遺恨

りゅ・りくらむ

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ルコンの本心 その3

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 マシャンを信じたことを、後悔はしていない。マシャンは常に冷静で、私欲に動かされることはなく、耐えること、許すことを知っている人間だったのだ。
 マシャンがあのようになったのは、ツェテンの死から目を逸らし、逃げていた自分のせいだ。正面から向き合い、本当はなにが起こったのかを調べていたら、もっと早くにツェテンの遺書を見つけ、マシャンを引き戻すことが出来た。それをしなかったのは、こころのどこかでマシャンのことを疑っていたからなのだろうか。
 その優柔不断が、この世からマシャンを消してしまった原因だというのに、自分はいまだにこの国の重鎮に収まっている。
 そのうしろめたさは京師からの凱旋以来、ルコンのなかでドンドン大きくなっていた。 自分は、そのもどかしさを、理不尽にゲルシクにぶつけていたのかもしれない。

 唐の内情は常に京師長安にいる間者を通じて掴んでいる。和睦を求めているのは唐主の周りにいる一部の宦官だけ。郭子儀をはじめとする武官だけでなく、文官の多くも反対しているという。ルコンが和睦を主張していたのは、唐の掌返しによって和睦が破談になれば和睦派の有力尚論の反発を恐れる必要がなくなるからだ。ゲルシクに打ち明けなかったのは、感情を隠すことの出来ぬ性格を恐れてだったが、それが更にゲルシクの疑心を大きくしてしまった……。
 副相ティサンなら、その目論見を察すればルコン以上に上手くやってのけるはずだ。
 朝になったら、ゲルシクにすべてを打ち明けて謝罪し、ここを去ろう。それでツェンポの咎めがあったなら、素直にその罰を受ければいい。
 決断を下すと、眠気が襲って来て、ルコンの思考の糸はそこで切れた。

 激しい物音と鋭い叫び声で、眠りが破られた。
 慌てて半身を起こしてあたりを見回す。真っ暗だ。
 ここは、どこだったか。
 天幕の入り口で、リンチェが何者かと会話しているような声と馬の発するブルブルッという声がかすかに聞こえて、ようやく調練の地であることを思い出した。
「夜明け前ではないか。なにごとだ」
 こぼしながら起きあがり、天幕を出ようとしたところで、大きな影が飛びこんで来た。ルコンは身をひるがえし、辛うじて激突を免れた。
「あ、ルコンどの、起きていらしたか」
 ゲルシクの声だ。昨夜の反省をすっかり忘れてむかっ腹を立ててしまう。
「あんな騒音を立てておいて、起きていらしたかとはご挨拶ですな。敵襲でもありましたか」
「すまん、すまん、暗かったので水汲み桶につまずいてしまってな。おお、痛い」
「なんで、こんな時間に、わざわざここに来て、わたしの桶を蹴飛ばして痛い目に合うような事態になったのかを、説明してくだされ」
「ああ、そうなのだ。一緒に来てくだされ。リンチェに馬の準備を頼んである」
「そうなのだ、とはなんです」
 ゲルシクは地団駄を踏みながら、なにかに追い詰められているような切迫した声色で、口早に叫んだ。
「謝る! これまでのことはすべて謝るから、早くしてくれ!」
 ルコンはあっけにとられた。なにがあったのかさっぱりわからないが、このままでは埒が明きそうにない。
「身支度くらいは、させていただけるのでしょうな」
「なるべく急いでくだされ。わけは道々お教えいたす」
 ルコンが久しぶりに幕舎の外に出ると、もうゲルシクは馬に乗って待っていた。
「ルコンどのだけだ。供を連れてはならぬ」
 リンチェが手綱をとる愛馬に飛び乗る。ルコンは久しぶりに愉快な気分になっていた。
「なんですって? 果し合いでもする気か」
「謝ると申しておるではないか。ルコンどのを害するようなことは誓ってせぬ」
「清廉無比のゲルシクどのが誓うとおっしゃるのなら、信じるしかありませんな」
「からかわないでくだされ」
「さあ、どちらに向かわれる」
「南だ! 急げばまだ間に合う」
 二騎は星を道しるべに駆け出した。
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