宝石少年の旅記録

小枝 唯

文字の大きさ
上 下
23 / 210
【宝石少年と旅立ちの国】

プロローグの朝

しおりを挟む
 短い様で長い時間、2人は何も言わなかった。そのためか、お互いの呼吸の音に紛れ、心臓の脈打つ鼓動がよく聞こえていた。それはもうこれから先、混ざる事が無い2つの生きる証拠の音。
 それを確かめるように、どちらも離れようとしない。

「もう遅いな。このまま眠ってしまおうか?」

 体を離したくなくて、クーゥカラットは軽く笑いながら言った。冗談の中に本音を半分混ぜた言葉に、ルルはコクリと頷く。

『クゥ、苦しくない?』
「ああ」
『じゃあ…このまま』
「ああ、そうしよう」

 ルルは顔だけを上げてクーゥカラットを見つめる。もう夜も更けたが、お互いに目を瞑ろうとしない。それからしばらくは、どちらともなく途切れ途切れに話を繋いだ。
 やがてルルの声が微睡に小さくなった。

『……僕、セルウスショーに出て、良かった』
「ん? どうして」
『クゥと…会えたの。クゥは、違う幸せがあったって、言っていたけど…今の僕にとっては、これ以外の…幸せ、要らないから……』
「…そうか……」

 ルルは眠気に頭が落ちてハッとする。このまま睡魔に負けて寝てしまわないようにと、背中に回した手にぎゅうっと力を入れた。クーゥカラットはそんな彼の背中を優しくトントンと叩く。

「ルルは、これから何をしたい?」
『ん………分からない。でも、色んなものを……見てみたいんだ…』

 クーゥカラットは再び微睡みに意識が溶け始めたルルに微笑みながら、優しい眠りを促す様に彼の髪を撫でる。

『……クゥ…』
「なんだ?」
『だい…すき…』

 柔らかな微睡みは、今はとても鬱陶しく感じてしまう。しかしいくら頑張っても、纏わりつくそれを取り去る事は出来ない。

「ああ…俺もだ。大好きだよ、ルル」

 目蓋が重たいのか、ルルの目は何度も閉じかけ、完全にくっ付く前に頭を上げてブルブルッと乱暴に振った。

「……さぁ、おやすみ、ルル」

 クーゥカラットは無理をする彼の顔を胸元に埋めさせ、髪を優しく撫でる。するともう限界だったルルは、彼の鼓動が子守唄となり、あっという間に夢の中に沈んでいった。
 クーゥカラットはルルの髪にキスをし、愛しそうに背中を撫でる。

「……不思議だな」

 彼らの前で少しも涙が出なかった。もちろん、悲しみも未練もあるが、とても心が静かで穏やかだ。そんな感情を消すほど、自分は幸せだったんだ。最後の最後、彼はそれを実感して誰よりも慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
 クーゥカラットは自分の命が砂の様にサラサラと流れ、消えていくのが分かった。とても眠い。しかしそのワインレッドの瞳は、最期までルルから逸らされる事はなかった。

「ありがとう………。俺の魂と心は、お前たちと共に…永遠に」

 クーゥカラットは霞んだ視界に、目を閉じる。その時、一筋の涙が落ちた。

~               **              ~               **                 ~

 ピチャン……と、足元で水が跳ねる音が聞こえ、ルルは閉じていた目を開いた。殺風景なこの世界を知っていた。現実ではない、自分が誰かを待つために見る空虚な夢だ。

『…誰?』

 目の前に1つの気配がある。
 ルルは目の前に居る、クーゥカラットでもクリスタでも無い、自分と同じ香りがする誰かに尋ねた。誰かは、過去と同じにクスリと笑う。

- 幼き子よ。この世界は終わる -
『どうして……?』
- 知っている筈だ。あの、終わる宝石を -

 その言葉にルルの記憶は、アヴァールの国宝を思い出していた。

『それと世界、何が関係あるの?』
- 国宝、我らが民の宝石。それが朽ちる時……保たれる世界も朽ちる。神が言った、我らの親が言った。それで世界は成り立っている -

 言葉の意味をいまいち理解出来ない。誰かは全てを知った様な物言いだが、ルルは初めて聞いた言葉だらけだ。
 ルルは頭の中で言葉を反芻しながらも、やはり意味が分からず微かに眉根を潜める。重要だという事だけは分かった。

『……僕に言うのは、どうして?』
- 神の子、我らの子。《世界の王》は、全ての命を紡ぐ、運命の子だからだ。お前は、世界を繋ぐための存在だ -
『僕は、神の子なんかじゃ…ないよ。王って、何? それに、僕は…僕のために、行動したい。僕の存在は、僕だけのものだから。もちろん、世界が滅ぶなんて……嫌、だけど』

 すると誰かは可笑しそうに笑って、冷たくも柔らかな手でルルの頬を撫でた。
 ルルはその反応に思わずキョトンとする。てっきり、目の前の誰かが怒りを見せると思ったのだ。だってそれは運命とやらに対抗した、わがままを言ったつもりだから。

- 構いはしないさ。私はお前の望むがままに、進めばいいと思っている。だから私は、これ以上、神からの使命を伝えるつもりはない。王の事も -

 何故か誰かの言葉は、今まであった堅苦しさが砕けていた。まるで親しい相手と会話するかの様な感覚に、ルルは訝しそうに首をかしげる。

『貴方は……誰なの? どうして怒らないの?』
- そうだな…。それは最後に教えるとしよう。お前が行くであろう、最後の場所で -
『行くって、まだ言ってない』
- 読めるさ、だから。世界を見るんだろう? -

 ルルは少ししてから頷き、過去、この声の主に出会った時の言葉を思い出す。いつか全てを見るだろうと予言されていた。確かにその通り、ルルが世界に触れたい気持ちは全く変わらない。
 クーゥカラットに言われた通り、やりたい事をする。恋い焦がれた世界を自分の足で歩くのだ。そしてそれをいつか、彼に話して聞かせたい。

- そのついでに、国宝を救ってやればいいのさ。時間はあって、世界を愛するかも、全てはお前の自由なのだから。私はもう終わった身。お前の最期が、美しければいい -
『国宝を、僕はどうすれば…生かせるの?』
- それは、時が来れば分かる。お前は我らが子、神の子、《世界の王》なのだから -

 誰かはとても楽しそうに、可笑しそうに笑う。その声はルルにとって、不思議な安心感と現実へ還るための、ここでの微睡みを与えた。

-神に、世界に…見せてやれ。お前の生きる美しい姿を -

 誰かは優しく、愛おしそうにルルを見つめて微笑み、彼の目元を冷たい指先で掠めた。するとルルは以前と同じように、意識が真っ暗な底に重く沈むのを感じた。

~               **              ~               **                 ~

 震えた長いまつ毛に隠されてた虹の瞳がゆっくりと現れる。部屋には時計のカチコチという音と、ルルだけの呼吸が響いた。自分を抱きしめるクーゥカラットの腕には力が無かったため、ルルはなんの抵抗もなくソファから立ち上がる事が出来た。
 彼は少しの間、何も無い空間を眺めてから、昇り始めた朝日に照らされる窓へ顔を向ける。

(…もう、朝、なのかな…)

 ルルは隣で横たわるクーゥカラットの頬に手を添える。とても冷たく、もうその口から「おはよう」という声も、まだ寝起きに溶けた低い声も聞こえない。

『クゥ、僕……外に行く』

 これから彼は、この国を出て様々な道を渡り歩く。いつの日かに知った白紙の世界を彩るために、多くの世界を盲目な瞳に映すのだ。
 そして誰かの言葉が、夢だけの戯言ではないのだとしたら、大事な思い出があるここも終わる事になる。

『クゥが居た世界、クリスタが居る世界……見せてくれた世界…。国宝のせいで終わるのは…嫌。多分…僕が、世界を見る事は、僕以外にも……意味が、あるんだよね…?』

 ルルはソファから離れ、棚に立て掛けられたクーゥカラットの剣に触れた。彼が言った通り、これは絶対に持って行く。でないと、共に独りぼっちになってしまう。金の鞘の中心を飾るスピネルが、ルルの姿をクーゥカラットの瞳の様に映した。
 試しに柄をグッと握って鞘から抜くと、半透明の刃が現れる。様々な宝石が合わさって完成しているそれは、ズシリとしていてとても重かった。まだ彼がそれを振り回すのは難しいだろう。
 ルルはそれを一旦床に置き、ヤギの皮で出来た白い肩掛けカバンをタンスから取り出した。カバンの中に、食糧の宝石を入れた小箱を仕舞う。カバンを肩に掛け、剣を落とさないようにと両手に抱えて再びクーゥカラットの前に立った。

『あのね、世界を見て……沢山の人と会って、そのまま…僕も終われたら…………クゥ、沢山お話ししよ? だから、それまで…僕を見守ってください』

 ルルはソファの前で屈んで「おやすみなさい」と心の中で呟くと、クーゥカラットの目蓋にそっとキスをした。
 背筋を伸ばして剣を抱え直し、ぎゅっとそれを抱きしめる。

(……さようなら、僕の、大好きな人)

 ルルが目を閉じた時、彼を想った最後の涙が水晶となって一粒、ソファの上に落ちて転がった。

 ルルはテーブルに置いた仮面を着けてマントを体の上に羽織り、まるで初めて外に出る時の様に深呼吸すると、家の中へ振り返る。

(行ってきます)

 玄関の扉を開け、まだ薄ら暗い外の世界へと足を運ばせた。


 これはまだ、最初の話。神の子が、世界の王が、人の温もりに触れて、ビジュエラを彩るプロローグに過ぎない。


~               **              ~               **                 ~

《作者より》
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。1章はこれで無事完結です。
この調子で、国の物語がルルを中心に展開されていきます。またお暇な時に覗いで下さい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...