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【宝石少年と旅立ちの国】
望まれた犠牲
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木の枝から覗ける空は雲1つ見えない。息が止まりそうなほどの晴天の日。ルルは室内ではなく林の中で大きな岩の上に座り、暇を持て余していた。
頬を撫でる涼しい風が気持ちがいい。少しでも深く体で感じたくて空を見上げ、空気を大きく吸い込んだ。新鮮な空気が肺を満たし、洗われた気分になる。
彼の周りには動物や魔獣が寄り添うように居た。細い肩には鳥が止まり、座っている岩の横ではドーゥが草花を食んでいる。
肩に止まる鳥がチチチッと鳴き、ルルは自分の手の平よりも小さな頭を優しく指で撫でた。ふと家の扉に視線を向ける。クーゥカラットが仕事で家を空けて一晩が経った。
(早く帰って、来ないかな)
緊急で呼ばれたのだから仕方が無いが、やはり夜を1人で過ごすのは寂しかった。彼から昼食前には帰れると連絡を貰っていたため、すぐ出迎えられるようにと外で待っているのだ。しかし時計すら読めないため、時間は感覚と陽の暖かさ頼りで、1人の時は余計に時の流れが遅く感じる。
もちろん林の住人と触れ合うのも楽しいが、やはりクーゥカラットが隣に居る時間は特別だ。
(お腹、空いちゃった。でも、一緒に食べたい……どうしよう)
ルルはしばらく腹を手で撫でながら悩み、宝石だけならいいだろうと判断して、岩から腰を上げた。それにドーゥは耳をパタパタとさせ、下げていた頭を上げて彼の背中を見る。
すると、扉へ伸ばした腕がクイッとドーゥに引っ張られ、指先が触れる前に止まる。ルルが振り返って首をかしげると、ドーゥは口を離して気を引く様にグゥグゥと低く鳴いた。
『どうしたの?』
ドーゥは少し進み、振り向くと再び目立つように鳴く。どうやら付いて来いと言っているらしい。ルルは扉を一瞥したが開ける事はせず、ドーゥに導かれて奥へと行った。
ドーゥの背中に手を添え、置いて行かれないように続く。やがて案内していたドーゥの足は、ピンクや赤の小さな実を付けた低い木の前で止まり、今度はクゥクゥと高く鳴いた。
ルルは手探りでその実に気付き、試しに1粒もぎ取る。
(これ、食べられる……のかな?)
ピンク色の実を鼻に近づけて嗅いでから、恐る恐る囓る。硬い皮がプチッと破れ、口の中に濃い甘みが広がった。
『……美味しい。ありがとう、ドーゥ。案内して、くれたんだね』
ルルは柔らかな毛が覆う長い首を優しく抱きしめ、新しい実を2つ採ると、片方をドーゥに差し出した。
ドーゥはクルクルと喉を鳴らしながらそれを食べる。ルルは手の平から実の重さが無くなったことに嬉しそうに頬を緩めた。
強い風が吹き荒れ、星を抱いた髪を隠していたフードが取り払われる。途端、強風に驚いた鳥たちがバサバサと空へ飛んで行った。宝石の耳に木々が騒めく音が長くこだまする。
「……?」
フードをかぶり直してから、ルルは不思議そうに辺りを見渡す。音に紛れて誰かの足音が聞こえたのだ。それは気のせいではないようで、ドーゥもグルグルと鳴いて反応を見せた。
襲う不安に背筋がピンと伸び、腰にした剣に手を置いた。しかし再び聞こえた足音と共にあったのは、求めていた気配。
『クゥ?』
「あぁ、ルル。そこで待ってたのか。ただいま、昼食にしよう」
『うん、おかえりなさい。お腹が空いたらね、ドーゥが木ノ実を、くれたんだよ』
ルルは彼の帰宅にホッと胸を撫で下ろした。纏わり付いた緊張はクーゥカラットの気配と声によって、優しく体の奥へ消えていく。しかし隣へ行こうとした時、服をドーゥに噛まれてそれ以上前へ進めなかった。
ルルはグゥグゥと低く鳴くドーゥの首を宥めようと優しく撫でる。
『ごめんねドーゥ、もう、行かないと……。また今度、一緒に遊ぼう?』
そう話しかけても、ドーゥは一向に離そうとしてくれない。普段より低い声で小さく唸る様に鳴くその姿はまるで、警戒しているように見える。ルルはそれにどこか違和感を感じた。
(ドーゥ?)
「ルル、どうした?」
『ドーゥの様子が……』
クーゥカラットの訝しむ声と草を踏む音がこちらへ近付いた時、ドーゥの口から力が抜け、ようやく束縛が解かれる。しかし緩んだのは力だけで、ドーゥはなおも誰かへ唸り続けていた。
(僕と、クゥ以外……誰か、居るの?)
足音がすぐ後ろで止まった。
「さぁ、帰ろう」
『あ……うん』
いつも通りに差し伸べられた手を取ろうとしたその時、ルルの手は違和感の正体に気付いて中途半端に止まった。
それはクーゥカラットとドーゥの距離。いつもならば、すぐ彼へ甘えに行く筈だ。それなのに今は、誰かへ歯茎を剥き出しにしている。しかしドーゥから見て、気配は自分とクーゥカラットの2つだけ。
(もしかして……クゥに、警戒してる?)
ルルがドーゥへ振り返ったその時だった。ドーゥは脚に力を込めてルルの前へ飛躍する。次の瞬間、その体はクーゥカラットの周りから吹き荒れた突風で吹き飛ばされた。
『えっ?』
一瞬の出来事で何が起こったのか分からない。ドーゥは後ろで苦しそうに呻き、なおも誰かへ警戒を見せていた。
『クゥ、何をするの……?!』
ルルが駆け寄ろうとしたその時、クーゥカラットの口から囁き声が聞こえた。そう思った時、ルルの体はピタリと動かなくなった。まるで人形にされた様で、瞬きすらの自由も利かない。
そんな彼の様子に、目の前からフッと小さく笑った声が聞こえた。その音にルルは息を飲む。
(クゥじゃ、ないっ?)
彼はこんな、誰かを嘲笑する笑みは零さない。
ルルの頭はそこでようやく、ドーゥが見知らぬ相手へ警戒を見せて、自分を引き止めていたのだと理解した。どうしてそれに気付けなかったのだろう。偽物の気配なんかに、すっかり安心していた。
「……どうして入れたか、教えてやろうか」
闇の様な黒衣に身を包んだ見知らぬ相手は、唇の端を引き上げて不気味に笑った。声はクーゥカラットに似ている。
「あんな結界、何度も試せば片腕が消えるくらいで破れるなんだよ。残念だったな」
声の変幻を解いたのか、聞いた事が無い、濁った誰かの声が楽しそうに言った。確かに男の左腕は、肩から先が無い。
唖然とした様に言葉を綴れないルルに男は再び笑い、仕上げだと右腕を頭上に振り上げる。
「ルル!!」
しかし銀に輝く体を怪しく黒に染める短い刃が、彼の胸へ振り下ろされる直前、叫びにも似た本当の声がルルを呼んだ。
声に心が反応したと同時、暖かい腕に体が包まれる。直後、ドスッと重たい衝撃を感じ、目を丸くした。
「ぐっぅ……!」
『クゥ?!』
苦しげな声が聞こえると、背中に回った腕がズルリと崩れ、離れていくのを感じた。ルルは見えない束縛が解かれて体の自由を取り戻すと、倒れたクーゥカラットに駆け寄る。
抱き起こそうとした拍子、ぬるりとした生暖かい血が手につき、ルルはその傷口の深さにゾッと背筋を震わせた。
ドクドクと地面に血が広がり、白い服を赤黒く汚した。彼はそれ以上血が流れてしまわない様にと、必死に両手で傷口を抑える。
「これで、終わりだ。やっと……終わった。簡単だった。最初からお前を狙っていれば、こんなに時間を掛けずに復讐出来たんだ。はは、ははははっ五大柱は終わりだ!」
お前と言うのは自分の事だ。つまり相手は最初から自分を狙ったフリをして、クーゥカラットの命を取るつもりでいたのか? そして自分は安易に惑わされて引っかかったのか?
大切な家族を殺すために利用され、そしてそれに抵抗しなかった事を理解したルルは、初めて殺意という感情を知った。
体の奥底から登るどす黒い熱に唇を噛むと、剣を抜いて思い切り相手へ振り払った。しかし相手の嗤い声は遠のき、刃が掠めたのは背の高い草木だけ。
(僕の、せいだ……っ……僕が早く、気付いていたら!)
恐怖で乱れた呼吸をしながら、ルルはガタガタと体を震わせてその場に膝を落とした。
クーゥカラットは霞む視界に、自分の血に濡れた両手で顔を覆うルルを収める。彼へなんとか手を伸ばし、慰めようと優しく頭を撫でた。ルルはその暖かな手に我に返り、再び傷口を抑えた。しかしそれは何の意味もなさない。
歪んだ虹の瞳から大粒の涙があふれ、草の上にパタパタと落ちる。
『ごめんなさい、ごめんなさい、クゥッ! どうしよう、どうすれば……っ』
「ル、ル……泣く、な」
『嫌だよ、死なないで……っ! 傷、手当て、道具……!』
しかしその焦りは言葉しか零れず、行動するための動きが鈍く止まった。
傷口が見えない。彼が今どんな状態で何が最適な手段なのか、想像すら出来ない。これだけの出血なのだから、ただ包帯を不器用に巻いて済む問題でもないだろう。彼を確実に救える方法を、ルルの頭は導き出す事が出来なかった。
1人ではどうしようも出来ないと、虚しくも頭が理解する。そのもどかしさに、誰かの手で首を締めらる息苦しさに襲われた。何も無い首に手が触れた時、彼は初めての友人の存在を思い出す。
ルルは役に立たなかった剣で服を素早く切り取り、血が溢れるクーゥカラットの腹に強く巻き付ける。そして傍で彼を心配そうに見ていたドーゥに振り返り、早口に捲し立てた。
『ドーゥ、クゥの傍に居て。クリスタを呼んでくる……待ってて!』
そう言って走り去るルルの姿を、クーゥカラットは何も言えずにただ見つめていた。
頬を撫でる涼しい風が気持ちがいい。少しでも深く体で感じたくて空を見上げ、空気を大きく吸い込んだ。新鮮な空気が肺を満たし、洗われた気分になる。
彼の周りには動物や魔獣が寄り添うように居た。細い肩には鳥が止まり、座っている岩の横ではドーゥが草花を食んでいる。
肩に止まる鳥がチチチッと鳴き、ルルは自分の手の平よりも小さな頭を優しく指で撫でた。ふと家の扉に視線を向ける。クーゥカラットが仕事で家を空けて一晩が経った。
(早く帰って、来ないかな)
緊急で呼ばれたのだから仕方が無いが、やはり夜を1人で過ごすのは寂しかった。彼から昼食前には帰れると連絡を貰っていたため、すぐ出迎えられるようにと外で待っているのだ。しかし時計すら読めないため、時間は感覚と陽の暖かさ頼りで、1人の時は余計に時の流れが遅く感じる。
もちろん林の住人と触れ合うのも楽しいが、やはりクーゥカラットが隣に居る時間は特別だ。
(お腹、空いちゃった。でも、一緒に食べたい……どうしよう)
ルルはしばらく腹を手で撫でながら悩み、宝石だけならいいだろうと判断して、岩から腰を上げた。それにドーゥは耳をパタパタとさせ、下げていた頭を上げて彼の背中を見る。
すると、扉へ伸ばした腕がクイッとドーゥに引っ張られ、指先が触れる前に止まる。ルルが振り返って首をかしげると、ドーゥは口を離して気を引く様にグゥグゥと低く鳴いた。
『どうしたの?』
ドーゥは少し進み、振り向くと再び目立つように鳴く。どうやら付いて来いと言っているらしい。ルルは扉を一瞥したが開ける事はせず、ドーゥに導かれて奥へと行った。
ドーゥの背中に手を添え、置いて行かれないように続く。やがて案内していたドーゥの足は、ピンクや赤の小さな実を付けた低い木の前で止まり、今度はクゥクゥと高く鳴いた。
ルルは手探りでその実に気付き、試しに1粒もぎ取る。
(これ、食べられる……のかな?)
ピンク色の実を鼻に近づけて嗅いでから、恐る恐る囓る。硬い皮がプチッと破れ、口の中に濃い甘みが広がった。
『……美味しい。ありがとう、ドーゥ。案内して、くれたんだね』
ルルは柔らかな毛が覆う長い首を優しく抱きしめ、新しい実を2つ採ると、片方をドーゥに差し出した。
ドーゥはクルクルと喉を鳴らしながらそれを食べる。ルルは手の平から実の重さが無くなったことに嬉しそうに頬を緩めた。
強い風が吹き荒れ、星を抱いた髪を隠していたフードが取り払われる。途端、強風に驚いた鳥たちがバサバサと空へ飛んで行った。宝石の耳に木々が騒めく音が長くこだまする。
「……?」
フードをかぶり直してから、ルルは不思議そうに辺りを見渡す。音に紛れて誰かの足音が聞こえたのだ。それは気のせいではないようで、ドーゥもグルグルと鳴いて反応を見せた。
襲う不安に背筋がピンと伸び、腰にした剣に手を置いた。しかし再び聞こえた足音と共にあったのは、求めていた気配。
『クゥ?』
「あぁ、ルル。そこで待ってたのか。ただいま、昼食にしよう」
『うん、おかえりなさい。お腹が空いたらね、ドーゥが木ノ実を、くれたんだよ』
ルルは彼の帰宅にホッと胸を撫で下ろした。纏わり付いた緊張はクーゥカラットの気配と声によって、優しく体の奥へ消えていく。しかし隣へ行こうとした時、服をドーゥに噛まれてそれ以上前へ進めなかった。
ルルはグゥグゥと低く鳴くドーゥの首を宥めようと優しく撫でる。
『ごめんねドーゥ、もう、行かないと……。また今度、一緒に遊ぼう?』
そう話しかけても、ドーゥは一向に離そうとしてくれない。普段より低い声で小さく唸る様に鳴くその姿はまるで、警戒しているように見える。ルルはそれにどこか違和感を感じた。
(ドーゥ?)
「ルル、どうした?」
『ドーゥの様子が……』
クーゥカラットの訝しむ声と草を踏む音がこちらへ近付いた時、ドーゥの口から力が抜け、ようやく束縛が解かれる。しかし緩んだのは力だけで、ドーゥはなおも誰かへ唸り続けていた。
(僕と、クゥ以外……誰か、居るの?)
足音がすぐ後ろで止まった。
「さぁ、帰ろう」
『あ……うん』
いつも通りに差し伸べられた手を取ろうとしたその時、ルルの手は違和感の正体に気付いて中途半端に止まった。
それはクーゥカラットとドーゥの距離。いつもならば、すぐ彼へ甘えに行く筈だ。それなのに今は、誰かへ歯茎を剥き出しにしている。しかしドーゥから見て、気配は自分とクーゥカラットの2つだけ。
(もしかして……クゥに、警戒してる?)
ルルがドーゥへ振り返ったその時だった。ドーゥは脚に力を込めてルルの前へ飛躍する。次の瞬間、その体はクーゥカラットの周りから吹き荒れた突風で吹き飛ばされた。
『えっ?』
一瞬の出来事で何が起こったのか分からない。ドーゥは後ろで苦しそうに呻き、なおも誰かへ警戒を見せていた。
『クゥ、何をするの……?!』
ルルが駆け寄ろうとしたその時、クーゥカラットの口から囁き声が聞こえた。そう思った時、ルルの体はピタリと動かなくなった。まるで人形にされた様で、瞬きすらの自由も利かない。
そんな彼の様子に、目の前からフッと小さく笑った声が聞こえた。その音にルルは息を飲む。
(クゥじゃ、ないっ?)
彼はこんな、誰かを嘲笑する笑みは零さない。
ルルの頭はそこでようやく、ドーゥが見知らぬ相手へ警戒を見せて、自分を引き止めていたのだと理解した。どうしてそれに気付けなかったのだろう。偽物の気配なんかに、すっかり安心していた。
「……どうして入れたか、教えてやろうか」
闇の様な黒衣に身を包んだ見知らぬ相手は、唇の端を引き上げて不気味に笑った。声はクーゥカラットに似ている。
「あんな結界、何度も試せば片腕が消えるくらいで破れるなんだよ。残念だったな」
声の変幻を解いたのか、聞いた事が無い、濁った誰かの声が楽しそうに言った。確かに男の左腕は、肩から先が無い。
唖然とした様に言葉を綴れないルルに男は再び笑い、仕上げだと右腕を頭上に振り上げる。
「ルル!!」
しかし銀に輝く体を怪しく黒に染める短い刃が、彼の胸へ振り下ろされる直前、叫びにも似た本当の声がルルを呼んだ。
声に心が反応したと同時、暖かい腕に体が包まれる。直後、ドスッと重たい衝撃を感じ、目を丸くした。
「ぐっぅ……!」
『クゥ?!』
苦しげな声が聞こえると、背中に回った腕がズルリと崩れ、離れていくのを感じた。ルルは見えない束縛が解かれて体の自由を取り戻すと、倒れたクーゥカラットに駆け寄る。
抱き起こそうとした拍子、ぬるりとした生暖かい血が手につき、ルルはその傷口の深さにゾッと背筋を震わせた。
ドクドクと地面に血が広がり、白い服を赤黒く汚した。彼はそれ以上血が流れてしまわない様にと、必死に両手で傷口を抑える。
「これで、終わりだ。やっと……終わった。簡単だった。最初からお前を狙っていれば、こんなに時間を掛けずに復讐出来たんだ。はは、ははははっ五大柱は終わりだ!」
お前と言うのは自分の事だ。つまり相手は最初から自分を狙ったフリをして、クーゥカラットの命を取るつもりでいたのか? そして自分は安易に惑わされて引っかかったのか?
大切な家族を殺すために利用され、そしてそれに抵抗しなかった事を理解したルルは、初めて殺意という感情を知った。
体の奥底から登るどす黒い熱に唇を噛むと、剣を抜いて思い切り相手へ振り払った。しかし相手の嗤い声は遠のき、刃が掠めたのは背の高い草木だけ。
(僕の、せいだ……っ……僕が早く、気付いていたら!)
恐怖で乱れた呼吸をしながら、ルルはガタガタと体を震わせてその場に膝を落とした。
クーゥカラットは霞む視界に、自分の血に濡れた両手で顔を覆うルルを収める。彼へなんとか手を伸ばし、慰めようと優しく頭を撫でた。ルルはその暖かな手に我に返り、再び傷口を抑えた。しかしそれは何の意味もなさない。
歪んだ虹の瞳から大粒の涙があふれ、草の上にパタパタと落ちる。
『ごめんなさい、ごめんなさい、クゥッ! どうしよう、どうすれば……っ』
「ル、ル……泣く、な」
『嫌だよ、死なないで……っ! 傷、手当て、道具……!』
しかしその焦りは言葉しか零れず、行動するための動きが鈍く止まった。
傷口が見えない。彼が今どんな状態で何が最適な手段なのか、想像すら出来ない。これだけの出血なのだから、ただ包帯を不器用に巻いて済む問題でもないだろう。彼を確実に救える方法を、ルルの頭は導き出す事が出来なかった。
1人ではどうしようも出来ないと、虚しくも頭が理解する。そのもどかしさに、誰かの手で首を締めらる息苦しさに襲われた。何も無い首に手が触れた時、彼は初めての友人の存在を思い出す。
ルルは役に立たなかった剣で服を素早く切り取り、血が溢れるクーゥカラットの腹に強く巻き付ける。そして傍で彼を心配そうに見ていたドーゥに振り返り、早口に捲し立てた。
『ドーゥ、クゥの傍に居て。クリスタを呼んでくる……待ってて!』
そう言って走り去るルルの姿を、クーゥカラットは何も言えずにただ見つめていた。
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