9 / 24
生ける死者 その3
しおりを挟む翌日はツァンポ川の北岸を東進、川岸の町に一泊してから小舟で川を渡り、ツァンポ川に流れ込む支流の西岸をゆっくりと南下した。こうして都を出発してから三日目、日が西の山際に隠れる前に、やや大きな町に到着した。
あれが王墓だ、とニャムサンが川向うに広がる麦畑の背後にある茶色い山を指さす。麓に、小さな丘が点々と並んでいる。
「百五十年くらいまえに、いまの都に移った。その前はこのあたりが都。ツェンポの先祖たちの土地。だから王墓もここにある」
「この町に泊まるのですか」
「いや、河原に天幕を張ろう」
もうすでに場所は決めているのか、ニャムサンは迷うことなく川に沿って進む。町の外れで川を渡ると、即座に「ここだ」と告げた。
ニャムサンがゴーに声をかけると、ゴーはてきぱきと天幕を張り始めた。呂日将が手伝おうとすると、笑顔を見せて首を振る。そんな表情のゴーは爽やかな好青年と見える。
呂日将は河原に転がる手ごろな石に腰を掛け、夕日に照らされて燃えるような色に染まっている山頂を見上げた。王墓は河原の東岸に切り立つ崖の上にあるはずだが、ここからはその姿は見えなかった。
目覚めると、ゴーは河原で火を焚いて朝食の準備を整えていた。続いて起きて来たニャムサンとともに食事をすませる。川の水で身を清め、馬をゴーにまかせて、ふたりで東に立ちはだかる崖に向かう。細く崖を削って斜面をなだらかにした小道が造られていて、それが王墓に通じる参道だった。
崖の上の台地に出ると、大きな門が立ちふさがっている。ニャムサンはふところから貝を取り出して吹き鳴らし、門をくぐった。途端に巨大な丘が目の前を塞ぐ。遠目にはかわいらしい小山に見えたが、間近で見るとかなり迫力がある。呂日将は目を見張った。
「盛土で造ったものなのですか」
「そう。これはティ・ソンツェン王のもの。この国を統一して、都をいまのところに移した大王。唐の公主を妃に迎えた」
「文成公主ですね」
唐朝の第二代皇帝太宗の時代に吐蕃に輿入れした姫君だ。ニャムサンはうなずくと、ティ・ソンツェン王の墓の南側を東に向かって通り抜ける。すると、ティ・ソンツェン王の墓と並んで同じような丘があった。
「これはティ・ソンツェン王の息子のグンソン・グンツェン王の墓。文成公主は、はじめはこちらのツェンポの妃だった」
「そうなのですか?」
「グンソン・グンツェン王は、父のティ・ソンツェン王より先に亡くなった。文成公主は、またツェンポになった義父のティ・ソンツェン王の妃になった」
北方の遊牧民には、亡くなった者の妻を、その後を継いだ兄弟や子どもが娶るという風習があると聞いているが、この国もそうらしい。唐でも、高宗は父である太宗の才人を皇后とし、玄宗は息子の妃を取り上げて貴妃に迎えたのだから、蛮習と蔑むつもりはないが、唐の公主がそのような扱いを受けていたと聞いて、あまりいい気持ちにはならなかった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ナナムの血
りゅ・りくらむ
歴史・時代
8世紀中頃のボェの国(チベット)
御家争いを恐れ、田舎の館に引きこもっていたナナム・ゲルツェン・ラナンは、ある日突然訪ねて来た異母兄ティ・スムジェによってナナム家の家長に祭り上げられる。
都に上り尚論(高官)となったラナンは、25歳になるまで屋敷の外に出たこともなかったため、まともに人と接することが出来なかった。
甥である王(ツェンポ)ティソン・デツェンや兄マシャンの親友ルコンに助けられ、次第に成長し、東方元帥、そして大相(筆頭尚論)となるまでのナナム・ゲルツェン・ラナン(シャン・ゲルツェン:尚結賛)の半生を書きました。
参考文献はWebに掲載しています。
長安陥落~ ཀེང་ཤྀ་ཕབ།
りゅ・りくらむ
歴史・時代
8世紀中頃の古代チベット王国(吐蕃)。
失脚した摂政ナナム・マシャン・ドムパ・キェの側近として流罪になったゲンラム・タクラ・ルコン。半年で都に呼び戻された彼に王は精鋭騎馬隊の設立を命じる。王の狙いは隣国唐の京師長安の征服だった。一方、マシャンの傀儡だった大相(筆頭大臣)バー・ナシェル・ズツェンはルコンの復帰を心の底では疎んじていて……。
『摂政ナナム・マシャン・ドムパ・キェの失脚』から続くお話です。
(これだけでもわかるようにはなっています)
鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜
八ケ代大輔
歴史・時代
徳川家康を天下に導いた十六人の家臣「徳川十六将」。そのうちの1人「槍の半蔵」と称され、服部半蔵と共に「両半蔵」と呼ばれた渡辺半蔵守綱の一代記。彼の祖先は酒天童子を倒した源頼光四天王の筆頭で鬼を斬ったとされる渡辺綱。徳川家康と同い歳の彼の人生は徳川家康と共に歩んだものでした。渡辺半蔵守綱の生涯を通して徳川家康が天下を取るまでの道のりを描く。表紙画像・すずき孔先生。
摂政ナナム・マシャン・ドムパ・キェの失脚
りゅ・りくらむ
歴史・時代
8世紀中頃のボェの国(現チベット)。古い神々を信じる伝統派と仏教を信じる改革派が相争う宮殿で、改革派に与する国王ティデ・ツクツェンが暗殺された。首謀者は伝統派の首領、宰相バル・ドンツァプ。偶然事件を目撃してしまったナナム・ニャムサンは幼馴染で従兄弟の太子ナツォクを逃がそうとするが、ドンツァプと並ぶ伝統派の実力者である伯父ナナム・マシャンに捕らえられ、ナツォクを奪われる。王宮に幽閉されたナツォクを助けるためニャムサンは、亡き父の親友ゲンラム・タクラ・ルコン、南方元帥グー・ティサン、東方元帥チム・ゲルシクと協力し、ナツォクの救出に奔走する。
民間伝承のような勧善懲悪ストーリではなく出来るだけ史実に沿うよう努力しています。参考文献は自分のWebサイトで公開中です。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる