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エピローグ

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 三ヵ月後――。

「しばらく会えなくなるのか。寂しいな」
「帰国させないなんて酷い男よね。何なら、あなたも一緒に、ダトルに行きましょう」
 爽やかに笑んで別れを惜しむアレクシを無視し、ミシェルは隣にいるロレーヌに話し掛ける。

 あれから数日後にはクラウスはダトルに帰ってしまったが、ロレーヌの方はアレクシに帰国を引き止められ、ライネローズに滞在したままだった。
 未亡人といえども、公爵家の夫人だ。本来なら、クラウスよりも彼女の方が帰国せねばならない立場にあるのだが、彼女の亡き夫である公爵は、ロレーヌがいずれライネローズへ戻ることを考えていたらしい。
 二人の間には子どもがいないので、公爵の甥が後を継いでいて、遺産分与もすでに終わっている。彼女が望みさえすれば、いつでも再婚出来るような状態だった。

  ライネローズに戻っては来るが、一度はダトルに戻っておきたいと、ロレーヌは言っていた。しかし、アレクシが頑なに許さず止めている。
 彼的には蜜月なのに、離れるのが嫌なのだという。
 甲斐性なしの男は、ロレーヌが素直に彼の愛を受け入れたことにより、束縛男に変わっていた。

「ロレーヌは酷い男である僕が好きなのだから、問題はないよ」
 他人任せだったとは信じられないくらいの自信満々な様子に、ミシェルは呆れた。

 あの日の貸しとして、ミシェルはダトル皇国へ行くための手続きや後始末をアレクシに頼んだ。
 屋敷の管理は執事に任せている。
 二年か三年後には、クラウスとともに戻ってくる予定である。

「クラウスによろしく、ミシェルさん」
「ええ。あなたも元気で」
 ミシェルはロレーヌと握手をして別れ、ダトルへ向かう馬車へと乗った。



 ミシェルがライネローズに戻ったのはそれから、六年後のことだった。
 予定よりも遅くなったのは、子どもが生まれたためである。
 娘が長旅に耐えられる年齢になるのを待ってからの、帰国になった。

 アレクシや彼の父親である公爵、そして留守を任せていた執事とも相談し、モーリスの最後に手がけたワルツは、別の者が作ったものであったと公表した。
 病気で曲を作れなくなっていたため、他人の書いた楽譜を発表したと。それを悔いる手紙が出てきたと説明した。
 同時に、ミシェルは父から継いでいた男爵位を返上した。
 しばらくの間、醜聞として騒がれ、モーリスの楽曲は演奏されなくなった。
 しかし、最近は彼の犯した罪はともかく、過去の楽曲までは否定すべきでないと主張する者たちも現れ始めた。
 率先してモーリスの楽曲を弾いているクラウスの影響もあるのだろう。


 昼過ぎ。
 孤児院での演奏会を終えたミシェルが屋敷に戻ると、聴き慣れた曲が扉の向こうから、聴こえてきた。
 知った曲だけれど、たどたどしい。
 クラウスが九歳になったばかりの娘に、ピアノを教えていた。
 扉を開けると、黒髪の少女が駆け寄ってくる。
「お母様!」
「練習中でしょ。真剣にやりなさい」
「いや、休憩にしよう」
 クラウスが蕩けるような笑みを浮かべて、言う。
「もうっ。すぐにそうやって、甘やかすんだから」
 眉を顰めていると、クラウスが近寄ってきて、ミシェルの額にキスを落とす。
「おかえり、ミシェル」
「……ただいま、クラウス。……今日、あなたが一時期いたっていう孤児院に行ったわ。バルニエ男爵が母をモデルに描いた天使の絵があった。あれを見て私のことを天使だって言っていたのね。やっと長年抱いていた疑問が解けたわ」
「あの絵よりも、君の方がずっと愛らしいし、美しい」
 真面目な顔をして言われ、ミシェルは赤面する。
「それは、どうも……ありがとう」
「お母様、顔、真っ赤」
 どぎまぎとクラウスから視線を外し答えていると、娘がニヤニヤと笑みを浮かべてミシェルを見上げていた。

「……あなたのために、焼き菓子を買ってきたのだけれど……私ひとりで食べちゃおうかしら」
「ごめんなさい!」
 最近、ませた態度を取るようになってきた娘は、ミシェルの言葉に表情を変える。
 焦った顔が可愛らしかったので、ミシェルは声を立てて笑った。
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