30 / 51
第二章
隊商との別れ
しおりを挟む
翌日、迎えに来たのは、サンシひとりだった。
ニャムサンに会ったことを話すと、帰京したことを知らなかったと驚いている。
「そうだったのですか。プティから知らせがなかったということは、家にも帰らず直接訳経所に行ってしまったのでしょう。ニャムサンには困ったものです。仕事に熱中し始めると、なにもかも忘れてしまうのです。そうなると、何日も飲まず食わず寝ずとなるので、倒れるんじゃないかと気をもんで、わたしも疲れてしまいますよ」
サンシは首を振りながら不平をこぼした。
曹健福たちに別れを告げる。肩をたたいて「必ず立派な商人になるんだぞ」と言うと、曹可華は大きくうなずいた。
「今度から、好きな将軍を聞かれたら、日将さまと言います」
顔が熱くなる。
「やめたほうがいいんじゃないか」
「誰がなんと言おうと、オレのなかでは、お優しくて勇敢な日将さまが一番です」
曹可華は泣き笑いの顔になった。
サンシの館は、マルポ山の麓の貴族の館が立ち並ぶ街区の一番東端にあった。
王宮より街中にある訳経所に行くほうが多いので便利なのだと言う。
「もともとは文成公主の建立された、ラモチェというお寺があったのですが、廃仏のときに更地にされてしまったので、いまは仮の建物を建てて、訳経所としています」
「廃仏というのは、先の摂政の定めた法によるものですね」
「それ以前の大相のときからです。先の陛下の暗殺と同時に王宮にいた改革派の尚論たちは皆殺しになり、国中の寺はすべて破壊され、唐人の僧侶は追放されてしまいました。わたしは運よく、唐へ使いに行っていて不在だったので害を免れましたが、そうでなかったらこうしてお会いすることは出来なかったでしょう」
「ところでルコンどのは、ニャムサンどのの前で摂政の話はするなと釘を刺していらしたがどういう意味でしょう」
「摂政の失踪についての噂を聞かれましたか?」
「はい。神の怒りに触れて、龍か鬼に食べられてしまったとか。でも、ルコンどのは、ニャムサンどのが伯父を自らの手で墓に葬るという経験をしている、とおっしゃったのです。これは摂政のことではありませんか」
サンシはそのときのことを思い出そうとするように、宙を睨んだ。
「わたしはルコンさまほど事情を知りません。確かにすべてを取り仕切ったのはニャムサンです。でも、あれはニャムサンにとって辛い出来事でした。あの後は体調を崩してしまって、しばらく出仕することも出来ないほど落ち込んでいたのですから。実は、それまでのニャムサンは、それなりに尚論の仕事に意欲を見せていたのですが、あの事件以降まつりごとから遠ざかってしまった。だからわたしもニャムサンには摂政の話をしないようにしています」
「ときどき自暴自棄のようなことをおっしゃるのは、そんな辛いことがあったからでしょうか」
「それは子どものころからの口癖のようなものです。心配はいりません」
呂日将に視線を戻したサンシは微笑んだ。
ニャムサンに会ったことを話すと、帰京したことを知らなかったと驚いている。
「そうだったのですか。プティから知らせがなかったということは、家にも帰らず直接訳経所に行ってしまったのでしょう。ニャムサンには困ったものです。仕事に熱中し始めると、なにもかも忘れてしまうのです。そうなると、何日も飲まず食わず寝ずとなるので、倒れるんじゃないかと気をもんで、わたしも疲れてしまいますよ」
サンシは首を振りながら不平をこぼした。
曹健福たちに別れを告げる。肩をたたいて「必ず立派な商人になるんだぞ」と言うと、曹可華は大きくうなずいた。
「今度から、好きな将軍を聞かれたら、日将さまと言います」
顔が熱くなる。
「やめたほうがいいんじゃないか」
「誰がなんと言おうと、オレのなかでは、お優しくて勇敢な日将さまが一番です」
曹可華は泣き笑いの顔になった。
サンシの館は、マルポ山の麓の貴族の館が立ち並ぶ街区の一番東端にあった。
王宮より街中にある訳経所に行くほうが多いので便利なのだと言う。
「もともとは文成公主の建立された、ラモチェというお寺があったのですが、廃仏のときに更地にされてしまったので、いまは仮の建物を建てて、訳経所としています」
「廃仏というのは、先の摂政の定めた法によるものですね」
「それ以前の大相のときからです。先の陛下の暗殺と同時に王宮にいた改革派の尚論たちは皆殺しになり、国中の寺はすべて破壊され、唐人の僧侶は追放されてしまいました。わたしは運よく、唐へ使いに行っていて不在だったので害を免れましたが、そうでなかったらこうしてお会いすることは出来なかったでしょう」
「ところでルコンどのは、ニャムサンどのの前で摂政の話はするなと釘を刺していらしたがどういう意味でしょう」
「摂政の失踪についての噂を聞かれましたか?」
「はい。神の怒りに触れて、龍か鬼に食べられてしまったとか。でも、ルコンどのは、ニャムサンどのが伯父を自らの手で墓に葬るという経験をしている、とおっしゃったのです。これは摂政のことではありませんか」
サンシはそのときのことを思い出そうとするように、宙を睨んだ。
「わたしはルコンさまほど事情を知りません。確かにすべてを取り仕切ったのはニャムサンです。でも、あれはニャムサンにとって辛い出来事でした。あの後は体調を崩してしまって、しばらく出仕することも出来ないほど落ち込んでいたのですから。実は、それまでのニャムサンは、それなりに尚論の仕事に意欲を見せていたのですが、あの事件以降まつりごとから遠ざかってしまった。だからわたしもニャムサンには摂政の話をしないようにしています」
「ときどき自暴自棄のようなことをおっしゃるのは、そんな辛いことがあったからでしょうか」
「それは子どものころからの口癖のようなものです。心配はいりません」
呂日将に視線を戻したサンシは微笑んだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる