妹に醜くなったと婚約者を押し付けられたのに、今さら返せと言われても

亜綺羅もも

文字の大きさ
上 下
10 / 18

10

しおりを挟む
 ヴァン様とお話するのがとても楽しい。
 楽しくて……辛い。

 エルの言われるがままに彼を騙しているようで、ヴァン様と会話をする度に心がチクチクする。
 そんな落ち込む私の様子に気づいたのか、ヴァン様は低い声で訊ねてきた。

「どうした、クリス。何かあったのか」
「いいえ……何もありません」
「そうか……私はお前と一緒にいるのを嬉しく思っている。こんな醜くなった私を気味悪がることなく、笑顔で接してくれるのだから」

 ヴァン様は微笑を浮かべながらそんな風に仰ってくださった。
 もうダメだ。
 これ以上は自分の良心が耐えられない。
 彼を騙してはいけないと、心が訴えかけてくる。

「ヴァン様」
「…………」

 私が真剣な面持ちでヴァン様を見ると、彼もまた真剣な表情をする。
 その強く優しい瞳に、私はドキッとした。
 いや、ときめいている場合ではない。
 言わなければいけない。
 私と妹の、どうしようもなく、卑怯な考えを。

「……私は、あなたを騙していました」
「…………」
「あなたに近づき、あなたの心を射止めれば、ヴァン様は妹との婚約を解消すると……私は妹に言われるがままそれを実行するために、ここにやってまいりました。最初は相手にされないと思っていたのですが、ヴァン様が優しくて……」

 私を受け入れてくれているような気がした。
 それが嬉しかった。
 そして心が痛かった。

 私はポロリと涙をこぼし、言葉に詰まってしまった。
 もう何も言えない。
 彼を騙していたけど、離れると思うと辛くて胸が張り裂けそうだ。

 するとヴァン様は私の涙を指で拭い取り、優しく頭を撫でてくれた。

「クリスの目的通り、私は君にやられてしまったようだ」
「……え?」
「たとえ騙されていたとしても、君からは誠実さを感じる。だからそんな気にすることはない」
「…………」

 私はただポカンとするのみ。
 ヴァン様が言おうとしていることが理解できない。

「君は俺を騙していたと言うが……それは私もなんだ」
「……ヴァン様、も?」
「ああ。私も君を試すようなことをした。私たちは同罪なのだ」

 やはり彼が何を言おうとしているのかが理解できない。
 ヴァン様が私を騙すだなんて……何をやったというの?

 するとヴァン様は杖を手放し、顔を巻かれている包帯に触れる。
 シュルシュルと包帯の擦れる音が室内に響き渡り――とうとう彼は、その素顔を露わにする。

 ヴァン様の素顔は――火傷の跡など一つもない、とても綺麗なものであった。
 そのあまりの端正な容貌に、私は情けないほどに見惚れていた。
しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】

青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。 婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。 そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。 それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。 ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。 *別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。 *約2万字の短編です。 *完結しています。 *11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...