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第一章
精鋭騎馬隊 その4
しおりを挟む薄墨色に沈んだ草原のあちらこちらに点々と橙色の光が瞬いている。
そのなかのひとつを囲み、ルコンとラナンとケサンは三人で食事を摂った。
ラナンとケサンはリンチェの捌いた羊を一口食べると、目を丸くした。南部の山間で採れる塩をふって焼いただけだが、都の高価な食材を使った手の込んだ料理などよりよほど旨い。作法を忘れて夢中で肉を頬張るふたりの若者を、ルコンは微笑んで見守った。
骨を山と積んだケサンが、腹を撫でながら言った。
「ああ、美味しかった。兵隊になればいつもこんな食事が出来るのですか?」
「まさか。今日はラナンどのがいらしたから歓迎のごちそうだ。いつもは麦粉の団子ぐらいしか口にすることは出来ないよ。戦場で食物が手に入らない場合を想定して、何日も飲まず食わずで調練をすることもある」
「うぇぇ。それってわたしたちもやらなくちゃダメですか?」
「必要かどうかはラナンどのが決定することだな」
「ならやらなくていいですよね、殿」
ケサンに言われて、ラナンは口中で「それは……」とつぶやく。
「誰がどう思うかなどと考える必要はない。ラナンどのはどう思われるかな」
「わたしはやったほうがいいと思います」
自信のなさそうな、細い声が返って来る。
「どうしてそう思われる」
「どうして?」
意外なことを聞かれたというように、ラナンは目を丸めて空に視線を彷徨わせた。
「なんとなく……です」
「ならば、やらなくてもいいではないか。ケサンはやりたくないと言っているぞ」
ケサンは声を裏返らせた。
「そんなこと申していません。殿がやるとおっしゃるのなら、もちろん喜んでやりますよ」
ルコンは声を立てて笑った。
「ケサンは従者の鏡だな。ラナンどの、このように、家来は主人の言葉に従わなくてはいけない。戦場ではその選択が生きるか死ぬかの分かれ道になることもあるのです。だから、将は何事も思いつきで決定してはいけない。いま、ラナンどのは、この隊がやっているのなら自分たちもやった方がいいのではないか、と思われたのではないかな」
ラナンがうなずく。
「そうかもしれません」
「もちろん、勘というのもバカにはできない。だが、はじめから考えることを放棄してはいけないよ。ナナムは兵站だ。精鋭騎馬隊とは役割が違うから、必要な訓練も違うのだ。兵站とはなにをするかはご存じであろう」
「後方支援です」
「そうだ。食料や武具や工具を整え、戦闘部隊が滞りなく戦えるよう備えるのが役目だね。だから、補給線を切られることや兵糧を奪われたり放火されたりする危険を想定した訓練が必要だな。さらに危険なことや必要なことはないだろうか。こんな風に、出来るだけ色々な角度から考える。しかしひとりで考えるには限界があるから他人の意見を聞くのも大切なことだ。兄上のスムジェどのは経験豊かな尚論だから頼りになるが、スムジェどのにだって限界がある。だから出来るだけ多くのひとの意見を聞いた方がいいな。それをもとに、もう一度自分の頭で考えて、自分がすべての責を負う覚悟で決定するのだ」
ラナンは深くうなずいて、じっと目の前でチロチロと燃える炎を見つめた。
日が完全に落ち、頭上いっぱいに宝石をちりばめたような星々が輝き始める。酒が入ったせいかケサンは昼間以上に饒舌になっていた。
「星を見るのは久しぶりです。そういえば、都のお屋敷に入ってから、夜は外に出ることがなかったですからね。なんか、大奥さまに怒られそうな気がして」
「大奥さまとはラナンどのの母上か。そんなに厳しくてらっしゃるのかね」
「殿のことを心配してらっしゃるんですよ。ここに来る前も、ケガをするような危険なことをしてはいけないと何度も念を押してらっしゃいました」
「スムジェどのはどうかな。ラナンどのに口やかましく言っているのか」
「スムジェさまはそんなことはありませんよ。むしろ大奥さまが心配しすぎだと、なだめてらっしゃるくらいです」
「そうなのか」
「この視察も、大奥さまは大反対だったのですけれど、スムジェさまはルコンさまと仲良くなれるよい機会だと喜んでらっしゃいました」
顔をあげたラナンはルコンにすがるような視線を向けた。
「ルコンどの、これまでのわたしの無礼な態度にあきれていらっしゃったことでしょう」
「いや、なにか理由があるのだろうと思っていたよ。ゲルシクどのが怖かったのかな」
「いいえ。ゲルシクどのはなにも悪くはありません」
「悪いですよ!」
ケサンが主の言葉にかぶせるように叫んだ。そうとう酔っているらしい。
「わたしは都に出たら名高いゲルシク将軍にもお会いできると楽しみにしていたんです。だって、男子に生まれてゲルシク将軍に憧れない者はいないでしょう。それなのに、ゲルシク将軍は殿を目の敵にされているんです。殿はゲルシク将軍になにもしていないのに、酷いじゃないですか」
「ケサン、いい加減にしないか」
ラナンは従者を咎める。ルコンは言った。
「いいや、ケサンが言う通りだ。ゲルシクどのはこころのうちを隠しておくことが出来ぬ質でな、素直に態度に現れてしまう。どうやらラナンどののことを誤解して、あのような振る舞いをしているようなのだ」
「誤解……」
ラナンは自分の足下に向かってつぶやいた。
「ラナンどのもゲルシクどのに文句があろう。吐き出してしまえ。この三人だけの秘密だから心配はいらないよ」
ラナンは膝の上で拳を握りしめながらつぶやいた。
「やっぱり、わたしが悪いのだと思います」
「どうしてラナンどのが悪いのだ」
「わたしよりも、ニャムサンのほうがナナムの主にふさわしいから、ゲルシクどのはお怒りなのでしょう」
「ゲルシクどのは、ニャムサンのことを息子のようにかわいがっているから、贔屓が過ぎるのだ。あまり気になさるな」
「いいえ」
ラナンはなにかを吹っ切ったように、いままでにない強い視線をルコンに向けた。
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