相思相愛がこんなに奇跡的なことなんて。

穂篠 志歩

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この手で触れたら。

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 解いた髪がさらりと零れた。まるでビロードの海。心地よい手触りに、しかし、サイードは躊躇いも感じる。愛おしい、と思う気持ちは本物で、慈しみたい、と思う心も本当で、なのに、いや、だからなのか――彼を、エルレグを征服したい――自分だけのものにしておきたい、そんな邪な支配欲が、自身の感情だということに戸惑いを隠しきれない。
「サイ……」
 エルレグに名前を呼ばれると、胸の奥がこそばゆく照れくさい。見つめてくる彼の瞳に熱が籠もっていればいるほど、心臓が高鳴ってどうすればいいかわからなくなる。エルレグの手が、サイードの頬に触れる。そっと包み込んで、髪の毛を梳いて。何か言葉を、と思っても、何も浮かんでこず、唇は乾いて動かすことすら困難だった。動けないでいるサイードを見て、エルレグの表情が少し曇る。
「サイ……オレが、こんなふうにおまえに触るの……イヤか?」
 触れていてた手が、すっと、離れた。思わず、サイードはその手を掴んだ。エルレグの目が少し丸くなる。だが、サイードの言葉は続かない。掴んだ手も、どうしたらいいかわからない。やり場に困って、でも、そのまま下ろして解放するのはどこか寂しくて。そっと、エルレグの手を自分の頬へ押し当てた。
「嫌、なわけじゃ、……ない」
 なんだか緊張して、エルレグの顔もまともに見られない。俯いていたら、彼はするっとサイードの手を逃れ、そのまま腕を後ろへ回して、サイードを抱きしめた。いつもの、軽い冗談や挨拶のような抱擁じゃない。想いが溢れて取りこぼしそうになるのを防ぐように、ぎゅうっと強く抱きしめられ、サイードは息が止まるかと思った。物理的に呼吸が苦しくなった、それ以上に、エルレグの強い想いに包まれて胸が詰まったのだった。
「おれ、」
 エルレグの腕に触れて、サイードは発言をアピールすると、彼はすっと腕を緩め、正面からサイードを見つめた。何の衒いもなく、素敵だ、と思った。長い髪や細い線が女性的できれいだ、と言う単純な感動ではない。むしろ、しっかりした体つきやある種の包容力は、同性として魅力的で憧れでもあった。ただ、エルレグという目の前の一人の人間が、素敵に見えてしょうがない。自身の中でそう自覚すると、急に気恥ずかしくなってサイードは視線を落とした。
「……おれ、あんたが……すごく、素敵にみえる……けど、どうしたらいいのか、自分でもよくわからなくて……なんだか、おれは、あんたに対して、相応しくない想いを抱いてるような気がして、……」
 そこまで言って、ちらりとエルレグを盗み見るサイード。その目線の先で、エルレグは柔らかく笑んだ。
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