相思相愛がこんなに奇跡的なことなんて。

穂篠 志歩

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この手で触れたら。

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「なぁ、サイード」
 悪戯に微笑んだ、ともいうかもしれない。思わずサイードは身構える。
「名前、呼んでくれないか」
「……え」
「……オレを。名前で、今」
 なんだそんなことか、と拍子抜けしたのもつかの間、なぜかいざ口にしようとしたら照れが生じて踏みとどまった。
「……なんか、……改めてそんなふうに言われたら……」
「照れる?」
 エルレグはひたすら楽しげだ。いつものようにただからかわれているわけではない、それがわかって、サイードの胸は更に心拍数を上げた。
「そんな……なんか期待するような目で、見なくても……」
「わかった、じゃあ、いい、代わりに、キス、して」
 えぇ!?
 内心サイードは叫んでいた。突飛過ぎる代替案に、脳の処理が追いつかない。キス、という単語と、その行為が頭の中をぐるぐると巡りだす。エルレグはにこにこにこにこ笑っている。それがただの悪戯っ子の笑顔じゃなくて、本当に幸せそうな微笑に見えるから始末に終えない。
「サイ……じゃオレが、おまえに、キスしても、いい?」
 突然真面目な顔つきになったエルレグにどきりとさせられている間に、彼はサイードの肩口を掴んで顔を近づけてきた。何をどう、と思った後には唇が触れ合っていた。そうして、エルレグの舌がするりと口内へ入ってくる。抑制していた支配欲が、爆発的にうずき始めた。理屈で納得させなければいけなかった何かをすっ飛ばし、エルレグの背に手を回して彼を求めた。
 この人をおれのものにしたい。おれだけを見させたい。おれに夢中にさせたい。
 そんな心の声を伝えるかのように、サイードはエルレグを求めた。先刻までの躊躇いも羞恥も、今はどこ拭く風。
ただ触れていたい、キスしたい、そして……ひとつになりたい。
「……エルレグ……」
 啄みの間に、サイードはエルレグに額をつけて呟いた。エルレグの手はサイードの首の後ろで、クセのある髪を扇情的に撫でている。
「エル、がいい……どうせなら、さ」
 囁いたエルレグがどこか照れくさそうにしていて、サイードは心を擽られた。今ならなんでもできそうな、妙な剛毅に体が包まれる。
「……エル……、……好きだ」
 そうして、首筋に吸い付くと、エルレグは身を震わせて喘いだ。
「……初めて、だな……そんなまっすぐ、好きって言ってくれるのは……今、オレすごく……幸せだ」
 顔を上げたサイードは、蕩けるエルレグに負けないくらい気持ちが溢れた笑みで返した。
「すごく幸せなのは、おれのほうだよ」

 おれを好きになってくれて、ありがとう。

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