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本編

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「結構。いいかい、マシェリ。例のレオストから取り寄せた抽出機なんだが、あれ結構値が張ってね。お前が想定してた額の二倍くらいの支払いになった」
「ええ⁉︎ ――で、でも、業者は予算よりもずっと安い金額を提示していましたのよ?」
「それはあくまで本体価格だ。お前は本当に、相変わらず詰めが甘いというか。もしや、商品がひとりでにここまで歩いてくるとでも思ってたのかい?」
「……まさか、送料?」
「そのまさかだ。とりあえず私が全額支払っておいたが、差額はお前に払ってもらうよ。ちょうど褒賞金も貰えることだしね。――それでも足りない分については」

 父が書状をずい、と向かいのマシェリに差し出す。
 お茶会やら夜会やらで散々耳にしている、帝国の皇太子についての釣書が目に入った。グレン・ド=フランジア十四歳。黒髪に漆黒の瞳――と見ていき、身長が十八歳のアディルと大差ないのに驚く。やたら発育良好な皇子様である。
 あとはほぼ噂通りだ。見目が大変麗しく、剣術が達者で、十二から国政に携わるほど聡明な上頭も良い。文武両道、質実剛健。絵に描いたような優良物件でどこにも隙がない。
 これだけの逸材で、しかも帝国の皇位継承者。普通なら引く手あまたで、とうに婚約者がいておかしくない歳である。

(妃候補は過去に何人がいたのよね。だけど皇太子殿下がことごとく拒絶して――)

 噂には、釣書にない『女嫌い』の尾ひれが付いた。

 そのせいで次の妃候補がなかなか決まらず、現在はひとりもいないらしいのよー、とため息まじりに語っていたのは、テラナ公国で噂を広めた張本人、母のマリアだった。
 生来の明るさと洗練された社交術をもって、夜会やお茶会に出席しまくっている母は、人脈を広げる事で陰ながら父の経営を手助けしている。
 それはいい。だが時々根拠のない噂話を吹聴してまわるクセがあるので、マシェリも父も、最近少し閉口気味だった。
 そこへきて、今回の妃候補の命令である。
 母の因果がブーメランとなり、娘のマシェリに刺さった気がしなくもなかった。

(でも、ダグラス侯爵に楯突いたのはわたくしですものね)

 過ぎた事をいつまで言っても仕方ない。父が示す釣書の下の文に目を通していたマシェリは、最後の一文に引っかかった。指先でなぞりながら二度見したのち、のろのろと視線を上に向ける。
 神父ばりの笑みを浮かべた父を半眼で見つめたのは、決して後光が眩しいせいではなかった。

「……もしかしてこれですか? お父様」
「さすが私の娘だ、いい勘してるねえ。そう、それだ。二週間後、妃候補として皇城へ挨拶しに行くだろう?その日から水脈が開放されるまでの一週間、皇太子に城から追い出されることなく城内に居続けられれば、追加で結構な額の褒賞金が出るらしいんだよ」
「……らしいって、お父様がお決めになった事ではありませんの? これ」
「まさか。私は褒賞金にそんな予算をばんばん出させたりしないよ。それの出所はおそらくフランジア帝国側だ」

 ここへきて、マシェリはようやく色々な事に合点がいった。

 水脈の開放と引き換えに皇帝が所望した、テラナ公国で一番気の強い女。そして、たった一週間城に留まるだけで貰えるという多額の褒賞金。

(ただの皇帝陛下の戯れじゃない、ということか)
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