上 下
57 / 94
本編

29-1

しおりを挟む
(すっかり拗ねてしまったわ……どうしましょう)

 グレンがさくさく草を踏む音が、やけに大きく感じてしまう。
 一応手は繋いでくれてはいるものの、いつものように握ってこない。指先も、ひんやり冷たい。

「殿下……ごめんなさい」
「何であやまるの。君は何も悪くないのに」
「だって気にしてらしたんでしょう? 背の高さのこと。でもわたくしは殿下のふたつ年上ですし、これくらいの女の子は男より発育がーー」
「つまり僕をチビだって言いたいんだな。もういい、よく分かった。帰ったら僕たちの関係を考え直そう」

 マシェリはグレンの手を離し、ぴたりと足を止めた。

「……なんですの、それ」

 自分を置き去りにして、そのまま数歩先まで進んだグレンの背中を睨む。この皇子様、中身まで子どもに変わってしまったのではないか。

「婚約を考え直すってことですか? ……こんなことぐらいで? わたくし、そんなの絶対に認めませんわよ」
「だからだよ。……君がそんな風だから、僕たちは一度離れるべきだと思った」
「……どういう意味ですの」

 グレンが足を止め、満月の明るい光の下で振り返る。

「今言った言葉はたぶん、君の本心じゃない。……謝らなくちゃいけないのは僕のほうなんだよ、マシェリ」

 ひとり言のように淡々と語り、伏せ気味にした蒼い瞳は、哀しげに揺れていた。

「何のことです? ……殿下がわたくしに謝るだなんて」
「……許さなくていいから聞いてくれ。実はあの魔法の靴はーー」
「けしからんな。こんな夜ふけに子どもたちだけで外出など」

 急に耳元でバサバサと羽根音が聞こえ、マシェリは瞑目した。サラより遥かに重量感のある、真っ白いフクロウが肩に留まっている。

「私はウィズリー。この森の管理者だ。お前さんたちは人の子のようだが、一体どうやってここに入った? 返答次第では、この耳噛みちぎってやるぞ」
「ふ、フクロウが喋った……!」
「人間の小娘ごときが、失礼な事を言うな。私はフクロウなどではない。魔王の忠実なるしもべだ」
「なるほど。ーーつまり、お前は魔物か」

 グレンが突きつけた剣先を、ウィズリーは微動だにせず赤い瞳で凝視した。

「お前さんからは、ほんのり魔物の匂いがするな。それにその姿……さては、水竜がこさえた半竜の子孫か」
「フランジア帝国皇太子、グレン・ド=フランジアだ。彼女はテラナ公国から来たマシェリ・クロフォード。……大切な婚約者だ。乱暴な真似はこの僕が許さない」
「なるほど、なるほど。よおおく分かった。だからここへ来れたんだな。納得した。だが、婚姻の儀を行うにしては少しばかり早くはないか? お前さんたち、見たところまだ子どもだろう」
「「婚姻の儀?」」

 きれいにハモって、思わずグレンと顔を見合わせる。

「蒼竜石の祝福と魔力をもって、神殿の扉を開いたのだろう?まさか、知らずに来たわけじゃあるまい」

 マシェリの肩からふわりと飛び立ったウィズリーが、数羽の鴉が留まっている木の枝へと降り立つ。そのとたん、閉じていた鴉の眼が見開き、赤く光った。
 この、鴉に見えるものもすべて魔物だ。
 不自然にざわざわと音を立てはじめる木々の葉や、茂みからまで刺すような視線を感じる。怖くなったマシェリはグレンの腕に手を伸ばしーー一瞬、ためらう。

(拒絶されてしまうかもしれない)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

処理中です...