幼女博士とホムンクルス

鹿熊織座

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時告鳥

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 川に沿って歩き続けると、川沿いに一軒の荒ら家があった。

 どうやら以前は農機具や収穫した物を一時的に保管しておくために使用していたようだが、使われなくなって相当経つのだろう。錆び付いた農機具達は床や壁の隙間から入り込んだ蔓に絡め取られ、自然の一部に戻りつつあった。

 それでも、どうにか屋根のある場所に辿りついた二人は、揃って今にも朽ち果てそうな床に座り込む。

 しかし、あまりゆっくりとはしていられない。

 こうしている間にもグルテリッジが攻めて来るかも知れないし、反対にリンドホルムが攻め入るかもしれない。

 無事ルドヴィックと合流し、事の顛末を知ったが、まだマグダレンの心に引っかかっている事は数え切れない。

 城に残してきたクリスの事、竜に襲われたセレストルとオズウェルの事、学院の事も国の事も全て、決して表には出て来ないが常にマグダレンの心の底に黒い塊となってふつふつと燻っている。



 しかし、今優先してする事はグレースの捜索。

 行方不明になったグレーズを見つけ出せれば、リンドホルムがグルテリッジに攻め込む理由は無くなるかも知れない。

 マグダレンは気持ちを引き締めると、顔を上げ室内を見渡す。

 ぱっと見渡した限り、錬金に使えそうな物はそれなりにある。

 マグダレンは、欠けた鉢を草の間から引っ張り出すと、ルドヴィックに手渡し川の水を汲んで来て貰う。

 探し物を見つける道具の練成は、多少素材が違うだけで昼間に造った小鳥とそう大して変わらない。

 ただ、その素材が問題だった。



「失せ物探しの道具を作るのに、時告鳥の体毛が少し必要なの。あれが無いと失せ物を見つけるだけで、私達にその場所を知らせる事が出来ない。時告鳥の体毛が無いと送信機と受信機を別で作らないといけなくなるんだけど……」

「今度は時告鳥かよ……」



 時告鳥は鶏をそのまま巨大化させただけの様な魔物で、主に岩山に住み着きその強靭な爪と嘴で獲物を捕らえる。

 岩山と言われ真っ先に思いつくのはやはりヘブリーズ山脈だが、二人共その名前を口にする気にはならなかった。

 ヘブリーズ山脈では遠過ぎるし、そもそも竜のなわばりに時告鳥が住み着いているとも思えなかったのだ。



「生命の水を造った時に使った体毛はどこで手に入れたんだ?」



 まだしっとりと濡れたケープを肩から外しながら、ルドヴィックがそう問いかけると、マグダレンは何故か気まずそうに視線をあちらこちらに流した後、恐る恐るルドヴィックに近付きそっと『セレス兄が……』と耳打ちをする。

 しかし、マグダレンは、口を開いたもののすぐ言いよどみ少しだけ身を引いく。訝しく思ったルドヴィックはマグダレンの腰を抑えつけると、眉根を寄せ無言のまま耳を寄せる。

 身動きが取れなくったマグダレンは、呻き声を上げ少し身を捩ったが、すぐに諦め再び口を開いた。



「セレス兄が昔、魔物を召喚する古代魔術を研究してた事があって……その、手当たり次第魔物を捕まえては文献にあった術式を試してたの……」



 そこまで言うとマグダレンは口をつぐみ、眉を下げ曖昧に笑って見せた。



「……まさかとは思うけど、あの稀代のとんでも魔術師は、古代魔術の再現に……召喚魔術に成功したって事か? 学院からなんの報告も受けてないぞ……?」



 目を見開きぽかんとマグダレンを見つめるルドヴィックから、マグダレンは視線を反らすと、曖昧に微笑んだまま誤魔化すように『ネビュラス』を唱える。

 湿っていた二人の服と髪は瞬時に乾き、ふわりとその場に広がった。



「だって国どころか、学院にも成功したって言って無いもん。セレス兄ってあんな人畜無害な優等生顔だし好青年風だけど、実は裏でこっそり隠れて何かするの得意なんだよね。オズウェル兄様は真っ直ぐ真っ直ぐ直球勝負だけど、セレス兄はオズウェル兄様を上手く使って裏で暗躍してる感じ?」



 マグダレンはもう腹を括ったのか、乾いてすっかりさらさらになったルドヴィックの髪を梳きながらとんでも無い事とさらりと暴露する。

 言われてみれば、セレストルは常に物腰が柔らかく丁寧な口調だったが、自分の妹に睡眠魔術をかけた挙句、魔術の心得も無いルドヴィックに、特に使用上の注意など伝えずさらりと生活魔術を伝授していた。

 色々思い出し、もしかしたら自身の正体にも気付いていたのでは無いかと思うと、ルドヴィックは頭が痛くなってきた。



「となると時告鳥の捕獲の最短ルートは……」

「セレス兄を捕獲する事。呼べばあっちから来てくれるから簡単よ。オズウェル兄様が付いて来ちゃいそうだけど」



 そう結論付けた二人だが、次の瞬間には揃って面倒そうに顔を顰める。

 とにかく今はセレストルを呼ぶしかない。

 マグダレンは再び小鳥の作成を行う事にした。



* 



 小鳥を放ってそれ程経たずして、荒ら家が崩壊するのでは無いかとさえ思う程の轟音と共に、激しい振動で二人の体が一瞬浮き上がった。

 その衝撃で蔓の中に転がって行ったマグダレンを横目で確認したルドヴィックは、剣に手をかけ勢い良く扉を開く。

 しかし外はこれと言って異常は見られず、相変らず虫の声と川のせせらぎしか聞えない。

 しばらく周囲を見渡していたルドヴィックが剣から手を放した時、荒ら家の屋根の上で何か崩れる様な音がした。

 少し距離をとり屋根の上を見上げれば、そこには月明かりに輝く銀の髪が見えた。

 屋根に半分体を突っ込んだ状態の銀色――セレストルは、頭を抱えながら顔を上げ、辺りを見回すと、唖然とした表情で見上げているルドヴィックと視線に合わせた。

 金と銀の二人がお互い不思議そうに見詰め合っていると、荒ら家の中からようやくマグダレンが這い出て来た。



「結界を張っておいて良かった。セレス兄の事だから一足で転位してくるだろうなって思ってたのよね。転位の衝撃で家が潰れちゃう」



 無邪気に屋根の上のセレストルに手を振るマグダレンは、ルドヴィックにも結界の事は伝えていなかった。

 マグダレンの姿を見つけたセレストルが露骨にため息をつくのを眺めていたルドヴィックは、セレストルの側にオズウェルの姿が無い事に気付き人知れず安堵した。



「小鳥にすぐに来いって言われたから急いで飛んで来たのに、酷い扱いだね。そちらは……ハロルド様、で宜しいですか?」



 服を掃いながらふわりと降りて来たセレストルは、ルドヴィックの顔を覗きこみながら不思議そうに小首を傾げる。

 ルドヴィックはセレストルが本当に自分の正体に気付いていなかったと知って、一瞬顔が綻んだものの、だからと言ってまだハロルドで通すわけにもいかない。

 ルドヴィックは一度苦笑いを浮かべマグダレンに視線を流した後、これまでの経緯を簡単にセレストルに説明していった。



 ことの経緯を説明し終えると、意外にもセレストルは特に驚いた様子も無く、納得と言った表情でマグダレンの絡んだ髪を梳き、せっせと編んでいた。



「まぁそうでしょうね。公爵家の御当主が変わったと言う話は聞いた事がありませんでしたし。それに、いくらなんでも所作が……ねぇ?」

「ね。お肉だったこんなに小さく切って食べてたしね」



 マグダレンはすぐにセレストルの話しに相槌を入れると、顔の前で親指と人差し指で小さな輪を作る。

 荒ら家の床に座り込みながら微笑ましい兄妹の会話を繰り広げる二人だが、話題にされているルドヴィック本人は相当気まずい。

 無理矢理話を反らせる様にグレース捜索の話を振り、ようやくこの気まずい空気から解放された。



 早速セレストルは立ち上がると、時告鳥を呼ぶべくそのまま荒ら家の外に出る。

 雑談をしているうちにすっかり元の髪色になっていたセレストルは、念入りに足場を確認し顔を上げると、準備運動をするかの様に首左右に曲げる。

 セレストルは荒ら家の入り口で自身を見守っている二人に『少し離れてて』と声をかけると、一度目を伏せ静かに息を吸う。

 再びセレストルが視線を上げた瞬間、セレストルを中心にあの赤い円形の幾何学模様が地面に現われると同時に、セレストルの髪が銀色に染まった。

 しばらくぼんやりと幾何学模様が自身に這い上がって来るのを見詰めていたセレストルは、息を一つ吐き出すと歩き出す。

 それは呪文を詠唱していると言うよりも、舞を披露しながら歌っていると言った方が良い、不思議な光景だった。

 不思議な抑揚のある聞き取れない言語は、異国の荒涼とした風景が浮かんで来そうな、どこか胸が締め付けられる思いが沸き上がって来る音色。

 空に舞う幾何学模様の中心で、歌いながらゆっくりと不規則に舞う様に歩くセレストルの姿は、とても現実に起こっている事とは思えなかった。



 伏し目がちに複雑に高音と低音を織り交ぜ歌っていたセレストルだったが、ふと視線を上げると荒ら家を指差しながら二人に視線を向けた。

 セレストルにつられる様に二人が振り返ると同時に、すぐ後ろにあった荒ら家が轟音と土煙を立て崩れ去った。



「時告鳥、そこに落ちて来るから危ないよって言いたかった、んだ……」



 咄嗟にルドヴィックにしがみ付いたマグダレンはセレストルをじっとりと睨みつける。

 荒ら家があった場所には、巨大な鶏が卵を温めるかの様にどっしりと瓦礫を組み敷いて座っていた。
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