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「YUJI!お疲れ!」
NACの本社である三山さんの部屋の玄関を開けると、その三山さんがマグカップ片手に出迎えてくれた。
「わざわざどーも、お疲れ様です」
「そのまま来たのか?」
三山さんと一緒に中へ入る。
「はい、ラーメン食ってから。もし家帰ってたら寝そうだったんで」
「寝りゃいいのに。配信なんて仕事じゃねーんだからさ。ホレ、座ってろ」
そう言った三山さんだが、早々に俺の前のソファーに座って寛いでいる。飲み物でも出してくれそうな口振りだったのに。
「あ、今日otohonで新しい作品買っていいですか?」
俺はバッグを床に置いて、伸びをしてから柔らかい革のソファーの背もたれに沈んだ。
「いちいち俺の許可要らないでしょ。気を遣う事なんて覚えてきたの?」
「じゃなくて、タブレットかノート貸して。スマホしかないから今」
「あ、そーいうこと。待ってろ待ってろ」
「はい」
otohonとは素人作家が小説や詩などを書いて投稿、公開しているサイトで、三山さんが出資して三山さんの友人が設けた場所だ。
朗読をするユーザーが多いmimikoneの動向を見て、三山さんがmimikoneの社長に自ら連携を持ち掛けた事で、今では運営スタッフ間だけでなくユーザー同士でも持ちつ持たれつの関係だ。
文章で成り立つサービスの名前に「oto/音」と入れたのは三山さんの案で、本人曰くmimikoneとの連携を最初から見越して、そのユーザー達、つまり俺達が作家達の作品を自然と宣伝してくれることを狙っての事だったそうだ。
otohonの作品は任意の章が無料で公開されていて、途中からある程度の文字数毎に四百円程度の課金となる場合が主だ。otohonの作家はmimikone内で朗読される可能性がある事を予め規約で了承している。出版に至ってもmimikone内で朗読されたコンテンツが消される事はないが、多少肉付けするのが暗黙の了解となっているようだ。
そしてその出版社も、otohonの成立と伴って同じく三山さんの別の友人が代表で設けられた会社である。
最初の頃は「otohon」という題名でいくつかの作品がアソートされた電子書籍で発売されていたのだが、今では購入者が増え、一人の作家の名前で一冊、本格的に「紙の本」でも出版されている。
収入が見込める為、otohonで作家活動をするユーザー数もその年齢層もかなり増えた。
三山さん自身はアングラで胡散臭いが、先を見る目とそれを実行する行動力と人脈を沢山持っている。
(やっぱり良い部屋だな…)
洒落た室内を見渡していると背後でドアの開く音がした。
「よ、YUJI」
「…KAI、か。三山さんの女でも居たのかと思って焦った」
KAIが俺の前のガラステーブルにマグカップを置いた。どうやら俺が到着してKAIがコーヒーを淹れにキッチンに行っていたようだ。
「俺も昨日MAKIに同じ流れで同じこと言った。三山さんの女とか見たくねーもんな」
「絶対イヤ」
何故かと言うと、「ここに居てはならない人」だったり平気でしそうだからだ。
女優との交際疑惑も何度かネットで騒がれていたし、俺より先にNACに入っていたKAIは、以前ここでSNSで三山さんを非難するコメントを発表していた女とばったり出くわしてしまった。
SNSでの論争なんて所詮はその程度だ。どんな相手でも惚れさせたら勝ちだと三山さんは昔SNSで書いた気もする。
「そっか、KAIがいるのか…もう帰んの?」
「おやおや?出してくれます?YUJI様のお部屋に」
KAIはニヤっとした。
疲れていた俺は、今日の配信はKAIに付き合ってもらうことにした。
「お!コラボ?手伝ってやるぜ」
戻って来た三山さんもノートパソコンをテーブルに出してはにかむ。
俺がmimikoneの自分のページにログインしてmimikoneの運営からのメールやらリスナーからのダイレクトメールやらを確認している間に、二人は仕事の話をしていた。
「あれも新作出るんすね!すげー嬉しい!予約して買います」
「俺も予約しよ。3日間寝ずに生放送でやり込んだもん、あれ何年前?」
「5…いや6年前じゃないっすか?俺まだ実家だったんで」
「あー!そうそう!6年も経ってるヤバいな!イヤだわー。1年前に制作の途中段階みたいなの一時期CMしてたよな確か。ビジュアルとかは大幅に変更あったらしいけど。あ、YUJI」
三山さんは急に俺に声を掛ける。
「なに?」
「社長が電話くれって、道栄さん」
「ああ、はい配信終わったらかける」
「あの人ミチバなんすね、ミチバエだと思ってた」
KAIと三山さんはまたのんびり話し始める。
「俺も。ずっと周りのみんなあの人をあだ名でミチバって呼んでるんだと思ってて、俺も勝手に同じように呼んでたんだけど。結果オーライ?」
「あんたはホント!なんでそんななの?よく生きて来られましたね、ホント!」
「KAI、この人agyさんの呼び方もついこの間俺から教えられたから」
「嘘だろ!?仲良さ…嘘だろ!?」
「はははは!電話で連呼してあげたからチャラだ」
「あり得ない」
「あり得ねえわ!NACとかある日突然潰れるわ絶対!」
「大丈夫大丈夫。俺細かいことはダメだけどトータルは案外堅実で保険かけてくスタイルだから」
「トータルね…」
KAIが呆れる。
「全体像で見てよ、俺を」
俺とKAIは三山さんを凝視する。
「気と見た目が若いだけのおっさん」
「気と見た目が若いだけの変態」
「なあ、俺、社長だぞ?」
NACには可能な限り早く、外部と上手くまともな話しが出来る秘書なりマネージャーなりの事務員が必要になりそうだ。
そんな三山さんは俺の配信の準備をしにブースに入って行った。
「KAIも仕事?」
「おん。新作ゲームのネットCMのナレーションだ。これは嬉しい。あと、ふて魔女アリスの新シーズン一発目のモブの手下と」
「え?アニメ?」
「おん。モブの、手下だけどな」
「なにそれ。モブ世界のモブ?」
「ひひひ!NACの名前売ってくるわ」
「ゴールデンだよな、ふて魔女アリスってアニメ」
俺は見た事がないがかなり人気のアニメだ。大学でもマニアックな集会が行われる程に。
「ゴールデン。音響監督が大西さん」
「あ…」
ガラスの向こうからこっちを見ている大西監督の姿が浮かんで、俺は少し気が重い。
「YUJIがやってる仕事の監督なんだろ?三山さんが言ってた。今日、お前が来るちょっと前に本人から電話あったんだ。俺のふて魔女の仕事はその時決まったんだぜ?すげーなYUJI」
「俺…?」
「だってYUJI見てまたNACに仕事くれたんだろ?」
「…どうだろうな。別の人間が見たかっただけじゃないか?」
MAKIの仕事はまだ先だ。
「そんなもん?」
「ああ、変わってるからな、あの人も」
すると三山さんがドアから顔を出した。
「まだかー?」
「はーい!行きます!」
「よっしゃ!その前に、YUJIとコラボってつぶやいておこっと」
「よろしくな」
「よろしくー」
そして俺が先にブースに向かおうと立ち上がった時だ、
「YUJI。お前のイメージ力って本当に凄いと思ってるよ、俺」
「…イメージ、力?」
「人に色を付けたりさ。お前の才能の正体って、そーいうことだろ?」
KAIは優しい笑顔を見せた。
◆ 青柳 晃介
「あ!きたきた!」
司が居酒屋のカウンターでししゃもを囓りながら言った。
「どうした?」
俺はノンアルコールという、もはや飲まなくてもいいようなビールを飲む。
「YUJIだよ。mimikoneから通知だ」
「通知?」
「YUJIの配信が始まるんだよ、ほら」
司は急いで出したタブレットでログインし、お気に入りというタグを開いて「YUJI」しかないそれをタップした。
画面はまだ薄いピンク色だ。
「ちゃんと配信前に通知くるな、よし。はい、イヤホン」
「お前いつのまに?」
「昨日帰ってからリスナーアカウント作ったんだ。これ見ろ」
司は今度はスマホを操作して画面を見せてくる。
「プレミアムゲスト…YUJI?」
黒地に高級思考なホストクラブの看板のようなフレームが付いた画面。桁の多い数字もある。
「俺、YUJIのファンになったから。何号さんかはちょっと数えてないが」
「はあ?」
「これ一万円払って取ったプレミアムゲストの証明。YUJIの音源スマホに落とせるし、YUJIにDMも送れるし返信もあるかも」
「あほか」
「投げ銭だって上限突破して無制限だぜ。だけどYUJIはプレゼントは拒否なんだ。他の配信者はプレミアムリスナーからは誕生日プレゼントとか受け取るのが一般的らしいけど」
「信じられん…何やってんだよお前は」
呆れて笑うしかない。
「始まった!」
まだ一度もちゃんと生配信を見ていないのに一万も払った司は嬉しそうに待っている。
(こういう奴がいるから成り立つサービスなんだな)
とは思いつつも、自分達もある意味では似たようなものなのかも知れない。
画面が切り替わり、木目調の壁とマイクが二本立っている。
「あれ?何処で撮ってるんだ?いつもはYUJIの部屋の白い壁なのに」
どうやら司は昨日のうちに「YUJI」のコンテンツをあれこれと視聴済みらしい。
「お前…ちょっと気持ち悪いぞ」
「ほら、コメント見ろよみんな言ってる」
「…みんな、か」
俺は司がこんなにも他人に興味を持ったのを見たことがない。
●おかえり
●YUJIこれどこ?
●おかえり♡
●おかえりYUJI!
●起きててよかった♡
●今日はお部屋じゃないの?
●おかえりー!
本人は一切映っていないのにこんなコメントがものすごいスピードで流れて行く。
「あ?待て。待て」
俺は司の手を止めた。
「え?」
「俺の前でコメントなんか打つな気持ち悪いな」
「ははは!ったく、わかったよ。じっくり見ましょ」
すると画面左に見知らぬ男が立ち、特にカメラを見るでもなくマイクの高さを合わせたり、この画面を映してしているのだろうPCを手元に置いて、それに映る自分を見ながら髪を整えている。
高井ほど圧倒的ではないがそこそこ整った顔立ちだ。
「こいつの耳どうなってる」
「ピアスの数が凄いだろ?少し前のYUJIとの朗読見たらカジキ刺さってたんだぜ?」
「何?」
「カジキ」
●KAIくん♡
●KAIがいる!
●KAI君YUJI君は?
●今日はコラボ!?
●KAIだ
●YUJIは?
名前はコメント欄であっさりと判明した。
「でもこいつ、結構いい声してんだ」
「ほー」
『YUJI?YUJIはまーだ』
確かに発声は良い。低めだ。
『コラボするからよろしく。お邪魔しますよ皆様。色々お手柔らかに』
カメラを見て手を振る。
●自己紹介して♡
『自己紹介?いる?KAIです。一応mimikoneハイランカーです。YUJIとちょいちょいコラボしてるんで、良かったら俺の過去の漁ってYUJI探してみ』
『今日は三山さんもいるよ。あっちに』
そう言って画面左を両手で指差す。
そうしていると、その指を躱しながら高井がスマホを見ながら画面に入って来た。
「YUJIだ!!」
「何なんだお前は…」
「はあーじっくり見るとホントに綺麗だなー」
「お前コメントの奴らと全く同じこと言ってるぞ…」
●YUJI♡♡♡
●おかえり!
●キレイ♡
●おかえりー
●おかえりなさいませ♡
●マジイケメンすぎ♡♡
●昨日さみしかったよ♡
高井は暫くしてからスマホを置いてコメントを見ているようだ。コメントは今「おかえり」「かっこいい」「美人」「寂しかった」が延々と流れている。
予想される返事はとりあえず「ただいま」なのだろう。だが、高井は慣れた雰囲気でコメントを流し読みしてからカメラを見て、
『ありがとう』
とだけ言った。
何となく味気ない感じだ。しかしいつも通りなのかコメントの熱は冷めない。
『場所?今日は三山さんのブースから初めて配信してみるから、なにかおかしかったら言って。学校?今夏休みだよ』
時々コメントを拾って返している。
『今日?今日はーKAIがいるから、歌う?』
『あ、歌すんの?』
『どっちでも、お前決めて』
『そうすっか!歌いこ』
『あ、音あるのかなここ』
『あー…あ、あるって』
すると今度は別の男が出て来て二人の間で何か作業をしている。これもなかなか女受けの良さそうな爽やかな印象の顔立ちだ。
『これ超有名な、あの三山さん』
KAIが男を指差す。
「NACの社長だ」
「これが?若いんだな」
その作業中、高井が突然カメラに顔を寄せる。不思議な色の目は生で見るより暗い。
『疲れてないよ』
「目が綺麗」というコメントと「元気?疲れてない?」というコメントに対しての行動だったようだ。
「やべ、ドキッとした俺」
もはや平気で喜んでいる司が面白くなってきた。
作業が済んだのか二人にヘッドホンを渡し終えた三山が、おもむろに高井にマイクも渡す。
『え?なに?なに?いいよ、なんで持たせる?カラオケかよ』
『あはは!繋いだなら戻って三山さん。YUJIに触らないで下さい』
『触ってないだろ!置きで歌うの?』
『うん、置く。びっくりした急に変なことするからあの人』
高井も笑った。
『ホントだよ。せっかくここで撮るのにこんなマイク使ってカラオケ風とかもったいない!スタンド使おう!スタンド!』
ヘッドホンをつける二人。
●三山ww
●私三山好き、けっこう
●三山さんなにげYUJIくん好きそう
●公然セクハラww
●YUJIにマイク持たせる(意味深
●おもろいwww
●この人たちとカラオケ行きたい!
●後ずさるYUJIくん可愛い♡
●YUJI君にセクハラやめて♡
●KAIナイス!ww
●触らないで下さい言われる三山ww
●みんなイケメン!ヤバイ!
●向かい合って歌って♡
●YUJIくんNAC入ったの?
●これニートの家?金持ちじゃん!
『向かい合う?なに?あ、KAIと?』
『あ、OKそうしよう』
スタンドの向きを変える。
『みんな何聴きたい?』
そうリスナーに問いかけてコメントを見るKAI。高井はまた一度画面外に出て、少ししてから何かを手に戻って来た。
『なにそれ』
『オリーブオイルと蜂蜜』
高井はそう言って真空パックのオリーブオイルを開けて袋の端を口に入れ上を向いた。
「晃介みたいだな、あのケア」
司が俺を見る。
「ああ、今日教えたからな」
高井はすぐ後に少し小さめの蜂蜜の袋も咥えて吸っている。
コメント欄は「可愛い」が殺到している。
『OK曲決まった?』
ぺろぺろと唇を舐めながら今度は水を飲んでいる。
『あ、れ。TAKAさん、来てるじゃん。本アカで。どうしたんだろう、ははは』
KAIが少し気を遣うように言った。
俺と司はつい目を合わせた。
今日司に見せられた高井と揉めたという例の相手だからだ。
「仲直りしてたのか?」
「いや、あのままのはず…大丈夫かな」
不安そうにする司はいかにもファンらしい。
『TAKA?』
高井は笑って画面外に行き、ゴミを捨てて戻ってくるとコメントを遡って探している。
司もコメントをスクロールする。
「あった、確かこのアカウントだ」
●YUJI、疲れてるのか?
高井は司と同じタイミングでコメントを見つけたようだ。これを見ると相手はケンカの事など今は構っていない様子だ。
すると何も言わずカメラを見つめる高井。
数秒間、コメントの流れが少し遅くなったのは画面に釘付けになった者が多いからだろう。
高井はふっと笑ってカメラから目を逸らした。そして今度は逆の画面外に行く。そっちは三山がいる方だろう。また少しして戻る。
『お前との歌、歌おうかTAKA』
『お、マジで?』
『あいつのパート歌える?』
『おお、けど…』
ちらっとカメラを見たKAI。
そして高井は言う。
『疲れてない、俺は』
●聴いていくわ
軽いロックテイストの流行りの曲調で、歌詞はエロティックに見せかけた孤独な若者心を上手く表現したものだ。
おまけに息づかいで表すパートもあり、喉や声の使い方を知っていないと難しいだろうと思われる。
高井が歌うメロディーは特に音域も広く、途中のイレギュラーなメロディーラインでは歌えない者の方が圧倒的に多いだろう。
「かっこいいなーこの曲」
「ああ。素人が作ったのか?」
「このTAKAって子だよな」
もし今日見たコメントの「TAKAがYUJIのために書いた歌詞」の曲がこれならば、悪くない。
●YUJI大好き♡泣けちゃう
●せつない
●カッコイイ!
●聴けて涙でる
●できればTAKAと歌ってほしい
●YUJI上手いね♡
●泣きそう
●TAKAのために歌ってるの?感動する
●KAI君バージョンもいいね!
●YUJIの声好き
●懐かしい!聴けて嬉しい!
●ありがとうYUJI君TAKAがいろいろごめんね
●まじ泣けるし
●KAIもかっこよ。
●TAKAが本アカで来たの、なんか泣けるんだけど
●今日神回だった
『おーすげー。すげーなYUJI』
『ははは、なにが?』
『前で歌っててヤバかったわ俺…なんか嬉しい、俺も』
『何が言いたいんだっての』
『TAKAさん失礼しました。良い歌、マジで』
『今日喉ガバガバだからめちゃ楽に歌えた』
『ガバガバ?』
KAIが爆笑している。
『ひょっとしたら暫く高音出ないかもって思ってたけど、これで確認できてよかった。喉大丈夫だ』
高井は好評価なコメントを眺めてからカメラを見る。
『感想は?』
TAKAに言っているのだろう。
●最高
高井はこの時、俺が初めて見る顔で微笑んだ。
「今の、素だったな…」
司もそう思ったようだ。
さっきの微笑みは、昼間俺達が見ている高井とはまるで別人のようだった。
「アカウント作ってやるよ晃介のも」
司が俺のスマホを勝手に弄る。
「プレミアムにするなよ?」
「はいはい」
その後、高井は三曲ほど歌ってから言った。
『俺今日ここで終わる』
『もう?』
『行くとこあるから』
『OK、楽しかった!ありがとうYUJI、ありがとうみんな!また呼んで下さーい』
『ありがとなKAI』
「どこ行くんだろ」
「さあな」
『じゃあ、みんな。次は明日か明後日に配信するつもり』
コメントは今日の配信に対する感想が続き、次第に「いってらっしゃい」が増え、最後は「おやすみ」が連なる。
高井は暫くその羅列を見続けてから、カメラを見る。
『おやすみ』
俺は急に、その目に違和感を感じた。
そして高井が画面を閉じる間際にさりげなく微笑んだ後、唇だけが何か言ったように見えた。
「最後、何て言った?」
俺はまた薄いピンク色になった画面を見ながら司に尋ねた。
「ん?おやすみってさ。なーんかイイよなあYUJIって。ずっとケダルイよなー。エロいんだけど」
司は満足気ににこにこしながらこの店でのラストのドリンクを頼む。
(おやすみの後だ、何か…気のせいか)
違和感のあったあの目のせいかも知れないが、俺は何故か気になって仕方がなかった。
◆
俺は一度マンションに帰って着替えを取ると、プチトマトみたいな愛車の軽に乗ってスタジオに戻って来た。車で出勤するのは遠慮していたが、昼間の人数から見ても一つくらい俺が駐車場を埋めても問題なさそうだったからだ。
俺の小さな愛車が真っ赤な理由は、自分にはない要素の色になってみたかったからだ。
俺は自分の色は分からないが、この色から遠い事だけは分かっている。そしてこの愛車は、mimikoneの道栄社長から「一時的に貸して貰っている社用車」だ。
「え…シャッター?」
昼間は気づかなかったが玄関には最近付けられたような白いシャッターが降りていた。俺は急いでスタジオの鍵を見る。
「あ」
昨日戸締りをしたのに古い鍵に気をとられて銀色に輝くシャッターの鍵に気づいていなかったのだ。
(キーホルダーだとでも思ってたのかな、俺)
シャッターを自分が通れるだけ引き上げてガラスドアの鍵を開け、深い緑色の分厚いカーテンを体で押しながら入り、シャッターを下ろした。
「昨日、俺ってカーテンもシャッターも閉めてなかった…」
セキュリティ的にかなり危ない状態で帰ってしまっていたらしい。何も注意されなかったのが不思議だ。
スタジオの中は自販機と階段の非常灯だけで、殆どの空間が暗かった。
(静かだな…)
昼間だって騒ぐような人はいないが、人の気配があると今のように本当の静寂にはならないものだ。唯一微かな音を立てているのは古い自販機だけだ。
自販機前のベンチには、当然誰も居ない。簡単に片付けられたケータリングの籠や洗われた灰皿。こういった「人が使うもの」がただ置かれている姿に、俺は特に静けさというものを感じてしまう。
(本当に、誰も)
俺は暗さに慣れて来た目で奥へ続く廊下を見る。途中に消火栓などの赤い光があり、一番向こうにも非常灯の灯。
「…そっか」
俺はひんやりとした古い壁に手を付ける。
(似てるんだな、あの場所に)
最初に此処に立ち入った日に感じたものは、俺の過去の記憶と今とを似せて捉えようとした俺の錯覚だったのだろう。
「でも今は、ここは、不思議と落ち着く」
そう思うのは、此処が無くなる運命だと知ったからかも知れない。
『大西さんが声優になって一番最初に仕事した場所なんだって、ここ』
三条さんの言葉だ。
そして大西監督の、俺を見るあの目。
二階にあるはずのシャワー室を目指して階段を上る。
『きみのお名前は分かるかな?』
『いくつのお誕生日から覚えてるのかな?ゆうじくん』
二階に着いて、また廊下の奥を目指す。
『ここでみんなと遊べるかい?』
『たかい。君は今日から、たかいゆうじ君だよ。いいね?』
仮眠室の前の部屋のドアだけが鉄製で、少し錆びている。
『お風呂が好きだね?だったら次からはみんなと入れるよね?』
静寂の中。
「ここはあの場所なんかじゃない。俺はここに居たいんだ」
面倒は記憶は影を潜めた。
俺は錆びたドアを開ける。水の匂いがしてシャワー室だと分かった。
照明のスイッチを入れると、中は手入れされていて清潔感があった。
手前に洗面台があり、大きなプラスチック製の籠が入った棚もある。奥のすりガラスのドアを開けると、右の壁の真ん中に上も下も寸足らずのプラスチック製の間仕切りがあってシャワーヘッドがその左右に一つずつ掛けられている。
浴室は古いままらしく、小さな青いタイル張りの冷たい床がテレビで見た昔の銭湯のようだった。
「結構、好きかも」
滑り難く乾き易いマンションの浴室よりもずっとすっきりして感じられた。
俺は脱衣場に戻って服を全て脱ぐと籠に入れ、続いて左右のピアスを2つずつ外し棚に置く。そしてバングルと腕時計も。バッグからシャンプーやらのセットを取り出して浴室に入った。
手前のシャワーを使う。給湯設備が稼働する音がして湯が出始めると、少し嬉しいような気分でのんびりと立ったまま髪を洗った。シャンプーは二回、次にじっくり隅々まで体を洗って、顔を洗って、髪のトリートメントを一回。
銀色のヘッドから出る水圧も強くて最高だった。
(俺が金持ちだったら、このシャワー室だけでも買い取りたい)
そのくらい、俺はこの浴室を気に入ってしまった。
持って来た服に着替えてシャワー室を出ると、前にあるドアを開ける。
窓に引っ付けるように置かれた簡易なベッドには布団が無かったがクッション性は良さそうだった。
バッグを床に落として、持って来た大きなタオルケットと財布とスマホを掴んで一階へ下りる。
自販機で水を買って飲み、そのままふと玄関から向こう側を見た。
いつも玄関を入ってすぐにこっちへ来てしまっていた為、俺は向こう側の端を知らなかった。
(他にも部屋があるのか?)
また水を飲みながら歩いて確認してみると、いつも見ている廊下と同じつもりで角を曲がった俺は奥行きの無さに驚いた。
「びっ!…くりしたあ…」
曲がって左手にドアが一つだけあり、その向こうはすぐ行き止まりだった。
ドアには「管理室」と書いてあり、鍵が掛かっている。鍵はきっとこのスタジオのオーナーが持っているのだろう。
俺は自販機前のベンチに引き返そうとして踵を返すと窓に気がついた。玄関と同じ深い緑色のカーテンが閉じている。
(そういえばベンチの後ろの窓にもこのカーテンがあったな)
そしてこっちの窓は自販機側の窓より大きくて出窓風になっている事に気付いた。丁度高めの椅子のようで、腰を掛けてもまだ余るくらいの幅。
俺は片方のカーテンを開ける。細い柵はあったが圧迫感は無く、外には駐車場が見え、街灯の灯りの下に俺のプチトマトが停まっている。
俺は出窓のそのスペースに腰を乗せて、ついでにサンダルも脱いで分厚いカーテンを背中のクッションにして足を上げた。窓の外から中を見れば、俺は丁度日向ぼっこ中の猫みたいになっているだろう。
「こんな空間があるなら先に知ってれば良かった」
暫くそうしているとますます気に入ってしまい、一度ベンチへタオルケットを取りに行ってまた戻って座る。
大きな窓に付けた腕が冷たくて心地いい。
俺は今日、肝心なシーンを残したまま、台本の一冊目を終えられなかった。
「あの人の声が悪いんだ…」
俺の身体に火をつけて、俺と綾斗を混ぜてしまう。
「ネイビーだ。あんな声、他にない」
青柳晃介は人気が出るべくして人気が出た人だ。近い声はいくらでもあるだろう、でも青柳晃介の台詞を聴いた後だときっと近いだけじゃ物足りない。すとんと落ちて欲しいところで、深くまで落ちてくれる。上がって欲しいところでは、たまにあと少し上がりきらずにお預けを食らうようだった。青柳晃介は意図的にそれが出来るのだ。だからどんな台詞でもハズさない。
「俺だって欲しい、あんな声」
橋下さん以外にも、あの人に魅せられて声優になった人なんて沢山いるはずだ。
あんな風に演技が出来たらどんなにこの仕事が楽しいだろう。
『仕方ないよね』
「あ…」
あれは否定的な意味じゃなく、それでもこの仕事をしていたいのだから、という事だったのだろうか。
「それなのに、俺みたいなのと組まされてさ、頭にきたろうな」
俺は大きなタオルケットで身体をくるんだ。
「後悔…してるのかな…」
大西監督だから受けたと言っていたこの仕事。青柳さんは自分の判断をミスだと思っただろうか。
「俺は、凄く、後悔してる…」
自分の特異な体質に頼りきって此処に来てしまったことを。
「あんたに、会いたくなかった…」
もっと本当の演技力を付けてから真っ向勝負がしたかった。
「なんでかな…」
青柳さんが、今までで一番遠い人間に思える。意識をするから余計に距離を感じる。
「一番遠い人が、一番近い役なんて…」
(がっかりさせたくないのに)
ため息ばかりが出てしまう。
「今なら間に合う。とっとと白旗挙げようか…」
出来ないと正直に言ってしまおうか、そう考えていると、
『YUJI。お前のイメージ力って本当に凄いと思ってるよ、俺』
KAIの言葉が浮かんだ。
「イメージ力…」
確かにそう言ってしまえばそうなのかも知れない。俺の特異体質は、ただ他の人よりもイメージ力があるという事なのかも…。
「だったら…?」
透明な泉が揺れた。
そしてそこに落ちて来た青柳さんの色を思い出す。
(あのとき身体が熱くて…どうにかなりそうで…)
それが怖くて手を上げてしまったのだ。
目を閉じれば、透明な泉はゆらゆらと乱れて輝いている。
「あれを、受け入れれば…綾斗は来るのか?」
あの感覚は綾斗が神城を受け入れようとしている前触れなのかも知れないと思った。
あの感覚は神城が綾斗に触れるときに起こっている。
(イメージ…)
俺は、二人が交わるのを熱としてイメージしているのだろうか。
(泉がネイビーに染まってしまえば、綾斗は…来る)
神城と触れ合う為に。
「俺が邪魔しなければ綾斗はちゃんと来る。綾斗は神城が好きだから」
(今までだってそうだった)
キャラクターが泉を染めて、俺は俺でなくなって、色んな声が出た。
今回はきっと、青柳さんの声で躓いてしまっただけだ。
今までなら最初から俺が演じる役の色が俺の中の泉を支配した。でも今回は相手役の色に染まってからでないと俺が演じる役になれないという違ったパターンなのかも知れない。
(それも、あの声のせいか…?)
もしそうなら、綾斗は必ず来る。
あのネイビーの声に呼ばれて。
俺はただ身を任せて、自分を失えばいいのだ。
『YUJI、俺は思うんだけど。ほんの一部だけでもお前が混じってないと本当の感動なんて作れないんだぜ?』
いつかの日のTAKAの言葉。
「…難しいこと言うよな、お前も」
『そんなの生きてないんだ。どんなに上手くても、本当は死んでるんだお前の演技は』
『俺は、お前の声が聞きたい』
◆ 青柳 晃介
俺は置き忘れたマンションの鍵を取りにスタジオに戻った。
「…なんだ?あの軽」
いつもなら空っぽのはずの駐車場に真っ赤なスポーツタイプの軽が停まっている。初めて見る車だ。
アニメのアフレコを録っている最中なら前日の夜からスタジオにファンが入り待ちをしに来ていた事もあった。だが今回は俺に限らず全員の事務所が公式にファンに知らせていない仕事だ、誰かのファンが来るとは思えない。
司と二軒はしごして、酔ったあいつを家に送り届けてマンションに帰り、鍵を忘れた事に気付いて取りに来た。
時刻は深夜一時だ。
車を降りて歩きながら運転席を見るが、人が乗っている気配は無い。
(シャッターが閉まってるってことは、どこぞの誰かが勝手に停めて離れただけかもな)
シャッターの鍵を差し込むが、
「開いてる?」
半分持ち上げて玄関のドアを押して見るとそこにも鍵は掛かっていない。ただカーテンだけは閉じている。
(強盗じゃないだろな)
古いとは言えそれなりの機材が置いてある。知る者には欲しい高価な代物ばかりが。
休みの日の前日以外はアルコールを避けるようにしていた事を本気で良かったと思った。
シャッターを全部持ち上げて、そっとカーテンを開けて中を見る。
物音一つしない。
(確かに鍵は閉めたがな…)
今日戸締りをしたのは俺と司だ。
ドアだけを閉めて中に入った。
「オーナー?」
外の車も今回の関係者の物ではない。こんな時間に突然来るとしたらスタジオのオーナーくらいだと思い呼んでみたが、全く音がしない。廊下を見るがどこの照明も点いていない。
(二階か?)
だがその時、ベンチの上に何者かの財布とスマホを見つけた。こんな場所に置くなら強盗ではないだろう。それにこの小物の種類的にも此処で仕事をした事がある者で間違いない。
「誰だ、一体」
二つ折りのブランド物の財布を開く。カード類を見ると運転免許証があった。自販機の明かりに照らして顔写真を見る。
「高井?」
それなら車に見覚えがないのも頷けた。
「何してんだあいつ…」
そういえば、高井は配信を終える時に行くところがあると言っていた。
気が抜けて、俺はとりあえず自分の用事を済ませる事にした。
二階に上がりロッカー室に入って照明を点ける。
「あった」
音がするのが嫌で車のキーとは分けて持ち歩くようにしている自宅の鍵を取って、照明を消し廊下に出ると、ふと廊下の奥の変化に気付く。
シャワー室のドアが少し空いている。だが照明は消してあるようでその隙間は真っ暗だ。
「高井」
廊下に声を投げてから仮眠室のドアをノックしに行く。しかし返事は無く、ドアを開けても真っ暗で、誰も居ない。その代わりに高井のバッグが床に置いてある。
「どこに居る?」
二階は全て見て回ったが高井は居ない。
一階に戻ってフロア全体に聞こえるように名前を呼んでみたが、やはり返事はおろか気配すらしない。車を置いて買い物にでも出たのだろうか。
(いや、財布はベンチにある)
見つからない猫でも探すような気分だった。
(狐、だったな)
そんな時、反対側の廊下が薄明るいのが目に付いた。カーテンが開いていて駐車場の光が入っているようだった。
ゆっくり近づいて見ると、
「うお!」
窓際の段に何かある。
勿論、高井だったのだが、窓に崩れるようにして座っているのが不気味だった。
(…ビビらせんなよ)
どうやら寝ているようで、俺は起こそうと歩み寄るが、近づいて見れば見る程、高井の寝顔はよく出来た美しい人形のように見えた。遊び終えた誰かが、そのまま置き去りにしてしまったかのようだ。
白い肌が街灯によりもっと青白く透き通って見える。
「おい、起きろ」
声をかけても全く動かない。タオルケットにくるまっていたのだろう腕が、だらりと下がっていて生きていないものに思われた。暫く顔を覗き込んでいると何となく哀しいような表情に見えて来る。
「…起きろ、高井」
こんなにも近くで声を掛けているのに、まるで聞こえていないようだ。
「おい」
力を抜いて高井の頬に触れたのは、ほんの少しの力でもその白い肌が傷いてしまうのではないかと思ったからだ。
普段はガラスの箱に入れて飾られているあれらのような高井。
「高井」
哀しそうな顔も、誰かを喜ばせる為だけの一種の美であるかのようだ。
「起きろよ」
俺は自分の声がこんなにも、相手に届かない思いをした事がなかった。まるで聞こえていない。触れて起こすしかないという事がとても不本意だった。
「こら、起きろ」
強めに言って顔を左右に揺らすと漸く長い睫毛が動いた。
「おい、起きろって」
もう少し強く言うと重そうな睫毛がゆっくりと持ち上がる。
目が合う。だが高井のそれは俺を認識していないかのように光のない不思議なものだった。
「しっかりしろ…」
美しい色をしていても、ただ美しいだけのガラスの目。
「寝るな」
また睫毛が降りてしまう。
「こっちを見ろ…」
顔を近づけて言う。そして高井がまたゆっくり目を覚ますと、今度は全く別の目だった。
「…高井?」
眠そうに開いた目は俺を見て輝いた。そして頬がどんどんと、見る見るうちに赤らんで行く。
俺は驚いたまま、高井の白い唇が小さく開くのを見た。
「…神城、さん?」
その瞬間、ぞくりとした。
「な…?」
「来てくれたの?」
切なそうな、嬉しそうな、潤んだ目。色付いた頬。
「神城さん…」
俺がつけたままにしていた手に両手を添えて、目を閉じて少し顔を持たれさせる高井。
「見つけてくれたの?」
俺はわけが分からないまま、
「…綾斗、なのか?」
何故かそう問いかけていた。
高井は目を閉じたまま唇を微笑ませる。
(どういうことだ…?)
「仕事の夢でも見たか?」
「そうなのかな…だからあなたがいるの?」
今聴いている声はたぶん、綾斗の声だ。高井が綾斗の台詞を言う時の声なのだ。
「だったら…覚めなきゃいいな…」
「高井?」
そう声をかけると高井は少し眉をひそめる。分からない、という風に。
「…綾斗?」
するとまたにこやかな寝顔になる。
奇妙な事が起きている。
長い期間同じ役を演じていると、その期間だけ役が自分に似てきたり、自分が役に似てきたりすることはそう珍しくはない。自分の中にそのキャラクターが棲んでいるように感じることもあった。でもだからといってこの高井のように、まるで別人格のように共存するのとは違うだろう。
眠っている穏やかな顔を暫く見た後に、俺は一つ試してみた。
「綾斗、起きろ仮眠室に連れてってやる」
神城の台詞のように言ってみる。すると高井は薄く目を開いた。
「ほら、来い」
手を出してやると高井は恥ずかしそうに笑った。
「大丈夫、ちゃんと自分で上がるから」
そしてこつんと窓に頭をぶつけて目を閉じる。
スタジオに居る事は分かっているみたいだ。
「高井、か?寝惚けてるのか?」
また反応がなくなった。
「綾斗」
また目が少し開いた。
「神城さん…」
「頭打ってるぞ?さっきから。来いよ」
肩を掴んで起こしてやると、高井は足をだらりと床に下ろして俺の腕の中に収まった。そしてどうしても眠いのだろう顔を上げると、無理に目を開けようとしている。
この距離まで近づいた高井からは、甘い匂いがした。
「大丈夫、もう少ししたら起きるから…もう帰って神城さん…」
「絶対このままここで寝るだろお前」
「起きる。分かるんだ…。けどね…」
「ん?」
「…好きなんだ、神城さんのその声が」
俺は高井を見る。見上げて来る目は、高井ではなかった。
(昼間と違いすぎるな…)
「声?」
「うん…その…の声」
「何?」
聞き取れず耳を寄せても、眠そうな呼吸だけだ。
「綾斗」
「…みなさい」
「あ?」
「おやすみなさい」
綾斗と名乗った高井はそのまま眠ってしまった。
「なんだったんだ…?」
自分の腕の中で心地良さそうに寝息を立てる高井に、何とも言えない気分だった。あの高井がこのような状況を作るとは思えない。となると、やはりこれは「綾斗」だったのだろう。
俺はとりあえず高井を抱き上げて一階の仮眠室のベッドに寝かせた。崩れた人形のような体にタオルケットをかけても全く起きる気配もなく、自販機前の財布とスマホ、そして二階にあった荷物を取って来て置いてやった。
「不思議な奴だな…」
最初からそう思っていたが。
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