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第二章
羅些
しおりを挟むどの駅でも、ルコンとゲルシクが署名した木片を見た役人はすんなりと通した。ニャムサンと別れて一月半後、一行は無事に吐蕃の都羅些に到着した。
青空の下、切り立った山々に囲まれた街なかに赤茶けた小高い丘がある。その頂上に陽光を浴びて輝く白い高楼がいくつもそそり立っていた。感嘆の声を漏らした呂日将に、曹可華が「あれはマルポ山。上に建っているのが王宮です」と教える。
下町には曹健福のようなソグド人はもちろん、天竺から来たと思われる商人たちが露店を並べている。そこに群がる老若男女の姿に、曹健福は相好を崩して「これならいままでで一番の儲けが見込める」と使用人たちを鼓舞した。
曹健福が定宿としている旅館はたいそう繁盛してるようだ。曹健福が、忙しそうに立ち働く使用人をつかまえて泊れるか尋ねると、使用人は迷惑そうに顔をしかめて「満室です。ほかを当たってください」と素気のなく答える。
諦めて、引き返しかけたとき、「曹健福さまではございませんか」と、年配の男が飛び出して来て呼び止めた。
「入ったばかりの新人が、健福さまのお顔を存ぜず失礼いたしました。お部屋はご用意いたしております。どうかお泊り下さい」
男は愛想よく、一行を一番の上部屋と見える奥の部屋に導いた。続いて宿の主人が顔を見せ、挨拶する。
「ニャムサンさまからうかがっております。宿代も頂戴いたしておりますので、心置きなくご滞在ください」
主人は満面の笑みを浮かべた。到着したことをニャムサンに知らせてくれるとも言う。
主人が下がると、曹健祥は呂日将に言った。
「さすが、貴族の方の口利きがあると違いますね。こんな待遇は初めてです。あのオヤジにはかわいらしいお嬢さんがいたのですけど、先の摂政のせいでわたしたちが羅些に来られなかった間に、どこぞのお坊ちゃんに片づいてしまったそうなんです」
「密かに言い交わした仲でもあったのか」
「いえいえ、そんなのではありません。わたしの片思いです」
曹健祥は耳まで赤くして手を振る。呂日将は、つい揶揄してしまう。
「唐、吐蕃、西域の各地で女を見てきた健祥どのが惚れるとは、よほどいい女だろう」
曹健祥は真剣な表情でうなずいた。
「はい。確かに長安の女性などに比べれば垢抜けてはいませんが、よく気の利く働き者でしっかりとした娘さんでした。相手が貴族ということで、少し心配です。金や権力にものを言わせて無理強いされたのでなければいいのですが。他の奥方にいじめられていないかも気がかりです。でもそんなことを聞くのも変に思われるでしょうし」
今度は父親のような顔をして気をもむ。女に惚れたことがない呂日将には、曹健祥のこころの動きがよく理解出来なかったが、なぜか羨ましい。
「先の摂政と言えば、ニャムサンどのと確執があったようだが」
「それはどうも……貴族のご家庭の事情など、下々までは伝わって来ませんから」
「では、その摂政というのはどのような人物なのか教えてくれないか」
庶民の間でささやかれている噂話程度しか知りませんが、と断りを入れてから、曹健祥は語り始めた。
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