幼女博士とホムンクルス

鹿熊織座

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夜光草の朝露 上

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 さすがに今すぐにとは行かず、何故か夜、学院の前で待ち合わせをし、ハロルドは一度戻って行った。

 マグダレンはその間にオズウェルに魔術で手紙を飛ばし、ホムンクルス作成の準備も出来る限り済ませておいた。



 そして時間になると、ハロルドは昼間の訪問着とは又違った装いで現れた。

 昼は貴族の訪問着らしく、留め具や胸には宝石をあしらい多少着飾っていたが、今は民間警備隊の様に身軽な装いの上に、籠手をはめ帯刀している。

 学院前の石段に座り、ターキーサンドを頬張っていたマグダレンは、装いががらりと変わったハロルドが一瞬誰か分からず、ぽかんと無防備に見上げてしまった。



「ふと思ったんだけど、こんな時間にマリーを連れて歩いてる所を誰かに見られたら確実に誤解されるな」



 マグダレンも素材採取とだけあって華美なドレスでは無く、掃除婦の様な質素なワンピースに着替えたのだが、それがかえって幼さに拍車をかけている。

 しかも他の依頼の品を作る為、クリスを研究室に残して来たらしく、マグダレンは一人でぼんやりと階段に座っていた。

 よく一人で無事だった。最悪の場合を思うと、ハロルドは背筋に寒い物が走った。



「それはもう、確実に。実際、よく勘違いした幼児愛好者に遭遇するから、兄様達が居ないと外出出来ないんだよね……」



 ようやく目の前の男がハロルドだと理解したマグダレンは立ち上がると、スカートの裾を払いながら深いため息をつく。



 マグダレンは普段依頼が入っていなければクリスと素材集めに行き、依頼が入っていたらセレストルと行く。

 クリスとセレストルの二人とも外出出来ないようであれば、我慢するか、オズウェルに無理を言ってみる。

 素材集めの依頼を出しても良いのだが、そうなると一般的に知られている素材以外の入手は難しい。

 特に、今回の素材の様に少し厄介な物はどうしても自分で採りに行かなければならない。



 ため息をつきつつターキーサンドを頬張るマグダレンは、鞄からもう一つターキーサンドを取り出すと、精一杯手を伸ばしハロルドの口元に突き付ける。

 マグダレンの背はハロルドの胸にも届かない。精一杯手を伸ばしても精々口元に手が届くかどうかだ。

 必死にターキーサンドを差し出す様はとても十八歳には見えず、ハロルドはたまらず腰を折り吹き出してしまった。



 二人はまず夜光草の朝露を採取すべく、街を出てすぐの森に向かった。

 素材の知識が一切無いハロルドの為に、マグダレンは図解付きでまとめた物を予め用意していた。

 ハロルドは歩きながらぱらぱらと渡された冊子をめくり、夜光草の頁を見付けると目を通し始める。

 夜光草とは、日中は光に透けてその存在を確認する事は出来ないが、月が出ている夜ならば花が開いた状態を見る事が出来る植物。

 ほんのりと発光する事を除けば、見た目は至って普通の花。

 双葉がそのまま成長しただけの様な葉に、袋状の可愛らしい桃色の花を一輪咲かせる。

 その袋状の花の中に溜まった水が、夜光草の魔力によってじっくりと変化し、薬にも美容製品にもなる、万能な水だと冊子には記されていた。



 冊子に目を通しながら、ハロルドはマグダレンの後をついて森に入る。

 すると、月明かりも入らない真っ暗な森の中に、点々と微かに明るい箇所が見えた。

 随分簡単に見付かるものだと思いながら、ハロルドが灯りの方に向かって行くと、そこには冊子に描いてあった絵とそのまま同じ花が、いくつか固まって咲いていた。

 マグダレンは一つずつ夜光草を覗き込み、ちゃんと中で水が変化しているのかを確認すると、鞄から小瓶を取り出し丁寧に移し替えて行く。

 小瓶に溜まった水は、花と同じくほんの微かに発光し、色合いはどことなく虹色をしている。

 これならば自分にも見分けがつくと判断したハロルドは、マグダレンと同じように一つずつ夜光草を覗き込み作業を進めた。



 二人の膝と腰が古びた木戸の様に軋み始めた頃、ようやくこの周辺の夜光草から、小瓶三つ分程の朝露を移し終えた。

 量としては小瓶三つで酒瓶一本分と言ったところか。

 朝露はこのまま飾っておいても良さそうな程美しく暖かな光を放っている。

 ハロルドはぼんやりと小瓶を眺めつつ、ふと今更ながらある疑問が浮かび振り返る。



「朝露って名前なのに、実際は朝露じゃ無いんだな。で、これはどれ位必要なんだ?」



 ハロルドが猫の様に伸ばしながらマグダレンにそう問えば、何故かマグダレンは大きなため息をつきその場にどさっと寝そべってしまった。



「花に溜まった水が、朝方には変化し終わってるって意味で朝露。昔の人は詩人よね。朝露の量は造るホムンクルスの大きさにもよるけど、普通の成人男性ならバスタブ一杯位」



 ハロルドはマグダレンのその言葉に絶句し、伸びをした体勢のまま固まってしまった。

 まだ探せば夜光草は生えているだろうが、手元の小瓶三つ分を採取しただけでこの疲労感。

 とてもじゃないがバスタブ一杯分もの朝露を採取する気力は二人には残っていない。

 むしろ、毎日採取した所でいつになるかも定かでは無い。



「こう、森中の朝露を一気に回収する魔術とか魔道具とか無いのか?」



 駄目で元々、ハロルドは弱々しい声でマグダレンにそう訪ねると、マグダレンは寝そべったまま上体を起こし無言のまま頬杖をつく。

 そのままぶつぶつとひとり言を言ったと思うや、今度はいきなり地面に突っ伏し、また頬杖を付きぶつぶつとひとり言を言うと、今度は眉根を寄せ髪をぐしゃりと掴む。

 どうやら頭の中でハロルドが言った事が可能かどうか考えを巡らせている様だが、マグダレンの様子を見る限り、きっと上手くいっていないのだろう。



「手分けして採取すれば前回よりも楽に集めれると思ってたけど、やっぱり面倒ね。夜光草の花から滝みたいに朝露が湧き出せば……そうしたら朝露のお風呂って売り出せるから美容に煩い貴族さん達が食い付くはず。夜光草と湧き出す水を錬成すれば……でも、魔力で水の湧き出す場所を花に指定した後、どうやってその状態で固定しよう……。それに私の魔力じゃ足りなさそうだからセレス兄に頼まなきゃ駄目そうね……。うーん……」



 ハロルドは、草に埋もれながらぶつぶつとひとり言を言い続けるマグダレンをしばし眺めていたが、もう時間も時間だ。

 ハロルドは今日の分の朝露採取はもう完了と言う事にし、荷物を背負い立ち上がると、放っておけばいつまでも寝そべっているであろうマグダレンを肩に担ぎ、一先ず学院に戻る事にした。







 担がれてる事に気付いているのかどうか、学院に戻る間も相変わらずマグダレンは肩に担がれたままぶつぶつと呟き続けていた。

 研究室に戻ると、そこにはクリス以外にもう一人、真っ白なケープ姿の男が居た。

 ケープの男は、いかにも寝衣といったゆったりとした服の上に学院の印の入ったケープを羽織っており、相当眠いのか、ゆっくりと重い瞬きを何度か繰り返している。

 二人が戻って来た事に気付いたクリスとケープの男は、揃って顔を上げ振り返った。



「良かった、やっと帰って来た。明日は朝から講義があるから、もう寝ても良いかい? 聞いてるマリー?」



 ケープの男が目を擦りながら小首を傾げる。

 一先ずハロルドは、駆け寄って来たクリスに朝露の小瓶を渡してから、マグダレンをソファに下ろす。

 森で散々寝そべったマグダレンは、全身夜露で濡れそぼり、頬には髪が貼り付いていた。



「うん。昔造った定着剤を応用すれば大丈夫かな? 効能がどう変化するかは造ってみてから……って、あれ? セレス兄?」

「我が半身ながら、さすがに色々無防備過ぎだと思うよ」



 ケープの男はマグダレンの双子の兄セレストル。

 マグダレンと同じく六歳で入学し、今年魔術の博士となった、もう一人の天才だ。

 セレストルはマグダレンの顔に貼り付いた髪を取ってやると、不思議な声色で『ネビュラス・フルマーニ』と二、三度口にし、人差し指を軽く振る。

 するとマグダレンの服に染みこんでいた夜露と土埃が徐々に舞い上がると、セレストルの人差し指の上に一つの塊として浮かび上がった。

 クリスにマグダレンの荷物を引き渡していたハロルドは、その初めて見る光景に目を奪われ、危うく剣を落っことしそうになる。

 しかし、マグダレンはそれが普通なのか、顔の髪を払い除けつつ、しきりに体の匂いを嗅いでいる。

 粗方マグダレンから汚れが取り除かれたのを確認すると、セレストルは人差し指をくいっと動かし、一塊になった土埃や水を流し台に導く。

 ふわふわと独りでに飛んで行く塊は、静かに流し台に着地すると、元の水に戻りさらさらと小気味良い音を立て排水溝の奥へと流れて行った。



「ご挨拶が遅くなりました。私はセレストルと申します。ホムンクルスの制作依頼をされたハロルド様ですよね? 見ての通り、マリーは見た目も中身もどうも子どもっぽくて……。何かご迷惑をお掛けしませんでしたか?」



 ハロルドが水の塊を目で追っていると、ふと申し訳なさそうにセレストルが挨拶をして来た。



 マグダレンは出掛ける前にオズウェルにキラービーの捕獲依頼、セレストルに依頼品の調合を頼んでいた。

 マグダレンがセレストルの返事も待たず研究室を飛び出して行った為、早朝から用事があるにもかかわらず、セレストルは言われた通りクリスと一緒にマグダレンの研究室で調合をしていたとの事。



 ソファに座り、眠そうに事の顛末を話すセレストルはさすが双子と言った所で、その隣に座るマグダレンと目鼻立ちや色合いはほぼ一緒だった。

 男女の差は多少あるが、マグダレンをそのまま大人にした姿がまさにセレストルだと断言出来る程だ。

 マグダレンは話を聞いていないのか、またぶつぶつと話ながら、乱雑にメモと図解を一心不乱に紙に記している。

 よく見るとその紙は、どうやら何かの書類裏紙らしく、少しめくれた紙の端から学院の印が見え隠れしている。



「出来た! セレス兄、これ造るの手伝って!」



 勢い良く顔を上げたマグダレンは、さっきまでメモしていた紙をセレストルの胸に押し付けると、夜中だとはとても思えない力強さでセレストルの肩を揺すりだす。



「あぁ、夜光草の朝露か。元々あれは原液で使う物じゃ無いから、こんな贅沢品、欲しいのはマリー位だろうね。でも今じゃ無きゃ駄目? 明日なら私の研究室から誰か派遣しても良――」

「嫌っ! セレス兄が一番相性良いんだもん!」



 ハロルドは微笑ましい兄妹の会話に耳を傾けていたが、マグダレンのその発言に、飲んでいた紅茶を思い切り吹き出した。

 鼻先からぼたぼたと紅茶を垂らしながら背中を丸め咳き込んでいると、クリスがどこからともなくタオルを持って駆け寄って来る。



 慌ててセレストルが説明した内容によれば、マグダレンはそこまで魔力の総量自体は多くなく、複雑な物や大きな物を錬成する際、他の誰かの魔力を一部貰って錬成するらしい。

 そしていつも魔力を貰う相手は歴代の魔術師の中でも、規格外な魔力量を保持する兄セレストル。

 それは気兼ねなく頼め魔力量も申し分ないと言う事もあるが、元々双子なだけにマグダレンの魔力と馴染みやすいと言う事もある。



 ハロルドはセレストルの話をじっくりと聞きたいのは山々だが、紅茶が気管に入ったのか話を聞くどころでは無く、一先ず自分の事は気にせず作業を進めてくれと、二人に身振り手振りで伝えるので精一杯だった。
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