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2話
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一応は王族であるシェラは、母へはついて行かず、ひとりで離宮で暮らすらしい。
もちろん、ひとりといっても、侍女はいた。
離宮には他にも使用人はいたが、ひとりの年若い侍女が主に、シェラの世話をしていた。
『お寂しいでしょうが、我慢なさってください』
男は母が離宮から出ていくことと、しばらく会えなくなるであろうことを、義務的な態度でシェラに伝えた。
シェラは少し考え、背伸びをし、背の高い男を見上げた。
小さく首をを振って、『寂しいから、毎日会いに来て欲しい』と、男にねだった。
本当は我慢などしてはいないし、これからもしない。
シェラは母がいなくなっても、ちっとも、寂しくなどなかった。
そもそも後宮で暮らしている時から、母の部屋とシェラの部屋は、遠く離れていた。
ひと月どころか、半年もの間、顔を合わせないこともあった。
こちらへ越してきて、毎日顔を合わせるようになったのだが……正直、苦痛であった。
苛立ってばかりいる母の顔を見るのは胸苦しかったし、時折、苛立ちを抑えきれないのか、シェラを叩くこともあった。
離れられて、せいせいしていた。
寂しいフリをしたのは、シェラがただ単に、男に毎日会いたかったからだ。
美しい紺碧の双眸を、毎日、見たかった。
男はシェラの願いに、眉を顰めた。
シェラの我儘に不満をいだいているのは間違いなかったが、一応は王家の血をひく娘だからだろう。
不承不承ながらも、男はそれから、ひと月の間、毎日欠かすことなく、離宮を訪ねてきた。
男は、王家の次に力を持つという名家の三男であった。
年齢は、シェラより十二歳上。
まだ若いながら、一軍を任される優秀な武人で、端正な面立ちなのもあり、女性に大変、モテるのだという。
頬を赤らめて、侍女が男のことを教えてくれる。
シェラはなんだか、嫌な気持ちになった。
『やきもちですか』
ころころと笑いながら、肩をすくめた侍女を、シェラは睨みつけた。
『好いたお方のお心を掴むには、好き嫌いなく、お食事をして、大きくならねばなりません』
侍女はシェラにそう伝えたあと、真っ赤な唇をにんまりさせ、食卓の上を指差した。
食卓の上には、朝食の食べ残しが置いてあった。
――人参を食べれば、大きくなれるというのか。
シェラは彼女のふくよかな胸を、じとりと見た。
シェラは先王の一粒種だ。
父王には母以外にも、多くの妻がいたが、産まれたのは娘であるシェラのみ。
別の種を仕込まれた、との噂もあったが、シェラはぬばたまのような黒髪に、赤瑪瑙の双眸。王家の特徴を継いだ色を持っていた。
父王が亡くなったとはいえ、シェラが王家の血を継ぐ姫なのは変わらない。
今は離宮にいるけれども、いずれは国と王家のため、それなりの家に嫁ぐのだろうか、と思っていた。
あの男ならば、身分的にシェラの夫として不足はないし、十二歳上というのも、この国では珍しくない年の差であった。
婚姻できる年齢になれば、男の妻になる未来もあるのだろうか。
シェラは男のそばに立つ自身を想像した。
想像し、淡い夢を抱くと、胸が高鳴り、頬が火照った。
それから、しばらくの間、男と会ったとき、シェラは目を合わせることができずにいた。
目が合ってしまうと、耳まで真っ赤になった。
そんなおかしな態度ばかりとっていたので、男からは病気ではないか、と疑いを持たれた。
もちろん、ひとりといっても、侍女はいた。
離宮には他にも使用人はいたが、ひとりの年若い侍女が主に、シェラの世話をしていた。
『お寂しいでしょうが、我慢なさってください』
男は母が離宮から出ていくことと、しばらく会えなくなるであろうことを、義務的な態度でシェラに伝えた。
シェラは少し考え、背伸びをし、背の高い男を見上げた。
小さく首をを振って、『寂しいから、毎日会いに来て欲しい』と、男にねだった。
本当は我慢などしてはいないし、これからもしない。
シェラは母がいなくなっても、ちっとも、寂しくなどなかった。
そもそも後宮で暮らしている時から、母の部屋とシェラの部屋は、遠く離れていた。
ひと月どころか、半年もの間、顔を合わせないこともあった。
こちらへ越してきて、毎日顔を合わせるようになったのだが……正直、苦痛であった。
苛立ってばかりいる母の顔を見るのは胸苦しかったし、時折、苛立ちを抑えきれないのか、シェラを叩くこともあった。
離れられて、せいせいしていた。
寂しいフリをしたのは、シェラがただ単に、男に毎日会いたかったからだ。
美しい紺碧の双眸を、毎日、見たかった。
男はシェラの願いに、眉を顰めた。
シェラの我儘に不満をいだいているのは間違いなかったが、一応は王家の血をひく娘だからだろう。
不承不承ながらも、男はそれから、ひと月の間、毎日欠かすことなく、離宮を訪ねてきた。
男は、王家の次に力を持つという名家の三男であった。
年齢は、シェラより十二歳上。
まだ若いながら、一軍を任される優秀な武人で、端正な面立ちなのもあり、女性に大変、モテるのだという。
頬を赤らめて、侍女が男のことを教えてくれる。
シェラはなんだか、嫌な気持ちになった。
『やきもちですか』
ころころと笑いながら、肩をすくめた侍女を、シェラは睨みつけた。
『好いたお方のお心を掴むには、好き嫌いなく、お食事をして、大きくならねばなりません』
侍女はシェラにそう伝えたあと、真っ赤な唇をにんまりさせ、食卓の上を指差した。
食卓の上には、朝食の食べ残しが置いてあった。
――人参を食べれば、大きくなれるというのか。
シェラは彼女のふくよかな胸を、じとりと見た。
シェラは先王の一粒種だ。
父王には母以外にも、多くの妻がいたが、産まれたのは娘であるシェラのみ。
別の種を仕込まれた、との噂もあったが、シェラはぬばたまのような黒髪に、赤瑪瑙の双眸。王家の特徴を継いだ色を持っていた。
父王が亡くなったとはいえ、シェラが王家の血を継ぐ姫なのは変わらない。
今は離宮にいるけれども、いずれは国と王家のため、それなりの家に嫁ぐのだろうか、と思っていた。
あの男ならば、身分的にシェラの夫として不足はないし、十二歳上というのも、この国では珍しくない年の差であった。
婚姻できる年齢になれば、男の妻になる未来もあるのだろうか。
シェラは男のそばに立つ自身を想像した。
想像し、淡い夢を抱くと、胸が高鳴り、頬が火照った。
それから、しばらくの間、男と会ったとき、シェラは目を合わせることができずにいた。
目が合ってしまうと、耳まで真っ赤になった。
そんなおかしな態度ばかりとっていたので、男からは病気ではないか、と疑いを持たれた。
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