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13ー2.
しおりを挟む◆三条 司
スウェットも、下着も膝下まで下げられた股の間。
ソファーに凭れさせた後頭部以外の身体の殆どを床に付けている海の前髪を搔き上げる。
「海…」
返事をする代わりに前への愛撫の角度を変えて、音を立てて吸う頬にぞくりとした。
海の右手中指には、あの黒いグローブ。
ローションと指で慣らした場所に添えられている。
海はもうずっと熱を溜め込んで、それに呑まれるか否かの瀬戸際で静かに悶えているようだ。
それでも、無償で俺に尽くすように見える額を撫でていると、どうやら自己韜晦とは上手くいっていないらしいのが伝わってくる。
海の心身の逸りが、愛撫の執拗さや前回を踏まえたものであろう的確さで断続的に俺を襲って来るからだ。
俺はと言えば、そんな熱波に当たり絶え絶え。
ただ、今を続けたいという思いだけで、惚けそうな思考を何とか近場に留めている。
「膝…片方上げて下さい」
腿裏をゆっくり這うように滑らせる手で促され、その通りにソファーに片膝を上げると直ぐ、予想以上の勢いでねっとりと喰いつかれて腰が震える。
「あぁ…」
「光留さん…」
俺を呼ぶ唇が先端を舐めて、今度は俺の方が反応で返事をする。それがまた海を刺激して更に熱い舌が絡んで来る。
時折長く伸ばした舌だけでいやらしく舐め回されるのに耐えられず、腰が引けたり弾んだりと、先端が何度も海の顔を撫でる。
「ん…あ…海…待て…」
「そんなに感じられたら…俺もう」
「んん…!」
喉の奥まで飲み込まれて強く扱かれると、甘い痺れで腰の力が抜けそうになった。
「い…」
「ああ…光留さん…」
グローブの指が少し入って来る。
前なのか後ろなのか、混乱する刺激に背を丸めた。
「……海!待…!」
「…嫌っす」
「ああっ!」
彼方此方へ捻るように唇で嬲られ、浅い場所から進んで来ない異物感にも腰が揺れる。
「たまんね…す…」
息吐いただけのような低い呟きに赤い髪を掻き混ぜながら、快感から逃れる為に身を横へ捻って後ろを見る。
するとそこに、自分の尻の向こうに、テーブルの下に半分隠れた海のブラックデニムの脚が見えた。
その膝がゆっくりとテーブルの脚に擦りつくように外へ出て、天井に向かって立てられる。
自分の首や、手首の脈が上がるのを感じる。
海は俺のものを喉でしゃぶりながら、左手の指を自分のパンツのファスナーに掛けていたのだ。
(海……)
身体は海の愛撫にどっぷりと浸ってしまっているのに、意識だけは海のそこに集中していく。
ファスナーが下りて海の指が次に下着を下ろすと、俺の脳は急激に酔った。
軽く触る程度に自身を宥めている海の手と、俺に夢中になっている喉や舌が一緒になって感じられ、途端に興奮してしまう。
「ああ…イ…」
やたらと「良い声」が出て、海は直ぐに俺の声に釣られてその左手で俺の尻を掴むように撫でた。
「あぁ、もう…」
股の間で熱い息が散って、海の愛撫はいよいよ俺を追い詰めて来る。
強要される快感に俺の腰が抜けたのを知った時には、海の優しさや可愛さは瞬間的に何処ぞへ消えた。
俺の片脚をがっしりと掴んで横へ倒すと、更に勢いを増した吸い付きと同時に黒い指を中へ滑らせた。
「海…!」
堪らず海の頬に手を伸ばして摩ったり、ピアスだらけの耳を掴んで握るだけだ。
海との行為が【いつも理想的でありたい】とする俺の性格をどうしてこうも変えてしまうのかは、
改めて考えなくても簡単な道理だ。
「光留さん…」
必死に求められて、他人のそれに初めて適おうとするからだ。
なら何故適おうとするのか、その理由や【意味】を自分で自分に問うならば、俺は先に認めなければならない事がある。
【執われる】と知っていても、それを認める事こそが、人として俺が守るべき数少ない正しいルールだ。
「海」
頭の中がクリアになった気分だ。
身体の昂りを受け入れて、自分の火照った頬をソファーの座面に擦りつけながら、呼ばれて向けられたその眩しい双眸に息を吐く。
(君が好きだ)
そして、幸福だ。
「認めるよ…負けだ。さあ全部飲ん…ああ…!」
言い終わる前に海の指が抜けてまた入ると、中が痺れ、甘く焦れるようだった快感が矢のように出口へ疾った。
海が一滴も溢すまいと吸い付いて来る間も、俺の手はずっと海の後頭部を撫でていた。
そして漸く呼吸を整える為に顔を上げた海の、その鼻を噛む。
「…光留さん」
俺を宥めていたその唇で直ぐに顎に喰いつかれても、何の抵抗も感じない。
だから俺も海の頬を舐める。
(そっか…君は……)
最初この部屋で、俺の目に海が常軌を逸したような若者に見えたのは、こんな事が理由だったのだ。
(そうだな、当たり前だな)
より気持ちを込めて頬を撫で、耳を吸う。
「…まだっすよ?光留さん」
海は感じ入るように頭を傾けながら目を閉じる。
「足りてないっす…」
「知ってるよ」
海の半身を横に引っ張り上げて首に吸い付いてやると、海の手がピクリと反応してその腕で強く抱き寄せられる。
「ずっとこんなだろう?」
チェーンが流れ込みそうな耳の穴に吹き掛けて、寛げたままの海のそこに爪先を入れる。海は反射的に一度俺の足を掴んだが、直ぐに甲を摩ると指の間を拡げるように弄って来る。
「気持ちいいっす…」
硬いものを指の間に挟まれて俺はそれを掴むように力を入れた。
海は息を詰めて俺の頬の下に頭を潜らせると、俺の足をそっと握って上下に動かした。
ふっと耳に掛かる熱い息に、俺は自分から足を動かして指の間で扱いてやった。
その硬さと熱さが表すものに、俺の中の何かが満たされている。
暫くは同時に耳や頬、顎に首と、互いに息が切れる程攻め合うが、足の裏で先端を押した瞬間に海は短く身震いして身体を起こした。
「もう無理っす…」
熱に揺れる目で訴えられ、髪を撫でる。
「ああ」
促される通りに尻を向けると、急いたものを擦り付けられてまた息が溢れる。
海は敏感に反応して膝立ちの背中を反らす。
「ヤバい…」
ローションを足して擦り付けながら、どんどんと熱さが増して行くのを感じ、俺もまた惚ける。
「光留さん…」
腰を揺らしながら黒い指を差し込む海。
「あ…それはもういい…」
「ダメっす…まだ慣らさないと」
何度もそれに焦ったくポイントを押し潰され、股の間は海の反り返ったものに擦られる。
「海…早く…もういいんだ」
振り返って言うと海は指を抜いて背中に覆い被さり、頬や頸を舐めてくるが、欲に勝てなくなって来ているのは明らかだった。
「嫌だったらちゃんと言って下さいね」
頷きで返して自分にもそれを一つ寄越すように手を出した。
「ソファーが、汚れるだろう?」
「ああ…そっか」
海は一瞬まともそうな表情をしたが、何かを想像して下唇を舐めた。
「俺が付けてあげます」
「今はまだ大丈夫だ」
「だから、俺が持っておきます」
海は調子を確認するかのように俺の前にそっと手を伸ばして耳を喰む。必要になるまでに大して時間は掛らなそうだ。
「分かったよ…任せる」
俺は言うが、
「はい」
海の視線はもう欲望の宛てに向いていた。その湿ったような睫毛の伏せ目を追って、俺も同じように海の厚い唇を見る。
海の手が前を摩る。
「ん…」
鼻から息が漏れると海の目はそれを見逃さない。
今度は俺の目を見ながら手を動かす。
ぼんやりと海の耳が赤くなると居た堪れない。
「悪趣味だぞ?」
口の端を上げてやると海は直ぐにそのぎりぎり外に唇を付ける。
「ん…!」
再び強くなった手の愛撫に腰を引くと海に当たる。
「見たいんです…光留さんのこと全部」
海の腰に押し返される。
「他の人が知ってるトコ全部俺も見たいって…」
先端が当てがわれて俺は息を吐く。
「あ……」
「他の人が知らないトコが欲しいって、思ってます…」
ゆっくりと押し拡げられるが、切ない声に耳をしゃぶられ痛みすら遠くの何処かだ。
「俺だけが知ってる光留さんが欲しいっす……」
海は途中で腰を引き、熱の溜まりのようになった場所を引っ掻き、また入って来る。
(俺がもしバカだったら、その言葉そのまんま全部君に返してるんだぞ?)
俺は、海より大人だ。
世の中が何を許して何を追い詰めるのかを知っている。
時間というものがどうやって新鮮に流れて来たのかもだ。
(それに、君の歳くらいの頃、俺が何人に飽きてきたと思う?)
それがこの世の【正常な】摂理である。
何度『この相手が理想的だ』と思ったことか。
そしてその度、その時々の自分の情熱や理想が、いかに目先のものに執われたものだったことか。
(君のその若さで、知れるものじゃない)
そう心で毒吐いて、後ろに手を伸ばして海を撫でようとすると、直ぐに手を握られる。
俺の肩を喰みながら甘える吐息を当てられていると、ふと、全ての根拠を覆し兼ねない【あの理想】が、この世の何処かに有るのかも知れないとさえ思う。
そのくらい、今の海は熱い。
「無理…させてないっすか?」
仮にそうだと言っても今の海にはこれが限界だろう。
「……君ならいいよ」
(ああ…今の言葉は……)
受け取った感情のままに激しく耳を責められ、それに相応しい手つきで赤い髪を毟る。
今は何をどう台詞にすれば、俺の【設定】が正しく結実するのかも分からなくなっている。
「海…!!」
更に奥へゆっくりと熱い塊が入って来るのに喘ぐも耳を逃して貰えず、直接耳の中に響く吐息の波と濡れた音が俺の身体の苦痛をも騙している。
じわじわと貫かれる羞恥に手の力が増し、海の頭を引き込むと仕返しにその耳をしゃぶった。
バランスを崩した海の片手がソファーの背もたれを掴んだが、悶えるようにしてそこから離れ、不自然な緩さで俺の髪を撫でる。
耳を押し付けるようにして堪える閉じられた目が、海が体感しているものを知らせてくる。
「光留さん……」
海は一度息を漏らし、中のものを知らずに動かした。
「あ…もうヤバい…かも」
そんな呟きに興奮した俺はその耳の穴に舌を入れたが、海はまた一つ熱い息を吐いて俺の背中に頬をつけるように逃れて行った。
恐る恐ると言える腰つきでゆっくりと引き抜いて、また入って来られた時には、
(ああ…今日は駄目だ……)
分かっていた事態に湿った声を吐いた。
「気持ちいい…す、光留さんの中」
「バ…」
「めっちゃ気持ちいい…」
「う……あぁ。海…」
貫かれる度に、俺は【司】から遠ざかる。
「ああっ!」
自慢の髪を乱して、口を開けて。
台詞程美しくもない声を出している。
「光留さん……」
「海…!」
「ああ…めっちゃエロい…」
「海…早く…前…」
海は俺の背に密着したまま前に両手を伸ばして俺にコンドームを着けると根元まで伸ばす手の動きそのままに焦れったい愛撫を続けた。
ゆるゆると突かれる羞恥とで混乱しながらも、
「すげぇ…綺麗っす」
そんな海の熱い溜息に満足している。
「どっちかに…しろ」
「嫌っす…だって中めちゃくちゃ…」
海が急に何も言わなくなり動きがより鈍くなると、俺の方もまた追い詰められた。
海の手を止めようとするも力が入らず、海が腰を突き出す遅いリズムに合わせるように放っていた。
気遣うように肩にキスを降らせてくるので海も漸く一段落つけたのだと知れた。
「大丈夫っすか?」
「ああ…」
海の頬を撫でて息を整えていると、海は熱っぽい目で見つめながら俺の指を咥えた。
赤い舌が見えて、
「ほら…」
俺は指を増やした。
海は少し笑ってきつい程に吸った。
切なそうに揺れる睫毛とその懸命な唇を見て、疼くのは心の方。
しんと静まる部屋で、海が俺から目を逸らした瞬間に再び赤が広がる。
戻って来た瞳に心が甘く痛んだ。
「海…」
「もっと呼んで下さい、俺の名前」
何かの未来を見据えるような目。
「光留さんの声で」
「海」
海の名前は、俺が好きなあの美しい言葉に似ている。
そしてそれよりもっと確かな音だ。
耳を澄ますように目を閉じて微笑む海。
「幸せっす」
白い歯が見えて、また赤が広がる。
(これは、俺の血だな……)
いつかそう遠くない日に散るものだ。
そう思うと自分を見つめる海の目がより身近に感じて、そのはっきりとした眉をなぞる。
「海…」
海はじっと俺を見る。
「海。俺の……」
「俺の…?なんすか?」
甘えるように耳を寄せて俺の身体を触る海はいつもより静かに笑う。
「俺の、ワンコ」
「ちょ!!」
今度は眩しい程の笑顔。
「え?今それっすか?」
「何だよ」
「王子のセリフ期待したっす」
不貞腐れた振りの笑顔。
「分かってて、イジワルっすね…光留さん」
(責めるフリの、エロい顔)
「ん?知らなかったのか?」
髪を混ぜる俺の手を避けて起き上がらせてくる海に、俺は抵抗せずに身を任せた。
膝立ちで海に凭れたまま、奥を探られてその肩に頭を乗せる。
「ああヤバ…ゴム…変えないと」
「あ……」
「光留さん…」
尻が密着したまま腰を揺らされて意識が遠退く。
「海…もっとだ…」
「中、溢れちゃうっすよ…?」
そう言いながらも首筋に吸い付いて前を触ってくる。
もう、繕うことが酷く面倒だ。
「ん…あ…当たる」
「これ…気持ちいいっすか?」
「ああ…気持ちいい」
途端に大きく揺さぶられてずれ落ちそうになるも、海の腕でホールドされ俺は両腕を後ろの海の首に回した。
「あっあっ…」
コンコンと叩かれると前へ響いて辛い。
「光留さんイかせたいっす…中で」
「駄…んん」
耳を丸ごと食べられて身体中が火照る。
「ダメっすか?」
甘えられて口元が緩む。
「…そんなエロいと俺マジに終わんないって…」
嗚呼、と、海の心底からの低い声が性感帯を擽ぐる。
(駄目だ…もう、そろそろ)
何処かしらいつもと違う場所が疼いて悶える。
「海…」
「俺…ちょ…ヤバいっす…」
海の波が大きくなると俺の両腕は持ち上げられ、少し離れるようになった二人の間でペチリペチリと小さな音が響くようになった。
「あ、ああ…駄目だ、早く!海、早くイけ…!」
「光留さん…!」
未知なる快楽の際で何とか堪えた俺はソファーに倒れ、慌てて海を呼び、覆い被さる海を抱いた。
「……ずるいっすよ、光留さん」
海は限界のそれを新しいものと取り替えながらも、身をずらして俺の前に舌を這わせる。
「あ!んっ…待て…休憩だ」
「休憩?」
「君のだってまだ……」
俺と海は同時に海のものを見る。
「あ」
「バッキバキっすけど?」
「ふふふ…」
(どうなってんだよソレ!!)
「なんか、光留さん相手だとめっちゃヤバいみたいっす俺…」
甘え半分焦り半分でゆっくり俺の上に登ってくる海は、同時に自分の膝で俺の膝裏を持ち上げる。
「海…?ま…」
「待てないっす……」
海は「気持ち良くて」と囁きながら先端を入れてくる。
「あっ…」
「こうしたかったっす、ずっと……」
所謂、正常位で。
海はゆっくりと腰を埋めてくる。
「!?」
ビクリと反応した自分の身体を疑った瞬間には、海はもう焦ったく腰を使っていた。
「ああっ…駄目だ…ああっ…」
「光留さんの顔見ながら、したかったっす…」
そんな言葉を受け流す余裕も無く、ただひたすらに赤い髪を混ぜる。
「ん…ああ…」
「やっぱめっちゃエロい…止まんないっす」
興奮しつつもまた何処か切なそうな目に色々と追いつかない。
「い…ああ…ちょと待て…駄目だ…」
「嫌っすか…?」
「違…ああっ」
違うと言えずに腕を放り出す。
「光留さん…?」
察知した海は腰を使いながらも首に吸い付いたり耳を攻めたりと息を乱す。
「ああ…もうっ…あ…ああ…海」
ズルズルと中を動かれてそれがとんでもない感覚を連れて来る。
息も出来ず、身を反らして目を閉じる。
「光留さん?」
「くっ…そ…!」
頭の中が真っ白に惚けて、俺はこの身の快楽に堕ちた。
「光留さん…?もしかしてイっ…?」
そんな声を聞きながら頭を左右に揺らして渦巻く何かに堪えるのみだ。
しかし、
「あああっ!」
海の動きに呼び覚まされて、今度は前に起きる強い快感に身を震わせる。
「海!!はなっ…!」
前を扱く手を制しようとするも頭だけを下げて悦に呑み込まれている海を見ると、結局興奮してその手を握ってしまう。
「光留さん…!俺も…!」
妙に鮮明になった視界で海の弾む腰を見た。
出入りする海のものが見えそうなその二人の手の中で、俺のものから白濁が流れる。ゆっくり突かれる度に、それに合わせて。
(ああ、もう何ひとつ……)
俺は海を、拒めていない。
ぐっと抱き込んで来る海の背を、力のあるだけ掻き抱いた。
◆竹山 海
弾むようで間延びしたような三条さんの息を聴く。
俺が何をしても力むようで時々脱力したようなその身体から、汗でふと薄い香水の香りが戻ってくると俺の嫉妬心が踏んづけられた。
「光留さん…」
何度呼んでも呼び足りない名前。
届いているのかどうかが分からず、二の足を踏む心を追い抜かしてただただせり上がってくるのは情欲だった。
これを見せたい訳じゃない。
ただ、この人に触れる為の真っ当な理由が今はこれしか無い。
今夜また初めて知るその顔に、声に。苦しいとか、切ないとか。
幸せだとか。
そうこの首が締まる分だけ、
俺の身体は三条さんの隙間に合っていく。
「海……」
呼ばれるだけ足りなくて、三条さんの全部に触れたくて仕方がない。
平らな胸が反り返って、それだけで次から次へと湧き上がる。
一方通行の想い。
だけど、時々。
「…海」
繋がっている気がする。
「光留さん…?」
何か言われているような気がする。
目が合って、必死に耳を傾けて匂いを嗅いで。
(そんなはずないか)
三条さんは元々甘い目尻をしていて、この薄い唇は時に不特定多数に真っ赤な愛の台詞を綴るから、俺が良いように解釈しているだけかも知れない。
(それでも)
いつもは冷たい程に自信に満ち溢れている眉が寄って、
「海…また…きそうだ」
快楽に鈍く光る目を色っぽく細められると、頼られているみたいで堪らなくなる。
必死に抱き込んで腰を揺らして、自分の達成感でさえ後回しに出来る。
「光留さん…何回でも俺でイって下さい」
「ああ…っ!」
「もっと…奥、触りたいっす。光留さんの奥……」
いつもはさらりと乾いている首の肌が今はじっとりと汗ばんでいるだけで気がふれそうだ。
こんな風に激しい感情をセックスに持ち込んだ事はなかった。
初めてこの部屋に来た日から今日まで、三条さんで知ったこれは、この身体がじわじわと燃えるように焦れて、熟れて、果てが無い。
意識の危うい表情をウエーブの髪が隠してしまえば、直ぐにそれを興奮で震えそうな手の平で追いやって薄い唇が開くのを見つめる。
(キスしたい…)
そう思って、自分の唇を舐める。
ポイントを逃すように持ち上がる三条さんの腰を腹で押さえたくても、男同士の身体の構造からか、押さえられるのは胸板だけだ。
するとその空間がまた新たな快楽を生む事になった。
無意識なのだろう三条さんの腰の動きが俺をきつく絞って、上半身を押さえる事に精一杯で腰の動きを追えないピストンが三条さんの中に捻じ込まれて刺激が増してしまうのだ。
「…光留さん…!」
目の前で漏れる甘い息に焦ってしまわないようにと歯をくいしばる。
「も……駄目だ…ん…」
息だけで訴える三条さんが頭を上げ、一層眉を寄せながらも気怠い目を二人の間に向けると、俺は見やすいように腹を持ち上げた。
「めっちゃ…入ってるっしょ?」
「ん…んっ!」
三条さんはきつく目を閉じる。その柔らかい髪の後頭部に手を回して支えながら耳を喰む。
「光留さんの中に…俺の、全部…」
「あ…っ!」
白い首筋が一気に赤くなって、三条さんは喉を逸らした。
(ああ…ヤバい)
その唇が開いて、
「いっ…!」
大きく動いた喉仏に、俺の汗が落ちた。
(ヤバい…)
三条さんの上半身から力が抜けて、俺の理性が試される瞬間が来た。
顔を見る事が出来ずに、赤いセーターを捲り上げて上下する胸に額を付ける。
(光留さんがイってるとき気持ちいい…)
身体の話だけでは無く、感じるものを【二人で共有する時間】が俺の目的地のようで、達してしまうと途切れる為、この通過点や過程を求めてまた熱くなって何度も何度も触れたくなる。
擦り付けたい衝動を必死に堪えてリズムを守る。
「俺も…いいっすか…?」
熱い手に髪を握られて、触れられている愛しさが胸を締め付ける。
「ソファー、ヤバかったっすね」
三条さんの身体を拭いた後にとりあえず、俺は寝そべる三条さんの横に腰掛けて崩壊寸前だった環境を整えている。
三条さんはさっきから何も言わずに天井を見つめ続けていた。
「あ、光留さん。毛布か何か取って来ましょうか?」
ちらりと見ると、三条さんは一度俺を見てそっと目を逸らし、前髪のヘアゴムを指先でずらして取った。
「平気だ。まだ暑いよ」
大雑把に摩られたその前髪がふんわりと目元に被さるのを見て、やっぱり綺麗だと思う。
髪が隠しきれないその細い鼻梁が表す気難しさと美しさ。
この人の横顔にはそれらが甘さと混在して見えるから、その一つ一つを数える為に見つめる時間が長くなるのだ。
「……っすね」
俺はまた起こりそうな気分に、中途半端に笑ってテーブルの上を見る。
「水、要ります?」
まだ落ち着かない俺を知ったら、三条さんは呆れるだろうか。
「いや、シェリーをくれ。常温でいい」
少し疲れたような静かな声が俺を揺さぶる。
「はい」
小さなグラスにシェリー酒を注ぐと、どうぞと差し出す前に無意識にもう一度三条さんを見た。
すると、目が合う。
「……え?」
胸が大きな音を立てて、それを隠す為に聞き返し、
「……ん?」
聞き返される。
「あ、いや。ははっ…何か他にもリクエストあんのかなって、思ったっす」
三条さんのテンションを掴みきれずに、シェリー酒を入れたグラスを持ったままテーブルを見て会話を探した。
そんな暫くの間、ずっと横顔に視線を感じる。
またすっと見ると、目が合う。
(あれ…何か……)
女に見つめられる感覚と明らかに違うのが不思議だった。
その違いに少し気後れしそうになるのに、男だからわかるその目の色。
鼓動がまた、大きくなる。
「てか…はは。めっちゃ何か…」
シェリーの水面に逃げて気持ちを落ち着かせようとするが、やはりどうにも治らない。
三条さんが舐めた自分の頬や首から甘い匂いがする気がして、治らない。
気後れするのは、三条さんのその目に男の差も感じそうになるからだ。
情事の後の視線一つで、年齢や経験の差でも見せられるようで、そわそわする。
(いつもそんな風にしてるのか…)
例えば、セックスの後は物静かになる、とか。
例えば、いつも相手にシェリーを頼む、とか。
(俺は、どうすればいいんだろう……)
俺にはまだ、残り火が。
三条さんの方から「シェリーはまだか?」と言ってくれないかと待つも、聞こえて来たのは違う言葉だった。
「じゃあ、リクエストだ」
「何すか?」
俺は直ぐに三条さんを振り返る。
「照明を消してくれ」
「………」
「そこのリモコンだ」
伸びた指先を追ってテーブルの端のリモコンを見る。
「…了解っす」
暗くなる。
そう思うだけで葛藤する。
「海?」
「あ…はい」
俺は直ぐにリモコンを取って照明を消した。
途端にグラスは暗く透けて艶が増す。
(また、触りたい…)
鼻に三条さんの香りが届く。
さっきまでよりも、奥行きを持たせて。
姿が見たいと思う。
暗くなったこの部屋で。
背後で三条さんが静かに起き上がるのを感じると、俺はつい我慢出来ずに振り返り、慌ててその手を握った。
少し驚いた三条さんの目。
「どこ…行くんすか?」
じっと見つめ合って、吸い寄せられるままに首筋を吸う。
「シェリーが、まだだろう?」
また一度吸っただけで俺はもう熱をぶり返している。
「飲むだけっすか?」
「そうだよ……」
三条さんの手が俺の頸を撫でた。
それがトリガーになって俺はまた寝かし付けようと覆い被さるも、
「待て、海」
耳を甘噛みされて無茶を押し通しそうになっていた俺はギリギリで三条さんを放すと、さっさとグラスを渡して背凭れに肘を預けた。
そしてそこから暗がりでグラスに唇が付くのを見つめる。
「まだっすか…?」
手を伸ばして腕を引き寄せようとすると、三条さんはあっさりと俺の方へ向き直った。
「飲みなよ、君も」
また、ドキリと胸が鳴る。
甘い目尻に顔を寄せるとグラスを持ち上げられる。
「ほら」
囁かれて両手を三条さんの腰に回しながらグラスに口を付ける。
傾けられて同じグラスで一口飲んだシェリー酒は、ワインよりも多少飲みやすい味だった。
「美味しいか?」
「はい」
「じゃあ、もっとだ」
グラスを渡されて三条さんの目を見ながら一気に空にした。
喉の上から順に酒が下って行くのを感じる。
今度は自分で注いでいるのを待っていると、三条さんはまた俺の口元にグラスを持って来た。
「ほら」
「……酔いますよ?俺」
「海」
呼ばれて口を付けるとまた傾けられる。
「イイコだ」
耳元にキスをされて一気に酔う。
「次は光留さんっす」
俺がグラスを取って三条さんの唇に当てると三条さんは俺の手ごと持って目を閉じ、残りを一気に飲んだ。
一筋溢れたものを直ぐに舐める俺の頭を自分の首筋に押さえ込んだ三条さんは、俺のパーカーの裾を持ち上げる。
俺はそれに従って腕と首を抜いた。
続いてタンクトップも同じく三条さんが引っ張り上げて、急いで脱いだ。
「光留さんもっす…」
赤いセーターを脱がせて直ぐに身を寄せるが、
「これもだ」
三条さんは俺の下も脱ぐように言った。
何も身につけずにソファーの上、さっきと同じ体勢を作ろうとした俺は三条さんに両肩を押されて後ろへ倒れた。
「光留さん?」
三条さんはふわっと髪を搔き上げる。
それはあまり見せない仕種だった。
続いて俺を縛り付けたのは、その目だ。
美しい【男】の目。
俺がさっきからずっと萎縮してしまいそうだったのは、三条さんからのアプローチを感じ取っていたからだったのだろう。
「君は俺を抱いてるつもりかもしれないけど、俺が、君を抱いてるんだ」
三条さんはそう言いながら既に反応しつつある俺の上に腰を下ろした。
「ちょ…」
三条さんはゆっくりと腰を揺らす。
俺は堪らずその腰に両手を添える。
「ヤベ…って」
「しーだ、じっとしてろ」
暗がりにいる色男がまるで悪戯小僧みたいに指を立てて「言う事を聞け」と甘い息で囁いてくる。
(光留さん…)
これがきっと【三条 光留】だ。
きっと俺が思っていたよりももっと若くて、本当はもっと我が儘で、全部自分一人で何でもカタをつけたい男だ。
俺はまた、惹かれる。
色っぽく開かれた、口角の上がらない唇に【真剣な遊び】を見せつけられて、この首にもう後どのくらいの猶予があるのかも分からないくらいに恋い焦がれている。
(今まで何人がこれを見たんだろう…)
身体を起こして揺れる三条さんの小さな臍に指を引っ掛けた俺は、そのままその指で先端までなぞった。
「…動くな…」
「無理っすよ……妬けて、死にそうっす」
三条さんの腰が止まって、顎を上げたまま見下ろしてくる顔に鼓動が速まり、俺は腰を持ち上げる。
「あ、海…こら」
「じゃあ早く入れて下さい。光留さんの中に」
早くと言いながら起き上がり手早くコンドームをつける間も、何かしていたくて三条さんの首筋を舐める。
自分がこんなにも「ヤりたがる男」だとは本当に思っていなかった。
「光留さん…」
「我慢しろよ?」
優しい囁きの後、俺をまた押し倒した三条さんは指先で俺のものを起こして腰を上げる。
身体中の血がぐるぐると巡って三条さんを貫く場所へと集中していく。
「光留さん」
「ん……」
鼻から漏れた濃い声に、呑み込まれながら反応する。
「もっと入れて下さい光留さんの奥まで」
「ああ…」
絞られる感覚から意識を逃す為に三条さんの前を扱く。
「ああっ…んっ」
「丸見えっすよ…?光留さんの身体、全部…」
根元まで納めた時に一度頭を後ろに反らせた三条さんは、大きな呼吸で胸を上下させた。
(エロすぎる…)
「もう動いていいっすか…?」
指先が帯電するかのようにビリビリする。
「…駄目だ」
「まだダメなんすか…?」
腰を前後にゆっくり振り始めた三条さんは眉を寄せてこの上なく色っぽい。
(ヤバい……)
もっと淫らな姿が見たくて、指の使い方も勝手に三条さんを嬲るようになる。
「ぁあ…海…我慢、しろ」
「出来ないっすよ、もう…めっちゃ突きたいっす…狭いここ、擦りたいっす…」
「…まだだ…」
徐々に気持ち良さげに、一人揺れる三条さんに酷くゆっくりと追い詰められていく。
「…焦らしてると、後で知らないっすよ…?」
俺が言うと、生意気だとでも言うようにふっと笑った三条さんは急に腰を速めた。
「んんっ!」
「ああっヤバ…いっ…て」
締め付けられたまま根元の方だけが出たり入ったりして、焦れったいのにどうにかなりそうで腰を掴む。
「イ…!海!」
「早く…!光留さん!」
「ああ…!」
(やべぇ!!)
自分の限界にすぐさま三条さんの前を扱いて促がすと、手の平に暖かいものがかかった。
「俺も…!」
「あ!まだ…途中だ…!」
「もう無理っす、いいっすか?」
ついつい突き上げて、三条さんは後ろへ仰け反り、俺の太腿に手を着いた。
「あっ…!」
後ろ重心で膝を開いてしゃがむような三条さんの脚の付け根を押さえ、小刻みに腰を振る。
「あっあっ…!」
振動のまま声を漏らす上を向いた喉に腰が止まらない。
「ああ…めちゃくちゃエロい…たまんねぇって…」
「んっん……ああ、駄…止まれ」
ソファーが軋んで、クッションが転がり落ちた。
「海…!海!」
手を伸ばされ、急いで身体を起こすと抱き締めたまま体位を逆転させ首を噛む。
「何でこんなに気持ちいいんすか…?光留さんって」
息が上がっても快楽に勝てずに抱え込まれるまま額を押し付ける。
「バ…カ…」
「ここ…ほら引っかかってすげぇ気持ちい…」
色っぽい目を見つめながら一度ゆっくりと中を擦り回して、また直ぐに我慢出来ず射精願望へと、中の引っ掛かりを捏ねるように突っ走る。
「ああっ!」
「光留さんとしてると…セックス依存症になりそっす」
頭の芯が熱くなる。
香りに、声に、窮屈さに。
「光留さん以外じゃ…勃たなくなるって…」
そんな言葉の後なのに、力強く髪を掻き混ぜられる心地良さに耳をしゃぶる。
「光留さんの手好きっす…」
「あ…!か…イきそうだ…」
「イ、きそ…?」
自分の限界とシンクロして興奮する。
「あっああ…っ!」
きつく眉を寄せて目を閉じる三条さんに、心臓が破裂しそうな程に暴れている。
「イって光留さん…俺ももう、すぐ…」
三条さんの表情からふっと力が抜けるとそれにつられるように俺は放っていた。
強烈な快感は、気が狂いそうな程に長く後を引いた。
その後は暫く寝て起きた三条さんを抱えてシャワーを浴びた。
エリーのシャワーの為に買ったが、美容院以外では震えて水を嫌がるエリーの為に、もう二度と彼女の目に付かないようにと脱衣場の高い棚に隠したまま、自分もすっかり忘れていたと言うヨガマットを床に敷いて、三条さんを座らせて後ろから抱くように身体を洗った。
その途中、
「介護も君に任せるよ」
と、疲れ切った三条さんは口角を上げて言ったが、その認識は、可愛いと笑う俺と大きなずれがあった。
俺にとっては眩しい王子を誰にも邪魔されずに大事に手入れ出来る嬉しい時間だが、この【ずれ】は、多分、ずっと最初からあった。
三条さんは時折、俺と自分の年の差を平然と表にする。
それはただ俺を遠ざけようとして言っているのだと感じていたが、どうやら違うのかも知れない。
「光留さん、年上と付き合ったことないんすか?」
眠そうな目が開いて俺を見ると、ついその目尻に唇を付ける。
「さあな」
「それも秘密っすか?」
細い顎を噛む。
「俺は誰とも付き合わないんだ。本気ではな」
それは俺にとって、幸か、不幸か。
「将来も、ずっと一人で?」
「ああ、それが合ってるんだ。君とは違う価値観の人間もいるって、知った方がいい」
そんな事は分かっているが、もしかすると、三条さんは今までに他者に色々と踏み込まれてウザったい思いをしてきた人なのかも知れないと思うと、今は黙っていようと思った。
黙り込むと否定しているみたいになる為、適当な相槌を探した。
「朝食食べる人と食べない人っすか?」
三条さんは頷きはしないが俺の鼻を振り返って指で突っついた。
俺は思う。
俺を含め、三条さんに色々と踏み込んだ人達は皆、三条さんの事を知りたかった人なのだろうと。
(大きなお世話って、これなんだな)
人の興味を引くタイプの俺の身近な例なら、勿論YUJIだ。
YUJIは他人にあれこれと構われてストレスを感じると完全に口を閉ざす時がある。
周りが騒つく程に目の色が変わる。
(でも光留さんは…)
三条さんは笑顔で上手く合わせて話を変える。
また優雅な煙に巻かれたと相手も笑って済んでいる。しかも「これ以上は踏み込むべきじゃない」と相手側が察するように実はしっかりとマウントを取ってのける。
どちらの道が険しいかは俺には分からないが、ただやっぱり思うのは、
「俺には、何でも言って下さい。嫌な事とかちゃんと」
肩にキスをしてから、そっと目を合わされて知る。
自分にだけは向かい合ってくれという、エゴ満載の発言だったと。
「あー…っと…。すみません」
確かに三条さんと俺は、全く違うタイプの人間だろう。
反省しようとシャワーヘッドを持ち直し、一言詫びようとするも、
「今のめっちゃ厚かましかっ…」
途中で鼻を摘まれる。
三条さんの目は甘いまま、俺を見つめていた。
「そろそろ、俺がのぼせるぞ?海」
何処か機嫌が良さそうで、
(ああ……めっちゃ可愛い)
俺は呆気なくホッとしてしまった。
「あとちょっとっす」
首筋に鼻を押し当てて、最後に泡が残る三条さんの足の指の間にシャワーを当てていると、
「すごく、動いてる」
俺は突然言う三条さんの視線を追って、天井を見る。
「…え?何がっすか?」
「違う、君の尻尾だよ」
的はずれの自分の視線に笑った。
たった今、俺も煙に巻かれたのかも知れない。だけど例外なく、俺も傷付く事なく浮かれている。
「ねえ、すごいっしょ?」
「ん?」
「俺の」
シャワーを止めて湯が伝う耳を吸う。
三条さんは何故か少しニヤけるようにして顔を背けた。
「あーーーーーーーー」
ベッドに寝転ぶなり唸る三条さん。
「ははは!どうしたんすか?」
「何でもないよ」
「ええ!?」
俺は横向きになって頭まで布団に潜る三条さんの様子を見ながら、ベッドの横にあったスツールを引いて座った。
暫く見ていると三条さんが布団から顔を出した。
「君もベッドで寝なよ」
「あざっす。けど俺はもう少し起きてます」
「ん?」
「光留さん見てよっかなって」
俺がベッドに肘をつくと、三条さんは布団をもう少し大きく捲って目を閉じる。
「あれ?いいんすか?見せて」
三条さんはそのままふっと笑う。
「うるさいよ」
「ははは!」
照明を落として、
スマホも、何も要らない時間。
ゆったりとした呼吸が聞こえる。
暫くずっと見つめていると、三条さんは静かな声で言った。
「あまり急ぐなよ?」
「……え?」
「急いで賢くなるなよって」
「可愛くないっすか?賢い犬は」
眠そうな様子に小声で返すと三条さんはまたふっと息で笑う。
「君は可愛いよ、でも…」
俺は静かな唇を見つめる。
「君が俺との時間差を超えてしまったら、俺の事がつまらなくなるだろう?」
そう聞いて、急に胸が詰まるのは何故だろうか。
「ならないっすよ…」
「俺はまだ君の理想でいたい」
何も言えずに見つめ続ける。
今すぐに言ってしまいたい言葉が口に出せない為、三条さんが眠るのを待つ。
「光留さん」
少し眉が持ち上がるが、ゆっくりと元に戻っていく。
「早く、眠って下さい」
今度は目が細く開いたが、
「光留さんが眠った後に、聞いて欲しいことがあります」
矛盾に少し笑って見えた口角は、暫くすると長い睫毛と共に夢へと落ちていった。
「光留さん」
もう、反応は無い。
僅かな緊張と、期待と何か。
「光留さんが好きです」
きっともう明け方の、窓の無い部屋の中。
聞き手の居ない言葉は俺の想いの何一つも伝えなかった。
しかしその虚しさが、
(いつか、どんな形でも)
必ずその目に伝えるのだと俺に決心させた。
「もっと、色んな事を」
もっと、一緒に。
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