婚約者に雪山で見捨てられまして

亜綺羅もも

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「…………」

 ケイロスが立ち去り、私は少しの間固まったまま動けないでいた。
 見捨てられた……婚約者に捨てられた怒り。
 そして都会の暮らしを失ったことに悲しみを覚える。

 田舎村から出れると思っていたのに。
 これは何かの呪い?
 私何かした?

 ただ都会で暮らしていきたかっただけなのに。
 人生はなかなかどうして、上手くいかないものだ。

 私は起き上がり、山の方へと上がって行く。
 女の体力ではキツイところなのだろうが……そこは田舎村育ちの私。
 並みの男性より体力に自信がある。

 雪の中を歩き、上がって行くと、小さな小屋が見えた。
 運がいい。
 というわけではない。
 最初からここにあるのは知っていたのだ。

 ケイロスに教えてあげようと思っていたのに、彼は私を捨てて先に向かってしまった。
 ここで暖を取る方が、生存率は高いであろう。

「寒……」

 問題はどうやって暖を取るかだ。
 小さな小屋の中には木材が置いてあるが、火を起こす物が何もない。

 仕方ない。
 ここは奇跡を待つしかない。
 少なくとも、こんな雪の中を歩くよりは、まだ生き残る可能性はあるというものだ。

 冷たい空気に、白い吐息が漏れる。
 このまま死ぬとしたら……本当に何もない人生だった。
 田舎で生まれて田舎で育って……
 あ、でも婚約者に捨てられるという経験はしたか。
 なんと自慢のできない経験……
 恥ずかしくて、ここで死んでしまいたいという気持ちも生じる。

「…………」

 寒い小屋の中で、考えるのは何故かマークのことだった。
 ケイロスに対しての怒りはまだ収まらないものの、マークのあの寂しそうな顔が頭をよぎる。

 なんであんな寂しそうな顔をしていたの?
 私に出て行ってほしくなかったの?
 ……私のことが好きだったの?

 もう答えは聞けないかもしれない。
 あまりの冷たさに、体が凍り付く。

 ガタガタ震えながら、外の様子を眺める私。
 もうダメかな……
 最後にマークに会いたい。

 ツーッと一筋の涙をこぼす。

 すると小屋の扉の方でで、ガチャッと音がする。
 まつげが凍り、朦朧とする瞳でその正体を視認しようとした。

「……誰?」

 見えない。
 誰なのか分からない。
 もしかしたら獣なのかもしれない。

 獣だとして……もう食べられてもいいか。
 あなたの糧にしてちょうだい。

 そんな風に思い、私は目を閉じた。

「エヴァ……」
「……マーク?」

 小屋に入ってきた正体。
 それは、マークであった。
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