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第一章

シャン・ゲルツェン その2

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 ルコンが帰還して最初の会盟は、冬の終わる直前に大相ナンシェル・ズツェンの主催で行われた。参加するようにとの命を受け、都の近郊に設置された会場に到着したルコンを待ち構えていたのは、ナンシェルだった。
「ルコンどの。これで晴れて御赦免にございますなぁ」
 ベタベタと身体を寄せるナンシェルを避けながら、ルコンは「まだそうとは決まったわけではないでしょう」と眉根を寄せた。
「なにをおっしゃる。会盟に招聘されたということは、それだけでお許しがあったと同じ。形式はともかく、みな、そう心得ております」
 大相か、その取り巻きのなかに刺客を放った者がいる。根拠があるわけではないが、自分をみつめるナンシェルの目のなかに憎悪の光を見たときから、ルコンはそう確信していた。
 白々しいナンシェルの態度に、苦いものがこみあげて来るが、表情には出さぬようぐっとこらえる。ナンシェルが諦めておとなしくしてくれるなら、ルコンのほうから事を荒立てる気はなかった。
 ルコンは会場の入口に近い場所に留まろうとしたが、ナンシェルは袖を捕らえて放さない。
「わたしはここで結構です」
「いえいえ、ルコンどののお席は決まっているのです」
 主催者にそう言われては仕方がない。素直についていくと、左の最上位にあるナンシェルの次席を示された。
「大相、まだわたしはこのような上座に着くわけには参りません」
「なにをおっしゃる。いつもここがルコンどののお席ではありませんか」
 確かに、流刑前は大相、副相に次ぐ内大相という地位にあったがいまは違う。ルコンは更に固辞した。
「正式なお許しがいただけるまでは、戻れません」
「ご遠慮なされますな」
 ナンシェルが珍しく強情を張るので押し問答になってしまう。ふと周りの反応が気に掛かって見回すと、対面、右の第二席にいる副相のティサン・ヤプラクと視線が合った。ティサンが微笑みながら会釈をすると、ナンシェルは嬉しそうに言った。
「ほれ、副相もお認めにござろう」
 仕方なく、ルコンはそこに落ち着くことにした。
 対面のティサンの次席には東方元帥ゲルシク・シュテン、さらにその次には南方元帥であるバー・ケサン・タクナンがいる。ティサンの右の最上席は王家姻戚シャン筆頭尚論であるゲルツェン・ラナンが身体を縮めるようにしてうつむいていた。その顔は、金と山珊瑚の髪飾りに隠れて見ることが出来ない。
「シャン・ゲルツェンですが……」
 ルコンがささやくと、ナンシェルは小刻みにうなずいて、同じく小声で応えた。
「シャン・マシャンとお親しかったルコンどのは、以前からご存じでしょう」
「いいえ。都に帰った日に、陛下のお部屋でお見かけしたのははじめてだったのです。それまで名前も存じませんでした」
「なんと、陛下のお部屋に」
 ナンシェルの目のなかを、一瞬鋭い光が走った。大相はツェンポの私室に入ったことはないはずだ。ルコンはかまわず続けた。
「ですので、どのような方か知らぬのです」
「それが、尚論となってから半年がたつというのに、わたしもまともに顔を見たことも声を聞いたこともないのです。あのように閣議の間は微動だにせず下を向いてらっしゃるのだ。少しうつけ者なのかもしれません。それでも陛下の叔父シャンとして、わたしと並ぶ地位にいるわけにございますからな。あのならず者のシャン・ゲルニェンが家長とならなくて、本当によろしゅうございました」
 ナンシェルは下卑た笑みをルコンに向けた。
「そのようなこと、ニャムサンを目にかけているゲルシクどのの耳にはいったら首が飛びますぞ」
 ルコンがぼそりと言うと、大相はヒッと息を飲んで身体を縮める。
 同時にツェンポの出座が告げられ、尚論たちは一斉に拝跪した。
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