凸凹カルテット

穂篠 志歩

文字の大きさ
上 下
2 / 2
手の届かないもの。

1

しおりを挟む
 部員が少ないオーケストラ部の主な活動は、年に一度の定期演奏会だ。その集客のため、地域のさまざまなイベントに出向いて小編成演奏を繰り返す。少しでも知ってもらって聴いてもらって、ファンを獲得していくことが通年の目標だ。

 木管五重奏や金管ばかりのブラスバンド、弦楽四重奏や五重奏など、さまざまな組み合わせでバリエーションやレパートリーを増やしている。

「次にやる曲は、『きらきら星変奏曲』にしようと思うんだけど、どうかな」

 大学講義の空き時間、部室でたまたま居合わせた後輩に向かって、貴史は話かけた。

「きらきら星ぃ?」

 練習に来たばかりの眞音が、弓に松脂を塗りながら賛同しかねる声を上げる。眞音は二回生、貴史は三回生だ。眞音は貴史に対して、敬称をつける以外に謙った言動をとらない。彼は誰に対してもそうだった。

「もうすぐ七夕だし、町の夏祭りでの演奏にどうかなって」

 相手の反応の悪さはさほど気にも留めず、貴史は『きらきら星変奏曲』のスコア譜を眞音に差し出す。

「全然わからん。七夕と夏祭りと、きらきら星の間になんの関連性があるっていうんだ」

 言いながらも、眞音はスコア譜を受け取り眺めた。楽器経験の長い眞音は、楽譜を読んで頭の中で音を鳴らすことができる。弦楽四重奏の編成譜を目で追いながら、眞音は心の中では悪くないか、と思い直した。

「うーん、七夕って言うと夜空だし、天の川は星だろう?全然関係なくはないと思うんだけどな」
「だとしても、だ。夏祭りっていやぁもっとこう、アツいやつが所望されるもんだろ?バンドとかなんかそんな。オレたちがい行って小綺麗な演奏したって、盛り上がらないだろ」
「ああ、そのあたりは大丈夫。そんなに規模の大きなお祭りじゃないから。町っていうか地区のイベントだし、小さな子どもたち向けの色合いが強いから」

 眞音は貴史の弁をふうんと聞き流しながら譜読みを終え、「まあ、いいんじゃないの」とスコア譜を返す。

「けど、いくら規模が小さくたって、やるならあと二、三曲は必要だろ」
「そうだね、後はそれこそ『七夕の歌』とかと、ちょっとしたクラシックを一曲入れるといいかな」
「まぁ妥当だな、じゃあ選曲は任せる」
 
 そう言って、眞音は自身の練習の準備を始めた。調弦して、軽く音階を弾き鳴らして、ロングトーンで深く楽器を響かせる。なみなみと湛えられた水面を思わせるような豊かな音を背に、貴史は自らも楽器を弾く態勢を整えにかかった。

 眞音を中心とした弦楽四重奏は、入部当初から同学年の奏一とのデュオばかり練習していた眞音に、貴史が声をかけて結成されたものだった。その頃の眞音は貴史の言葉にも聞く耳を持たなかったため、奏一から口説き落とした。活動実績は外部演奏五回、部の一大イベントである定期演奏会の練習時間を鑑みれば、結成一年程度で十分活動しているといえる。

 当時からいうと大分信頼してもらえたかな、と貴史が胸中ひとりごちながら楽器を弾いていると、部室の重い鉄扉が開いた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...