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生ける死者 その1
しおりを挟むニャムサンの屋敷に滞在している呂日将は、会議の経過を聞いて暗澹たる気分になった。
「やはり、ルコンどのは和睦をお望みなのですか」
呂日将は『レン・タクラ』という名だけを頼りにこの国にやってきた。それが当のレン・タクラ、つまりタクラ・ルコンに冷たくあしらわれて気落ちしていたのだ。ニャムサンは首を振ってなまりの強い唐語で応える。
「そんなに悲観することはない。ナナムの家長がゲルシクの味方したから、ルコンには分が悪い。それよりルコンとゲルシクのケンカ。解決するために、日将どのに協力してほしい」
「なにをすればよいのです?」
「都の外に行くので護衛を頼む」
「都を出てよろしいのでしょうか?」
呂日将は胸が躍った。
ここについてから一ヶ月。ニャムサンとニャムサンの親友で唐の役人の子サンシの案内で、都のなかは見つくしてしまったので暇で仕方がなかったのだ。ニャムサンはうなずいた。
「ツェンポから、誰になにを頼んでもいい、と言われている。心配いらない。この国にしがらみのない日将どのにしかお願いできない」
「わたしに出来ることなら、なんなりと協力させていただきます。おふたりの仲違いは、わたしのせいなのでしょう」
「いや。いつかはこうなっていた」
ニャムサンはにっこりと微笑んだ。
「三日後の朝、都を出発。ほかにゴーという男も一緒に行く。いいか」
三日後の早朝、ニャムサンとふたりで馬に乗って出発した。
「誰にも教えられないから、他の家来は連れて行かない。これから見聞きすることはサンシにも言ってはいけない」
ニャムサンは憂鬱そうな表情で言う。
呂日将は少し後悔した。
暇を持て余していたから安易に承諾してしまったが、そんな秘密に首を突っ込むのは気が重い。
都の入り口には馬と若い男が待っていた。
「ナナムの家長ラナンの家来でゴーだ」
ニャムサンが呂日将に紹介すると、ゴーは無表情のまま呂日将へ姿勢を正し礼をする。どんな職業の者のなかに紛れ込んでもたちまち溶け込んでしまいそうな平凡な顔立ちをしている。物腰から相当な手練れと思われるが、そのような殺気は微塵も感じられなかった。
都を出るとすぐ、北西から都に向かって流れて来たトエルンチュ川と、都の南端を東から西へ流れるラサ川との合流点がある。呂日将が都に入ったときにはトエルンチュ川に沿ってやって来たのだが、ニャムサンはここから南に進路を変えるラサ川に沿って下る道を選ぶ。
「王墓に行くのだ」
ニャムサンは、ようやく行く先を告げた。
もしかしたら、神降ろしという者に会いに行くのか、と呂日将は想像した。この国のひとはなにかというと神降ろしに頼る、と聞いていただからだ。しかし、それが自分の親友や家来にも秘密にするようなことなのかは疑問だが。
ゴーはその目的を知っているのか、いないのか、初めて会ったときから一言も発せず、表情も動かさなかった。呂日将とニャムサンが唐語で会話をしていても、まったく興味を示すようすは見えない。ニャムサンも、ゴーの存在を忘れているかのように、道中、彼に話しかけることはなかった。
幾重にも細い流れが離れたりくっついたりしながら、平地をのたうち回る川は、やがて山間の隘路に向かって収束していく。いまは雨季であるということだが、昼間はほとんど雨はない。しかし夜間に降る大量の雨と雪解けの水で満ちた川は、青空と白雲を映して滔々と流れていた。ありがたいことに、川沿いの道は激しい高低がなく、速歩の馬は軽快に進んで行く。やがて平野に出ると、ラサ川はツァンポ川という大河と合流し、大きく弧を描いて東へと流れを変えた。三人は、その川辺にある小さな村落に入り、宿をとった。
「きれいな景色がある。日が暮れる前に見に行こう」とニャムサンが誘う。ゴーに見送られて宿を出ると、平地に突出している茶色い尾根をふたりで登った。「辛くないか」とニャムサンは気遣いながらもサルのようにスイスイと斜面を登っていく。それについていくのは容易ではなかったが、息苦しさは感じなかった。身体はすっかり高地に慣れているようだ。
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