遺恨

りゅ・りくらむ

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撤退

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 翌日、ボェの軍は撤退を開始した。奉天の汚名を返上しようというのだろう。殿しんがりはタクナン自らが名乗り出た。ゲルシクはタクナンに、出来るだけ多くの兵を無事に返すことを第一に考え、たとえ敵襲があっても追い払うに留めるよう重々言い聞かせた。 
「ウイグルはどうするだろうか」 
 ゲルシクが尋ねると、ルコンはあごひげをなでながら答えた。 
「僕固将軍が亡くなってしまったからには、唐と事を構えるのは得策ではないと考えるでしょうな。しかしこのまま唐に降伏したのでは分が悪い」 
「というと?」 
「まあ、唐に恩を売って、少しでも自分たちが優位に立とうと考えるでしょう」 
「我らを攻撃してくると?」 
「さよう。しかしウイグルの兵力は二千。タクナンどのは一万の兵を率いている。あちらも犠牲を払う気はないでしょうから、フリをするだけでしょう。心配はありません」 
 ルコンの言ったとおり、唐に寝返ったウイグルは、撤退するボェの軍に追い打ちを掛けてきたが、タクナンとぶつかるとすぐに兵を退いた。 
 原州に入ると、副相グー・ティサン・ヤプラクが一行を出迎えた。宮中では物腰柔らかく、いささか頼りなげにも見えるが、戦場ではゲルシクに負けるとも劣らぬ鬼将軍と化す、不思議な男だ。ティサンは青白い頬に機嫌の良い笑みを浮かべながら言った。 
「皆様、よくぞご無事にお帰りになられました。ツェンポもご満足されていることでしょう」 
 ゲルシクは納得がいかなかった。「目的を達している」というルコンの言葉が、未だに腑に落ちていないのだ。 
「儂はなんの戦果も得られなかったといささかガッカリしておるのだが」 
 ルコンは言った。 
「今回のわたしたちの目的は隴右の支配を確実にすることですぞ」 
「もちろん、わかっておる。が、よくわからん」 
「では、何のためにティサンどのがわざわざ出張ってきたと思うか」 
 ティサンはおおらかな微笑みながらうなずいた。 
「皆様が唐の兵を中原に惹きつけている間に、こちらはしっかりと支配の体勢を整えることが出来ました。もう隴右は我らの領土と言っても過言ではないでしょう」 
「なんだ。儂らは囮だったのか」 
 ゲルシクはルコンを睨む。ルコンは眉を下げた。 
「そんなことはござらん。兵力を見せつけたことで、唐も慎重になることでしょう。常にこちらの有利に交渉を進めることができます」 
「しかし、心残りは呂日将どののことだ」 
 ゲルシクが唇をかみしめると、ティサンも悲しそうに眉をひそめた。 
「報告は受けております。しかし彼にとっては、唐随一の勇将と戦って死ねたのは幸いだったのかもしれません」 
「そう思わなくてはやりきれませんな」 
 ルコンも暗い顔でため息をついた。 
 
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