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昼間はほとんど別々に過ごす二人だが、夜はいつもアーティフの独壇場だった。彼の投げかけてくる哲学的問いに、満足する答えをルティが返せるかどうかでその日の睡眠時間が変わった。かといって一方的にアーティフばかりが詰問するのかといえばそうではなく、どちらかと言えばその日の進展報告を求めるルティにアーティフが答えていたら、いつの間にか質問者が入れ替わっていた、ということが多かった。
「そういえば今日、侍女たちがあなたのことを話しているのを聞いた。近頃生き生きしているそうだ」
長い髪を後ろで一つに束ねたルティが、部屋に戻ったばかりのアーティフに声をかける。アーティフは身形を緩めながら小さく笑った。
「そう。今までと同じ顔をしてるつもりだけど、いったいどこでそんなにきらきらしていたんだか」
アーティフは気に留めない風だったが、ルティは流す気にはなれない。
「侍女の噂話ですめばいいが、そういった話は広まらない方がいいんじゃないか。あなたのこれからの動きの、妨げにならないとも限らない」
するとアーティフは、動きを止めてルティを見た。
「おれのことを、心配してくれるの」
そこに浮かんだ表情は、満足そうな笑み。ルティは彼の醸す空気感に飲まれぬよう、あえて堅い声を出した。
「当然だ。俺は、アーティフ王子、あなたに懸けている。まだ何も為さない内から消されて欲しくはない」
なおも微笑を崩さないアーティフ。近頃はずっとこんな調子だった。出会ったばかりの頃は、ルティが彼に対してなにか反応するたび興味深げに瞳を煌めかせていただけだったが、最近では大抵にこにこして終始ご機嫌だ。
「おれだって、なにも為さないうちに消されたりするつもりはないよ。王子は美しい花嫁にご執心、って噂ならむしろ好都合じゃないかと思うね。女性に骨抜きにされた無能王子なんて、誰が脅威に感じるんだか」
彼の言い草で、噂はアーティフ自身も耳にしたことがあるのだろうと思わされた。それだけ、広まっているということだ。
「あなたは本当は無能じゃない。それがいつ漏れ出るとも知れないということを、俺は案じて」
焦燥を隠しきれない声で言い募っていたルティは、アーティフがぶつぶつと独り言を呟いているのを聞き咎めた。
「アーティフ王子?」
弾かれたように顔を上げて、アーティフはルティに歩み寄る。
「それはいいかもしれない、そうしよう。明日にでも」
「何のことを言っているんだ?」
怪訝な顔で問うと、アーティフは満面の笑みで応えた。
「花嫁にご執心な王子、というやつを披露してやろうじゃないか。皆の前で」
ルティはぎょっとして思わず身を引いた。
「何を言っているんだ、あなたは」
「いや、悪くない案だと思うよ。実際、きみの懸念はおれも思うところがある。それというのも、現状は中途半端に噂が独り歩きする恐れがあるからだ。近頃の王子の変貌はただ女に溺れたために起きたのだと、そういう決定打があれば皆腑に落ちて、収まるところに収まる。少なくとも、しばらくの間は」
なるほどそうか、と思わされたルティだが、まだ身構えたままアーティフと対峙している。
「そうだとして、どうするつもりなんだ?」
そうだな、と俄かに逡巡したのも束の間、アーティフは十分縮まった距離にいたルティの手を取りそのまま腰を引き寄せた。
「こうしてこのまま、口づけというのはどうだろう」
「そういえば今日、侍女たちがあなたのことを話しているのを聞いた。近頃生き生きしているそうだ」
長い髪を後ろで一つに束ねたルティが、部屋に戻ったばかりのアーティフに声をかける。アーティフは身形を緩めながら小さく笑った。
「そう。今までと同じ顔をしてるつもりだけど、いったいどこでそんなにきらきらしていたんだか」
アーティフは気に留めない風だったが、ルティは流す気にはなれない。
「侍女の噂話ですめばいいが、そういった話は広まらない方がいいんじゃないか。あなたのこれからの動きの、妨げにならないとも限らない」
するとアーティフは、動きを止めてルティを見た。
「おれのことを、心配してくれるの」
そこに浮かんだ表情は、満足そうな笑み。ルティは彼の醸す空気感に飲まれぬよう、あえて堅い声を出した。
「当然だ。俺は、アーティフ王子、あなたに懸けている。まだ何も為さない内から消されて欲しくはない」
なおも微笑を崩さないアーティフ。近頃はずっとこんな調子だった。出会ったばかりの頃は、ルティが彼に対してなにか反応するたび興味深げに瞳を煌めかせていただけだったが、最近では大抵にこにこして終始ご機嫌だ。
「おれだって、なにも為さないうちに消されたりするつもりはないよ。王子は美しい花嫁にご執心、って噂ならむしろ好都合じゃないかと思うね。女性に骨抜きにされた無能王子なんて、誰が脅威に感じるんだか」
彼の言い草で、噂はアーティフ自身も耳にしたことがあるのだろうと思わされた。それだけ、広まっているということだ。
「あなたは本当は無能じゃない。それがいつ漏れ出るとも知れないということを、俺は案じて」
焦燥を隠しきれない声で言い募っていたルティは、アーティフがぶつぶつと独り言を呟いているのを聞き咎めた。
「アーティフ王子?」
弾かれたように顔を上げて、アーティフはルティに歩み寄る。
「それはいいかもしれない、そうしよう。明日にでも」
「何のことを言っているんだ?」
怪訝な顔で問うと、アーティフは満面の笑みで応えた。
「花嫁にご執心な王子、というやつを披露してやろうじゃないか。皆の前で」
ルティはぎょっとして思わず身を引いた。
「何を言っているんだ、あなたは」
「いや、悪くない案だと思うよ。実際、きみの懸念はおれも思うところがある。それというのも、現状は中途半端に噂が独り歩きする恐れがあるからだ。近頃の王子の変貌はただ女に溺れたために起きたのだと、そういう決定打があれば皆腑に落ちて、収まるところに収まる。少なくとも、しばらくの間は」
なるほどそうか、と思わされたルティだが、まだ身構えたままアーティフと対峙している。
「そうだとして、どうするつもりなんだ?」
そうだな、と俄かに逡巡したのも束の間、アーティフは十分縮まった距離にいたルティの手を取りそのまま腰を引き寄せた。
「こうしてこのまま、口づけというのはどうだろう」
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