰なの? どうして怒らないの?』
- そうだな…。それは最後に教えるとしよう。お前が行くであろう、最後の場所で -
『行くって、まだ言ってない』
- 読めるさ、だから。世界を見るんだろう? -

 ルルは少ししてから頷き、過去、この声の主に出会った時の言葉を思い出す。いつか全てを見るだろうと予言されていた。確かにその通り、ルルが世界に触れたい気持ちは全く変わらない。
 クーゥカラットに言われた通り、やりたい事をする。恋い焦がれた世界を自分の足で歩くのだ。そしてそれをいつか、彼に話して聞かせたい。

- そのついでに、国宝を救ってやればいいのさ。時間はあって、世界を愛するかも、全てはお前の自由なのだから。私はもう終わった身。お前の最期が、美しければいい -
『国宝を、僕はどうすれば…生かせるの?』
- それは、時が来れば分かる。お前は我らが子、神の子、《世界の王》なのだから -

 誰かはとても楽しそうに、可笑しそうに笑う。その声はルルにとって、不思議な安心感と現実へ還るための、ここでの微睡みを与えた。

-神に、世界に…見せてやれ。お前の生きる美しい姿を -

 誰かは優しく、愛おしそうにルルを見つめて微笑み、彼の目元を冷たい指先で掠めた。するとルルは以前と同じように、意識が真っ暗な底に重く沈むのを感じた。

~               **              ~               **                 ~

 震えた長いまつ毛に隠されてた虹の瞳がゆっくりと現れる。部屋には時計のカチコチという音と、ルルだけの呼吸が響いた。自分を抱きしめるクーゥカラットの腕には力が無かったため、ルルはなんの抵抗もなくソファから立ち上がる事が出来た。
 彼は少しの間、何も無い空間を眺めてから、昇り始めた朝日に照らされる窓へ顔を向ける。

(…もう、朝、なのかな…)

 ルルは隣で横たわるクーゥカラットの頬に手を添える。とても冷たく、もうその口から「おはよう」という声も、まだ寝起きに溶けた低い声も聞こえない。

『クゥ、僕……外に行く』

 これから彼は、この国を出て様々な道を渡り歩く。いつの日かに知った白紙の世界を彩るために、多くの世界を盲目な瞳に映すのだ。
 そして誰かの言葉が、夢だけの戯言ではないのだとしたら、大事な思い出があるここも終わる事になる。

『クゥが居た世界、クリスタが居る世界……見せてくれた世界…。国宝のせいで終わるのは…嫌。多分…僕が、世界を見る事は、僕以外にも……意味が、あるんだよね…?』

 ルルはソファから離れ、棚に立て掛けられたクーゥカラットの剣に触れた。彼が言った通り、これは絶対に持って行く。でないと、共に独りぼっちになってしまう。金の鞘の中心を飾るスピネルが、ルルの姿をクーゥカラットの瞳の様に映した。
 試しに柄をグッと握って鞘から抜くと、半透明の刃が現れる。様々な宝石が合わさって完成しているそれは、ズシリとしていてとても重かった。まだ彼がそれを振り回すのは難しいだろう。
 ルルはそれを一旦床に置き、ヤギの皮で出来た白い肩掛けカバンをタンスから取り出した。カバンの中に、食糧の宝石を入れた小箱を仕舞う。カバンを肩に掛け、剣を落とさないようにと両手に抱えて再びクーゥカラットの前に立った。

『あのね、世界を見て……沢山の人と会って、そのまま…僕も終われたら…………クゥ、沢山お話ししよ? だから、それまで…僕を見守ってください』

 ルルはソファの前で屈んで「おやすみなさい」と心の中で呟くと、クーゥカラットの目蓋にそっとキスをした。
 背筋を伸ばして剣を抱え直し、ぎゅっとそれを抱きしめる。

(……さようなら、僕の、大好きな人)

 ルルが目を閉じた時、彼を想った最後の涙が水晶となって一粒、ソファの上に落ちて転がった。

 ルルはテーブルに置いた仮面を着けてマントを体の上に羽織り、まるで初めて外に出る時の様に深呼吸すると、家の中へ振り返る。

(行ってきます)

 玄関の扉を開け、まだ薄ら暗い外の世界へと足を運ばせた。


 これはまだ、最初の話。神の子が、世界の王が、人の温もりに触れて、ビジュエラを彩るプロローグに過ぎない。


~               **              ~               **                 ~

《作者より》
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。1章はこれで無事完結です。
この調子で、国の物語がルルを中心に展開されていきます。またお暇な時に覗いで下さい。
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