上 下
16 / 18

16

しおりを挟む
「君からは誠実さを感じなかった……だから君を試したのだ。火傷を負ったとしても私を想ってくれるか。だが君は平気で私は捨てた。そしてザイードを選んだ」
「ち、違います……ザイード様とはそんな関係では……」
「ですが、ヴァン様とはクリスティーナ様が結婚するとお話していらしたではありませんか」

 ザイードの言葉にエルが戸惑う。
 どう言い訳をするのか思案している。
 だがもうすでに遅いようだ。
 ヴァン様は完全にエルを見限っている。
 それは最初からだったのだろうが、私や屋敷の者たちに見せたことないような、冷酷な視線をエルに向けているのを見て、私はヴァン様の気持ちを再確認していた。

「これほど素晴らしい人を裏切ったのはあなたよ、エル。外見だけではなく、心が素敵な人だというのに……あなたは見た目と経済状況だけを気にして」
「気にしてなにが悪いのよ! お姉様だってヴァン様の家柄に惹かれて――」
「それは違う。彼女は私の内面に向き合い、そして私を選んでくれた。君は違うのだよ。君の考えでは、クリスの綺麗な心を感じ取ることなどできはしない」
「くっ……」

 とうとうエルは、私に飛び掛かろうとした。
 怒りのままに私に暴力を振るうつもりだ。
 
 私は身を縮こまらせ、ギュッと目をつむる。

「…………」

 だが、エルが私に触れることはなかった。
 ヴァン様とザイードがエルの体を制している。

「放せ! こいつは叩かないと分からないんだから!」
「叩かないと分からないのは君の方だ。それを私が教えてやろうか?」
「ひっ!」

 ヴァン様は先ほどよりもさらに鋭い視線をエルに向ける。
 その迫力に顔面蒼白となるエル。

 そして踵を返し、ヨロヨロと玄関の方へと向かって行く。

「わ、私諦めませんから! そんな女より私の方が絶対いいに決まってる!」
「分かったからもう消えろ。そしてもう私の前に顔を出すな」
「……また来ますから!」

 屋敷から出て行くエル。
 私は安堵のため息をつき、ヴァン様は嘆息する。

「また来ても私が追い返す。クリスはもう家族のことを考えなくてもいい。ここで私と幸せに暮らしていけばいい」
「……はい」

 ヴァン様は私の身体を抱きしめる。
 私は幸福感を覚えながら、そっと目を閉じた。

 不安など一切ない。
 完璧で幸せな時間が訪れる。
 私はそう確信し、ヴァン様の胸に抱かれていた。

 彼も同じことを思っているのだろう。
 愛おしいそうに私を抱いてくれている。

 私は何者に脅かされることなく、ここで幸せに暮らしていくのだ。
 きっとそうなるに違いない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

精霊に愛されし侯爵令嬢が、王太子殿下と婚約解消に至るまで〜私の婚約者には想い人がいた〜

水都 ミナト
恋愛
精霊王を信仰する王国で、マナの扱いに長けた侯爵家の娘・ナターシャ。彼女は五歳でレイモンド王太子殿下の婚約者に抜擢された。 だが、レイモンドはアイシャ公爵令嬢と想い合っていた。アイシャはマナの扱いが苦手で王族の婚約者としては相応しくないとされており、叶わない恋であった。 とある事件をきっかけに、ナターシャは二人にある提案を持ち掛けるーーー これはレイモンドとアイシャ、そしてナターシャがそれぞれの幸せを掴むまでのお話。 ※1万字程度のお話です。 ※他サイトでも投稿しております。

婚約破棄されましたが全てが計画通りですわ~嵌められたなどと言わないでください、王子殿下。私を悪女と呼んだのはあなたですわ~

メルメア
恋愛
「僕は君のような悪女を愛せない」。 尊大で自分勝手な第一王子クラントから婚約破棄を告げられたマーガレット。 クラントはマーガレットの侍女シエルを新たな婚約者に指名する。 並んで立ち勝ち誇ったような笑顔を浮かべるクラントとシエルだったが、2人はマーガレットの計画通りに動いているだけで……。

身勝手な婚約破棄をされたのですが、第一王子殿下がキレて下さいました

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢であるエリーゼは、第ニ王子殿下であるジスタードに婚約破棄を言い渡された。 理由はジスタードが所帯をを持ちたくなく、まだまだ遊んでいたいからというものだ。 あまりに身勝手な婚約破棄だったが、エリーゼは身分の差から逆らうことは出来なかった。 逆らえないのはエリーゼの家系である、ラクドアリン伯爵家も同じであった。 しかし、エリーゼの交友関係の中で唯一の頼れる存在が居た。 それは兄のように慕っていた第一王子のアリューゼだ。 アリューゼの逆鱗に触れたジスタードは、それはもう大変な目に遭うのだった……。

妹の婚約者自慢がウザいので、私の婚約者を紹介したいと思います~妹はただ私から大切な人を奪っただけ~

マルローネ
恋愛
侯爵令嬢のアメリア・リンバークは妹のカリファに婚約者のラニッツ・ポドールイ公爵を奪われた。 だが、アメリアはその後に第一王子殿下のゼラスト・ファーブセンと婚約することになる。 しかし、その事実を知らなかったカリファはアメリアに対して、ラニッツを自慢するようになり──。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

元婚約者がマウント取ってきますが、私は王子殿下と婚約しています

マルローネ
恋愛
「私は侯爵令嬢のメリナと婚約することにした! 伯爵令嬢のお前はもう必要ない!」 「そ、そんな……!」 伯爵令嬢のリディア・フォルスタは婚約者のディノス・カンブリア侯爵令息に婚約破棄されてしまった。 リディアは突然の婚約破棄に悲しむが、それを救ったのは幼馴染の王子殿下であった。 その後、ディノスとメリナの二人は、惨めに悲しんでいるリディアにマウントを取る為に接触してくるが……。

【完結】婚約破棄したのに殿下が何かと絡んでくる

冬月光輝
恋愛
「お前とは婚約破棄したけど友達でいたい」 第三王子のカールと五歳の頃から婚約していた公爵令嬢のシーラ。 しかし、カールは妖艶で美しいと評判の子爵家の次女マリーナに夢中になり強引に婚約破棄して、彼女を新たな婚約者にした。 カールとシーラは幼いときより交流があるので気心の知れた関係でカールは彼女に何でも相談していた。 カールは婚約破棄した後も当然のようにシーラを相談があると毎日のように訪ねる。

婚約破棄されました。あとは知りません

天羽 尤
恋愛
聖ラクレット皇国は1000年の建国の時を迎えていた。 皇国はユーロ教という宗教を国教としており、ユーロ教は魔力含有量を特に秀でた者を巫女として、唯一神であるユーロの従者として大切に扱っていた。 聖ラクレット王国 第一子 クズレットは婚約発表の席でとんでもない事を告げたのだった。 「ラクレット王国 王太子 クズレットの名の下に 巫女:アコク レイン を国外追放とし、婚約を破棄する」 その時… ---------------------- 初めての婚約破棄ざまぁものです。 --------------------------- お気に入り登録200突破ありがとうございます。 ------------------------------- 【著作者:天羽尤】【無断転載禁止】【以下のサイトでのみ掲載を認めます。これ以外は無断転載です〔小説家になろう/カクヨム/アルファポリス/マグネット〕】

処理中です...