レッド ルーム

輪念 希

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12.

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◆竹山 海

フロアーの端の三条さんの部屋の前。
玄関のドアの横、預かった鍵を両手の指で裏表と延々とひっくり返している俺は、【Reset】を聴いていた。

物語はYUJIが言ったあの山場に入った。
確かに三条司の声はでしゃばるでも無く、単なる『台詞』でも無く、物語の世界の人の声だ。
良い台詞に、もし何か妙な癖でも混じれば、きっと一瞬は『キメ台詞』として耳を取られてしまうだろう。
どっぷり浸って「良い作品だった」と言われるからには、全員が上手いのだ。
青柳晃介、三条司、栖本哲平、二岡保、橋下風也、それに林典隆。
そして、本物の中に入っても輝くYUJIだ。
たぶん贔屓じゃなく、これはYUJIだったから出来た作品だ。この雰囲気は、きっと他の誰かじゃ作れなかったものだろう。

(光留さんがYUJIの事を好きになったきっかけだもんな、この作品)

今思えば、ドルチの代役をしたあの日の、西原さんとの掛け合いで俺が感じたあの空気は、もしかすると、YUJIが【Reset】の収録現場で見てきたものと似たものなのではないだろうか。

(すげーゾクっとしたよな…)

まるで自分がドルチ・キーパーそのもので、相手がシグナルポーチそのものであるみたいに。

(あれって絶対、あの場のあの瞬間にしか無い空気だよな)

あれはやはり、貴重な時間だったのだろう。

「俺も、ドルチやりてーな……」

YUJIの部屋から帰る時からずっと、三条さんに稽古をつけて貰っていた時の野心が、今は実感として俺の中にあった。
名前のある役が欲しい、と。
そして願わくば、三条さんの横に仕事で並びたいと思っている。
(こんな不純過ぎる動機とか、ぜってー良くないな)
音声を巻き戻して、もう一度あのシーンの三条さんの声を聴く。

『拓馬は君を愛してるんだ』

YUJIが言ったように、綺麗な音だ。

「愛、か…」

きっとあの人の口から出るその言葉を、俺自身が聞いて受け止める事は生涯無いだろう。
十五年も遅れて生まれて、同じ性別で、美容師でも無く、声優でも無い。
純粋なファンとも名乗れず、ただのセフレに自分から望んでなった甲斐性無しだ。
「なにやってんだか…」
今こうやって、鍵を持っているのにも関わらず、自分から堂々と部屋に入って待つ事が憚られる立場だ。
この年齢で、不特定多数の中の犬をやっている場合では無い。

(それでも……)

いつかは現実が迫って来る。

気付いた時には取り返しがつかない事もきっとある。
何をしていようとも、時間はずっと過ぎて行くのだから。

(それでも)

『一度選んだものがまた別の何かに紛れたなら、その価値が下がってしまうのも常だよ』

SINのあの言葉に何も返せずにいたのは、そうだと思う反面、そうであってたまるかという思いがあったからだ。
そして、そうじゃないと言い切れるだけの自信が、俺には無いからだ。
今の俺には、何の肩書きも無い。
三条さんとの十五年の時差を詰める技量や経験が無い。

例えば、青柳晃介のようには、あの人の横に居て釣り合うものが無い。

(あと何年生きたら…)
何を経験すれば。

そしてそうなったとして、それだけの時間が過ぎた頃に、三条さんと俺が今と同じ環境である可能性はどのくらいあるのか。
(俺のこと、まだ見てくれてるかな…)
現状を繋ぎとめておける事など、出来るのだろうか。

今が何時なのかを見ようと出したスマホに、会員制の声優マニアの掲示板に更新があったと通知が入っていた。
三条さんの名前がちらりと見えた。
(まさか、エンビリアンの声優バレてないだろな)

『速報!三条司のBL公式発表!!相手役は新星、水野遼(21)。発売日は来年の三月下旬予定。水野遼は小野江マリナ原作のドラマCD【青空のアンカー】で主人公ミナトの親友トモキ役として…』

「水野、遼…」

急な胸の詰まりから防災用の高い窓を見上げても、目に焼き付いていたのは、その年齢だった。

「俺よりもまだ、二年も後に生まれてんのか…」

高校生だった頃のバスケット部で思い返せば、俺が三年生のインターハイの特訓中にセットプレイの敵駒をしていた一年生だ。
たった二年の違いでも、その役目に求められる重さや、身体や精神の成長の差は大きかったと理解出来る。
(だけど、社会人になった今は…?)
今となっては、土台が固かろうが柔らかかろうが、何に時間を使ったかで明確に枝分かれするXとYの答えの先だ。
水野遼は、ついこの間とも言えるMAKIと共演した【青空のアンカー】をもってデビューとし、今はもう三条司と共演している。

(つまり…)

つまりは、人の差は、生まれた日付けの問題などでは無かったという事だ。

(それが、才能ってことか?)

「羨ましい…」

俺が誰かに、本気でこの言葉をつかったのは初めてだろう。
俺が羨んでいるのは、水野遼か、
もしくは、YUJIなのか。

YUJIやMAKI、そして三山さんの顔を思い出す。

「周りが才能ばっかのカリスマだらけじゃ、地味な凡人には居場所ねーっての…」

コンクリートに座っていた尻が冷えてきて、しゃがみ直す。

「才能か」

俺が持っていて、物理的に他人に証明が出来る能力は、たった一つだけある。
右手の親指と中指を寄せて中指を動かす。
「鋏…」
唯一、美容師という肩書きだけはある。
美容専門学校時代には、総合的にセンスがあると色んな人から言って貰えた能力だ。
「でも」
それすら今となっては、当時一緒に励んだ生徒達からは遅れているだろう。
美容業界の流れは速い。
「根本的な技術は誇れても、もし常に最新を目指すなら、ブランクがある分、今すぐに動いたってなかなかキツイだろうな…」
一度でも離れれば、第一線の器具や薬品にも疎くなる。勉強会に参加するのにも蚊帳の外からでは難しい。
現役であるという事は、それを続ける事の難しさに報いるだけの貴重な時間なのだろう。
だが俺は、幸い両親が店を持っている。最新の店では無いにしろ、暫くの間だけでも両親の店に甘えて立たせて貰えれば、今からなら独立や人生の開花にまだ間に合うのかも知れない。

『どっちかが継いでくれても良いけど、別に閉めてもいいしね』
と、母と父がのんびり言っている両親の店は、出来れば姉が将来困った時の為に全て譲ってやりたいと前々から考えている。

だからこそ、俺は早く決断するべきなのだろう。

(美容師をするなら、NACでの活動は当然減るだろうな…)

きっと三山さんは、それでも俺の席を置いていてくれるだろう。

何でも笑い飛ばして、運良くスランプを回避して来られたような俺の人生だが、
それだけに今、どの道も詰みかけている気がする。

(のんびりしてっからだ…)

俺は俺だ。そんな行き当たりばったりの気楽な自信の持ち方で、ここまで真っ当に歩いて来たつもりだが、もしかするとそんなものは人生において何処にも通用しない子供騙しだったのではないかと思えてくる。
急に今まで思っても見なかった他人との差を感じ、自分に対する不安や焦りがぞわぞわと広がり始める。

だが、一人でこうやってグズグズ悩んでいる時間こそが、何より役に立たない勿体ない時間だという事も俺は知っている。
スランプに陥った人を、俺は部活でも専門学校でもmimikoneでも、何度も側で見てきた。
側から見れば「何でそんな事で?」と思うような、本当に小さな石に躓いて。
側から見た誰かが「そこにあるじゃん」と言っても、当人は目の前の手すりにも気付けない。
それを横に立って見てきて、俺は気付いた事がある。
肝心な試合で自分のシュートが入らないと戯ける友達の横に居て、
パーマのロッドが上手く巻けない、人より時間が掛かると苦しむ友達の横に居て、
いつまでやっててもハイランカーになれるはずが無いとmimikoneを去った仲間を見送って、

「誰だって意欲のコントロールさえ出来れば、いつからでも、自分が自分に納得出来るところまでは、絶対に這い上がれるんだ。天才じゃなくても…」

その『意欲』さえ、見つけ出せれば。

(それさえ見失わなければ。これだけは、絶対確かなはずだ…)

苦しい時にこそ、いかにして、それを自分の中で確固たるものに出来るかなのだ。

(俺にとってのそれは、いつだって…)

もし美容師になるならば、やっと触れられたそれから、また遠退いてしまうのも事実だ。
(でも、このままでいても、届かない。それに俺が何になったって光留さんは光留さんで居てくれるんだ)
どうせなら出来るだけ早く、男として気持ちを伝えに行けるだけの自信を持てるようになろうと立ち上がろうとした時だ。

急にエレベーターの方から靴の音がして、俺は反射的にそっちを見た。

「あ…」

そこには完璧な男が居た。
パーティー帰りの華やかな装いをした美しい男だ。
いつもと違う位置で髪を分け、片側に多く寄せたそれで、正面から見た顔に斜めに流れる優雅な筋を作っている。
それはこの男に似合うようにと、プロが触ったに違いない仕上がりだ。
その美容師は、全体的に多少鋏も使ったはずだ。
自分の手の中の鍵を見ながらコツコツと心地良い音を立てて歩いて来る。

(俺にとっての光は……)

何かの拍子に呆気なく、俺に背を向けるかも知れない眩さだ。

顔を上げた三条さんは俺を見て少し驚いたが、特に微笑むでも無く向かって来る。

【三条 司】。

今はスタジオで見る、本場中のような、隙の無いその人だ。

やっと立ち上がった俺の横で、カツっと音を立ててドアと向き合う。

「入らないのかい?」

いつもの薄い香水の、良い匂いがする。
「俺も…さっき来たところっす」
誰が身につけるよりも良い匂いだが、今日の俺には何となく近寄り難い香りだ。
「そう。だけど、そんな所に若い子が座ってたら、他の住人が怪しむだろう?鍵を預けたんだから入ってなよ」
「あ、っすね、すみません」
何だか少し冷たい空気だ。
いや、そうではないのかも知れない。
「あの、早かったんすね」
「ああ」
三条さんがさっとドアを開けた。
「あ…もしアレだったら、俺、帰りましょうか?」
もしかすると、三条さんにとってはタイミングが悪かったのかも知れないと思い申し出るが、
「海」
「はい」
「…来てくれ」
背を向けたまま言った三条さんは、ほんの僅かに急ぐように中に入った。
「あ、はい」
三条さんは何も言わずに白い高級そうな紙袋を洋間のソファーに置いて、そのまま足早にリビングを突っ切り、寝室へ入った。
「光留さん?」
俺は機嫌の読めない三条さんを追い、ドアが開いたままの中を覗く。

やはり、何か様子が変だ。

ベッドの横のテーブルに時計と袖のカフスを手早く外して置くと、すっと俺を振り返る。

「脱がせてくれ、海」
「………え?」
「早く。もうこれを脱ぎたいんだ」

最後は殆ど駄々っ子のように言って「さあ」と腕を開く。
「え!?あ、はい」
急いで寝室入り三条さんの前に立つ。
「ハンガーはそこ」
俺は言われるがまま、まずは壁一面の分厚いウォークインクローゼットの引き戸を開けて、手前にあった肩の厚いハンガーを取り、三条さんの前に行く。
すると三条さんは作業がし易いようにまた腕を開いた。
「…どうしたんすか?」
薄くても暖かそうなロングコートを脱がせてハンガーに掛け、それを一旦クローゼットに戻してから、次はスーツ用のハンガーを取り出す。
「…どうもしないよ」
目を合わせると逸らされた。
しっとりと良い生地の上着を脱がせて皺にならないようにベッドに寝かせ、ベストを脱がせて先にそれをハンガーに掛けてから上着を掛ける。
次にパンツ用のハンガーを取って戻ると三条さんはまた腕を開いた。
ベルトを抜いて前のホックを外す。
下も脱がせるのか?と顔を見て問うたが、三条さんは遠い目をして壁を見ていた。
(パーティーで、何かあったのか?)
パンツを下げると三条さんは気が付いて脚を抜いた。
「シャツも?」
「全部だよ、海」
その頃には、俺も気が付いた。
口調や目つきがさっき程キツくない。
「あ。靴下を先に脱がせてくれ、下着なのに靴下履いてるのは変だろう?」
「ははっ!そこっすか?気にします?」
他人に脱がされているのに靴下の順序を気にしているのは少し間抜けで可愛い。
「あ!やっぱりいい!自分で脱ぐよ」
「え!?」
三条さんはベッドに座り靴下を脱ごうとするが、
「ちょ!駄目っすよ!俺がするんで」
俺は直ぐに足元にしゃがみ、三条さんの手を払って靴下を脱がせた。
「…臭いかも知れない」
「あっははははは!!どれっすか?いや、新品の靴下の匂いっすね。残念」
三条さんの受け答えにほっとしたからなのか、下がり調子だったテンションが、無理矢理押し上げられていく感じがする。
高熱が出る前の、あの浮遊感に似た感覚だ。
「嗅ぐんじゃない!あっコラ!」
「なんかヤバイ系の興奮する」
シャツから生えたみたいな脚に妙な気分になって内腿にキスをすると、指で鼻を摘まれる。
「…バカ。ほら、次はシャツだ。それから中にある適当なものを着せてくれ」
「了解っす」

整頓されたウォークインクローゼットの中を歩いて、目に入って直ぐに俺が手に取ったのは真っ赤なVネックのセーターだった。
そして次にパンツを探していると、隅の方に畳んだ状態で置かれた、三条さんのイメージには合わない感じの、内側にボアが付いた謎のグレーのセットアップのスエットを見つけた。
サイズはどう見てもメンズだ。

(へえ、若い男もいんのか…)

熱いような、寒いような。

「これ、誰のっすか?」
「ん?」
「これ」
スエットのパンツを三条さんに見せる。
「あ。それは…」
バツが悪そうな顔。
「まあ、いいっすけど。これ穿きます?」
「も、もっとマシなのあるだろう?」
「光留さんがこれ穿いてるの見たいっすね、俺」
他の男への嫉妬からくる意地悪だ。
隠されるよりは、現実を見せられた方が気が楽だ。
「嫌だ。他にあるだろ」
三条さんはシャツのボタンを上から一つ二つ外しながら、クローゼットを覗き込むように歩いて来るが、俺はスエットのパンツと赤いセーターを出す。
「そのセーターも妹が買ったものだ。この歳の男が可笑しいだろ?」
「綺麗だと思いますよ」
俺は直ぐに返した。
早口になるのは、冷めた血が高速で体内を巡っているからだ。
「……海、どうした?反抗するのか?」
「そうっすね。ハイ、御御足どうぞ」
ゴムのウエストを広げてしゃがむ。
「中ふわふわっすよ?」
笑って、いつもの自分の調子を取り戻そうとしている。
「…本気か?」
「多分こういう格好も可愛いっす、光留さんは」
「激安の宮殿で買って、二千円しなかったんだぞ?」
「お泊り用に買ってあげたとか?」
「お泊り用?」
「光留さん、はい、足」
三条さんが八の字の穴に片足ずつ踏み込むと、俺はさっと立ち上がって穿かせた。
「はい、次、セーター着ましょ」
三条さんに今の俺の幼稚な嫉妬心など見せれば、直ぐに追い払われてしまいそうだ。
(それは避けないとな)
しかし、俺が笑ってセーターを着せようとした時だ、三条さんは何故か突然俺の鼻にキスをした。
「…びっくりした…はは。気を遣わせました?」
勝手に傷ついて、簡単に喜んで。
多分俺は、セフレという肩書きには不向きなタイプだ。
「何にだ?」
この甘い目で真剣に見つめられると、やはり側に居たいと思ってしまう。
「いえ。着ましょ。光留さん」
俺が一歩身を退いてセーターを広げると、三条さんは目を逸らした。
その瞬間は何か壁を見つめて冷めた表情をしていたように思えたが、すっと俺を見るとニコっと笑った。
「はーい」
「ははは!返事ヤベエ!めっちゃ可愛いっす!」
「はーい」
三条さんは突然バンザイのポーズ。
「あはははは!何だこの人!」
打って変わってふわふわモードに突入した三条さんは、服を着終わると姿見の前に立って一気に髪を掻き崩した。
「あーーー!!」
「ん?」
「あ、いえ。かっこよくセットされてたのになって」
「バリバリで嫌だったんだ」
「でも頼んだんっしょ?」
「そう。キメッキメにキメてくれってな」
ワックスと部分的に使ったスプレーを、めちゃくちゃに崩したせいで酷い事になっている。
「シャンプーします?」
「まだいいよ。ほら、海、ここ」
三条さんは俺にサイドテーブルの小さな抽斗を開けて見せてから、中から何かを手に取ると、姿見の前に戻って前髪を掻き上げ始めた。

「あ」
「家ではいつもこうだ」

三条さんの前髪は、ちょんまげになった。

(ああ…どうしようか)

知らない部分を見せられると、衝撃的な程に惹かれる。
冷えていた血が急激に沸騰するみたいに。
「おでこ。可愛いっすね…」
「はーーーーーーーーい」
分かってまーすと、無感情で肩を竦める三条さんだ。
「ちょ!光留さん!感情どっか行ってますって!はははは!!」
妙に浮つく俺に、唇の両端を持ち上げた三条さんは言う。
「さあ、海。クローゼットの右端に掛かってる上着を取ってくれ」
「上着?」
「グレーのキルトのジャケットがあるだろう?コンビニに行こう」
「コンビニ!?」
まさか出掛けるとは思っていなかった俺は、三条司には不似合いなラフ過ぎるスエットのズボンを見る。
「あ…」
「何だい?君が穿かせたんだぞ?」
失敗した!と内心で後悔する俺に、三条さんは無敵の微笑みで仕返ししてくれた。

玄関で、朝のランニング用に買って三回くらいしか使わなかったというスポーツシューズを履くのを見守って、一緒に部屋を出て、鍵を掛ける。
「パーティーで食事しなかったんすね。光留さんは食ってくると思ってたんで」
「会場に二時間も居なかったからな」
エレベーターを降りて、駐車場に向かう。
「そうなんすか?どうして?」
すると三条さんは俺の鼻を軽く指で突っついて「さあな」とウインクした。

(それ、鼻血でるっての…)

俺は予想外のバタバタした状況に、何も考えずにゲスト用の駐車場所に停めてある自分の車に向かっていたが、
「海、こっちだよ」
三条さんに呼び止められた。
「え?光留さんの車で行くんすか?コンビニすぐそこだし俺ので行きましょ。なんなら俺が買って来ますよ?」
「やっぱりハンバーガーにしよう」
「ドライブスルーっすか?」
「そう、で、それ持って夜景でも見に行こう。海」
三条さんは自分のスーパーカーに向かって歩く。
「…マジっすか?」
「デートだよ」
電子音が響いて、ゴージャスなスーパーカーが目を覚ました。
「…うわ、ヤッベ!!」
そして三条さんは当たり前のようにさっさと助手席側のドアを開けている。
「ええ!?ちょちょちょ!何してんっすか!!」
嫌な予感がして、俺も直ぐに三条さんの後ろへ走る。するとちょんまげ頭の顔だけが振り返った。
「俺は今日、少しだけど飲んでるから、君が運転するんだ、ピコクク」
「…え?え?なんすか最後の。ついていけてないっす俺」
「キーの音だよ」
「異議があります」
「ピコックク、か?」
「ぶ!!」


運転席に座っていつもと違う左ハンドルを握ると、高級感が半端じゃなかった。
「うわぁ、めっちゃエロい!」
運転席で感じる低いエンジン音に興奮する。
「確か…この辺りに入り口があったはずだ」
三条さんはナビを弄って行き先をマークした。
「え?光留さん、その夜景スポット初めて行くんすか?」
「展望台までは何回か行ったんだが、低いから周りが明るくて微妙なんだ。もっと高い場所からの方がいい。ここの道からまだ上がれると思うんだ。私有地だったら二人で謝ろう。バレたらな」
「ははは!じゃあ先にハンバーガー買って、ここから入るんすね?」
「そうそう。少し遠いけど平気だよ」
「あー!緊張するなー!コワイっすよこんなの運転すんの!」
「大丈夫だ。スピードさえ守れば君の車と変わらないよ」
三条さんはもう落ち着いた様子で、優雅に言うが、ちょんまげだ。
「けど、うわぁー、擦ったらやばいっしょ!」
「いいよ、ちょっとくらいならすぐ修理出来るんだ。だけどあまり右に寄らないでくれよ?気付いたら俺ひしゃげてるぞ?」
「あっはははは!ヤベーっすねそれ、王子盾にして生き延びたら、ファンにぶっ殺されますね俺!一緒に乗ってるのも何か責められそうでヤベーのに!」
「ふふ。それなら、どっちが先に殺されるか見ものじゃないか」
「え?なんすか?」
意味が分からず耳を寄せると、思いっきり息を吹き掛けられた。
「ちょ!!」
擽ったいと笑う俺のピアスを、三条さんの指がまた揺らした。
「君も美しいこいつを運転してみたいだろう?」
「したいっす!!」
「じゃあ、出発だ。海」
「はい!!」


「お姉さんの食事は大丈夫かい?」
「はい。来る前に作ったんで大丈夫っす。けど、俺の分まで食べ出して驚きました。今日唐揚げ定食にしたんっすけどね?ヤバイ勢いで唐揚げにパクついてました。味噌汁用意してる瞬間に俺の分無いんすよ、はははは!!」
西原さんの事は何となく伏せておいた。
「普段はそんなに少食なのか?」
「はい。でも痩せないんすよ。何なんだろうあいつ。太ってもないっすけどね?」
すると三条さんの方から笑い声がした。
「女の子をアイツなんて言うもんじゃないぞ?」
「あ、はい。そっすね!ははは!」

運転に必死な俺はまた、三条さんの笑顔を見逃した。

「今度ケーキでも持って行こうか。君と一緒に」
「いやいやいやいや!姉ちゃん暴走しますよ!?めっちゃ好きなんすから光留さんの事!」
「お姉さんも三条司ファンなのかい?」
「そっすよ!俺の方が先でしたし思いの深みも違いますけどね!俺が居ない時に勝手に部屋入って俺の宝物触ってんすよ。ははは!!大体光留さんの物荒らされてます」
「へー、可愛いじゃないか」
「まあ、姉ちゃんなら許しますけど。昔一回だけ光留さんの写真がオマケで貰えた声優雑誌あったんすよ。その写真とかいつの間にかなくなってるから絶対姉ちゃんっすね!」
「そんなのあったか?で?マニア的にはそれは許せないのかい?」
「あ、俺二冊買ったんで、ビニール付いた新品があるんで大丈夫っす。それに光留さん、顔マジで歳とらないんで今の顔見れたらそれでイイっす。…てか!キメーっしょ!?この話!」
「いや。嬉しいよね」
「あざっす!!」
「それより、声は?重要なのはそっちだ。変わってないか?」
「全然変わんないっす!!変わんないっすけど、役によって違うんで、演技力って事で言えばずっと進化してます光留さんは!」
「ふーん。ふふ」
三条さんは機嫌良さげだ。そして、
「海!今から会いに行こうか!お姉さんに!」
三条さんは急に俺の鼻を指で突っつく。
(うお!あぶねーって!!)
ドキッとして危うくハンドル操作を誤りそうになった。
「はい!?あっははは!!駄目っすよ!あんな汚い部屋に光留さんは上げられないですって!!」
西原さんは年齢も近いし、生活基準も三条さん程俺との差は無さそうなので多少の事は目を瞑ってくれただろうが。王子を招くには余りにも庶民派過ぎる俺の家だ。
「それに今俺と知り合ったきっかけとか訊かれたらどうするんすか?エンビリアンの事バレますよ?勘だけはマジでヤバイんで。姉ちゃんもエンビリアンの声優は光留さんがいいって祈って、放送楽しみにしてるんで」
俺が慌てて言うと、
「ふーーーーん」
とだけ返ってきた。
「え?ちょ!」
不機嫌な声に、俺は一瞬だけ三条さんを見るが、三条さんは外を見ていた。

「俺は何も知らないな、君のこと」

急に静かな声に、胸が詰まる。

「…俺も、ホントは何も知らないっしょ?光留さんのこと」

こっちを向いたようだったが、多分曲がり角だった為に、俺は目を合わせる気持ちの余裕が無かった。

俺はまだ何も知らない。

【三条 光留】の事は。



「うわあー!スゲー!来て良かったっすね光留さん!」
車幅ギリギリの暗い道を、無理して登り切った場所からの夜景は、初めて見た都会の美しさだった。
「あ、ああ」
「ほら!あそこ座れそうっすよ!」
俺はシートベルトを外しながら、窓の外の石のベンチみたいなものを指差して三条さんを見るが、三条さんはキョロキョロしている。
「どうしたんすか?せっかくだし降りましょうよ」
「ああ…うん」

(え?何でテンション下がった?この人)

さっきまで道が危ないかもと言う俺の横で、行け行けと楽しそうに座っていた三条さんだが、別人のように大人しい。
そして俺が言った石のベンチではなく、少し離れた場所に歩いて行く。
「そっちでいいんすか?こっちならトイレもありますよ?あれってトイレっすよね?」
石のベンチの奥に、少し古びた小さなコンクリートの建物がある。
照明も扉も無い入り口は二つあり、見るからに公衆便所だ。
「海!こっちだ」
三条さんは何故か小声で叫んで激しく手招きする。
「はい!」
俺は三条さんが行きたいなら別に何処でも構わないので、ハンバーガーの袋を持ってついて行く。
少し車から離れた平らな岩に二人で座って、景色を眺める。
「ここ夜景めっちゃキレイっすね。こんな場所あったんすねー」
今日は月明かりが強いが、それと人工物の明かりは別物なのだと知った。
「ああ…」
「光留さん大丈夫っすか?酔いました?俺の運転」
「いや…平気だ。でももう喋るんじゃない」
しーっと人差し指を立てている。
「ええ!?意味分かんないっすよ!?さっきから。どうしたんっすか光留さん…」
そして俺は漸く気付いた。
三条さんは俺の肩越しに、頻りにあのトイレを見ているのだ。
(あー、そっか)
「光留さん今、幽霊出そうとか、思ってる?」
幽霊の時点で三条さんの目が凍る。
「海!黙れ。来るぞ!?」
最早必死で、立てた人差し指を反らしている。
「何が来る!?あっはははははは!!何でそんな可愛いんすかマジで!!ヤバ!!はははは!!」
「バカ!海!!」
「大丈夫ですって!俺が居るでしょ?いざとなったら抱きしめて隠してあげますから。幽霊から。はははは!」
「そんな事言って、君を通り抜けて俺に来たらどうするんだ!」
「あっははは!!通り抜けちゃうんすね!?俺スルーで完全に光留さん狙いで来るんすね?それヤバイなー!」
怯えながらも脚を組んで、自身を保とうとする三条さんを俺は散々笑った。
(ホントに幽霊怖いんだな、光留さん)
マニアの前知識が、事実に基づいたものだったと証明された。
「あー、面白いっす!そうだ光留さん、そろそろ食わないとハンバーガー冷めますよ?」
「ポ、ポテトでいいよ」
「え!?あんなに食べたいって言ってたのに!?」
ドライブスルーで新作のバーガーの看板を見た三条さんは、自ら嬉しそうにマイクに向かって王子ボイスで頼んでいた。
「あと、コーラとな」
出してくれと手を出す。
「マジっすか?」
「君が食べていいよ」
「食いましょって。何も居ませんって。ははは!!」
「絶対?」
「ぜっっっっっったいっす!」
「ホントだな?」
「…はい。絶対助けますから」
「っ…居るんだな!?」
「あはははははは!!俺が思うに、幽霊なんかより生きてる人間の方がよっぽど怖いっすよ?絶対」
俺が言うと三条さんは「確かにそうかもな」と、少し力を抜いた。
「もういいよ。はあ…何でこんなに暗いんだここ」
「ぶ!夜景見に来たんっすよ?それに月も出てますし。多分今夜は結構明るいっすよ?」
「そうだけど。ああ、もう慣れてきた。何ともない」
すっとポテトを囓るが、またちらりとそっちを見る。
「ちょ、ヤバすぎっすって光留さん」
面白い程に怯える様子には、つい腕を回したくなる俺だ。
その後暫く夜景を見ていた俺は、紙袋の音で三条さんの動きを知る。
「あ、食います?」
「ああ」
ここで笑ってはまた食べないと言い出しそうなので、我慢してバーガーを出してあげた。
「うん。うんうん、美味い。これは売れるな」
「あっははははは!」
笑ってしまった。
「ん?何だ?」
「いえ!何でもないっすよ?」
言いながら俺は、三条さんのちょんまげを見ていた。
「ん?」
「可愛いっすね、それ。そんな犬いますよね?」
「ヨークシャテリアか?」
「すかね?」
俺がつい、額にキスをすると、三条さんはギョッとした。
「おい」
「はははは!部屋以外じゃやっぱ駄目っすか?誰も居ないっすよ?ここ」
「そういう事じゃない」
「じゃあ、なんすか?」
「さあ」
目を逸らされる。
「怒られたっす」
俺が笑うと、三条さんは直ぐにポテトで指差して来る。
「え?」
口はバーガーで開けられないらしいが「それそれ!」と言っているのが目で分かった。
「ああ!あっははは!下から行くってやつっすね?マジで言ってますね俺、ははは!けど、俺の事ホントに犬だって思ってるならよくないっすか?おでこにキスくらい」
三条さんは何か言い返したいようだが、まだポテトを突き出しながらもごもごしている。
「ははは!ポテトあーんすか?光留さんごといきますよ俺、はは!!もうしないんで、ゆっくり食べて下さいね」


見渡す夜景も美しいが、その上にある月の方が俺は好きだ。

隣の様子を盗み見ると、食事を終えてドリンクを飲んでいる三条さん。
「あ、寒くないっすか?光留さん」
「俺は暑がりだって言ったろう?」
「そうでした!ははは!」
何処で聞いたかと、覚えているのに思い出さないようにした。
「君は?上着貸そうか?」
「俺も全然平気っす!」
「そう。今夜は殆ど満月だな」
「今日で良かったっすね。こんな満月、久しぶりに見た気がします」
「月が好きかい?」
「そうっすね、太陽より月っすね俺は。光が優しくて綺麗なんで。キャンプに行っても夜はずっと月見てますよ」
「へー」
「子供の頃から親父と二人とか、あと家族みんなで山とか川に行って、夜、俺と母さんだけ起きてて、テントの外で月見るのが恒例っしたね」
「そうか。君を見てると仲の良い家族なんだろうって分かるよ。ウチも仲は良いけど、若い時の俺は邪魔臭がってたからな、家族とか、そういうの」
「そうなんっすか?」
「今でこそ大事に思うけど、小学生から仕事場では大人にちやほやされて育ったから、家族を恥ずかしいと思うタイプだったんだ。家族を見せると自分の弱みを見られる気がして」
「へー。弱みっすか?」
それは俺には無い考え方だ。
「でも内心では大好きだったよ。そう思っていられたのは劇団の団長が怖かったからさ」
「へー。怖いんすね団長って。その言葉のイメージでは優しいのかなって勝手に思ってました」
白く照らされる横顔を見つめる。
「他がどうかは俺も分からないけど、俺の知ってる団長は厳しかったよ。稽古中はいつも家に帰りたいって、頭の何処かで思ってたさ。でもそこで甘えたら三条司じゃないからって踏ん張ったよ」
「三条、司…」
「俺はかっこ悪いのが一番嫌いだ。だから大根演技はしないし、弱音吐いたり泣いたりなんて死んでもするかって毎日思ってたさ。お陰で、今がある」
三条司も、努力をして生きて来たんだと知った俺だ。
「かっけーっすね、ホント…」
やはり、つり合いようが無い。
「で?俺とはどっちに行くんだ?」
「え?」
「山と川」
同じように上を向きながら、横目で目が合うと心臓が跳ねる。
「…あ!川っすかね、音も良いんで、川は」
「じゃ、川にしよう」
「はい!」

心が満ちるような、欠けるような。

「君は、あれの裏側を見た事があるかい?」

三条さんとの時間なら、例えどちらであっても構わない。

「月っすか?知ってますよ?クレーターが多いんすよね?」
「そう、外面と全く違うんだ。世の中、見なくていいものはあるよ、海」
ふんと鼻で笑った三条さんに、三条さんの事を知りたいと思う自分を牽制された気がした。
「だけど…俺は好きっすよ、月」
「ふーん。俺は太陽の方が好きだな。裏表なく、全ての出来事の原動力だ。月の下で泣く人の絵は好まれるけど、太陽の下で泣く人の絵はピンと来ないだろう?太陽はいつも前向きな象徴だ。だから俺は熱くて眩しい太陽の方が好きだ」
「成る程……」
俺は何となく、今ここで負けてはならない気がした。
「子供の頃、母さんが言ってましたよ?」
「ん?」
「月は自分を見上げる人の為に、綺麗な部分を集めて見せてくれるんだって。だから月は、見えない裏側に色々を隠して、この決まった一面しか見せないんだって」
三条さんは顎に指を絡めて、少し長く黙り込んだ後にすっと月を見上げる。
「……成る程、その考え方なら良いものだな。献身的なものは印象も良い。ひょっとすると、その考えは女性だから浮かんだものかもな。我々男には想像も付かないと思わないか?」
三条さんはあの微笑みで言う。
「ああ…そうかも、知れないっすね」
俺はそう答えたが、何か話の方向性を上手く変えられてしまった気がした。

どんな仕草をするにも、この人はいつも美しい。

「人の事、そんなに見るもんじゃないぞ?」
「あ、すみません。ははは!」

直ぐに目を地面に向けて、小石を見る。

満ちても欠けてもどちらでもいいと思いながら、俺は今「不毛だ」とも思う。

このままこの先ずっとこの人を好きでいて、一体それが何になるのだろうか、と。
自分は、一体どれだけの時を耐えられるのか、と。

ずっとこのまま側に居たい。或いは、
今直ぐ急かして、もうずっと遠くに、この人から離れてしまいたい。

その両方がきっとこの先ずっと俺の胸にあるだろう。

だが俺は、俺を見るその視線に気付いてしまった。

今は静かな月みたいに、鈍く甘く光るその目に。

こんなにも弱そうで綺麗な人を見た時、大体の人は動けないのではないだろうかと思う。

(光留さん?)

一言目に何を言おうかと悩むのはきっと、自分が持っているどんなもので、その人の関心を引き留めようかと勝負するのと同じだ。
心臓が鼓動を速める。
(俺に何があるだろ…)
俺が息を呑んだのも知らない三条さんは、すっと目を逸らして、もう何でも無い顔をしている。
「じいちゃんの名前なんだ」
「……え?」
「三条司」
「え!?マジっすか!?」
「町内会の催しが最初だって言ったろ?その時さ、じいちゃんが俺の名前を書かなきゃいけない欄に、自分の名前書いて提出したんだ。その日、俺はずっとツカサ君って呼ばれたよ」
「えーー。おじいさん天然っすね」
(先代譲りだったのか…。そりゃしょーがねーわ)
「けど俺もさ、違うって言わなかったし、違う名前なのが逆にやり易かったっていうか。それから仕事はずっとツカサでやったんだ。じいちゃんも喜んでくれてさ」
「じゃあ俺らずっと光留さんのおじいさんの名前呼んでたんっすね。ははは!」
三条さんも「そうだな」と少し笑う。
「晃介も哲平も知ってるけど、いちいち言い換えるのが面倒だからツカサって呼んでるよ。他の友人は名字で呼ぶし。だから、俺をヒカルって呼ぶのは、家族以外なら、君だけだよ」
「…そうなんっすね」
何でも無い一言に、またいとも簡単に舞い上がる気持ち。
三条さんは時々こうやって、男の興味を独り占めする良い女みたいな事をする。
俺がもう駄目だと思った時に、こうしてふらっと掴みに来るように。

(良い女…?)

そんな風に思うのは、俺が男との恋愛を知らないからだろう。
女を男扱いするのは失礼。
男を女扱いするのも失礼。
(でも、本当はどっちかなんて事で何も違わないんだ)
これが一番正しいのではないかと思いながらも、根付いた意見は拭えないものだ。
だから、三条さんも俺も女ではない為、男としての上着の差し出し方もその手への触れ方も分からない。
俺はまた、この相手に気遣う押せず引けずの焦ったさを、特別に甘美なものだと信じてしまうのだろう。

「俺、何で司さんなんだろうって知りたかったです。だから、知れて嬉しいっす」

どのくらいまでなら、好きだと言って良いのかも分からない。

「そうか。いざ知ると、人の理由なんて大した物語でもないだろう?がっかりしたんじゃないか?」
「がっかり?全然っす!光留さんの口から聞けてめちゃめちゃ嬉しいっすよ」
俺が殆ど必死に言うも、三条さんは口角を上げて横顔を見せる。

そして、呟いた。

「…ダサイんだ、光留の方はいつも」

そんな風に、艶のある声で月を見上げて。
今度はまた、いつもの美しい王子様だ。

俺は、三条さんの事なら何でも知りたいと思っていた。どんなに些細なものでも。

しかし実際には、知れば知るだけ想いが募って、自分の首を締めている。

自分の気持ちがいつまでも冷めないと知っているだけに、ここから先はある意味地獄のようなものだ。

(この人の為なら何だって出来る)

幾らそう願っても、三条さんには俺を何かの道づれにする気など一切無いのだ。

「光留さん」
月から顔を下げた三条さん。
「帰りましょ」
「いいのかい?見ていなくて」
「帰りましょ、秘密の部屋に」
三条さんは少しだけ俺を冷やかすような目をしたが、何故か段々と真顔になって見つめてくる。
「……どうしたんだい?」
俺が今どうしてるのかは分からないが、直ぐ近くにあって触れられない手がどうしても恋しい。
「早く光留さんのおでこにキスがしたいっす」
俺が笑うと三条さんの目も少し細められて、綺麗なその顔はまた俺を冷やかした。
「俺のワンちゃんは随分と可愛い事を言うじゃないか」
「ははは!!でしょ?」

俺が一番見たいのはきっと、
この人が自然な流れで浮かべる、本当の「笑顔」だ。











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