上 下
3 / 7
夜を照らす

3

しおりを挟む
 飛び出した星原が行く当てなど、佐々にはわからなかった。それでも、一人きりでこの狭い相部屋に篭っていることに耐えられなくなって、衝動的に外へ出た。正直なところ、星原を探すつもりなのか、みつけたらどうするつもりなのか、わからないままとにかく体を動かした。ただ確かなことは、自分が間違いなく彼を傷つけてしまったこと。そしておそらく、そのことを後悔しているということだ。あの状況で己が感じた星原への苛立ちは、八つ当たり以外の何ものでもない。そして問題なのは、何故自分が星原へ怒りに近い苛立ちを感じたのかということだ。

 時谷と親しくしていたから?――俺は星原に嫉妬でもしていたのか……?まさか。むしろ、
 
 星原に対する怒りの正体、それは、漠然と佐々の中で形を持っていた。ただし、それを認めてしまうことは、佐々にとって苦痛だった。屈辱といってもいい。一度完全に否定した道だ。
“……付き合うなんて絶対にあり得ないがそれでも、俺は友人としてのおまえは失いたくない”
 毅然としていたはずの己のセリフが、ただの強がりに思えてきた。もう駄目だ。佐々は携帯を手にとってコールする。
 難しいことを考えるのはやめにした。今大事なのは、とにかく星原を傷つけてしまったことだ。きちんと謝らなければならない。
 
 
 ******
 
 
 泣きつかれて幾分落ち着いてきた星原のジャケットで、バイブレータが鳴動した。鼻をすすりながら緩慢な手つきで携帯を探る。着信元を確認して心臓が跳ね上がった。
 佐々だ。
 瞬間に星原の脳内がクラッシュした。自分の感情の整理が付けられないまま、しばらく硬直する。だが、なかなか鳴り止まない携帯に、星原は恐る恐る通話ボタンを押した。
『……豊』
 落ち着いた佐々の声だ。瞬間に星原の胸が高鳴り、同時にずきりと痛んだ。
 あぁごめん、オレはやっぱり、どうしようもなく理が好きだ……。
 嗚咽が聞こえないように、思わず携帯を持つ手を下ろす。
『豊……大丈夫か』
 なんとか感情を落ち着けて、星原は携帯を耳に宛がう。
「ご、めん……なんか、……理、声聞いたら」
 言葉を口に出そうとしたら、涙まで目から溢れた。
『豊……俺が悪かった……今、どこだ?』
 信じられないほど、佐々の声が優しかった。常なら何か裏があるのかと勘繰るほどだったが、今はただ、ひたすらにそこに甘えてしまいたい。
「ここ、どこだろ……なんか、適当に歩いてきたから、わかんないや……」
 ハハ、となんとか、笑い声を出す。
『適当なこと言うな、どこにいる?』
 そう諌める声でさえ、苛立ちを感じられない。もしかしたら、自分の感覚が麻痺しているのかもしれない。そんなことを考えながら、星原は電話口で微笑んだ。
「ごめん、……たぶん、駅の裏通りの小道だよ。旧道の、古い陸橋のかかってるところ」
 答えながら、空を見上げる。今まで気づきもしなかったが、今日は満月だ。夜空が明るい。
『そうか、わかった。そこにいろ、いいな』
 佐々はそう言うと返事も聞かずに携帯を切った。唐突だったが、星原はおかげでようやく自身の気持ちを整理する時間を得る。単純に、幸せだった。今なら死んでも後悔しない。そう思えるほど、満ち足りた気分だった。佐々が優しい、たったそれだけのことで。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

処理中です...