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しおりを挟む突然の変わり身に、驚いたのは事実。そして、彼の提示した現実と素案も非の打ちどころはなかった。
ただの朴念仁でくその役にも立たないと思っていたのに……。
だが、その変貌ぶりに賭けてもいいのかもしれない、と思わされた。実際、きみよりも自分のほうが交渉がうまい、といった直後のあのフリには、舌を巻いてしまった。
そうしてもう一月が過ぎようとしていた。
アーティフ王子は、話しているとかなり頭の切れる男だった。判断力も決断力もある、そして他人のことをよく観察している。なぜ今までその力を眠らせていたのかと思うほど、彼の印象は一変した。しかも、周囲にはその変貌ぶりを明け透けにはしない。実に巧妙に素地を作りながら、己の権力基盤を構築していっている。ルティは、これはもしかしたらもしかするのかも、と期待する心を止められなくなっていた。
もともと中性的な容姿をしていたルティが、今回の作戦に抜擢されたのは止むに止まれぬ事情だった。エンヴィは人種的に、他種よりも線が細く容姿端麗で艶やかだ。その為に、特に女性の多くは力ずくで攫われ見世物や慰み者にされて数が少なくなっていた。決死の策とはいえ、大事な女性を勝算もわからない作戦に投入するのは憚られたのだ。ルティもそれは納得していた。自分の力で現状を変えられるのならばと、むしろ買って出たくらいであった。
しかし、いざ潜入してから、それが成功してしまってからは、女性として日々を過ごさねばならないことにただならぬストレスを感じていた。王子のフィアンセであるという立場上、侍女がつきことあるごとに身の回りの世話を焼こうとしてくる。アーティフに頼んで断ってはもらったが、いつ変装がばれるのかと気が気ではない。ずっと部屋に籠るのも精神衛生によくないが、下手に出歩いて正体がばれてしまっては元も子もない。アーティフは成果を上げるまでに一年くれと言っていたが、自分の立場が一年も保てるのかどうかルティは早々に自信をなくしていた。
ある日、バルコニーで昼寝をしていたら、侍女たちのおしゃべりが聞こえてきた。
「それにしても、王子ったらルティ様にぞっこんなのね」
「本当よ。あんなに生き生きしている王子をみるのは初めてだわ、うらやましいったらありゃしないわね」
「でもわかるわぁ、ルティ様は美しいもの。女のあたしでもちょっとどきどきするくらいよ」
「あらやだ、女は見てくれじゃあないわよ。中身で勝負よ中身で」
話題にしている当の人が聞いているともしらないで、きゃっきゃと騒いでいる。そのまま声は遠ざかったが、ルティは複雑な思いを抱えながら目を閉じた。そのまま脳内で、生き生きしていると言われたアーティフを思い起こしてみる。
確かに、花嫁候補選びの夜会で初めて目の当たりにしたアーティフは、その目に何も映してはいないかのように無気力にただそこにいるだけの存在だった。夜会で耳にした方々の噂話もろくなものはない。花嫁候補として名乗り出た女性たちの多くは、王家へ取り入りたい家の為に担がれた者だった。誰も王子自身に惹かれてなどいなかった。容姿はいいほうなのに、市中に広まった噂と実際の王子の生命力の無さに打ち消されていた。
死んだ魚のような目で、「きみがいい」と言われた時は正直寒気がした。そのまま死後世界に連れて行かれるような、奇妙な畏怖があった。
それを思えば、確かに今は「生き生きとしている」のかもしれない。
自分の命を狙った相手の一挙一動にいちいち感動している様は、見ているこちらまで新鮮な気持ちにさせられた。一つ一つ言葉を交わしていくたびに、その碧眼に光を宿していく存在に胸の奥が擽られるようだった。
居心地が悪い、と言うのとは違ういたたまれなさに、ルティは心を乱されていた。
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