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ハロルド
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遠くから自分を呼ぶ声がし、マグダレンは意識を取り戻した。
ぼんやりとした視界一杯に飛び込んで来たのは、眩いばかりの金色だった。
「マリー! 良かった……」
金色は歓喜の声を上げると、マグダレンの体をきつくきつく抱き締め、マグダレンの耳元で安堵の息をはく。
全身が冷たく重い。
しかし、震える手で自身を抱き締める金色からは、じんわりと懐かしい暖かさ
を感じた。
「ハロル、ド……?」
マグダレンは夢現ながら、ぼんやりと金色に手を伸ばし無意識のうちにぽつりと呟く。
すると、じわじわ明確になっていく視界の先で、眉を下げ泣きそうな顔で自信を覗き込んで来る鳶色の瞳と視線が交わった。
「はは。まだその名前で呼んでくれるのか」
金色――ハロルドは、力無くそうこぼし小さく笑うと、マグダレンを抱え場所を移動する。
どうやらマグダレンは川辺に横たわっていたらしい。
水を吸って重くなったドレスに、更に泥が染み込み、腕を上げるのでさえ億劫になる。
ハロルドは近くの木の下までマグダレンを運ぶと、マグダレンを抱えたまま木に背中を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込む。
よくよくハロルドを見て見れば、ハロルドも全身ずぶ濡れで、長い前髪は顔にぺったりと貼り付いてしまっていた。
「だって、他に呼び方、知らないもん……。ねぇ、色々聞きたい事が、あるの……」
ハロルドの胸に体を預けたまま、マグダレンは少し苦しそうにそうこぼす。
マグダレンは相当川を流されたらしく、川幅は流された地点よりも幾分か広くなっていた。
マグダレンがどうにか言葉を紡ぐと、ハロルドは一瞬苦しそうに呻き声もらすと、再びマグダレンの頭を抱きしめる。
「そうだな。俺も色々言わなきゃいけない事がある……。俺の本当の名前はルドヴィック。……ルドヴィック・リンドホルム。絶賛行方不明中の王太子、グレース・リンドホルムの弟だよ」
ハロルド――ルドヴィックは、濡れそぼったマグダレンの髪を一つに纏めながらそう完結に呟いた。
だが、今更そんな事を聞いた所で、マグダレンは驚きはしなかった。
この二日の間に起こった事失った物を思えば、ハロルドだろうがルドヴィックだろうが、公爵家だろうが王家だろうが、ほんの些末な違いでしか無かった。
そしてルドヴィックはぽつぽつとこれまでの経緯を話し始めた。
最初、ホムンクルス作成の話を持ちかけたのはグレースからだったと言う。
グレースはグルテリッジとの冷戦状態を冷静に分析した結果、そろそろお互いにいつ緊張の糸かとけてもおかしくないと判断し、王太子である自分が万が一にでも暗殺される事が無い様に、どこで聞いたのか自身のそっくりなホムンクルスを作り影武者としたいと、ルドヴィックに持ちかけた。
しかし、どこに密偵が潜んでいるかも分からない為、王太子の影武者を造るなど大々的に言う分けにもいかない。
相当信頼の置ける側近に頼むのも一つの手だったが、ホムンクルスの素材は希少で特殊な物が多いとグレースは小耳に挟んでいた。
その為、一番信頼出来、万が一にも戦闘になっても問題無い実力があるルドヴィックが適任と結論付け、その結果ルドヴィックは身分と名前を偽り、マグダレンにホムンクルス作成の依頼を出す事になった。
もしマグダレンがグレースとルドヴィックの顔を知っていたら、それはそれで話は早いし、ただ口止めするだけだ。
大まかにここまでの話を聞いた所によると、ただ依頼者とルドヴィックの名前と身分が違っただけで、依頼内容は間違っていない。ここまではマグダレンにも理解は出来る。
しかし、ルドヴィックがホムンクルスを持ち帰り、数日グレースの言動を覚えさせると、グレースはルドヴィックにも気付かれないうちにホムンクルスと入れ替わり何処かに消えてしまったらしい。
ルドヴィックはホムンクルス作成で長期休みを取った為、その事後処理で遠征が多く気付くのが遅れてしまった。
ルドヴィックが気付いた時には城内には王太子誘拐騒ぎが広まり、またタイミングの悪い事にグルテリッジの王女も同じタイミングで行方不明になったらしく、両国とも『隣国に攫われた』と大騒ぎになり、冷戦を破りこうして小競り合いが始まった。
今はまだ小競り合いだが、すぐにでも大規模な戦争に発展するだろうと、ルドヴィックは眉根を寄せる。
ホムンクルスを用意したのはルドヴィック。その為王太子誘拐とホムンクルスは関係無いと分かっていたが、ルドヴィックが城に戻り王にその事を伝える前に、事が進んでしまったらしい。
ルドヴィックの腕の中で、ぼんやりとルドヴィックを見上げながら話を聞いていたマグダレンは、ふと無意識に目の前にある金の髪に手を伸ばしていた。
「髪、染めたの? 染めてたの?」
緊迫した状況の中、マグダレンの口をついて出た言葉は、マグダレン自身も意外な物だったらしく、目を大きく見開いている。
「あの時は一応染めて行ったんだ。余り時間が無くて微妙な色合いだったけどな。……今思い返しても、本当に染めていて良かったよ、まさかオズウェルに会うとは思わなかったからな」
マグダレンはその言葉の意味が分からず、顔を顰め小首を傾げる。
するとオズウェルはケープの裾を掴み広げて見せた。
それは竜涎香を取りに行く時に来ていた、騎士団の制服と同じ物だった。
「俺、こう見えて統括騎士団長だしな。マリーの家族構成を調べた時に気付いたんだが、オズウェルの事は顔を見た事がある程度で直接面識は無いし、まぁ会う事は無いと思ってたから正直焦った。ストールで顔を隠してなかったらバレてたかも知れないな。……まあ結果的に、オズウェルはマリー以外眼中に無かったから大丈夫だったけどな」
その発言を聞いて、あの時オズウェルが不思議そうにルドヴィックの顔を見ていた理由が分かった。
だが、流石に髪色が変わって少し顔を隠してた位で、ルドヴィックと気付かなかったオズウェルの盲目ぶりは、もはや神業の域だ。
ルドヴィックの事が少しずつ分かり始めると同時に、今まで不思議に思っていた事も辻褄が合い始めた。
竜涎香を採りに行く際許可を取らず人目を避け森を抜けたのは、ただ単に王子だとバレるのを嫌い、且つ、ホムンクルス作成を秘匿にしたかったから。
そして騎士団の装いで来たのは、戦闘になったら一番戦い慣れた服装であると同時に、万が一にもへブリーズ山脈の警備達に見付かった際、堂々と潜入する為。
もしそこでルドヴィックが堂々と本当な身分を明かしても、きっとマグダレンは信じなかっただろう。
それどころか、よくそんな大それた嘘が思い付いたと拍手を送っていたに違いない。
「何で、私の居場所が分かったの?」
「正直分からなかった。ただ城に戻ってすぐ、クリスを引き摺って歩く奴らを見付けた時、すぐにマリーに何かあったって分かった。だからクリスから事情を聞いて、グルテリッジが潜んでそうな所をしらみ潰しに洗い出して、一番可能性のあるあそこまで走って来た。そしたらまぁ、タイミングが良いのか悪いのか、どこかで見た事のある竜にマリーが川に突き落とされてて、気付いたら俺も一緒に飛び込んでたってわけだ。……安心しろ、クリスは無事だ。ちょっと体の損傷が激しくて動けない状態だが、信頼出来る王子付きの侍女に世話を頼んで来た」
その言葉に安堵のため息をつくマグダレンの頭を柔らかく撫でたルドヴィックは、立ち上がりマグダレンを抱え直すと、川上に向かって歩き出す。
「と言うわけで、またマリーに作って貰いたい物がある。あのクソ兄貴がどこに居るか探し出すのに協力してくれ。グルテリッジの王女は知らないが、状況的にクソ兄貴は自分から何処かに行ったと見るのが妥当だろう。学院も城も大騒ぎになってるだろうし、今戻るとちょっと面倒だな……」
ルドヴィックの言葉に思い切り顔を顰めたマグダレンは、嫌そうにぐいぐいとルドヴィックの胸を押す。
何事かとルドヴィックが足を止め、自身の腕の中を覗き込むと、そこには心底嫌そうに口を尖られるマグダレンの姿があった。
「ハロルドのお兄さん、あんまり関わりたくない……」
その言葉に今度はルドヴィックが目を丸くし言葉に詰まった。
「マリー……俺の名前、そんなに覚えにくいか?」
「ルドヴィックなんて人知らない。ハロルドしか知らない。ハロルドが駄目ならルドって呼ぶ。金色も眩しくて嫌。そんな人知らない。くたびれた砂色のハロルドしか知らない」
子どもが駄々を捏ねる様な事を言ってのけるマグダレンは、むすっと頬を膨らませると隠れる様にルドヴィックの胸に顔を押し当てしがみ付く。
マグダレンのその行動に、思わずルドヴィックは吹き出してしまい、危うくマグダレンを落としそうになった。
「ちょっと、また川に落とす気!? 私泳げないんだから!」
盛大に笑いながらどうにか一歩ずつ進んでいたルドヴィックだったが、慌ててしがみついて来たマグダレンの放った言葉に、ついにその場にしゃがみ込んでしまった。
ルドヴィックはマグダレンを抱えたまま思い切り笑い転げた後、息も絶え絶えになりながらも、思い出した様にセレストルに教えて貰った『ネビュラス』と『フルマーニ』を唱える。
セレストル程では無いにしろ、ある程度二人の服からは水分が抜け、目に見える泥やゴミは取り除かれた。
ルドヴィックは相変わらず肩を揺らしくつくつと笑いながら、堪える様にマグダレンの頭に鼻を埋める。
「……っはー笑った。……安心しろ、もう離さないから。くたびれたルドでも何でも、好きに呼んでくれ」
ルドヴィックは座ったまま体を反らせ後ろにあった木にもたれ掛かると、空を仰ぎどこか満足そうに深呼吸をする。
しかし、ルドヴィックの上に乗っかる形で抱えられていたマグダレンが『でも、こんな所をオズウェル兄様に見られたら大惨事ね。グルテリッジの人達の二の舞だわ』と真顔で言う物だから、ルドヴィックは再びその場に笑い転げるはめになった。
ぼんやりとした視界一杯に飛び込んで来たのは、眩いばかりの金色だった。
「マリー! 良かった……」
金色は歓喜の声を上げると、マグダレンの体をきつくきつく抱き締め、マグダレンの耳元で安堵の息をはく。
全身が冷たく重い。
しかし、震える手で自身を抱き締める金色からは、じんわりと懐かしい暖かさ
を感じた。
「ハロル、ド……?」
マグダレンは夢現ながら、ぼんやりと金色に手を伸ばし無意識のうちにぽつりと呟く。
すると、じわじわ明確になっていく視界の先で、眉を下げ泣きそうな顔で自信を覗き込んで来る鳶色の瞳と視線が交わった。
「はは。まだその名前で呼んでくれるのか」
金色――ハロルドは、力無くそうこぼし小さく笑うと、マグダレンを抱え場所を移動する。
どうやらマグダレンは川辺に横たわっていたらしい。
水を吸って重くなったドレスに、更に泥が染み込み、腕を上げるのでさえ億劫になる。
ハロルドは近くの木の下までマグダレンを運ぶと、マグダレンを抱えたまま木に背中を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込む。
よくよくハロルドを見て見れば、ハロルドも全身ずぶ濡れで、長い前髪は顔にぺったりと貼り付いてしまっていた。
「だって、他に呼び方、知らないもん……。ねぇ、色々聞きたい事が、あるの……」
ハロルドの胸に体を預けたまま、マグダレンは少し苦しそうにそうこぼす。
マグダレンは相当川を流されたらしく、川幅は流された地点よりも幾分か広くなっていた。
マグダレンがどうにか言葉を紡ぐと、ハロルドは一瞬苦しそうに呻き声もらすと、再びマグダレンの頭を抱きしめる。
「そうだな。俺も色々言わなきゃいけない事がある……。俺の本当の名前はルドヴィック。……ルドヴィック・リンドホルム。絶賛行方不明中の王太子、グレース・リンドホルムの弟だよ」
ハロルド――ルドヴィックは、濡れそぼったマグダレンの髪を一つに纏めながらそう完結に呟いた。
だが、今更そんな事を聞いた所で、マグダレンは驚きはしなかった。
この二日の間に起こった事失った物を思えば、ハロルドだろうがルドヴィックだろうが、公爵家だろうが王家だろうが、ほんの些末な違いでしか無かった。
そしてルドヴィックはぽつぽつとこれまでの経緯を話し始めた。
最初、ホムンクルス作成の話を持ちかけたのはグレースからだったと言う。
グレースはグルテリッジとの冷戦状態を冷静に分析した結果、そろそろお互いにいつ緊張の糸かとけてもおかしくないと判断し、王太子である自分が万が一にでも暗殺される事が無い様に、どこで聞いたのか自身のそっくりなホムンクルスを作り影武者としたいと、ルドヴィックに持ちかけた。
しかし、どこに密偵が潜んでいるかも分からない為、王太子の影武者を造るなど大々的に言う分けにもいかない。
相当信頼の置ける側近に頼むのも一つの手だったが、ホムンクルスの素材は希少で特殊な物が多いとグレースは小耳に挟んでいた。
その為、一番信頼出来、万が一にも戦闘になっても問題無い実力があるルドヴィックが適任と結論付け、その結果ルドヴィックは身分と名前を偽り、マグダレンにホムンクルス作成の依頼を出す事になった。
もしマグダレンがグレースとルドヴィックの顔を知っていたら、それはそれで話は早いし、ただ口止めするだけだ。
大まかにここまでの話を聞いた所によると、ただ依頼者とルドヴィックの名前と身分が違っただけで、依頼内容は間違っていない。ここまではマグダレンにも理解は出来る。
しかし、ルドヴィックがホムンクルスを持ち帰り、数日グレースの言動を覚えさせると、グレースはルドヴィックにも気付かれないうちにホムンクルスと入れ替わり何処かに消えてしまったらしい。
ルドヴィックはホムンクルス作成で長期休みを取った為、その事後処理で遠征が多く気付くのが遅れてしまった。
ルドヴィックが気付いた時には城内には王太子誘拐騒ぎが広まり、またタイミングの悪い事にグルテリッジの王女も同じタイミングで行方不明になったらしく、両国とも『隣国に攫われた』と大騒ぎになり、冷戦を破りこうして小競り合いが始まった。
今はまだ小競り合いだが、すぐにでも大規模な戦争に発展するだろうと、ルドヴィックは眉根を寄せる。
ホムンクルスを用意したのはルドヴィック。その為王太子誘拐とホムンクルスは関係無いと分かっていたが、ルドヴィックが城に戻り王にその事を伝える前に、事が進んでしまったらしい。
ルドヴィックの腕の中で、ぼんやりとルドヴィックを見上げながら話を聞いていたマグダレンは、ふと無意識に目の前にある金の髪に手を伸ばしていた。
「髪、染めたの? 染めてたの?」
緊迫した状況の中、マグダレンの口をついて出た言葉は、マグダレン自身も意外な物だったらしく、目を大きく見開いている。
「あの時は一応染めて行ったんだ。余り時間が無くて微妙な色合いだったけどな。……今思い返しても、本当に染めていて良かったよ、まさかオズウェルに会うとは思わなかったからな」
マグダレンはその言葉の意味が分からず、顔を顰め小首を傾げる。
するとオズウェルはケープの裾を掴み広げて見せた。
それは竜涎香を取りに行く時に来ていた、騎士団の制服と同じ物だった。
「俺、こう見えて統括騎士団長だしな。マリーの家族構成を調べた時に気付いたんだが、オズウェルの事は顔を見た事がある程度で直接面識は無いし、まぁ会う事は無いと思ってたから正直焦った。ストールで顔を隠してなかったらバレてたかも知れないな。……まあ結果的に、オズウェルはマリー以外眼中に無かったから大丈夫だったけどな」
その発言を聞いて、あの時オズウェルが不思議そうにルドヴィックの顔を見ていた理由が分かった。
だが、流石に髪色が変わって少し顔を隠してた位で、ルドヴィックと気付かなかったオズウェルの盲目ぶりは、もはや神業の域だ。
ルドヴィックの事が少しずつ分かり始めると同時に、今まで不思議に思っていた事も辻褄が合い始めた。
竜涎香を採りに行く際許可を取らず人目を避け森を抜けたのは、ただ単に王子だとバレるのを嫌い、且つ、ホムンクルス作成を秘匿にしたかったから。
そして騎士団の装いで来たのは、戦闘になったら一番戦い慣れた服装であると同時に、万が一にもへブリーズ山脈の警備達に見付かった際、堂々と潜入する為。
もしそこでルドヴィックが堂々と本当な身分を明かしても、きっとマグダレンは信じなかっただろう。
それどころか、よくそんな大それた嘘が思い付いたと拍手を送っていたに違いない。
「何で、私の居場所が分かったの?」
「正直分からなかった。ただ城に戻ってすぐ、クリスを引き摺って歩く奴らを見付けた時、すぐにマリーに何かあったって分かった。だからクリスから事情を聞いて、グルテリッジが潜んでそうな所をしらみ潰しに洗い出して、一番可能性のあるあそこまで走って来た。そしたらまぁ、タイミングが良いのか悪いのか、どこかで見た事のある竜にマリーが川に突き落とされてて、気付いたら俺も一緒に飛び込んでたってわけだ。……安心しろ、クリスは無事だ。ちょっと体の損傷が激しくて動けない状態だが、信頼出来る王子付きの侍女に世話を頼んで来た」
その言葉に安堵のため息をつくマグダレンの頭を柔らかく撫でたルドヴィックは、立ち上がりマグダレンを抱え直すと、川上に向かって歩き出す。
「と言うわけで、またマリーに作って貰いたい物がある。あのクソ兄貴がどこに居るか探し出すのに協力してくれ。グルテリッジの王女は知らないが、状況的にクソ兄貴は自分から何処かに行ったと見るのが妥当だろう。学院も城も大騒ぎになってるだろうし、今戻るとちょっと面倒だな……」
ルドヴィックの言葉に思い切り顔を顰めたマグダレンは、嫌そうにぐいぐいとルドヴィックの胸を押す。
何事かとルドヴィックが足を止め、自身の腕の中を覗き込むと、そこには心底嫌そうに口を尖られるマグダレンの姿があった。
「ハロルドのお兄さん、あんまり関わりたくない……」
その言葉に今度はルドヴィックが目を丸くし言葉に詰まった。
「マリー……俺の名前、そんなに覚えにくいか?」
「ルドヴィックなんて人知らない。ハロルドしか知らない。ハロルドが駄目ならルドって呼ぶ。金色も眩しくて嫌。そんな人知らない。くたびれた砂色のハロルドしか知らない」
子どもが駄々を捏ねる様な事を言ってのけるマグダレンは、むすっと頬を膨らませると隠れる様にルドヴィックの胸に顔を押し当てしがみ付く。
マグダレンのその行動に、思わずルドヴィックは吹き出してしまい、危うくマグダレンを落としそうになった。
「ちょっと、また川に落とす気!? 私泳げないんだから!」
盛大に笑いながらどうにか一歩ずつ進んでいたルドヴィックだったが、慌ててしがみついて来たマグダレンの放った言葉に、ついにその場にしゃがみ込んでしまった。
ルドヴィックはマグダレンを抱えたまま思い切り笑い転げた後、息も絶え絶えになりながらも、思い出した様にセレストルに教えて貰った『ネビュラス』と『フルマーニ』を唱える。
セレストル程では無いにしろ、ある程度二人の服からは水分が抜け、目に見える泥やゴミは取り除かれた。
ルドヴィックは相変わらず肩を揺らしくつくつと笑いながら、堪える様にマグダレンの頭に鼻を埋める。
「……っはー笑った。……安心しろ、もう離さないから。くたびれたルドでも何でも、好きに呼んでくれ」
ルドヴィックは座ったまま体を反らせ後ろにあった木にもたれ掛かると、空を仰ぎどこか満足そうに深呼吸をする。
しかし、ルドヴィックの上に乗っかる形で抱えられていたマグダレンが『でも、こんな所をオズウェル兄様に見られたら大惨事ね。グルテリッジの人達の二の舞だわ』と真顔で言う物だから、ルドヴィックは再びその場に笑い転げるはめになった。
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