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【宝石少年と旅立ちの国】
宝石のセルウス
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奴隷は少し不安定に揺れて足をもつれさせたが、首元の鎖でバランスを保っていた。クーゥカラットはその姿を一瞥し、不愉快そうに目元をしかめる。
(相変わらず、ここは気色が悪い場所だ)
アヴァール国はオークションシティとして有名だった。国同士の交流をあまり好まないこの世界では珍しく、多くの国々と貿易を行い、様々な物が売買されている。そのため、国を支える『5人の貴族』も気兼ねなく訪れていた。
ここで行われるセルウスショーとは名の通り、奴隷の落札会だった。質の良い奴隷が集められるこのショーは、アヴァールでの最大イベントだ。そしてこのイベントを考えたのはクーゥカラットの先代、つまりは今は亡き両親である。
「この奴隷、実は耳も目も、口すらも自由が利きません。しかしなんと……全てが宝石となるのでございます! この事実、信じられましょうか?」
司会者の言葉に、貴族たちは疑惑と興味で大きく騒めいた。前者の反応はクーゥカラットも例外ではない。しかしどう見ても、目の前の奴隷は『人間の子供』にしか見えなかった。
「もちろん、作り物ではございません。その証拠にご覧下さい、この流れる髪や、まだ幼く柔らかな肌を」
そう言いながら司会者が手袋越しに触れる、擦り切れた服から覗く薄青い肌も、膝までの灰色の髪も、どれを取って見ても、しかし言葉が素直に飲み込めない。
「体内を流れる血液でさえ宝石となるのです! しかし、最も高価なのは──」
司会者は僅かな間口をつぐむ。沈黙で観客の視線と興味を充分に集めると、更に焦らすように、ゆっくり目隠しを取った。
奴隷は突然訪れた目の開放感に少し驚いていた。布が取れるだなんて初めだったのだ。試しに、自由になった目蓋を恐る恐る開く。
長い睫毛を震わせて現れたのは、角度や光によって色を変える美しい虹色をした全眼。その双眸は間違いなく宝石だった。奴隷の動きによって、色は複雑でも美しく混ざり合う。
(あれは、どこかで)
皆その瞳に魅入られて、蕩けた溜息を吐く。そんな誰をも魅了する宝石に、クーゥカラットは見覚えがあった。
眠らせた記憶を掘り起こして見えたのは、豪華絢爛な玉座に座る男の胸元を飾るペンダントトップ。その石が、奴隷の瞳と寸分の狂いも無く重なった。
「そう、誰もが知るこれは『ルルの石』なのです! この世で最も美しく、最も高価で、ましてや幻とさえ言われている宝石……! 心臓と瞳は、なんと丸ごと『ルルの石』で出来ているのです!」
(あぁそうだ、父上が身に付けていた物と同じだ。けれどまさか、そんな人間が存在するだなんて)
「それではお待ちかね、落札のお時間です! この世にふたつと無い宝石の奴隷……観賞用にするも良し、体で愛でるも良し、バラバラにして宝石として売るも良し。早い者勝ちでございます! さぁ、100万ルナーから!」
興奮に呑まれ震える司会者の声に釣られ、ドームの中は値踏みの叫びで溢れかえった。我先にと高額を叫び、次々と値段は跳ね上がっていく。
クーゥカラットはその様子に目元のシワを深く刻んだ。
(欲のぶち撒けパーティーは、いつ聞いても虫酸が走る。父上、何故貴方はこの様な物を残したんだ)
今この場で、あの奴隷も生きている個人だと覚えている者は、どれほど居るのだろうか。
ふと、何の感情を見せない奴隷の盲目の瞳が、一瞬だけクーゥカラットの恐れられた赤紫の目と交わった。
「!」
しかしそれは紛れもなく偶然だ。それこそ目が合ったなんて、ただの思い過ごしだっただろう。
だが、その何も映さない瞳に見つめられたと思った瞬間、クーゥカラットの心臓は今までで1番強く脈打つ。冷え切っていた胸の奥に、まるでマグマを流された様な震えを覚えた。
あの子供がその身に残酷を受ける前に、何か出来るのでは無いか?
(俺に……何が出来る?)
「2億!」
そんな声が会場に響き、クーゥカラットは我に返った。値踏みの騒ぎはいつの間にか消え、最高金額を1人が叩き出している。そこである事を確信した彼は、本能的に椅子から立ち上がる。
騒がしさが消えた会場が、更に水を打った様に静かになった。
最後に値段を叫んだ貴族も、突然立ち上がったこちらを驚いて見つめている。全ての視線が集中しているのがよく分かった。
何の音もしない中、司会者はハッとし、恐る恐る口を開いた。
「い、いかがなさいましたか? クーゥカラット様」
「6億ルナー払う」
「……え?」
「6億だ。そして、我が城も開け渡そう」
それはクーゥカラットが今出せる最大の金額と条件だった。住んでいる城だって、宝の持ち腐れという物。ただ単に広いだけの空間は、1人には有り余る。
彼の言葉に貴族たちがコソコソと話し始める。奴隷嫌いで有名なクーゥカラットが買うだなんて、どんな風の吹き回しだろうか……と。
ヒソヒソ話を代表するように、最後の金額を提示した貴族が叫んだ。
「な、何を企んでいるんだ?!」
「ここはそういう場なのだろう、文句があるか? それとも、言い値を増やすか?」
クーゥカラットは喚く貴族へ振り返って、意地悪そうに笑う。先程確信したのは、2億を出した彼から確実に奴隷を買い取る事が出来るという事だった。
「くぅ……っ」
鋭い瞳に見つめられて貴族は背筋を震わせると、不貞腐れたように顔を逸らして椅子にドカリと座った。
司会者はそのやりとりでクーゥカラットの条件を飲み、再び彼に問い掛ける。
「その条件に偽りは無く?」
「何だ? まだ足りないのか」
「い、いえいえとんでもない! え、え~…皆様、ショーはこれにてお開きで御座います。買い取った商品を引き取ってお帰り下さいませ!」
周囲は騒然としたまま。未だ震える司会者の言葉を最後まで聞かず、クーゥカラットは立ち上がってその場から去った。
ドームの裏口では、落札した商品を交換する場が設けられている。
次々と奴隷が新しい主人に手渡されて去って行く中、クーゥカラットは城を譲る契約書にサインをしていた。やがて奴隷が彼の元に連れてこられたが、その様子に眉根を寄せる。
「止まれ」
低い声に調教師は思わず肩を跳ねさせ、反射的に止まる。クーゥカラットは調教師の前に歩み寄ると、彼の胸元に契約書を突きつけた。
「全ての枷を外せ。そこからは私がやる」
「か、かしこまりました」
クーゥカラットは調教師と商人の顔を見ないまま奴隷に歩み寄る。奴隷は重たい枷が外れた事が不思議なのか、痛々しい痣が付く手首を確かめる様に撫でた。
クーゥカラットはそんな奴隷の前に片膝を付いて座り、戸惑いに周囲をキョロキョロしている頬に手を添え、こちらを向かせた。奴隷を見つめる彼の顔には、珍しく優しい微笑みが浮かんでいる。
「もう、大丈夫だ」
「?」
奴隷は自分に触れる柔らかな熱が何なのかと首をかしげ、クーゥカラットの手に小さな手を重ねた。しかし人に触れられた事が無いせいで、それが温もりなのだとは分からない。
「その奴隷との意思疎通は難題だとは思いますが……。あぁそうだ、奴隷紋はいかが致しましょうか?」
その言葉がクーゥカラットの耳に入った瞬間、平静だった眉がピクリと痙攣した。彼はそれまで奴隷に優しく触れていた手を離して突然立ち上がると、尋ねてきた商人の胸ぐらを鷲掴む。
「その行動は、以前に禁止した筈だぞ!? ふざけているのか、今すぐに禁止しろ!」
「ひ、ぃ……っあ、も、申し訳ありません! で、ですが、望む方もいらっしゃって……っ」
その場全体に響く怒声は、音を拾わない奴隷以外に恐怖を与えた。怒りの矛先が向いている商人は、顔を青くして呼吸を忘れてしまっている。
しかしそれで怒りが治る筈はない。クーゥカラットは商人を突き飛ばすと、焼き鏝を持つ調教師たちへ振り返って手を翳した。すると彼の手の平から濃い紫色の稲妻が走り、全員の手を叩いて鏝を落とした。彼はバチバチと電撃が爆ぜる自身の手を引き、息を整えながら商人を再び睨む。
「いいか、今後ショーでこの行為をしたら貴様の首は無事では済まないと思え! これは比喩でも脅しでもないぞ……!」
「はっ……申し訳、ありませんでしたっ」
クーゥカラットはカタカタと震えながら頭を深く下げる商人を無視し、奴隷の手をそっと握って歩き出す。
「やはり、廃止すべきだ」
まるで自身に言い聞かせるように低く呟くと、彼らはその場をあとにした。
(相変わらず、ここは気色が悪い場所だ)
アヴァール国はオークションシティとして有名だった。国同士の交流をあまり好まないこの世界では珍しく、多くの国々と貿易を行い、様々な物が売買されている。そのため、国を支える『5人の貴族』も気兼ねなく訪れていた。
ここで行われるセルウスショーとは名の通り、奴隷の落札会だった。質の良い奴隷が集められるこのショーは、アヴァールでの最大イベントだ。そしてこのイベントを考えたのはクーゥカラットの先代、つまりは今は亡き両親である。
「この奴隷、実は耳も目も、口すらも自由が利きません。しかしなんと……全てが宝石となるのでございます! この事実、信じられましょうか?」
司会者の言葉に、貴族たちは疑惑と興味で大きく騒めいた。前者の反応はクーゥカラットも例外ではない。しかしどう見ても、目の前の奴隷は『人間の子供』にしか見えなかった。
「もちろん、作り物ではございません。その証拠にご覧下さい、この流れる髪や、まだ幼く柔らかな肌を」
そう言いながら司会者が手袋越しに触れる、擦り切れた服から覗く薄青い肌も、膝までの灰色の髪も、どれを取って見ても、しかし言葉が素直に飲み込めない。
「体内を流れる血液でさえ宝石となるのです! しかし、最も高価なのは──」
司会者は僅かな間口をつぐむ。沈黙で観客の視線と興味を充分に集めると、更に焦らすように、ゆっくり目隠しを取った。
奴隷は突然訪れた目の開放感に少し驚いていた。布が取れるだなんて初めだったのだ。試しに、自由になった目蓋を恐る恐る開く。
長い睫毛を震わせて現れたのは、角度や光によって色を変える美しい虹色をした全眼。その双眸は間違いなく宝石だった。奴隷の動きによって、色は複雑でも美しく混ざり合う。
(あれは、どこかで)
皆その瞳に魅入られて、蕩けた溜息を吐く。そんな誰をも魅了する宝石に、クーゥカラットは見覚えがあった。
眠らせた記憶を掘り起こして見えたのは、豪華絢爛な玉座に座る男の胸元を飾るペンダントトップ。その石が、奴隷の瞳と寸分の狂いも無く重なった。
「そう、誰もが知るこれは『ルルの石』なのです! この世で最も美しく、最も高価で、ましてや幻とさえ言われている宝石……! 心臓と瞳は、なんと丸ごと『ルルの石』で出来ているのです!」
(あぁそうだ、父上が身に付けていた物と同じだ。けれどまさか、そんな人間が存在するだなんて)
「それではお待ちかね、落札のお時間です! この世にふたつと無い宝石の奴隷……観賞用にするも良し、体で愛でるも良し、バラバラにして宝石として売るも良し。早い者勝ちでございます! さぁ、100万ルナーから!」
興奮に呑まれ震える司会者の声に釣られ、ドームの中は値踏みの叫びで溢れかえった。我先にと高額を叫び、次々と値段は跳ね上がっていく。
クーゥカラットはその様子に目元のシワを深く刻んだ。
(欲のぶち撒けパーティーは、いつ聞いても虫酸が走る。父上、何故貴方はこの様な物を残したんだ)
今この場で、あの奴隷も生きている個人だと覚えている者は、どれほど居るのだろうか。
ふと、何の感情を見せない奴隷の盲目の瞳が、一瞬だけクーゥカラットの恐れられた赤紫の目と交わった。
「!」
しかしそれは紛れもなく偶然だ。それこそ目が合ったなんて、ただの思い過ごしだっただろう。
だが、その何も映さない瞳に見つめられたと思った瞬間、クーゥカラットの心臓は今までで1番強く脈打つ。冷え切っていた胸の奥に、まるでマグマを流された様な震えを覚えた。
あの子供がその身に残酷を受ける前に、何か出来るのでは無いか?
(俺に……何が出来る?)
「2億!」
そんな声が会場に響き、クーゥカラットは我に返った。値踏みの騒ぎはいつの間にか消え、最高金額を1人が叩き出している。そこである事を確信した彼は、本能的に椅子から立ち上がる。
騒がしさが消えた会場が、更に水を打った様に静かになった。
最後に値段を叫んだ貴族も、突然立ち上がったこちらを驚いて見つめている。全ての視線が集中しているのがよく分かった。
何の音もしない中、司会者はハッとし、恐る恐る口を開いた。
「い、いかがなさいましたか? クーゥカラット様」
「6億ルナー払う」
「……え?」
「6億だ。そして、我が城も開け渡そう」
それはクーゥカラットが今出せる最大の金額と条件だった。住んでいる城だって、宝の持ち腐れという物。ただ単に広いだけの空間は、1人には有り余る。
彼の言葉に貴族たちがコソコソと話し始める。奴隷嫌いで有名なクーゥカラットが買うだなんて、どんな風の吹き回しだろうか……と。
ヒソヒソ話を代表するように、最後の金額を提示した貴族が叫んだ。
「な、何を企んでいるんだ?!」
「ここはそういう場なのだろう、文句があるか? それとも、言い値を増やすか?」
クーゥカラットは喚く貴族へ振り返って、意地悪そうに笑う。先程確信したのは、2億を出した彼から確実に奴隷を買い取る事が出来るという事だった。
「くぅ……っ」
鋭い瞳に見つめられて貴族は背筋を震わせると、不貞腐れたように顔を逸らして椅子にドカリと座った。
司会者はそのやりとりでクーゥカラットの条件を飲み、再び彼に問い掛ける。
「その条件に偽りは無く?」
「何だ? まだ足りないのか」
「い、いえいえとんでもない! え、え~…皆様、ショーはこれにてお開きで御座います。買い取った商品を引き取ってお帰り下さいませ!」
周囲は騒然としたまま。未だ震える司会者の言葉を最後まで聞かず、クーゥカラットは立ち上がってその場から去った。
ドームの裏口では、落札した商品を交換する場が設けられている。
次々と奴隷が新しい主人に手渡されて去って行く中、クーゥカラットは城を譲る契約書にサインをしていた。やがて奴隷が彼の元に連れてこられたが、その様子に眉根を寄せる。
「止まれ」
低い声に調教師は思わず肩を跳ねさせ、反射的に止まる。クーゥカラットは調教師の前に歩み寄ると、彼の胸元に契約書を突きつけた。
「全ての枷を外せ。そこからは私がやる」
「か、かしこまりました」
クーゥカラットは調教師と商人の顔を見ないまま奴隷に歩み寄る。奴隷は重たい枷が外れた事が不思議なのか、痛々しい痣が付く手首を確かめる様に撫でた。
クーゥカラットはそんな奴隷の前に片膝を付いて座り、戸惑いに周囲をキョロキョロしている頬に手を添え、こちらを向かせた。奴隷を見つめる彼の顔には、珍しく優しい微笑みが浮かんでいる。
「もう、大丈夫だ」
「?」
奴隷は自分に触れる柔らかな熱が何なのかと首をかしげ、クーゥカラットの手に小さな手を重ねた。しかし人に触れられた事が無いせいで、それが温もりなのだとは分からない。
「その奴隷との意思疎通は難題だとは思いますが……。あぁそうだ、奴隷紋はいかが致しましょうか?」
その言葉がクーゥカラットの耳に入った瞬間、平静だった眉がピクリと痙攣した。彼はそれまで奴隷に優しく触れていた手を離して突然立ち上がると、尋ねてきた商人の胸ぐらを鷲掴む。
「その行動は、以前に禁止した筈だぞ!? ふざけているのか、今すぐに禁止しろ!」
「ひ、ぃ……っあ、も、申し訳ありません! で、ですが、望む方もいらっしゃって……っ」
その場全体に響く怒声は、音を拾わない奴隷以外に恐怖を与えた。怒りの矛先が向いている商人は、顔を青くして呼吸を忘れてしまっている。
しかしそれで怒りが治る筈はない。クーゥカラットは商人を突き飛ばすと、焼き鏝を持つ調教師たちへ振り返って手を翳した。すると彼の手の平から濃い紫色の稲妻が走り、全員の手を叩いて鏝を落とした。彼はバチバチと電撃が爆ぜる自身の手を引き、息を整えながら商人を再び睨む。
「いいか、今後ショーでこの行為をしたら貴様の首は無事では済まないと思え! これは比喩でも脅しでもないぞ……!」
「はっ……申し訳、ありませんでしたっ」
クーゥカラットはカタカタと震えながら頭を深く下げる商人を無視し、奴隷の手をそっと握って歩き出す。
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