相思相愛がこんなに奇跡的なことなんて。

穂篠 志歩

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二人で旅に出よう。

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 数日、エルレグは夜な夜なうなされ続けた。だが、真夜中に目を覚ますと、必ずサイードが気づいてくれた。それから、サイードにそばにいてもらって再び寝付くと、朝まで何にも邪魔されずに眠ることができた。次第に夢も見なくなり、エルレグは本来の活力を取り戻しつつあった。サイードにもちょっかいを出したり、からかったりして軽口を叩き合うまでに回復したけれど、彼への恩を忘れたことは一瞬たりともなかった。その恩に報いたいという想いが、全快に近づくにつれて大きくなっていった。
 
 ある日、いつものように、日中は鍛錬、勉学と別々に過ごし、夕飯を共にして部屋でくつろいでいるときのこと。サイードが銃器の手入れをしている背を見ながら、エルレグは真面目な口調で言った。
「サイード」
 呼ばれてサイードは手を止め、だが顔だけをエルレグに向けて「なに?」と尋ねた。エルレグは、歩み寄って、彼の手元を覗き込む。
「何か、オレにできることないかな?」
「どしたの、急に」
 最近、お調子者のエルレグの復活に些か痛い目をみているサイードは、若干の警戒心を見せて半眼になった。その様子にエルレグは苦笑する。
「いや、オレ、おまえに、すごく救われたから。すごく感謝してるんだ。だから、何か、お礼、しないとな、って思ってさ」
 ふうん、と考え込むサイードにはまだどこか不信が見て取れる。エルレグはすぐさま口を尖らせた。
「なんだ、その反応は。オレは真面目に言ってるんだぜ?ちょっと前まで、あんなに優しかったじゃないかサイード、そんな冷たくしないでくれよ」
「冷たくなんか!」
 勢いよく振り向きざまに声を上げたサイードは、しかし、そこまで言って言葉を飲み込んだ。そしてぷいとそっぽを向く。エルレグは、そんな彼を覗き込もうと顔を突き出した。
「冷たいじゃないか、今だってほら、顔背けるし」
「うるさいな!寄るな!」
 照れているんだ、とわかると、エルレグはついつい彼をからかってしまう。だけどやっぱり、冷たい言葉よりも、優しい言葉がいい。どうしてやろうか、とエルレグが考えている間に、サイードが恨めしい目でエルレグを貫いた。
「あんた、弱ってたほうがよかった……弱ってたときのあんたは、嫌味もいわないし、優しかった。おれは、……恩を仇で返された気分だ」
 ほとんど初めて、真正面から非難されて、エルレグは面食らった。というより、ショックを受けた。
 返す言葉すら失っていると、サイードが自嘲気味に笑った。
「ああ、いや……恩、だなんて、……偉そうなこと言った……嫌なこと、言った……」
 名前を呼ぼうと口を開いたが、エルレグが音を発するよりもはやく、サイードが二の句を次いだ。
「そんな、恩着せがましい言い方、するつもりじゃなかった、おれが、自分でやったことだから……ごめん、……なんか、一人で舞い上がってた。あんたを助けたかったなんて、……しかも、それに恩義を感じてほしかったなんて、おこがましい、よな」
 はは、と乾いた笑い声を立てて、サイードは銃器をそっと床に置いて立ち上がった。エルレグに顔を向けないように足早に去ろうとする。
「サイード!?ちょっと、待て!」
 慌てて伸ばしたエルレグの手は寸でのところでサイードの腕を掴む。その手から逃れようとするサイードを留めておく自信がなくて、エルレグは彼に抱きついてしっかり腕を回した。
「離せよ、一人でいたいんだ」
 反抗するサイードは腕の中でもがく。
「オレだって離したいよ。おまえが逃げないなら、離す。誤解されたまんまなのは嫌だ」
 誤解、と呟くサイードから、抵抗の色が消えた。それでも、エルレグは彼にもたれかかるように抱きついたままだ。
「ごめん、ほんっとごめん!……でもオレ、本当におまえに感謝してるんだ、……そう、言っただろ……?からかい癖があるのは、……悪かった、……おまえは間違ったことなんて一つも言っちゃいないんだから、あんな顔、するな。……って、オレがさせてるのか、……ごめんな、サイード。オレはおまえといるのがすごく居心地が良くて、甘えてしまってたけど、おまえを嫌な気分にさせてたのなら、それは」
 そこまで言って、エルレグはぱっと手を離した。どこまで傲慢だったのだろう、彼が許してくれるからといって、随分な態度をとってきていたことに、今さらながらに気づくなんて。
 自由になったサイードは、逃げるでもなく、エルレグに向き直った。言葉の続きを待っている風だった。エルレグは、それを見て大きく息をつく。
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