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手の届かないもの。
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部員が少ないオーケストラ部の主な活動は、年に一度の定期演奏会だ。その集客のため、地域のさまざまなイベントに出向いて小編成演奏を繰り返す。少しでも知ってもらって聴いてもらって、ファンを獲得していくことが通年の目標だ。
木管五重奏や金管ばかりのブラスバンド、弦楽四重奏や五重奏など、さまざまな組み合わせでバリエーションやレパートリーを増やしている。
「次にやる曲は、『きらきら星変奏曲』にしようと思うんだけど、どうかな」
大学講義の空き時間、部室でたまたま居合わせた後輩に向かって、貴史は話かけた。
「きらきら星ぃ?」
練習に来たばかりの眞音が、弓に松脂を塗りながら賛同しかねる声を上げる。眞音は二回生、貴史は三回生だ。眞音は貴史に対して、敬称をつける以外に謙った言動をとらない。彼は誰に対してもそうだった。
「もうすぐ七夕だし、町の夏祭りでの演奏にどうかなって」
相手の反応の悪さはさほど気にも留めず、貴史は『きらきら星変奏曲』のスコア譜を眞音に差し出す。
「全然わからん。七夕と夏祭りと、きらきら星の間になんの関連性があるっていうんだ」
言いながらも、眞音はスコア譜を受け取り眺めた。楽器経験の長い眞音は、楽譜を読んで頭の中で音を鳴らすことができる。弦楽四重奏の編成譜を目で追いながら、眞音は心の中では悪くないか、と思い直した。
「うーん、七夕って言うと夜空だし、天の川は星だろう?全然関係なくはないと思うんだけどな」
「だとしても、だ。夏祭りっていやぁもっとこう、アツいやつが所望されるもんだろ?バンドとかなんかそんな。オレたちがい行って小綺麗な演奏したって、盛り上がらないだろ」
「ああ、そのあたりは大丈夫。そんなに規模の大きなお祭りじゃないから。町っていうか地区のイベントだし、小さな子どもたち向けの色合いが強いから」
眞音は貴史の弁をふうんと聞き流しながら譜読みを終え、「まあ、いいんじゃないの」とスコア譜を返す。
「けど、いくら規模が小さくたって、やるならあと二、三曲は必要だろ」
「そうだね、後はそれこそ『七夕の歌』とかと、ちょっとしたクラシックを一曲入れるといいかな」
「まぁ妥当だな、じゃあ選曲は任せる」
そう言って、眞音は自身の練習の準備を始めた。調弦して、軽く音階を弾き鳴らして、ロングトーンで深く楽器を響かせる。なみなみと湛えられた水面を思わせるような豊かな音を背に、貴史は自らも楽器を弾く態勢を整えにかかった。
眞音を中心とした弦楽四重奏は、入部当初から同学年の奏一とのデュオばかり練習していた眞音に、貴史が声をかけて結成されたものだった。その頃の眞音は貴史の言葉にも聞く耳を持たなかったため、奏一から口説き落とした。活動実績は外部演奏五回、部の一大イベントである定期演奏会の練習時間を鑑みれば、結成一年程度で十分活動しているといえる。
当時からいうと大分信頼してもらえたかな、と貴史が胸中ひとりごちながら楽器を弾いていると、部室の重い鉄扉が開いた。
木管五重奏や金管ばかりのブラスバンド、弦楽四重奏や五重奏など、さまざまな組み合わせでバリエーションやレパートリーを増やしている。
「次にやる曲は、『きらきら星変奏曲』にしようと思うんだけど、どうかな」
大学講義の空き時間、部室でたまたま居合わせた後輩に向かって、貴史は話かけた。
「きらきら星ぃ?」
練習に来たばかりの眞音が、弓に松脂を塗りながら賛同しかねる声を上げる。眞音は二回生、貴史は三回生だ。眞音は貴史に対して、敬称をつける以外に謙った言動をとらない。彼は誰に対してもそうだった。
「もうすぐ七夕だし、町の夏祭りでの演奏にどうかなって」
相手の反応の悪さはさほど気にも留めず、貴史は『きらきら星変奏曲』のスコア譜を眞音に差し出す。
「全然わからん。七夕と夏祭りと、きらきら星の間になんの関連性があるっていうんだ」
言いながらも、眞音はスコア譜を受け取り眺めた。楽器経験の長い眞音は、楽譜を読んで頭の中で音を鳴らすことができる。弦楽四重奏の編成譜を目で追いながら、眞音は心の中では悪くないか、と思い直した。
「うーん、七夕って言うと夜空だし、天の川は星だろう?全然関係なくはないと思うんだけどな」
「だとしても、だ。夏祭りっていやぁもっとこう、アツいやつが所望されるもんだろ?バンドとかなんかそんな。オレたちがい行って小綺麗な演奏したって、盛り上がらないだろ」
「ああ、そのあたりは大丈夫。そんなに規模の大きなお祭りじゃないから。町っていうか地区のイベントだし、小さな子どもたち向けの色合いが強いから」
眞音は貴史の弁をふうんと聞き流しながら譜読みを終え、「まあ、いいんじゃないの」とスコア譜を返す。
「けど、いくら規模が小さくたって、やるならあと二、三曲は必要だろ」
「そうだね、後はそれこそ『七夕の歌』とかと、ちょっとしたクラシックを一曲入れるといいかな」
「まぁ妥当だな、じゃあ選曲は任せる」
そう言って、眞音は自身の練習の準備を始めた。調弦して、軽く音階を弾き鳴らして、ロングトーンで深く楽器を響かせる。なみなみと湛えられた水面を思わせるような豊かな音を背に、貴史は自らも楽器を弾く態勢を整えにかかった。
眞音を中心とした弦楽四重奏は、入部当初から同学年の奏一とのデュオばかり練習していた眞音に、貴史が声をかけて結成されたものだった。その頃の眞音は貴史の言葉にも聞く耳を持たなかったため、奏一から口説き落とした。活動実績は外部演奏五回、部の一大イベントである定期演奏会の練習時間を鑑みれば、結成一年程度で十分活動しているといえる。
当時からいうと大分信頼してもらえたかな、と貴史が胸中ひとりごちながら楽器を弾いていると、部室の重い鉄扉が開いた。
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