ネイビー トーン

輪念 希

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1.

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 俺は翌朝八時半にスタジオの前に着いた。
駐車場には何台かの車が止まっていたし、玄関のドアに触れる前から建物の中に人の気配があった。
(まずは、挨拶)
俺は一気にドアを開けて中に入った。
真っ先に見つけたのは自販機の前のベンチで足を組んでスマホを弄っている男だった。
青柳さんよりは一回り小さく、尻の横に背の低いペットボトルの茶を置いて、白いマスクをずらして煙草を吸っている。
「お早うございます」
俺がほどほどの距離から声を掛けると男は顔を向けてきた。
「おはよう、ございます」
どこか訝しげに小さな声で返してきた男は、細い顔の真ん中の、筋の通った高い鼻が印象的だった。
「岸 綾斗役、NACの高井悠二です。今回は宜しくお願いします」
頭を下げると男は「NACってなに?」と言いたげな間を開けてから、
「宜しくお願いします、栖本です。えと、大月役の」
ぶっきらぼうだった。
(グレーのヤマアラシ)
「宜しくお願いします。お邪魔してすみません」
俺は他にも挨拶する相手はいないかと廊下の先を見るが、人の姿は無い。
彷徨いて良いものか分からず、悩んだ。すると、
「二階に、顔の丸い二岡って奴がいるから色々聞けば?」
栖本さんがまた小さく、だるそうにスマホを見ながら言った。
「ありがとうございます」
俺が礼を言ってさっさと階段に向かうと丁度上から誰かが降りてきた。
「わ!びっ…くりした…」
高めの声、丸顔だった。
「それが二岡君」
栖本さんが声で判断したのだろう、また何でもない風に言った。
「あ」
(やっぱりな)
「えっと、なに関係の方ですか?どうされました?二岡ですけど」
丸顔の二岡さんは俺より年上だろうけど栖本さんよりは若いのだろうか。
「岸 綾斗役の高井悠二です。NACから来ました」
「NAC…?外国の方?モデルさん?ん?大丈夫ですか?」
(いや、あんたがな)
あたふたしていて落ち着きがない。
「バカ。ほら、大西さんが言ってたろ、あれがほら…ソイ…その人だよ」
口の悪い栖本さんは案外口を出すタイプだったらしい。
「監督…?あ!!ああ!なるほど!二岡です。二岡 保です。僕、今日は朝だけなんですけど仲良くして下さいね」
「え、あ…」
(ずっといないのか…)
「出だしで青柳さんとチョメる役です。名無しの権兵衛」
「チョメる…?」
「古いんじゃないか?俺もチョメるなんて使ったことねえけど」
栖本さんは一応俺を気にかけてくれているのだと信じることにした。
「そうなのか。チョメチョメって知らない?」
二岡さんは両手の人差し指でバツを作って満面の笑顔だった。
(けっこう上なのか?この人。ちょっと好きだなこの顔)
栖本さんの後だからか、優しそうに見える。
(黄色の文鳥)
「宜しくお願いします」
「あ…うん。知らないんだね。宜しくお願いします」
二岡さんは悲しそうに笑った。
「挨拶しておきたいんですが、二階にも誰かいらっしゃいますか?」
「あ、うん。監督と三条さんがいるけど二人は後からでいいかも。あの二人は時間ギリギリでも良いと思うよ」
「そうですか…」
「それより、僕とコンビニ行かない?」
「ああ…えっと」
俺は事前にバタバタするのが嫌いだ。弁当も飲み物も全部買ってからここに来た。
「行かない、てさ」
栖本さんだ。
「ええ!?そっか…僕弁当買いに行くから。高井君、心細くないかなって」
「あ。別に」
「あっ!」
「あ…すみません」
「ううん!平気!」
俺は目の前で黄色い羽根がいくつか散ったのを見た気がした。
「二岡先輩は、弁当買いに行くついでに、俺の前じゃ言いにくいような、気難しい連中に対する、上手い身のこなし方を教えてくれるんじゃないか?」
栖本さんは煙草を消したのか僅かに声が篭った。
「そんなつもりじゃないよ?」
二岡さんはまた満面の笑み。
「俺、大丈夫ですから。どうぞ気にしないで下さい」
「う、うん…」
二岡さんからまた一枚羽根が抜けると、栖本さんからのマスク越しのため息が聞こえた。
俺はヤマアラシの警戒心を強めたようだ。
「じゃ、行ってくる。何も要らない?…よね。またあとで」
学習した二岡さんはそれでも笑顔で言ってスタジオを出て行った。
俺は二階への階段を上がろうとするが、
「え?行くのお前。二岡の話し聞いてた?」
栖本さんは驚いて今までで一番大きな声を出した。
「先に済ませたくて」
俺は階段を上った。
下手に誰かに懐いても動き難くなるものだ。
俺の今の立場はたぶん「監督が言ってたアレ」なのだからそれでいい。

 二階の昨日と同じ部屋から大西監督の声がする。
二岡さんは二人と言っていたが声の数からして四人はいるようだ。
俺は会話が途切れるのを待ってからノックした。
「はい、どうぞ」
大西監督の声。
「失礼します」
「ああ、ちゃんと来てくれたね高井君。お早う」
「お早うございます」
部屋には昨日と同じ場所に大西監督がいて、その左右のテーブルに二人ずつ座っていた。
「みんな高井悠二君だ。宜しく。高井君、彼らはね、ま、簡単に言って私のアシスタントをしてくれる人達だ。そっちから山口君、佐藤君、それから沖君と塚田君だ。これから毎日顔を合わせると思うから徐々に覚えて」
きっとアシスタントなんて立場ではないのだろうが、それぞれが寛大に迎い入れてくれそうな雰囲気の為、甘えてそのまま詳しくは尋ねない事にしておいた。
「高井です宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」
それぞれ会釈をしてくれる。
「スーツじゃないから昨日より若く見えるね。オシャレだし、君っぽいよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
(ありがとうございます、でいいのか?)
「ほんと白いんだね。どうなってるの?きいてもいいかな、日本人?それともハーフか何か?」
俺は答えに非常に困った。
「ちょっと来て」
監督はひょいひょいと手招きする。
「ああ、やっぱり。目もちょっと違うよね。昨日から思ってたんだよ。髪は色抜いてるよね?」
「はい」
「あ!ほんとだ、よく見るとちょっと瞳周りがグリーンですか?」
沖さん、も俺の目を覗き込んで言う。
「クオーターとか?」
大西監督はついでに俺の髪を指先で避けてピアスまで見ている。
すると、
「俺が学生の頃、保健室の先生が同じ感じでしたよ。肌が白いのも、その目の感じも。黒目全体じゃなくて中心部分だけ緑っていう。日本人だって言ってましたけどね」
塚田さん、が記憶を辿るように腕を組みながら背もたれに倒れる。
「日本人で?へー」
「極まれにいますよ。僕も、服屋の店員だったかな、一度見ました」
山口さん、だ。
「あ、そう?私は初めてみたよ。で?」
大西監督はきらきらした目で俺からの答えを待つ。
(めんどくさいな…どうする…)
困った俺は言った。

「…保健室の先生と同じです、たぶん」

俺の答えに一瞬場が静かになった。
だが佐藤さんが笑った為、何となく皆んなで笑う。
「ね、不思議だよねこの子。何かいいよね」
大西監督は俺の肩を軽く叩いて、
「ありがとう、ありがとう。時間まで好きなように、ゆっくりしてていいよ」
と言って退室のタイミングをくれた。
「失礼します」
「はいはい」
ドアを閉めて一つ深呼吸した。
きっと「分かりません」と答えるよりはマシだったと思う。
そんな時、背後から急に声を掛けられた。
「もしかして高井君?」
低めだが青柳さんよりは少し高いくらいの、すっと耳に入って来て、ふわっと広がるような心地良いイケメン声だった。
振り返ると初めて見る細めで長身の男が立っていて、Mと書いてあるあの店のドリンクを持っている。
驚いたのは顔まで声と同じだった事だ。
「高井君だろ?」
(この人もきっと綺麗と言われるタイプだろな…)
「はい、高井悠二です」
「俺は三条 司。役だと赤羽薫だよ。お早う悠二君」
自分が美しいという事を理解している人だ。
「宜しくお願いします」
「お早う。俺は君にお早う、と言ったんだ」
(あ…強)
「お早う…ございます」
「宜しくな、悠二」
三条さんは手を上げて階段を降りて行った。
紫か、金色のイタチ。
(どっちだろう)

三条さんのすぐ後を追わないように、数分経ってから一階に降りた俺は、そこでまた別の相手とさっきの俺と二岡さんみたいな状態になってしまった。
大柄な男とぶつかった。
「すみません」
「すまないね。大丈夫か?」
素人が言うだろう、ザ・ベテランの声。階段という場所のせいか特に響いて、腹の奥が揺らされるようなクセのある厚く低い声。
(…この声!)
俺は咄嗟に相手の顔を見たが、すれ違った相手はキャップにマスク、首にはスポーツタオルをぴったりと巻いていて顔の輪郭すら見て取れなかったが、俺は少し前のこの人の宣材写真をネットで見た事がある。
林 典隆。アニメは勿論、ゲームやらCMやら、果ては俺の大学が受験生に向けて各学科の説明をする為に作ったDVDなんかにまで丁寧なナレーションをつけてくれていた人だ。

それに、この人の声は俺があの場所に居たときにもずっと流れていた。

「あの!」
階段を上がって行く背中に俺は何故か必死だった。
かと言って引き留めようと手を伸ばすことも出来ず、少し指が震えるだけだ。

俺の記憶の真ん中に自分の声があるなんて事を、この人は当然知らないだろう。
何の責任もなくあの声はあの場所に流れていて、何の責任もなくこの人はここに居る。それだけのことだ。
(ファンっていうのって…こういうことなんだな)
一方的な思い入れを、何の事実もない他人に押し付ける暴力だ。
「悪いね、シャワー浴びるからまた後にしてくれ」
俺はその言葉の冒頭を聞くか聞かないかのところでもう、大きな背中から顔を逸らしていた。
ただ、階段を上がりきった場所で少しこっちを振り返る気配がして、俺は何事も無かったかのようにその空間から逃げた。

 外の空気が吸いたくて栖本さんの前を足早に通って玄関に向かう。ドアを開けようとしたが、そこそこに重かったはずのドアはすっと向こう側に開いた。
顔を上げると青柳さんが立っていた。
外したマスクと一緒に握られていた小さな缶コーヒーが、俺を見る涼しい目の下でゆっくりと傾く。
「うま」
青柳さんは缶コーヒーの手を下ろして一息ついてから言った。
「でだ。まさかとは思うが、帰らないよな?お前」
「え?」
昨日のこの人が「営業用」だったのは知っている。
「俺の勘違いだよな?」
だからといって昨日の今日で「君」から「お前」はないと思う。
しかも俺が仕事を放棄して帰る馬鹿だと思っているらしい。現場を見てド素人がビビったとでも思っているのだろう。
(今はやめてくれ…)
今は余計な事を考えたくなかった俺は、肩にかけていたスポーツバッグを無言でドアの前に落とした。
1秒でも早く青柳さんの向こうに広がる景色に飛び込みたい。
まだ午前中の、夏の中に。

視界がひらけた事で青柳さんが道を譲ってくれたのが分かると俺は青柳さんの腕の下を潜って外に出た。

(不安定だ…)

何故だか今回の事で俺は今までにないくらい不安定になっているようだ。
(今まで上手くやってきたのに。なんなんだ急に)
こんな大事な時に限って。

今まではただ唯一縋っていられた自由自在の白黒の漫画だった俺の世界に、突如ハンマーで天井をぶち破って出来たかのような遠い穴から、カラフルな絵の具が静かに注ぎ込まれ、それと同時にカラフルな「声」が降ってくる、そんな感じだ。
橙色だと思っていたキャラクターに緑色の絵の具がついて、白だと思っていたキャラクターには真っ赤な絵の具がついた。
それを嫌だとか怖いとも思わないが、余白がなくなってしまったらどうすればいいのだろう、そんな漠然とした不安はある。
それでも俺の中の「透明な泉」は、いつも通りに淡々と準備を終え、次の色からの侵食を待って静まり返っている。

「高井君?」
駐車場の脇にある古いベンチに座っていると二岡さんが帰ってきた。
二岡さんは俺の前に立ってコンビニの袋から何か出すとゴソゴソとやっている。
二岡さんはたぶん「本当に良い人」なんだろう。
「俺、二岡さんとコンビニ行かなかったこと、後悔してました」
俺は素直にそう言った。
二岡さんは不思議そうにしたけれど、そっと笑ってくれた。
「なんか嬉しいな」
二岡さんの手が顔に近づいてくるとやけに涼しい。そこを見るとソーダ味のアイスキャンディを割った半分がある。
「あ、収録前に冷たいもの避ける人?」
俺は受け取った。
「俺、プロじゃないんで」
冷たくなっていた指先が、受け取ったそれで温まるのを感じた。






「いいんですか?」
俺は二岡さんと一緒に二階に行き、二岡さんがするのと同じように荷物をロッカーに入れて、台本とペン、ペットボトルの水やタオルやらを持ってから録音室に入った。
木の床と白い壁。自分の耳に届く自分の声が普段より小さく感じた。
「うん、今回は基本的には自由だから。みんな家で声出しして来てるし始まるまではのんびりしてるんだ。高井君は初めてだし先に確認したいことあるでしょ?」
「はい」
広い空間にマイクが6本もあった。俺は一番左奥のマイクの前に立って高さを見る。
「このスタジオの右から二番目は青柳さんがよく使うんだ。そのマイクは林さんが。僕は真ん中の三本がちょうどいいんだけど、たぶん栖本さんも。高井君も背はあるもんね?」
二岡さんは「こっちはミキサー室」と言い、そのガラスの窓の前に並んでいる椅子に座った。
確かに左奥の一本と右の二本のマイクは少しだけ位置が高めだった。
「173です」
「じゃあどこでもいいかな?」
「問題ないです」
俺は隣のマイクの前にも立ったが違和感は無い。
「マイクの使い方とかは大丈夫だよね?声の入れ方は」
「はい」
「10分もすれば監督も来るし実際にチェックお願いするといいよ。今は発声とかするといいかな」
「あの、歌ってもいいんですか?」
「あ!いいよ全然。いつもそうなの?」
「はい」
「僕、ここに居て聴いてていい?」
「どうぞ」
俺は配信前に適当な歌を歌って喉の調整している為今日もそうする事にした。
一曲歌い終わると二岡さんは何故か褒めてくれた。
「へー!カッコいい!歌上手いんだ!よく噛まずに歌えるね!その歌なら滑舌も鍛えられそうだし、僕も覚えようかなー」
速いリズムのメロディーに無理やり長くてややこしい歌詞を詰め込んだこの歌は、アクセントに気をつけて言葉をはっきり発音して歌わなければ何を言っているのか全く分からなくなる。それに息を長く使う泣きのパートもしっかりとある。だからmimikone配信者がみんな最初に練習する歌だ。「あーー」とか「ういろう」を売ったりして早口言葉などを大声でマンションやアパートで繰り返しやったりするのは、なかなか気まずい。大声でも歌ってしまった方が近所の住人に怪しまれずに済むという立派な防音室なんて持っていない素人なりの理由もあるのだ。
「あとでタイトル教えます」
「ありがとう!それになんか、思ってたより大きいんだね、声。それなら全然心配ないよ。あーよかったあ!」
二岡さんは俺がどのくらい素人なのかを自分の事のように心配してくれていたようだ。
(奇跡だな、この人の性格)
文鳥ではなく天使だった。
「ねね、ここちょっと僕としない?」
ウキウキしたように二岡さんは台本を開きながらやって来る。
俺が演じる綾斗と栖本さんが演じる大月の台詞だ。
「はい、お願いします」
「じゃあいくよ?」
「はい」

『お前が岸?俺、大月って名前。お前の三年先輩』
二岡さんが急に声を低く下げて出したせいで面食らったものの、俺は続ける。
『先輩?』
『なんだよその顔、ニコってしてさ、よろしくおねがいします。不慣れなのでご迷惑をお掛けするかも知れませんが何でもお手伝いしますので優しくしてください大月先輩ってのがフツーじゃねーの?』
『…っとおしい』
『は!?いま何て言った!?って!おいどこ行くんだ!?』
『部長のデスクです。ちょっと椅子引いてもらえます?邪魔なんですけど』
『はあ!?ブスなの!?性格ブスなの!?ショックなんだけど!!めっちゃカワイイのに!詐欺じゃねーか!!』
『チッ!あんたタバコ臭いし机ゴミだめだしマグカップの底にカビ生えてるしキーボードにさきイカ詰まってるしそれにそのシャツ!アイロンくらいかけたらどうですか?営業のくせに。そんなのでこの僕に先輩ヅラなんてしないでくださいね』
『おまっ!今日初日だよな!?』
『だからなんですか?もうホントじゃま!!』
『イス蹴るなー!!』
そこまでいって二岡さんはクスクス笑い始める。
「ごめ!なんか、ちょっと高井君っぽいよね綾斗って」
「…え?」
俺は少しだけショックだった。
「ふふふふ!ごめんね?けど、ふはははは!!」
(この人もしかして俺に性格ブスって言ってるのか?)
二岡さんはずっと笑っているが、
「上手!すごくハキハキしてた!」
「そう、ですか…よかったです」
「あー笑った笑った!」
俺も二岡さんは流石声優としか言えない。
(低いままあのテンション続くのか、他にはどんなキャラするんだろう)
俺は今度二岡さんをネットで調べようと思った。

『マイク使っていいよ』

急に聞こえた大西監督の声に驚いて後ろを見ると、ミキサー室にはいつからか五人の大人達が揃っていた。
「ドア、半開きだったから来たんじゃないかな」
二岡さんはにこりと微笑んで椅子に下がった。
(歌からまる聴こえかよ)
なんとなく二岡さんはわざと半開きにしておいた気がする。そうでなければ慌てて俺に謝るような人だ。

『さきイカ詰まってるし、のあと微妙に開けてからシャツ!がいいかもね』
「はい」
『もっとギャグっぽくね。綾斗に似合ってるよ、声ね』
「はい」
『今の、息続いてたよね?』
「はい」
大西監督はうんうんと頷いて「どうぞ」と手を出した。
『他の台詞でもいいよ』
俺は左から二番目のマイクに口を近づける。
『部長、僕は神城さんの外回りに同行したいのですが』
神城という音の確認をするだけのつもりだったが、
『君のことは大月君に頼んでおいたよ。慣れるまでは彼と同行する方が良いかと思ってね。ねーミーちゃんっ』
大西監督が相手をしてくれるらしい。何故か仕事場で常に愛猫を膝の上に抱いているという摩訶不思議な設定の部長らしく猫撫で声は良い具合のウザさだった。
『ですが』
『嫌かい?』
『神城さんは部のエースなんですよね?僕は早く仕事を覚えたいんです。神城さんにつけていただけませんか?』
『どうしようかなー』
猫を可愛がる雰囲気が分かる。
『あの…部長?』
ここで録音室に青柳さん達がぞろぞろと入って来た。
『んー。ミーちゃんはどうおもうー?』
台詞が違って俺は大西監督を見る。
『んー。そうかそうか。お願いきいてあげようか、ね。そうしようねー。ミーちゃんは優しいコだねー』
大西監督は猫にそうするように自分の薄いスカーフを丸めて抱いていた。
「またやってんのか大西さん」
栖本さんが俺の二つ隣に立って青柳さんに言う。
『かわいいねえミーちゃん。んっんっ。チュッチュしようねー』
二岡さんはガラスの向こうで起きている不気味な様子を見ながら立ち上がって、またクスクス笑っている。
勿論、ミキサー室の四人はすでに苦笑い。
「止めてあげないとずっと続くよ?アレ」
三条さんは椅子に座りながら俺に笑いかける。
(え?俺が?)
『ミーちゃん今日はパパとなにするー?おやつかな?ブラシかなー?キャワワだねー』
(マジか、続くのか)
『岸くん喋らなくなっちゃいましたねーミーちゃん。どうしたんだろうねー』
俺はスカーフにキスをしている大西監督に、何か言わなければと思うものの、ついこの先はどうなるのかが気になってしまっていた。
そんな時。
『部長、入りますよ。なんだ、またいるのかそのデブ猫』
青柳さんがマイクを通して言った。勿論台本には無い。
『あらら、嫌なヤツがきましたねーミーちゃん。デブじゃないってのにねー』
『仕事してくれませんかね。おい新人。お前もなにやってるんだ?見てないで止めろよ』
青柳さんはうんざり感でもって相手を追い立てる感じを出しながらも、やはり魅力的な声だった。
(この人の声は音が切れたあとの余韻が甘いんだな…)
それはつまり真似して出来るものではないとうことだ。
皆が俺を見るので俺も入るしかない。
『不気味すぎて動けませんでした』
大西監督が「ひっど!」と言って皆が大声で笑った。
「よく遊んじゃうんだから始まったらすぐに止めないと」
三条さんが大西監督の悪い癖を俺に教えてくれた。
『汗かいちゃった。高井君、マイク大丈夫だね?』
「はい。ありがとうございました」
『はい。じゃあちょっと簡単にではありますが、挨拶でもさせてもらいます』
大西監督がそう言いながら立ち上がると、全員がそちらを見る。
『ええと、お早うございます。大西幸人です。皆さんには事務所や個人的にも私から事前に色々と説明もさせていただいて、許可もいただいて、この度の作品作りに参加していただいてます。まあ、君達の普段のお仕事からすれば、驚くほどの私勝手な日程だろうと思います』
ここで声優達は、各々に真剣な表情で頷いたり台本を見たりする。
『無理をしてもらっているところもあるでしょうが、どうか最後までご協力いただきたい、です。ね。そんな感じで。ああ…無駄だったねこの時間』
向こう側の四人や、二岡さんと三条さんがクスリと笑う。
『こういうのは苦手でね』
大西監督は俺を見て少し笑う。
『これの原作は小野江先生の娘さんのもので、私はちょいちょいこのお嬢さんともお仕事で関わりがあるのだけれども、今回はお嬢さんの本とこのCDが抱き合わせというか、同時に世間に出るという事で、そういった面でもちょっと異例かな?と、言うところで。…なんか最後の章とか可笑しかったよねぇ、山口君。ええ!出来てないじゃんこれってね?』
話を振られた山口さんは口に人差し指を当てながらもコクコクと苦笑いで頷いた。何か相当の苦労があったようだ。
『ふざけてるの?ってね?だから起こしついでに私が勝手に書いたんだよね』
この言葉には俺以外の全員が肩を震わせて笑った。
「いいのか?それ」
三条さんが小声で言い、青柳さんが「さあ」というふうに首を振った。
『まあ、そんなだし、必ずしも原作通りでなくても良いとご本人からも言っていただいてます。つまりは、私に任せると。なので、私も皆さんに任せるような感じでいいかなと、勿論シーンによっては口煩くケチを付けることもありますが、基本的には雰囲気で流していこうかなと思っています。ここで、このメンバーで作ったからこその作品、そんなものが面白いかなと思っています』
大西監督が挨拶の終わりを伝えるように少し頭を下げて、皆もそれぞれに一礼した。
『高井君、何か挨拶するのかな?』
そう促されて、俺は慌てて改めて自己紹介をした。
「ご迷惑をお掛けする事もあると思いますが、宜しくお願いします」
二岡さんの拍手一つに合わせて疎らな「お願いします」が返って来た。
『じゃ、始めようか。冒頭の青柳君と二岡君からだね』
大西監督が言うと三条さんと栖本さんがさらっと録音室を出て行った。
「あ、高井君どうする?出ててもいいよ?」
二岡さんがマイクの前に移動しながら何やら俺と大西監督を交互に見る。
「え?」
状況が読めずにいた俺を見かねて、大西監督がミキサー室に来るようにと言い、俺は急いで従った。
ミキサー室には何がなんだか分からない機材が並んでいる。
「ベッドシーンの時は出た方がいいよ」
山口さんがこそっと教えてくれる。
(あ、なるほど!)
「ここにおいで」
俺は大西監督の横に立って渡されたヘッドホンをつけた。
青柳さんと一つマイクを開けて二岡さんが立っている。
俺は台本を確認して、そういえば始まりは思いっきり「最中」からだったという事を思い出した。
空気は、完全に変わっていた。
『二人で始めて』
静まる空間。

そして演技は突然、それでも青柳さんのセクシーな吐息から始まった。
それに呼応する二岡さんの声は練習に付き合ってくれたときとは全く違うものだった。
吐息の合間の感じ入るような二岡さんの声があまりにエロくて驚いた。
『拓馬…』
黄色い文鳥よりも黄色いカナリア。
そんな呼びかけに相手の名前を呼ばない青柳さんの神城。
二人の設定は、後から録るらしい神城のモノローグで少し触れるだけの、ただバーで誘って連れ帰った一夜のセックスの相手であり、この作品は神城のプライベートから始まるのだ。
2分以上はたっぷり過ぎたこのシーン、大西監督は何も注文をせずに開始したが、俺が勝手に思うに青柳さんは聞く者のこの作品への興味を引きつけるだけのセクシーさを出しながらも、どこか極力熱くなり過ぎずに演じているような気がした。
神城拓馬とは女も男も特に愛しもせずに抱いて捨てるという性格を持っている。
果てる瞬間に向けて見事に熱が上がってくる二岡さんの演技に対して、青柳さんの演技はほぼ一定だ。肉体だけの解放。間の取り方にそんな感じを受けた。静かで激しい息だけの表現だ。
(すごいな…)
そんな風にちぐはぐなのに、一つの行為を共有している印象はちゃんとあるのだ。リズミカルで、弾んでいく。
二岡さんが最後の声を出して、息を整え、このシーンは終わった。

『はい、これでいただきます』

大西監督が言って漸く二人は台本を下げた。
二岡さんは疲れたように笑って青柳さんに何か言い、台本で顔を扇いでいる。
かたや青柳さんは涼しい表情で何か言葉を返している。
『二人とも、お疲れ様でした』
『ありがとうございましたー』
二岡さんはそう言った後、こちらに向かってペコペコと笑顔でお辞儀し、丁度椅子に座る青柳さんの前を歩いて録音室を出て行った。
「次だね」
大西監督は俺に言った。
「はい…お願いします」
俺が一度廊下に出ると二岡さんが林典隆さんと話していた。
俺はマスクもキャップもない林さんに挨拶をした。
「高井悠二です…。先程はぶつかってしまいすみませんでした」
「いやこちらこそ。林典隆です。宜しく」
林さんはTシャツから白いカッターシャツに着替えていた。
(シャワールームがあるのかここ)
「宜しくお願いします」
俺は深く頭を下げた。
「あ!高井君!僕これで終わりなんだけどお昼まで居ようと思うんだ」
「弁当買ってましたもんね」
俺がなんの気もなく言うと二岡さんはまた寂しそうに「うん」と言った。
俺はそれを見てやっと栖本さんが言っていた通り、二岡さんが俺のせいでコンビニにいく羽目になったのだと知った。
「あ、来た来た。入りましょうか」
二岡さんは栖本さんと三条さんが来るのに気づいて林さんの為にドアを開けた。
「ありがとう」
「高井君も」
二岡さんは俺の事も先に入れてくれた。
「すみません」
少し頭を下げて録音室に入り直した俺だったが、林さんが椅子から立ち上がった青柳さんと軽く会話してからそのまま一番奥のマイクに行くのを見て、一瞬、血の気が引いた。
(あ……)
俺は昨日台本を確認した時に、綾斗の父親役の名前が空欄だったという事に、今、遅れて気づいたのだ。
(俺、ちゃんと見てなかった…?)
綾斗の父親役は、林さんだったのだ。
さっき林さんと会ったのに、会った事に気が動転して林さんが何故ここに居るのかまでは頭が回っていなかった。
そして改めて昨夜の記憶を辿っても、香盤表のどこにも林さんの名前は書いていなかったように思う。
書いてあったなら、俺は必ず気付くはずだ。
他の皆んなは林さんが居る事に対して当たり前のようにしている。
(いきなりこの人なのか…)
再び座っていた青柳さんの横に三条さんと栖本さん、二岡さんも疎らに座る。
俺は林さんから一つ離れたマイクに立った。
『監督、宜しくお願いします』
『宜しくお願いします』
林さんと大西監督の会話。
「いいか?」
林さんの視線を受けて俺は少し息が詰まった。
「はい」
林さんは頷いて集中した。
俺もマイクに一歩寄って台本を見る。

『綾斗ー。起きなさい』

そのたった一言で、俺はマイクから下がってしまった。
だが集中した空気は続いている。

暫く待ったのだろう林さんがチラリと台本から俺に目を向ける。
「大丈夫か?」
「す、すみません」
俺はこの時にはもう、まずいと思った。

『綾斗ー。起きなさい』
重厚感のある優しい声だ。
『もう起きてるって、うるさいなー』
綾斗が小学生の頃に母を病で亡くしてからは父一人子一人。それが綾斗の家族構成だ。
『綾斗』
『もう、なんで部屋まで入ってくるんだよ父さん』
『早くシャワーを浴びなさい。初日から遅れるなんて社会人失格だぞ?ほらベッドはちゃんと直すんだ』
『わかってるって…』
すると、

『すみません、綾斗だけども』

大西監督の声。
『はい』
『可愛すぎる』
『…はい』
『父は溺愛してるけど、綾斗はそれが疎ましい。そうだよね?』
『はい、そうです』
一冊目の台本を全部読めばわかる設定だった。
『林さんが優しいけど、流されないで。ここ綾斗の最初で、親子関係がここではっきりしないとだめだから』
『はい』
俺は気をとりなおしてマイクに向かう。
だがもう一度同じ場所で止められてしまった。
『反抗期って感じでいいから。もっとはっきりと邪魔くさそうに』
『はい』
三回目は止められずに進むことが出来た。

『弁当だ』
『要らないってそんなの。途中で買うから』
『コンビニ弁当なんて許さないぞ綾斗。持って行きなさい』
『もう!いいってば!しつこい!』
『父さんが作ったんだぞ?』
林さんの声がふと、変わる。
成長してしまった綾斗へ、社会人最初の朝に妻と自分からの変わらない愛情を見せようとしている。
『…だから…なに』

大西監督が止めた。
『今のも。高井君、わかるね?』
『…すみません』
『普段は父親想いなのか?』
林さんは少し空気を変えようとしてくれたようだ。
だがそれに合わせて笑ったふりをしたのは二岡さんと三条さん、栖本さんだけだった。
ベテランの林さんにとっては、さっきのも軽く喉を鳴らす程度の小手先の演技なのだろうが、生でそれを聞く機会などない俺にとってはそんな一片の違いでさえ流石な仕業なのだ。

それに俺にはこういう親子の状況を、極当たり前のことのようにイメージするのが酷く難しい。

『すみません』
『君反抗期なかったの?』
大西監督は茶化しているのではなく本気で質問している。
『もう一度お願いします』
『反抗期の息子だよ?難しく考えなくていいんだから。自分の経験生かしてごらん』
『はい…』

その後もなかなか進まない。
ネクタイを正されるシーンでも止められる。
『その「んん!」は甘えちゃダメ。濁点つくような「んん!」だから。ト書あるよ?ここ、手で払う効果音つくんだ。今のじゃ合わないでしょ』
『はい』
スピーカーから大西監督の困惑までうっかり漏れてきた。
『声質のせいか?私だけかな…』
向こうで確認しているのだろう。

「すみません林さん」
「ん?ああ、こんなことはよくある。特別悪い状況でもない」
「…はい」
林さんはそう言うが、多分これだけのリテイクは酷いと思う。
それは背後の四人の声優の空気からも容易に感じ取れる。

俺の頭は混乱していた。
林さんの声だというだけで、俺の綾斗は父を突き放せないのだ。
それが父でなくともだ。
でも父だということが俺にとってはより悪かった。

  その後も父が車で会社まで送ると言い始めて、嫌だ嫌だの綾斗を引っ張って車に乗せるシーンは最悪のループだった。
俺は抱え上げられたときの「!!」が表現出来ずに何度も指摘されたのだ。

『それじゃ君お父さんとエッチしちゃうからさー。なんって言うのかなー。いっそのことなんか「あ」でも「い」でも明確に文字付けていいよ。「あ」はやめたほうがいいね君はね。「げ!!」にしようか。「げ!!」って思いっきり叫んで。はい』
なんでもない流れをこう何度も繰り返しやり直す事に大西監督にも相当なストレスが溜まって来ている。
その証拠に林さんが息を吸った瞬間に、
『すみません、やっぱり「だ!!」にして下さい』
と言った。


『はい。OKです。高井君さあ、君、疲れてくると声が鼻にかかるね、差が大きいからちょっと注意かな』
大西監督は綾斗と父の短いシーンに二時間半もかけた為、次の神城と赤羽のシーンは昼休憩の後にしようと皆に言った。

「さ、お疲れさん」
林さんは片腕で俺の肩を一度だけがっしりと抱いてから出口に向かう。
林さんは今日はこれで終わりだった。
「すみませんでした」
「お疲れ様でした」
他の四人も林さんに挨拶をして、三条さんと栖本さんがその後を出て行く。二人は結局何も録れずに午前中を終えたのだった。
俺は疲れきっていた。
「高井君お疲れ様ー。大変だったけどOK出てたね。下に行こっか!お昼食べよう!」
二岡さんは笑顔だが思いっきり気を遣ってくれている。
その後ろで青柳さんは座ったまま台本になにかマークを付けている。
「すみませんでした」
俺は青柳さんの前を通る際に無駄に収録を遅らせた事を一言詫びた。
青柳さんは聞こえなかったのか、台本を見たまま何も言わなかった。






◆ 青柳 晃介

「感嘆符の悲劇だったな」
「悠二可哀想だった。ちょっと面白かったけどさ」
「いや、でも20分ありゃいいだろってとこに二時間だぜ?えーって。これ大丈夫なのか?」
俺が一階に着くと自販機前のベンチで栖本と司が話していた。
「でも、頑張ってたと思うよ高井君」
二岡も。
「素人にとって最初の壁は言葉のない表現だからな。相手も林さんだしな。大西さんも、あそこまでいったらもう別でしてやりゃいいのにな。俺だったら泣いてる」
栖本が笑って言いながら俺に気づいて司に席を詰めるように促し、それを見て司が振り返った。
「晃介、お疲れ」
「お疲れ」
俺はフロアを一度見渡してから二岡に尋ねた。
「あいつは?」
「ああ…外で食べるって、言われてないけど。流石に一人がいいかなって思ってさ。顔には出さないタイプみたいだけど、ずいぶんと疲れてたよ」
俺、司、栖本、二岡は事務所は違うがほぼ同期で、今までによく仕事で合う仲だ。このキャスティングも大西さんの考えで出来上がっているのだろう。
原作者の希望だった俺以外の三人が受けたオーディションとは名ばかりで、大西さんがチェックした程度だった。
とは言え、この三人はそれぞれ人気がある実力者に違いはない。
この5日間の為に前々から、スケジュールを上手くやり繰りして、日頃世話になっている大西さんの無茶に協力することを快諾した者達だ。
「青柳さん食べる?僕今日あっちは夕方からだから家で昨日の素麺食べるよ」
二岡からの弁当を見て、暑い中買いに出るのが怠くなった俺は自分の財布と交換する。
「俺朝にちょっと調べたんだけどよ。なにあいつ、天才って言われてんの?」
栖本がスマホを操作して言う。
「知らない。そうなのか?有名なの?」
司が栖本の手元を覗く。
「あれ、どこだっけか。嫁から聞いたんだ」
「悠二って素人なんだよな?」
「でも僕声聞いたけど、素人感は全くなかったんだよ?発声練習のときはね。堂々としてたし。だから僕もなんで急に詰まったのか不思議だったな」
俺も「天才」だという噂の話は大西さんから聞いたが、あの人は昨日の時点で高井の声を聞いてもいなかったのだから誰か分からない奴の評価は俺は当てにしていない。
態度が少々あれなのも他所から来たのだから「新人はこうあるべき」的な情報も持っていないからだろうと思う。それが逆に気楽な面子がこいつらなのだ。
素人がバタバタと動き回れば栖本辺りはそれはそれで「邪魔だ」と嫌がる。
「あ、これこれ。読むぜ?《YUJIって名前で生配信してる人かも!NACってのも何回か配信中に言ってたし、昨日配信なかったからおかしいなって。綺麗な男の子で、少し前に声劇してて凄かったよ》次が、《ツンデレっぽくて初見だとアレだけど実はいい子だし。私だけじゃなくてリスナーも配信者もみんなYUJIは天才って言ってるくらいだから演技は安心して大丈夫。ホントだよ》だってさ」
「嘘ではないと思うよ。天才かどうかは分からないけど人気はありそう。歌が上手くてさ」
二岡も司の逆から覗きに行く。
「その前に、なんで奥さんそんなに詳しいわけ?実はいい子ってなに?」
司はニヤリと栖本を見る。
「るっせーな。俺も今日初めて嫁がそんなの見てるって知ったんだよ。しかもこの感じだと相当詳しいしな。俺が働いてる間そんなことしてんのかって。別にいいけど」
「ふーん。YUJI君、素敵な顔だからねえ、まだ新婚なのに旦那が不規則で家に居てくれない寂しい主婦にはいい王子様だ。子育ての苦労も労われるのかもな」
「あ?お前かなり俺に嫌われたぞ?」
栖本は痛いところを突かれてムッとする。仕事が立て込むと途端に生活リズムが狂うのが声優業の辛いところだ。
「冗談冗談」
栖本がまたスマホを弄り始めてしまい、司と二岡はベンチに戻る。
「やっぱり有名なのか。だったら尚更、プライド傷付いちゃったかな…」
二岡は俺に言う。
「甘いんじゃないか?似たようなことなんてお前にもあっただろ」
皆が越えてくる苦難だ。
「でもさ。だってさ」
「あいつが素人だからか?」
二岡は俺への返事に詰まる。結局は栖本も司も目を泳がせている。
林さんとの演技で大西さんの指摘を受け続ける高井の姿に、駆け出しの頃の自分を重ねて同情でもしているのだろう。
俺がため息をついてから弁当を開けると二岡が俺の財布から千円札を抜いて財布を返してきた。
「じゃあ僕帰るけど…」
「お、おう。お疲れ」
立ち上がる二岡に動揺している栖本。
お前が帰ったら高井の事はどうすればいいんだ、そんな不安は実は俺にだってある。
そんな時、玄関のドアが開いて高井が入ってくる。
「あ!高井君、クーラーがある所にいないと、外すっごく暑いでしょ?それと僕帰るね!でもまたあし…」
二岡が声を掛けているのに高井は何も聞こえていないような顔で素通りして行く。
「あ…高井君?」
高井は二階への階段を登っていった。
「なんかすごいな…」
司が礼儀知らずにも程があると言いたげに、そして、
「ありゃ辞めるな」
栖本の呟きが響いた。







◆ 大西 幸人

高井悠二は私の居る場所へやって来た。朝と同じように他にもスタッフはいるのに私だけを見ている。
正直、意外だ、と思った。
「お願いがあるんです」
「はい」
「台本、全部いただけませんか?」
この彼がここに来るとしたらそう言ってくるだろうという予測をしていた。
予測しつつも来ない確率の方が高いと私は思っていた。
空欄にしておいた綾斗の父の役者のことを、今朝私に尋ねもしなかったからだ。
「ああ、良かった。そう言ってくれて。君の分はちゃんとここにあるよ」
(一先ずは、なんとかなるか)
昨日台本を渡す際に私は、全部で三冊あるが一番最初の一冊を渡すと高井君に言った。その時確かに高井君は私に対して反感を持った目をしていた。
他の皆には渡しているが君には一冊しか渡す気がないというこちらの意思を、高井君が察していたのは間違いないだろう。だが私は口ではっきりとそう言ったわけではない。
「他の出演者にきいたのかい?他の人には台本が全て渡されているのかどうかを」
「いいえ」
「ということは例え一冊ずつしか配らない方針かなにかだったとしても、君はこうして頼みに来たのかな」
自分だけでも先に渡してくれと。
「はい」
(何故だろうか)
私は時折見せる今のような高井君の目の正体がまだよく分からない。

役者という生き物には色んなタイプの性格がある。とにかく何かしたい者。その横で暗く隠れている者。言っていることとやっていることが裏腹な者。だが基本は同じ。テレビの前にいる皆の中から、そのテレビの中に入ろうと考えた者しかいないのだ。舞台なら舞台の上に行く事を考えた者達だ。
その発想の転換は一般的に誰にでも起こるものというわけでもないから、テレビの中に住む人数はテレビの外に住む人数より少ない。
仕事のカテゴリーの中でも個人の野心というものが顕著に出る生き物で、一見大人しくしているように見せていても本音では隣に立つ者達に埋もれるのを嫌う。役を得る為に他者を蹴落とす者も普通にいる。そしてそれはある意味正しい生き方だ、せっかくテレビの中に入ったのだから。
それが例えインターネットの中だとしても同じことだ。
この高井悠二も例の発想の転換が起きた側の人間だ。
媒体はマイナーでも私の前にいる時点で本質は青柳晃介や三条司と同じはずだ。だからもう長く色んな役者を見て来た私にはある程度パターン分けが出来るはずだ。それが例え私の偏った個人的な意見の域を出ないものであったとしてもだ。
(なのにこれは?)
この高井悠二に対して、私はまともな憶測一つ立てられずにいる。

巧みな虚偽を着込む者はいくらでもいる。でも私はそれを、それはそれでいいとして「虚偽を着る者」としてまずは預かる。あとは何枚着ていて、何枚脱ぎなさいと言ってやるか、だけのことだ。
逆に、二岡保なんていうのはどんな虚偽でも着せられる。これを着てくれと言えばそれを素直に着て見せる。
青柳晃介は着ているものも着られるものもそう多くない、だがその数着のうちの一着か二着かが沢山の者から選ばれるべくして選ばれたものなのだ。
だがこの高井悠二は、何枚脱がせてもずっとずっと終わらないような気がしてならない。仮に最初から何も着ていないのならば、私にはその方がよっぽど恐ろしい。
午前の収録に関して言えば、着せるにしてもすんなり似合うものがあったり急に嫌がるものがある。

私はずっと不気味なのだ。

高井君はこんなにも皆に求められるような姿形をしているのに、どうしてか「居ない」ような気がするのだ。

「うん、そうか」
私は手に二冊の台本を持って立ち上がると高井君の前に行く。
美しいと形容するにらしいこの目を見ているときに、特に違和感を感じる。
その正体を見極めたいと顔を見つめる。するとふと、まるでコマ送りされる画のように思えてくる。
(んん…?)
送りが段々と遅くなって一つ一つの画が止まってよく見えるような、いや時間の流れは変わらないような。
ぼんやりと顔全体を見ていると分かってきた。視点を暈して見る絵のように、ぼうっと眺め続けると目だけが別の時間の送りで動いているように見えた。
私の目は高井君の目を捉えただろう。
恐れたり、睨んだり、甘えたり。そんな目の画がたった一秒足らずの合間に乱雑に入れ替わっている。
そう思い、一つ一つを見ようとするとまるで再び動画に戻るようにしてそれらの入れ替わりは今見ている高井君の目にズームアウトされた。
(奇妙な…)
高井君はじっと立ったまま目を逸らしはしないが、私が自分を探ろうとした事を知っているように警戒している。
確かに無遠慮ではあったと思う。
「これだ」
「ありがとうございます」
高井悠二は何故台本を受け取りに来たのか。
「…これでなんとかなる」
「ん?」
私は今度は伏せられていた目に気を取られていて、聞き逃した。
「失礼します」
「ああ、…うん」

   高井君が部屋を出て行った後、他のスタッフが私を不思議そうに見ている事に気づいた。
その目達はどうやら「どうしたんですか?あなたらしくない」そう言っている。
私は少し笑って椅子に戻る。

窓の外は、悪意を持ったようにそれが照りつける猛暑。

「私はいつからか自分は何でも知っていて、或いは正しいのだと思い込んでいたんだろうね。役者の子達を預かって責任を背負う仕事ばかりしているせいかな?」

そんな私に、誰も何も返さない。
返せないのかも知れない。

ずっと役者を貫く林典隆を見ていると少し羨ましいと思うことがある。
彼も私と同じく、いやもっと前の貧しい時代の役者だ。今は若い子達に崇められるような立ち位置。それを受け止めているのかいないのかその辺りの心境をコメントに残さずずっと林典隆のままでいる。彼は彼自身をどう評価するのだろうか。
「私も少し前まではね、変わった相手を見つけると素直に一緒に仕事をしてみたいと貪欲になったものだ。大昔、舞台俳優なんていう貧しい混乱の渦中に身を置いていた頃が特にそうだった。声優になって少し周りを見るようになったけど。ああいうのが苦しいながらも楽しかった」
(だが今はどうだろうか)
「今はそんな子達をまるで「使う」ような立場になった。私は、何をなくしたのかなあ」
これは大きな独り言だ。
今回の仕事のように本来なら何人かで担当を分けて仕切る監督役を私は一人でやってしまいたい人間だ。
そんな我が儘が叶うような地位や信用は得たように思う。私自身は随分とステップアップした、あの貧しかった頃に比べれば。それは確かだ。
そして今の私は、高井君に対してやる気があるのかないのかを、役者にとっては大事な台本というものを使って測ったのだ。
「嫌な大人が出来上がったものだな…」
今の私は過去の自分の経験を裏切ってはいないだろうか。
「青柳君は、彼をどうするだろうか」
素人を混ぜられて、本物達は何を刺激され何を得るだろうか。
未開の地を切り拓こうとする三山君が送り込んで来たあの不確かな刺客は、ちゃんと彼等の硬く築かれつつある立ち位置を侵してくれるだろうか。









俺はまた外へ出て、急いで続きの台本を読んだ。
時間が無い。
(降りてこい…早く)
俺は両手で耳を塞いで目を閉じる。
いつもなら、こんなたいそうな事をしなくてもすんなりその役になれた。
台本だって一冊目があればよかったはずだった。でもそれでは駄目だったから大西監督に頼みに行ったのだ。
(頼む…)
俺は晴天の空に向かって雨乞いでもしているかのように祈り続ける。
(綾斗、早く来てくれ)

しかし俺の中の透明な泉は静かなままだ。

(どうして?)

俺は「天才」なんかじゃない。
実力なんてのも本当は無いに等しい。

(神城拓馬に会うのに、お前がいないと出来ない…)

そう祈った時だ。
透明な泉は透明なまま、少し水面を揺らした。




『じゃあ、神城と赤羽ね、お願いします』
『お願いします』

三条さんが右端のマイク、青柳さんはその隣。午前中に二岡さんとの演技で使ったのと同じマイクだ。

『拓馬の方にも新人来るんだよね?』
艶っぽい声の三条さんが演じる赤羽薫はライバル会社の営業マン。
毎朝近所の古い喫茶店でコーヒーを飲んでから出社する神城の生活パターンに合わせて、時々こうして会っている高校、大学時代からの神城の親友だ。容姿端麗なのは中の人と同じ。
『らしいな』
『見に行かないの?』
『今日は朝から二件、客との打ち合わせだ。このまま直接向かう。そもそもわざわざ見に行かなくたっていつか顔を合わすだろ』
『まあね。偵察がてら色々と聞きたかったのに』
『お前はもう会ったのか?新入社員』
『僕はなんでも先に知っておかないと気持ち悪い性格だからね。こっちはなかなか期待出来るコだよ。焦った方がいいんじゃないかなー君も』
『名前は?もう外回りするのか?』
『内緒。そっちも教えてくれないとこっちも教えないよ』
『はいはい』
会話の間に遠慮がなく、仲の良さがよく伝わってくる。もしかすると青柳さんと三条さん自身もそうなのかも知れないと俺は思った。
『今日も寝不足?』
そう意味深な質問をする三条さんが、赤羽がするように青柳さんの横顔を妖艶な微笑みで見た。
『問題ない』
青柳さんも少し笑うように三条さんを見る。
赤羽が神城のプライベートを知っている事を出すシーンだ。
『まだ絞らないつもり?ターゲットが君と寝た相手かも知れないと思う僕の気持ちも察してくれないか?』
『もしそうだったとしてもお前は自由に相手との位置を変えられるだろ』
『そりゃまあ、そうだけど。君みたいに成功率の高い男が食って捨ててを繰り返してるんだから、いずれは同じものを僕も食べちゃうんだろうさ。同じ街に居たんじゃ仕方ないか。それでも君が傷つけて腐ってしまったようなものは避けたいね。男も女も』
青柳さんが低く鼻で笑うだけでも自責の念が少なからず神城にあることが窺える。
『僕がうっかりその腐ったものを好きになったら、君の存在を疎みながら僕まで腐るんだからね。僕は綺麗なままでいたい』
綺麗なままでいたい、という台詞はたったいま三条さんがつけたものだ。
赤羽の性格がより明確に伝わる。
『おいおい、お前だってやってることは俺と変わらないくせに被害者ぶるなよ?被っているのは俺かもしれないだろ』
『言いやがったね』
『お前こそ相手を決めればそんな危機感もなくなるんだ。さっさと特定の相手をつくれよ、薫』
青柳さんも神城としては自覚のない甘さを交えた声で「薫」と、赤羽の名前を付け足した。これもこの後の進行にとって良いアドリブだった。作品の流れを把握しきっているからこその青柳さんなりの布石になるこのシーンの「確定作業」だった。
『君ってやつは』
『さ、店を出るぞ。時間だ』
時間だ、の声はキリッと引き締まっていた。

『はい、どうだろう。これテストじゃなく、このままもらおうか?』
大西監督が言うと二人は互いに確認しあってから大西監督に頷いた。

『じゃあ綾斗と大月、行きます』

青柳さん達と交代で俺と栖本さんが立ち上がってマイクに向かう。
俺は左から二番目、栖本さんは一つ開けたマイク。
栖本さんはすぐに少し足を開いてピタリと止まり、台本に視線を落とす。
俺は何か挨拶でもした方がいいのかと思っていたが、集中している栖本さんの様子にそのまま始める事にした。

『テストから。お願いします』
『お願いします』

『おお!?お前が岸?俺、大月って名前。お前の三年先輩』
栖本さんの声は普段の声に少しガチャガチャ感を足したような感じで、二岡さんが大月を演じた声より高めだった。
普段あまり声が大きくないようだが今はハキハキと良く通る。
『先輩?』
『なんっだよそのかおー、ニコってしてさ、よろしくおねがいします。不慣れなのでご迷惑をお掛けするかも知れませんが何でもお手伝いしますので優しくしてください、大月先輩ってのがフツーじゃねーのお?』
語尾を上げて煽ってくる。馴れ馴れしい感じが出ている。
『…っとおしい』
『は!?いま何て言った!?って!おいどこ行くんだ!?』
止まっていた栖本さんの身体が俺の視界の端で動く。
『部長のデスクです。ちょっと椅子引いてもらえます?邪魔なんですけど』
『はあ!?ブスなの!?性格ブスなの!?え、ショックなんだけど!!めっちゃカワイイのに!詐欺じゃねーか!!』
凄い勢いだ。
『チッ!あんたタバコ臭いし机ゴミだめだしマグカップの底にカビ生えてるし』
俺は栖本さんの勢いに乗ってしまい、早口でまくし立てるここで一瞬詰まりかけた。
だが、
『舌打ち!?』
すぐに入って来た栖本さんの裏返した声のアドリブであたかも台本通りのように進む。
『キーボードにさきイカ詰まってるし、気づいてます?それにそのシャツ!アイロンくらいかけたらどうですか?営業のくせに。そんなのでこの僕に先輩ヅラなんてしないでくださいね』
俺は一言足して分割された台詞の長さの調節をしてみた。栖本さんのお陰で俺の台詞は違和感なくずっと流れていたように収まった。
『おまっ!今日初日だよなあ!?』
『だからなんですか?もうホントじゃま!!』
『イス蹴るなああああー!!』
栖本さんは叫びながら身体ごとマイクから数本下がっていった。大月がキャスター付きの椅子ごと綾斗に押されて離されたからだ。
俺は次の台詞は大事だと思っている。切捨て御免の口調でもどこか可愛い綾斗、それをやってみる。ギャグ絡みが多い大月と綾斗の間にはSMの要素がはっきりあった方が面白いと思ったからだ。綾斗のSキャラが、いつしか大月がクセになってしまうものに仕上がれば良い。
『ああ、それでいいですよ。そこにいて下さい、こ・れ・か・ら・ず・っ・と』
家では父に尽くされっぱなしの綾斗は、外に出れば自分棚上げの毒舌潔癖野郎なのだ。
『なっ!?この悪魔ああああー!!』
栖本さんは離れた位置から叫んだ。
最初からそうするつもりだったのかも知れないが、大月の声には少し歓びが見えた気がした。


『はい。えと、これもこのまま行こうかな。どう?途中も問題ないしね』
『俺はOKです』
栖本さんは台本の次のページをめくりながら素っ気なく言う。
『高井君は?やり直したい?さっきのとこ』
『いえ。このままがいいかと』
俺も大西監督が許す範囲内だったなら直してしまわない方が良いと思った。
『じゃあ次行こうか』
続きも綾斗と大月で、カットが変わって大月が綾斗に社内を案内して回るシーンだ。
俺はさっきのアドリブの礼を言っておくべきかと思ったが、ちらっと目があった栖本さんは台本を軽く顔の前に持ち上げ、「いいよ」と言っている風に受け取れる反応をしてから、またマイクの前でピタリと止まった。

その後も綾斗と大月はやいのやいのとやった。
(この人やりやすいな…)
演技が終わると途端にぶっきらぼうだが、栖本さんは俺にとって楽に出来る相手だった。

『はいOKです。これもこのままいただきます。ドンドンいこう』

栖本さんが椅子に下がって青柳さんが立ち上がり、いつものマイクに立った。
「よろしく」
ちらっと俺を見て青柳さんが言う。
「宜しく、お願いします」
俺は二本も離れた場所にいる相手に返した。

次こそが大事な綾斗と神城の初対面のシーンだ。
俺は目を閉じて集中する。
(綾斗、頼むぞ)
透明な泉が揺れる。
まだ、何の色も入って来ないままだ。
だが綾斗は居るような気がしていた。
(お前の色が欲しいんだ)
また少し水面が揺れる。

『はい、じゃあ神城と綾斗、お願いします。モノローグも同時に言っていいから。気になる所は後で録ろう』
俺も青柳さんも無言のままだった。
(場面を丁寧に思い浮かべろ…)

綾斗のモノローグからだ。
俺は少しだけ声を低くして出した。

{僕は遅くまで一人で会社に残り、大月さんに目を通しておくように言われたデータを見ている。そのデータから神城拓馬がこの営業部のエースであることを知った}
秒数を数えてから台詞。
『ダントツか、今日大月さんに名前だけは聞いたけど、来ていなかったな』
また数秒。
『こんなに差がつくなんて』
{僕は何か好成績のヒントはないかと神城さんのデスクへ向かう}
『整頓はされてるな…大月さんとはえらい違いだ』
ト書きにある通り、綾斗がゴソゴソする間を十分に開けてから青柳さんが口を開くのが感じられた。
『何してる』
『え?』
『何か用か?』
{びっくりした…まだ人が残ってたなんて}
『もしかしてお前、新人か?』
『あ、もしかして神城…さん、ですか?』
『ああ』
{いかにもモテそうな男の人だな…。でも、軽い感じはしない。身なりもきっちりしてて清潔感がある。営業マンはこうでなくちゃ}
『物盗り?』
青柳さんは少し笑う。
『あ!!その!えっと…』
ここは綾斗が初めて社内の人間にキャラクターを乱されるところ。少し子供っぽく出してみる。
{マズイ!勝手に机漁ってるの見られた!}
『良いものあったか?ちょっとすまん、下、開ける』
『う…』
{椅子が、動かない!}
机の脚と椅子のキャスターがぶつかって動けない綾斗と神城は急接近する。

(空気を感じろ…)

{こっち、見てる…}
神城と綾斗の目が合うシーン。
『名前は?』
青柳さんは意識的に声を低くし、マイクにも少し顔を寄せているのだろう。

途端に俺の中で透明な泉が動いた。
(なんだ…?)

俺もマイクに口を寄せて今の場面に合うように声を小さくした。
『岸、です』
神城が綾斗を三秒じっくりと見る間。

(違う…)
俺は少し焦っていた。
(それは神城の…)
泉の端に、ネイビーが一滴落ちたのだ。

それから三秒、神城が抽斗を開けて閉める間。

(広がるな…。俺は綾斗だ。その色じゃない…)

『お前も早く帰れよ?』

もう一滴、ネイビーが落ちた。

青柳さんはマイクから顔の位置を離したようだ。
(あと少しで終わる、落ち着け)
俺も顔をマイクから離す。
『あ…神城さん?』
{咎めないのか…机を漁ってたこと}
『会社だからといってあまり夜に一人で残るな。いいな?』
『え?…はい。お疲れ様でした』
『お疲れ様』
神城が帰っていく五秒。
{自分だって遅かったくせに}


『はい。これもこれでいいかな?』
『いいんじゃないですか?』
青柳さんが言って俺も大西監督を見て頷く。
(何だったんだ…今のは)
自分の役以外の色を泉に感じたのは初めてだった。

『じゃ翌日も行こうか。じゃ三条君部長役よろしくね』
「はーい」
三条さんが部長役をする為、青柳さんの横に立ち、栖本さんもさっきと同じ場所に立つのかと思いきや、栖本さんは今度は俺の横に立った。
丁度マイクを一本開けて左右に二人ずつの形になる。

『あ、すみません、ちょっとだけ待ってもらえますか?』
俺は大西監督に手を上げた。すると栖本さんが力を抜いて一歩下がる。奥の二人も集中を解いたようだ。
『はい。いいよ』
『すみません…』
俺は録音室全体に向けて謝ってからマイクの前に立ったまま目を閉じる。
(おかしい…)
午後は良い流れできているのだ、もう自分のミスで収録を止めたりしたくない。
さっきの異変を正す必要があった。
目を閉じてじっとしていると透明な泉にはもう何の色も無くなっていた。
(よかった…)
しかし依然として綾斗の色も見えない。だが今は続けるしかなかった。
『すみません、もう大丈夫です』
俺は大西監督に合図を送る。
『本当に?いいんだよ高井君、したいようにして。あ、ちゃんと言っておこうか。今回の収録はナンデモアリだから、みんな』
全員が大西監督を見る。
『その為にスケジュールの話のんでもらったよね?』
大西監督は青柳さん、三条さん、栖本さんを順に見て言う。
『みんながしたいようにしよう。休憩も取りたいなら取ろう。他の仕事に顔出しておきたいなら行っていいし、今日を含めて5日間のうち一人トータル3時間までは事前に提出してもらったスケジュール以外にも自由にしてくれていい時間をあげます。ただし最終期限は必ず守る。以上』
大西監督はその後ミキサー室の四人にも「そういうことだから。あ、キャストの話ね。君らはダメだよ?」と言って笑った。

「ナンデモアリつっても限度はあるよな」
栖本さんは台本を黙読しつつ足を踊るようにフラフラさせながら、独り言のように言ったが、たぶん俺に「おかしな事すんなよ?」と念を押したのだ。

『じゃあ続きとりますか』
『お願いします』

その先は神城と赤羽のやり取りを間に挟みながらも、オフィスでの綾斗と神城の距離間がメインで進んだ。
綾斗は少し意地悪な兄のような神城に対して、成績は認めるが素直になれずに噛み付いたり、大月にそのストレスの八つ当たりをしたりして会社に慣れていく。
そしてオフィスではいつも綾斗を揶揄ってばかりいる神城が、自分の見えないところで大きな仕事を取って来たことにより、綾斗は完全に神城に憧れを抱くようになった。
そしてそれと同時に、神城に嫉妬するようにもなった。
そんな綾斗の歓迎会も済んだ入社から三カ月後の夜のシーンだ。

『おい岸、こんな時間まで何してる。もう九時だぞ、早くあがれ』
神城がまた夜遅くに帰社してきた。綾斗はそんな神城に素直になれない。
『神城さん、直帰しなかったんですね。別にいいじゃないですか。誰にも迷惑掛けてないんだから。全部シャットアウトされるのは十一時なんで』
『いいから帰れ』
『自分は時間外まで使って仕事してるクセに僕にはそれをさせないんですね』
『おい、どうした?』
『もうその子供扱いもやめて貰えます?僕だっていつまでも新人じゃいられない』
『なんだ、今日は特に機嫌が悪いな』
可愛い弟を揶揄うような言い方だ。
『そういうのも、もう。とにかく先にあがって下さい。お疲れ様でした』
『七時には帰る』
『はい?』
『そう約束したら今後は放っておいてやるよ』
青柳さんは真面目な声で言う。
『だからどうしてそんなに…』
『危ないからだ。会社の人間だって本性なんてどんなのか分からないだろ?』
『殺人鬼でもいるんですか?ここって』
『とにかく、残るなら大月にも付き合ってもらえ。一人になるな』
『自分だって一人でこんな時間にここにいるじゃないか。そうやって皆んなの何倍も仕事してる…そうでしょ?』
綾斗は神城のようになりたいのだ。
『俺とお前じゃ違うだろ?』
『どれだけ馬鹿にしてるんですか!違うから頑張ってるのに!僕は今伸びないといけないんです!』
『なあ岸、俺はそういうつもりで言ってるんじゃないぞ?』
『もう知らない!あなたなんかもう!』
逃げ出そうとした綾斗を神城が抱きしめる間。
そしてキスの音。
『え、耳?なにして…』
『こういう事だ。ほら、お前簡単だったろ?』
青柳さんは神城のプライベートの時に使った声を出す。
不覚にも俺は少しゾワっとした。
『そ、そんな人いないし!揶揄うのもいい加減にして下さい!』
綾斗は神城にとことん相手にされていないのだと思い、怒って出て行ってしまう。


『はい、お疲れ様でした。これでいきます。長かったね。今日はこれで終わりましょうか』
『お疲れ様でした』
皆んながそれぞれ言った。
時刻はもう六時を過ぎていた。
予定よりずっと遅くなったものの誰も休憩しようとは言わず、午前中に俺が無駄にした分の台本の進行は取り戻せた。

栖本さんはこの後別のスタジオに行くらしい。
「俺だけ一人で録るんだって。相手いないの苦手だし」
「アドリブ大好きっ子だもんな、哲平は」
と言う栖本さんと三条さんの会話で知った。

「高井」
栖本さんと三条さんが出て行こうとしている時に青柳さんが話しかけてきた。
「はい」
俺は近付いて来る青柳さんの存在を少しだけ意識してしまっていた。さっきのシーンの余韻があったのだ。
青柳さんの引き締まった肩から腕。そしてその手首で光った黒い腕時計は高価なブランド物だったが、嫌味のないシンプルなデザインで、この人が持つ「カッコイイ男」のイメージを崩さない。
涼しい目元は、世界中の大人の事情やらなんやらを何でも知って居そうで、俺はつい目を逸らした。
「お前キスシーンとかそのあたり出来るのか?明日から多いぞ?」
青柳さんは台本を見ながら言ってくる。
俺が今、神城拓馬のイメージ像に青柳晃介をそっくりそのまま当てはめてしまうのは素人だからだと分かっている。
それが多分青柳さんに対して失礼になる事もだ。
「ああ、まあ。たぶん大丈夫です」
俺は言葉は曖昧になったが目はもう一度合わせておいた。
「ならいいが。俺は何回も録り直しはしないからな、そんなシーン」
青柳さんはたぶんBLが嫌いだ。
「はい」
「練習しないんだな?」
「はい」
俺はもう疲れていた。それに明日になれば綾斗になれる気がしていたのだ。さっきも自分の口から勝手に台詞が出ていた。
(きっと大丈夫だ)
「分かった」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様」
三条さんと栖本さんもこのやり取りを聞いていたようで、三条さんが「悠二お疲れ様」と笑顔で言い、俺だけが残った。

俺はその場に胡座をかいて座り込んだ。
並んだマイクを眺める。
(体力いるなこの仕事…)
早く家に帰ってシャワーを浴びてベッドに沈みたい。だが体が疲れていてすぐには動きたくない。
(このままここで寝転びたい…)
そんな時、また三条さんが戻って来た。
「悠二、大丈夫?」
「はい」
俺は直ぐに立ち上がった。
「これ、このスタジオの鍵。皆んな持って帰るから悠二も」
「え…鍵?俺達が管理するんですか?」
「いや。こんなのは例外だよ当然」
「ですよね…」
「大西さんがオーナーに話つけて、期間中は完全に預けてもらったらしいよ」
三条さんは両手を腰に当ててブース内をぐるりと見渡す。
「ここさ、無くなるんだよ」
「なくなる?」
「凄く古くてな。もう老朽化が進んでて。ここを使う事って今は殆どないんだ。設備も最新のスタジオと比べれば一昔前だ。だから大西さんここで録る事にしたんだと思うんだ」
「貸し切りにしてもらいやすいと思ったから、ですかね?」
「うん、それもあるだろうけど。大西さんが声優になって一番最初に仕事した場所なんだって、ここ。前に別の仕事で一緒になったときに言ってたんだ」
「あ…」
「って言ってもあの人感傷に浸るタイプじゃないんだけどね」
三条さんはミキサー室を見る。その席に大西監督はもう居ない。
「ここ潰して大きなネットカフェが建つらしい」
「ネットカフェ…」
(完全になくなるのか、ここ)
「確かにもう古いけどシャワーもあるし、この階の奥と一階の奥に仮眠室があってベッドもあるから俺は結構気に入ってたんだけど」
今朝三条さんに初めて会った時、三条さんは仮眠を取っていたのかもしれない。
「あの、この鍵持たせてもらえるなら泊まってもいいってことですか?」
「え?まあいいとは思うけど夜は気持ち悪くないか?なんか、幽霊的なさ…」
「幽霊なんて信じるんですね三条さん」
意外だった。俺はそういうのは全く信じていない。
「ホラー映画とか一人じゃ見られない」
そんな三条さんを俺はつい笑った。
「霊とかそういうの、見たことなんてないんだけどさ。悠二は平気?」
「俺はそんなの居ても気づかないんで」
「そっか。へー、笑うんだ。悠二も」
「すみません」
「助言だけど、美人は真顔だと取っつきにくいんだ。俺もよく言われたし」
最近はあまり取っつかれたくないから無理に繕わないようになっていた俺。今は頷く振りをして流しておいた。
「やりにくいよな、顔で判断されるのって」
「そうですね」
「醜い大男の役三条さんに振りにくいんだけど、とか言われても、あ、勿論冗談だぞ?冗談だけど冗談でも嬉しくないっての、ね?それ俺が損してるじゃんってなるし」
「確かに」
何となく似た境遇なのかも知れない三条さんには少し共感できる。
「全力で取りにいったけどさ、その役。ファンの評判もよかったんだ」
「すごいですね」
「一応十数年やってるしね、この仕事。それでも悠二みたいな人とした事ないから今回楽しみだ。頑張ろうな」
「はい。ありがとうございます」
「うん。じゃあ帰るよ、戸締まりは玄関以外はしておくから。邪魔して悪かったね」
「お疲れ様でした」
「お疲れさまー」
俺は三条さんが帰ってからまた暫く座り込んでいたが、三山さんに今日の事を報告しなくてはいけない事を思い出し、力を振り絞ってスタジオを出ると、もらったばかりの古い鍵で施錠した。
不思議なもので、自分が鍵を持っているとその建物に愛着が湧くものだ。
「お疲れ様でした」
取り壊しが決定しているスタジオに、俺は小さく声を掛けてから帰った。



『どうだった?ヤバかったか?』
三山さんはコールしてすぐに電話に出た。なんとなくわざと爽やかに訊いてきている気がする。
「ヤバいっていうか、なんていうか…」
『スムーズに演技できた?』
これも何かコップの音をさせてさり気ない。
「三山さんに何か話いってないの?」
『え?俺に?誰から?』
「いや、別に」
大西監督から三山さんに何かクレームでも入っていないかと思ったが、そうではないようだ。
『…なんかやらかしたんか?』
「いや、言うほどそこまで。大丈夫でした」
多大な迷惑をかけたが。
『なになにYUJI、プロっぽく収録しちゃった?』
「もう、めんどくさいそのノリ」
『つめてーなコラ。疲れたか?』
「別に」
俺はベッドに横になった。
『今日配信すんの?』
「いや、今日はしない」
でも明日か明後日にはした方がいいだろう。
『明日何時から?』
「9時に始まるから8時半にはスタジオ入ります」
『早いよな。普通は10時だろ?迎え行こうか?小遣いとか要らない?まあ後で給料に入れるけど』
ふと綾斗の父を思い出してクスっとくる。
「いらない」
『そっか』
「でも、ありがとう」
『あ?うん。…しおらしいのダメよ俺』
三山さんは割と人情深い。
「なんで?」
『夜間は涙腺弱いから』
俺は大声で笑った。
『内緒な』
「うん」
『寝るのか?』
「風呂入ってから寝る」
『おう。お疲れ様』
「はい」
『頑張れよYUJI』
「わかってる」
『うん。じゃあおやすみ』
「おやすみなさい」
(さようなら)
俺は通話を切った。

明日は台本の一冊目が終わるだろう。
綾斗は、あの神城を好きになる。
恋をした綾斗が傷つくのを知っていて、俺はそれをやるのだ。
「頼む、綾斗」
俺は目を閉じる。
(必ず成功させないと)
林さん、大西監督、二岡さん、三条さん、栖本さんの顔が頭に浮かぶ。
そして青柳さん。
今日あの人達は俺をどう評価したんだろうか。
(明日はまた一人増える…)
俺はそれから一度台本を全て読み直し、そのまま寝てしまった。


朝、気分は最悪だった。今までにないくらいに。
シャワーを頭から浴びていてもどんよりと体が重い。
鏡で顔を見ても何も変化はないのに、笑顔を作ることも出来なかった。
(迎え、頼めばよかった…)

でも俺は、やるしかない。











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