天空の国

りゅ・りくらむ

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第三章

郭子儀

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 僕固懐恩の脅威にさらされている諸軍から続々と救援の要請が届いていたが、郭子儀は奉天から動かず、その動向をうかがっていた。
 ウイグルと吐蕃が僕固懐恩に援軍を出すらしいとの噂が流れている。
 昨年の悪夢が再現されるのではないかと、京師のひとびとは戦々恐々としていることだろうが、郭子儀の得ている情報では、まだ吐蕃が大軍を送り込むそぶりは見えなかった。
 長髭をもてあそびながら間者から受け取った、僕固軍を構成する将軍や将校の名が書かれた報告書に目を通す。もともと、僕固懐恩は郭子儀のもとで働いていたのだ。そこにある名の多くは、顔を思い浮かべることさえ出来た。まったく記憶にない者は、ほんの数人。
 そのなかのひとつが、気にかかる。
 郭子儀は、朔方兵馬使渾日進を呼んだ。鉄勒出身の渾日進は僕固懐恩の麾下にいたが、僕固懐恩の挙兵を機に、袂を分かっていた。十一で初陣を迎え、すぐに将としての頭角をあらわしたこの早熟の天才を、郭子儀はわが子のようにかわいがっている。
「范志誠の部下のようだが、覚えはござるか」
 その名を指し示して見せると、渾日進は即答した。
「聞いたことのない名です。鉄勒の姓ではありませんが、造反ののちに加わったのでしょう」
 渾日進が下がると、郭子儀は独り言ちた。
「主上のお側近くの者どもがあのありさまでは、漢人のなかにも懐恩に同調する者があろう。しかし何者か」
 長い間郭子儀は、その『楊志環』の三文字を見つめていた。
 軍籍にある者なら京師に問い合わせればわかるだろう。
 思って紙束を伏せたとき、伝令が駆け込んで、僕固懐恩の邠州侵入を知らせた。
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