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本編
29-1
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(すっかり拗ねてしまったわ……どうしましょう)
グレンがさくさく草を踏む音が、やけに大きく感じてしまう。
一応手は繋いでくれてはいるものの、いつものように握ってこない。指先も、ひんやり冷たい。
「殿下……ごめんなさい」
「何であやまるの。君は何も悪くないのに」
「だって気にしてらしたんでしょう? 背の高さのこと。でもわたくしは殿下のふたつ年上ですし、これくらいの女の子は男より発育がーー」
「つまり僕をチビだって言いたいんだな。もういい、よく分かった。帰ったら僕たちの関係を考え直そう」
マシェリはグレンの手を離し、ぴたりと足を止めた。
「……なんですの、それ」
自分を置き去りにして、そのまま数歩先まで進んだグレンの背中を睨む。この皇子様、中身まで子どもに変わってしまったのではないか。
「婚約を考え直すってことですか? ……こんなことぐらいで? わたくし、そんなの絶対に認めませんわよ」
「だからだよ。……君がそんな風だから、僕たちは一度離れるべきだと思った」
「……どういう意味ですの」
グレンが足を止め、満月の明るい光の下で振り返る。
「今言った言葉はたぶん、君の本心じゃない。……謝らなくちゃいけないのは僕のほうなんだよ、マシェリ」
ひとり言のように淡々と語り、伏せ気味にした蒼い瞳は、哀しげに揺れていた。
「何のことです? ……殿下がわたくしに謝るだなんて」
「……許さなくていいから聞いてくれ。実はあの魔法の靴はーー」
「けしからんな。こんな夜ふけに子どもたちだけで外出など」
急に耳元でバサバサと羽根音が聞こえ、マシェリは瞑目した。サラより遥かに重量感のある、真っ白いフクロウが肩に留まっている。
「私はウィズリー。この森の管理者だ。お前さんたちは人の子のようだが、一体どうやってここに入った? 返答次第では、この耳噛みちぎってやるぞ」
「ふ、フクロウが喋った……!」
「人間の小娘ごときが、失礼な事を言うな。私はフクロウなどではない。魔王の忠実なるしもべだ」
「なるほど。ーーつまり、お前は魔物か」
グレンが突きつけた剣先を、ウィズリーは微動だにせず赤い瞳で凝視した。
「お前さんからは、ほんのり魔物の匂いがするな。それにその姿……さては、水竜がこさえた半竜の子孫か」
「フランジア帝国皇太子、グレン・ド=フランジアだ。彼女はテラナ公国から来たマシェリ・クロフォード。……大切な婚約者だ。乱暴な真似はこの僕が許さない」
「なるほど、なるほど。よおおく分かった。だからここへ来れたんだな。納得した。だが、婚姻の儀を行うにしては少しばかり早くはないか? お前さんたち、見たところまだ子どもだろう」
「「婚姻の儀?」」
きれいにハモって、思わずグレンと顔を見合わせる。
「蒼竜石の祝福と魔力をもって、神殿の扉を開いたのだろう?まさか、知らずに来たわけじゃあるまい」
マシェリの肩からふわりと飛び立ったウィズリーが、数羽の鴉が留まっている木の枝へと降り立つ。そのとたん、閉じていた鴉の眼が見開き、赤く光った。
この、鴉に見えるものもすべて魔物だ。
不自然にざわざわと音を立てはじめる木々の葉や、茂みからまで刺すような視線を感じる。怖くなったマシェリはグレンの腕に手を伸ばしーー一瞬、ためらう。
(拒絶されてしまうかもしれない)
グレンがさくさく草を踏む音が、やけに大きく感じてしまう。
一応手は繋いでくれてはいるものの、いつものように握ってこない。指先も、ひんやり冷たい。
「殿下……ごめんなさい」
「何であやまるの。君は何も悪くないのに」
「だって気にしてらしたんでしょう? 背の高さのこと。でもわたくしは殿下のふたつ年上ですし、これくらいの女の子は男より発育がーー」
「つまり僕をチビだって言いたいんだな。もういい、よく分かった。帰ったら僕たちの関係を考え直そう」
マシェリはグレンの手を離し、ぴたりと足を止めた。
「……なんですの、それ」
自分を置き去りにして、そのまま数歩先まで進んだグレンの背中を睨む。この皇子様、中身まで子どもに変わってしまったのではないか。
「婚約を考え直すってことですか? ……こんなことぐらいで? わたくし、そんなの絶対に認めませんわよ」
「だからだよ。……君がそんな風だから、僕たちは一度離れるべきだと思った」
「……どういう意味ですの」
グレンが足を止め、満月の明るい光の下で振り返る。
「今言った言葉はたぶん、君の本心じゃない。……謝らなくちゃいけないのは僕のほうなんだよ、マシェリ」
ひとり言のように淡々と語り、伏せ気味にした蒼い瞳は、哀しげに揺れていた。
「何のことです? ……殿下がわたくしに謝るだなんて」
「……許さなくていいから聞いてくれ。実はあの魔法の靴はーー」
「けしからんな。こんな夜ふけに子どもたちだけで外出など」
急に耳元でバサバサと羽根音が聞こえ、マシェリは瞑目した。サラより遥かに重量感のある、真っ白いフクロウが肩に留まっている。
「私はウィズリー。この森の管理者だ。お前さんたちは人の子のようだが、一体どうやってここに入った? 返答次第では、この耳噛みちぎってやるぞ」
「ふ、フクロウが喋った……!」
「人間の小娘ごときが、失礼な事を言うな。私はフクロウなどではない。魔王の忠実なるしもべだ」
「なるほど。ーーつまり、お前は魔物か」
グレンが突きつけた剣先を、ウィズリーは微動だにせず赤い瞳で凝視した。
「お前さんからは、ほんのり魔物の匂いがするな。それにその姿……さては、水竜がこさえた半竜の子孫か」
「フランジア帝国皇太子、グレン・ド=フランジアだ。彼女はテラナ公国から来たマシェリ・クロフォード。……大切な婚約者だ。乱暴な真似はこの僕が許さない」
「なるほど、なるほど。よおおく分かった。だからここへ来れたんだな。納得した。だが、婚姻の儀を行うにしては少しばかり早くはないか? お前さんたち、見たところまだ子どもだろう」
「「婚姻の儀?」」
きれいにハモって、思わずグレンと顔を見合わせる。
「蒼竜石の祝福と魔力をもって、神殿の扉を開いたのだろう?まさか、知らずに来たわけじゃあるまい」
マシェリの肩からふわりと飛び立ったウィズリーが、数羽の鴉が留まっている木の枝へと降り立つ。そのとたん、閉じていた鴉の眼が見開き、赤く光った。
この、鴉に見えるものもすべて魔物だ。
不自然にざわざわと音を立てはじめる木々の葉や、茂みからまで刺すような視線を感じる。怖くなったマシェリはグレンの腕に手を伸ばしーー一瞬、ためらう。
(拒絶されてしまうかもしれない)
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