相思相愛がこんなに奇跡的なことなんて。

穂篠 志歩

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思えば初めて会ったとき。

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 ――思えば出会った時から惹かれていたんだ。オレはずっと、おまえに。
 
 
 
 今日も酒場は冒険者達で賑わっていた。戦いの痕をひっそりと癒す者、自らの武勇伝を声を大に謳う者、最深の情報交換、他愛もない冗談。そんな中、エルレグはカウンターの隅の方に影を潜めて座っている二人組を見つけた。まだ視線を彷徨わせていたジェイの襟首を後ろから掴み、斜め後ろで冷めたため息をつくテックの袖口を引いて「いたぞ、あそこだ!」と明るい声を上げた。
「痛ぇな!引っ張るな!!」
「離せよ」
 口々に反抗するジェイとテックに目的を指し示してから、エルレグは二人からぱっと手を離し、喧騒を縫って奥へ奥へと軽やかに進んでいった。途中でウェイターにぶつかりそうかと思えばひらりと身を翻し、滞ることなく足を運ぶ。そうしてカウンターの隅、静かにグラスを傾ける青髪の青年の隣へどかりと座り込み、その肩に手をやった。
「ザク!いやぁよかった、ここで会えると思ったぜ」
 親しみを込めて呼びかけられた方はといえば、一瞬目を丸くしたが、すぐに驚きをため息に代えて吐き出した。
「おまえか、エルレグ」
 細い切れ長の目、灰青の力ない眼が、エルレグを認める。そんな反応をものともしないで、対峙するエルレグは満面の笑みを浮べている。
「相変わらず渋い反応だなぁ!まぁ、おまえらしいや。調子はどうだよ」
 言いながらエルレグは、すかさずバーテンダーにヴォトゥカ・ロックをオーダーした。
「どうってことない。相変わらず、ってやつさ」
 苦笑交じりに、ザクと呼ばれた青髪青年はグラスに口をつけた。
「おまえは、こんなところで何をしているんだ」
「こんなところで何とは、随分な言い草じゃないか。オレだって一応、冒険者の端くれだぜ?」 
「そうだったか。とっくに診療院の主任にでもなってると思ってたが」
「とっくに、思ってた?何言ってんだ、今の今まで、どうせオレのことなんざ、思いも出さなかったくせに」
「事ある毎におまえを思い出してなんぞいたら、うるさくてかなわん」
「連れねぇなあ」
 心底楽しそうにエルレグが笑うところへ、ヴォトゥカ・ロックが差し出された。遅れたジェイとテックがようやく人ごみを掻き分けて姿を現し、ザクは二人を仰ぎ見た。
「あぁ、そっちも元気そうだな」
「……元気ってなんなのか、わからんようになった」
 ため息交じりに、横目でエルレグを見るのは、金髪魔術師のジェイ。仏頂面で会釈も挨拶もしない長髪少年は、弓使いのテックだった。ザクはその態度にも相変わらずだな、という言葉を飲み込んで代わりに長い息を吐いた。エルレグとジェイが「どういう意味だ」「そのままの意味だ」などと他愛ない言い争いを始めた傍で、テックは睨めるとも取れる目つきでザクの隣を射抜いた。
「……そいつ、誰」
 冷たい声に、一瞬、エルレグもジェイも口をつぐんでテックを振り仰ぐ。ザクだけは冷静に、だが弱い微笑を浮べて、自身の隣の少年をみやった。
「俺の連れだ。おまえらと別れた後出会ってな、何の因果か因縁か、一緒に遺跡の森に潜ってる……まぁ相棒ってところかね。いい腕だよ」
 自身が話題に上ったことを受け、ザクに隠れるようにしていた少年はすっと顔を上げ、突然やってきた3人をじっと見つめた。クセのある豊かな黒髪から、月色の眸がキラリと輝いた。
「サイードだ。若い銃士だが、本当にいい腕だ、頼りになる」
 ザクは、まるで出来のいい弟を紹介するようにどこか誇らしげに、サイードという少年と、かつての仲間を取り持った。
「このうるさいのがエルレグ、らしくないが治療士だ。まぁ、腕が確かなのは認める」
「うるさいとは失礼な」
「疲れた顔をした金髪がジェイ、魔術師だ。変わり者だが、知識と術は信頼できる」
「疲れた顔って、……あんたには言われたくないね」
「それで、この……目つきの悪いのがテック。弓使いだ。……そういや、おまえら、年が近そうだな」
 仲良くしろよとでも続きそうなザクの物言いに、当人同士はしかしどちらもその意を汲むような素振りを見せない。どこか剣呑ささえ感じさせる目でテックが挑むように正面から見下ろすと、サイードは黙ってそれを受け止める。そこにあからさまな敵意はないが、怯んだ様子もなかった。最年少の二人の放つ冷たい空気を打ち砕くように、エルレグは側に立っていたテックの腕を後ろから取り、自分の隣の席に勢いよく引き込んだ。
「いやぁ悪いな、サイード、だっけ。テックのやつ愛想がなくて」
 不意打ちを受けたテックは、更に頭を小脇に抱えられ「おい」だの「いきなり何するんだ」だのと抗議するが、エルレグは構わず新顔の少年にザク越しにフォローを入れた。
「こいつの目を細めるのはクセだから、あんまり悪く捉えないでやってくれな」 
 弟分の不躾の詫びとばかりに人当たりの良い笑みを向けるエルレグに、サイードは真面目な顔で頷く。
「その癖は、なんとなくわかる。観察癖みたいなものならおれにも少しあるから、気にしてはいない」
 落ち着いたテノール声。ともすれば周囲の喧騒にかき消されかねない音域だが、エルレグの耳には不思議と馴染み心地よく響いた。
「テックもサイードも後方から狙い撃つ戦闘スタイルだ、狙いをつけるクセみたいなものがあるのかもな」
「……いや、そんなクセ戦闘外に持ち込むなよ」
 冗談とも本気ともつかないザクの呟きに、ジェイは心底勘弁してほしいという口調で応じる。エルレグがそこにツッコミを入れる前に、片腕に囲い込んだままだったテックがかみ付いた。 
「おいアンタ、いい加減離せよ」
「おおテック、悪い悪い、うっかり忘れてた」
「なんだよ、うっかり忘れるって」
 ようやく開放されて、テックは悪態を吐きながら乱れた髪や服を整える。ふと顔を上げたところで、サイードの月色の双眸にぶつかった。色素の薄い眸は何を考えているのか窺い知れない。その感覚が面白くなくて、テックは鋭い目で相手を見返していた。
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