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決裂
しおりを挟む三人が平地に戻り、いつもの訓練が開始された。
リンチェが片づけのために姿を消すと、ふたりの間に沈黙が流れる。いたたまれなくなったゲルシクが場を離れる口実を考え始めたとき、ルコンがポツリとつぶやいた。
「そろそろ、次の世代のことを考えねばなりませんな」
それはときどきゲルシクも考えていた。もう四十五だ。しかし。
「焦ることはあるまい。唐ではわれらより二十以上年長の郭子儀が、第一線で働いているではないか」
「武人と文人の区別が明確に分かれている唐とこの国では事情が違う。それでもこの頃は、あちらも若い将軍たちが頭角を現し始めている。そろそろ世代交代でしょう」
「それは、そうかもしれないが」
軍を離れたら宮廷で、政事を司ることとなる。権力闘争、権謀術数、腹の探り合い……。考えただけで気分が悪くなる。実際、先の大相は慣れぬ宮廷での権力闘争の挙句に弑逆という暴挙に走ってしまった面があるのだ。自分もそうならぬ保障はないと思うとゾッとした。
「ラナンどのは、いずれは大相にもなっていただかなくてはならぬ方だ。先の会議でもご覧いただいたとおり、この頃はしっかりと自分の考えを持って、主張することも出来るようになって来た。その芽をさらに伸ばす手伝いをしてやりたい」
思わず、ゲルシクはルコンの横顔をマジマジと見つめた。
「二十年前も、同じようなことを言って都に戻られましたな」
ルコンの表情がわずかに強張った。
「終わったことではありませんか」
「終わったことだと?」
「そうです。マシャンどのは、もうこの世におられぬ。マシャンどのをお嫌いだった貴公はさぞ溜飲を下げられたことであろう」
なんだ、それは。
まるで自分がマシャンに私怨を持っていたような言い方をされて、これまで腹のなかにたまっていた不満が、口をついてあふれ出た。
「陛下をないがしろにして民を苦しめた、血も涙もない権力の亡者だ。国を思う士ならば憎まぬ者はおるまい」
「わたしはいまでも、マシャンどのこそがこの国の宰相にふさわしかったと思っています」
「幼馴染の身びいきで目が曇っているとしか思えぬ」
「もとはあのような方ではなかった」
「ふん。儂には若いころから鉄面皮の冷血漢にしか見えなかったがな。そのうえ触れる者すべてに災いをもたらす、祟り神のような男だ」
「なにごとも表面しか見えぬ貴公にはおわかりになりますまい」
「そうやって、儂のことを単純な愚か者と腹のなかで嗤っておったのだな。初めて会ったときから」
「そう思われるなら、勝手にそう思っていればいい。いつまで昔のことを根に持ってらっしゃるのか」
どうして否定しないのだ。ルコンの冷えた横顔を睨みながら、ゲルシクのなかでなにかが切れた。
「貴公もあの男と同じで、ひとの血というものが流れていないのだ。もう、顔も見たくない」
「そうですか。ならわたしは陛下にお願いしてお役を外していただく」
「なに」
「元帥たるゲルシクどのに不要と言われたのなら、ここに居ることは出来ません」
なぜ、歩み寄ろうとしないのだ。過去は水に流して、またともに力を合わせて行こうと言えないのだ。ルコンも、自分も。
「お好きにされよ」
ゲルシクが言うと、ルコンは立ちあがり、自分の天幕に向けて歩き始める。
ゲルシクは引き留めない。
それきり、ルコンは天幕から出てこなくなってしまった。
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