妹に醜くなったと婚約者を押し付けられたのに、今さら返せと言われても

亜綺羅もも

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 ヴァン様とお話するのがとても楽しい。
 楽しくて……辛い。

 エルの言われるがままに彼を騙しているようで、ヴァン様と会話をする度に心がチクチクする。
 そんな落ち込む私の様子に気づいたのか、ヴァン様は低い声で訊ねてきた。

「どうした、クリス。何かあったのか」
「いいえ……何もありません」
「そうか……私はお前と一緒にいるのを嬉しく思っている。こんな醜くなった私を気味悪がることなく、笑顔で接してくれるのだから」

 ヴァン様は微笑を浮かべながらそんな風に仰ってくださった。
 もうダメだ。
 これ以上は自分の良心が耐えられない。
 彼を騙してはいけないと、心が訴えかけてくる。

「ヴァン様」
「…………」

 私が真剣な面持ちでヴァン様を見ると、彼もまた真剣な表情をする。
 その強く優しい瞳に、私はドキッとした。
 いや、ときめいている場合ではない。
 言わなければいけない。
 私と妹の、どうしようもなく、卑怯な考えを。

「……私は、あなたを騙していました」
「…………」
「あなたに近づき、あなたの心を射止めれば、ヴァン様は妹との婚約を解消すると……私は妹に言われるがままそれを実行するために、ここにやってまいりました。最初は相手にされないと思っていたのですが、ヴァン様が優しくて……」

 私を受け入れてくれているような気がした。
 それが嬉しかった。
 そして心が痛かった。

 私はポロリと涙をこぼし、言葉に詰まってしまった。
 もう何も言えない。
 彼を騙していたけど、離れると思うと辛くて胸が張り裂けそうだ。

 するとヴァン様は私の涙を指で拭い取り、優しく頭を撫でてくれた。

「クリスの目的通り、私は君にやられてしまったようだ」
「……え?」
「たとえ騙されていたとしても、君からは誠実さを感じる。だからそんな気にすることはない」
「…………」

 私はただポカンとするのみ。
 ヴァン様が言おうとしていることが理解できない。

「君は俺を騙していたと言うが……それは私もなんだ」
「……ヴァン様、も?」
「ああ。私も君を試すようなことをした。私たちは同罪なのだ」

 やはり彼が何を言おうとしているのかが理解できない。
 ヴァン様が私を騙すだなんて……何をやったというの?

 するとヴァン様は杖を手放し、顔を巻かれている包帯に触れる。
 シュルシュルと包帯の擦れる音が室内に響き渡り――とうとう彼は、その素顔を露わにする。

 ヴァン様の素顔は――火傷の跡など一つもない、とても綺麗なものであった。
 そのあまりの端正な容貌に、私は情けないほどに見惚れていた。
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