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二人で旅に出よう。
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しおりを挟む「それは、……オレの自己満足で……、オレは、いつまでもおまえに甘えてたわけだ……助けてもらったのに、ほんと、恩を仇で返してたんだな……テックに噛み付かれるのも、自業自得なわけだ……」
そう思い返すと、気分が落ち込んできた。
「我慢、しなくたってよかったんだぜ、サイード……オレはこの通り、もう元気になったし、縛り付けてて、ごめんな」
微笑んで見せたものの、上手く笑えていた自信はない。俯いたサイードが何か呟いている。違う、と聞こえる。エルレグが「え」と聞き返すと、サイードはばっと顔を上げた。
「あんた、さっぱり、意味不明だ!そんでもって、おれのことも、わかってない!……難しい、おれは、あんたに謝ってほしかったわけじゃない」
どうにも噛み合わないらしい二人のやり取りに、お互い首を傾げていた。
「おれは、べつに我慢してたわけじゃない。あんたと一緒にいるのがいやなわけでもない。ただ、おもしろくなかっただけだ」
観念したように、サイードは部屋のベッドに座り込んで言った。エルレグもそれに倣って隣に腰を下ろす。
「あんたは、誰にでも優しい。世話好きだし、構うのも好きだ。でも……おれは、……あんまり構われなかった。だから、テックが羨ましかった。でも、あんたが休養になって、そのわけを聞いて、実際会って、……本当に別人のように落ち込んでたから、……あんたに優しくしたいって思ったんだ……そのお返しで優しくしてもらえるかもなんて、妙な下心を持ったのがいけなかった」
諦めたような笑いを浮かべたサイードに、エルレグは驚かされっぱなしだ。落ち着いていてクールに見せて、一匹狼、一人でなんでもできます、と顔に書いて歩いているようなやつが、構ってほしかった、なんて。
「サイード」
エルレグは、至極真面目に名前を呼んだ。対するサイードは、どこか軽い表情に思える。エルレグはサイードの真正面に移動して、真っ直ぐに彼を見つめた。
「オレは、おまえのことを、特別に想ってる。おまえといると安心するって、前に言ったのは……気が弱くなってたからじゃなくって、いつだって、それまでも、それからも、ずっとそうだったんだ。オレはほんと、情けないけど……おまえに、すごく甘えてたんだ。よりかかると、おまえが支えてくれたから。でもいつしか、体を預けてるってことを忘れてたんだな。テックは、弟分だ。あいつに限らず、年下はだいたい、そう。だけど、おまえは、対等に付き合えた。対等どころか、オレが支えてもらってたんだ。でも」
エルレグは、いったん言葉を切った。この先は、本当は墓場まで持っていこうと決めていた思いだった。誰かにもらして、その後どうなるかなんて、考えたこともなかった。今だって、言うべきときではないのかもしれない。近いうちに、この告白を悔いるときがくることが容易に想像できる。だけど、今日のやりとりから、いや、休養をとってサイードとともに過ごし始めたときから、一縷の望みを託してもいいのかもしれない、と思うようになって。今このときは、賭けるべきときなのかもしれない、と。
サイードは、大人しく言葉が次がれるのを待っている。この告白が、サイードにとって、救いになるのか追い討ちになるのか、わからない。それでもエルレグは、意を決してサイードを見つめた。
「オレが、おまえに対して、他のやつらと違う態度だったのは、ちゃんと、わけがあるんだ」
サイードは、何の反応もしめさなかった。ただじっと、エルレグに対峙していた。「聞いてくれるか?」と問うと、だいぶん間を空けて、「聞く」と答えた。もう戻れなかった。
「オレが、おまえに対して、優しくなかったのは、おまえのことを……特別に、好き、だったから、だ」
風が吹いた。二人の間を縫って。サイードは少し目を丸くしたようだった。エルレグは苦笑した。
「本当は、オレだって、おまえに優しくしたかったさ。でも、そうしたら、オレは必要以上におまえにべったりすることになるから、……おまえは、そういうの、うっとうしそうだし、嫌かな、って思ったんだ。オレは、他のやつらにあしらわれるのは構わないけど、おまえに冷たくされるのは嫌だったんだ。だから、無難に付き合おうと思ってた。嫌われないように、嫌われないように、ってね。だけど、……今度のことで、おまえがあんまりにも優しくしてくれるから、……何度もいうけど、オレは甘えてしまったんだ。……ほんと、オレって自己中心すぎだよな」
言って苦笑するエルレグ。対するサイードは、驚きからは立ち直り、今度はなにやら難しい顔をしている。
「……やっぱり、あんたのいうこと……よくわからない。面倒な言い方するな」
だんだんエルレグはイライラし始める。
「なんでわからないんだよ……これ以上どう言えっていうんだ」
「いや、……そもそも、何の話をしていたんだ、おれたち?エルレグ、あんたが言いたいのは結局、なんだ?」
「そんなに考えすぎると頭が腐るぞ。何の話をしてたのかなんてこの際関係ないんだ。いいか、オレは、おまえが、好きだといったんだ。大事なのは、そこなんだ」
「……だから、それはどういう意味か、と聞いて」
何故伝わらない。
緊張して、気が立っていたせいか、エルレグはつい頭にきて思い切りサイードを押し倒した。
「それがどういう意味か、だって!?洗いざらい、逐一説明しろってのか?オレが何を望んでるのかを?なんでわからないんだ、特別に好きだと言ったんだ!それの意味が」
声を荒げて、驚くサイードを見下ろすエルレグは、記憶のフラッシュバックに一瞬で青ざめた。
理性を失って詰め寄るテック。動きを拘束して、脅迫するテック。死の香り。
唐突に力が抜けて、エルレグはサイードから飛び退き、床にへたり込んだ。体が震える。なんてことを、自分はしていたのだろう。あの恐怖を、仮にも、好きだと伝えた相手に与えようとしていたのか。これでは、彼と同じではないか。だったら、彼の気持ちがわかる?否!違う、違うと思いたい。これは、あいつの呪いだ、そう思いたい――
「……悪い、……サイ……オレ……どうかしてる、な」
声もまともに出せない。逃げ出してしまいたいのに、体はいうことを利かなかった。冷汗が止まらない。体が芯から冷たくなっていく。無性に泣きたくなる。
「……エルレグ……」
呼ぶ声が聞こえたような気がした。そして、体を包み込む温もりを感じる。宥めるように、そっと、優しく、頭を撫でてくれる。それは、他でもない。
サイード。
エルレグは溢れる想いを止められなかった。すがるように彼に抱きつくと、彼はぎゅっと抱き返してくれた。
やっぱり、おまえといると、……安心する……。
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