レッド ルーム

輪念 希

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◆竹山 海

午前七時。

目が覚めると真横に三条さんの寝顔があった。
「光留さん?」
声を掛けてもぐっすり眠っていて起きる気配は無い。
暫く眺めていたが、数時間前の三条さんを思い出してしまいそうなので寝室から出る事にした。
携帯用の歯ブラシで歯を磨いて身支度を整えた。
(光留さん、起きたら腹減ってるかな)
朝食を買いに行こうと思い玄関で靴を履いたが、鍵が無く悩む。
(オートロックだし、こんな早い時間に強盗なんて来ないよな?)
また暫く悩んだが、ここがフロアの一番奥の部屋なのもあって、止むを得ず鍵を掛けずに出た。
コンビニへ向かう途中、スマホを見るとmimikone配信者からの着信やらメッセージで溢れていた。
「え!?何これ…」
一番古いのはMAKIからのメッセージ。
『SINがヤバいことになってる!三山さんヤバすぎww俺のコト無視なんだけど!?』
次はSITTAMA、
『YUJI助けてあげた方がよくね?バイト中?SINの部屋だし俺なにもしてやれん。でも見守るからww』
そしてKYOUPEI、
『mimikone落ちたーーーん。今日のデイリー2位SINだぞーーーあいつもNAC入るのか?』
「落ちた?mimikoneが?YUJIとSINと三山さんがヤバい?」
思い当たるのはSINの勧誘の件だが、
(やったな、あの人)
「ていうか、もっとマトモなメッセージ入れてくれよみんな…」
三山さんがSINにぶっ込みを仕掛けたのは何となく分かったものの、実際にどんな事が起きたのかはさっぱり分からない。
ざっとメッセージを確認してもどれもこれもだ。
mimikoneのアプリが一時的に使えなくなったのは、きっとYUJIと三山さんのせいだ。YUJIの人気が凄いのに上乗せで、突然mimikoneにメジャーな宇宙的ニートが現れたものだから、今度は何をやるのかとリスナーが押しかけてしまったのだろう。
速歩きでメッセージを確認し続けると、最後に三山さんからも届いていた。

『事実上SIN獲得したから。宜しくです』

「いやいや…事実上とか言ってる時点でもう面倒だって」
呆れと笑いが同時に起こる。つまり三山さんが言うのは、みんなの前で堂々SINに唾をつけました、という事だろう。
確かに俺やYUJIやMAKIの時とは勧誘のやり方が違う。俺達の事は当人とのやり取りだったのに対し、今回は周りがSINに対してNACの一員だという認識を持ってしまったのだろう。
大声で違うと言えなそうなタイプのSINのイメージだと、表立った三山さんのアピールからは簡単には逃れられないだろう。今の時点でも既に、三山信者などの複数の誰かのSNSで、SINの存在は速報として伝えられてしまっているはずだ。YUJIのリスナーも、急に出てきたコラボ相手の名前に騒ついているだろう。
俺は直ぐに三山さんに電話を掛けた。
『………おはよ、早すぎだろ時間。殺す気か?』
「ヒデー声っすね!ははは!お早うございます。昨日何やったんすか?なんかスッゲー荒れてますけど?」
『ん?荒れてはないだろうが』
「俺のスマホがっすよ。SINとYUJIに何があったんすかね」
ここで俺は三山さんがペットボトルの水か何かを飲むのを待った。
『まあ簡単に言えばな、YUJIとSINに対岸車窓やらせたんだ』
「対岸車窓?マジっすか!?」
【対岸車窓】とはotohonの人気作家の作品で、善と悪の二重人格の主人公が故郷へ帰る汽車の中で、己同士、相手を葬る為に向かい合い対談するという物語である。善がソウ、悪がメルという名で、朗読なら基本的には一人二役が定番だ。元々は別のタイトルの作品の登場人物だったソウだが、その複雑なキャラクターがmimikone配信者達に人気だったので作者がmimikoneの為に一つの作品として書き下ろしたものだ。
普通のスピードで朗読して所要時間は二時間。しかも決着は着くのだが、文章だけを見てもソウもメルも相手の名前を呼ばない上に、途中で読者はメルにも理由があると知り善を悪に感じ始める迷宮に入ってしまう為、善と悪を巡り巡って、最終、汽車を降りたのがどちらだったのか分からないのだ。最後一人になった主人公の言葉はどちらであっても通じるものだ。
だから決着は読み手の声色に委ねられるという、朗読をされる事を前提とした作品だ。
作家のファンが、それぞれの会話を分かりやすく文字の色を別けて書いたものをSNSで発表しているが、無許可な上に色分けにも結局はその個人の感性が入っているとの事で、便利ではあっても使用出来ない。
みんながソウを勝たせる中、過去に一度YUJIだけがメルを勝たせた。しかしそれもYUJIは意図して両者の声色を変えずに読んだのもで、本人がこっちだと言ったわけでもなく、「多分メルだったな」と聞き手が言っただけの事だ。俺もメルだと感じた。YUJIが朗読をしたその日に作者がSNSで「ありがとう」という謎の一言を流したのもあって【対岸車窓】は今でも人気の作品だ。
「で、どっちが勝ったんすか?」
二人で分担したのならば分かりやすい結末だったのだろうと思い訊いてみたが、
『さあ、それが分からないんだなあ』
三山さんは面白そうに答えた。
「もー、いいっすって三山さん。素直に教えて下さいよ」
『だから、分からなかったんだよ』
「え?」
分からないとは、どういう意味なのか。
『朗読前にYUJIがカメラ消してさ、SINもサラッと同じことするから俺にはどっちが喋ってるのか見えないし。おもしれーだろ?終わった後に二人に訊こうと思ったんだけど、アクセス集中で落ちちまったんだ』
「え?どう…。え?めっちゃ気になるって!」
『まあ、良かったんじゃねーか?これで。俺も敢えて確認してねえよ。ふは。あそーだ。お前今日来られるか?というか来てくれ頼む』
「ははは!頼むってなんすか。どうしたんすか?」
『何時でもいいから。出来れば午前中で。あのー、SINが十時に来るんだ』
「あっははは!!」
十時には必ず来てくれと言っている。
『お願いします』
「はははははは!!なんっすか!自分がやったんでしょ」
三山さんは今日は俺も居た方がSINも何かと本音で言いやすいだろうと思っているのだ。結局、なんだかんだでいつも気遣う性格なのはNACのメンバーにはバレているが。
「十時っすね?夕方にはバイトあるんで、それまでなら大丈夫っす」
『助かる。YUJIは学校だしMAKIも多分仕事だと思うけど、あいつらには俺が一応連絡するから』
「了解っす」
『そいじゃ、おやすみ』
「え!?寝るんすか!?」
『当たり前!俺二時間前にベッド入ったんだぞ!?』
「はははっ!それは三山さんの勝手っすよ」
『一時間だけ寝ます』
「了解でーす。おやすみなさい社長」
通話を切った後も、俺は暫くスマホを見ていた。
「……どっちが勝ったんだよ」
後で自分の耳で二人の朗読を確認する事にした。ここでYUJIに直接尋ねるのは何か違うのだ。

そして俺はコンビニの自動ドアを通過しながら、さっきの三条さんの寝顔を思い出していた。
(寝てるだけなのに華やかなんだな…)
昨夜の俺はスマホを見るなんて習慣すら忘れ去って、三条さんの秘密の部屋に浸っていたのだ。
(早く帰ってもう一回寝顔見よ)
気分はそうだが出来上がったサンドイッチを見た俺は、横の陳列棚の卵のパックを掴んでいた。そして更にその横のコーンサラダ。それからパンの棚に向かって食パンを取ってレジに行く。
駅へ急ぐサラリーマン達の流れを逆へ歩いて、三条さんのマンションに入った。
上から降りてくるエレベーターを待つ静かな朝。
到着したエレベーターから降りて来たのは、帽子を深々と被った女だった。すれ違いながら目が合ったその人物。
(え?マジで?)
それは有名な女優だった。
そういえばマンションの前に車が止まっていた気もするなと思いながらエレベーターに乗った。
三山さんのマンションにも芸能人が何人か住んでいる。セキュリティがきちんとした安心出来る高級マンションならではの「あるある」である。
しかし面白い事に、超有名人にばったり会ったというのに、驚きはしたものの然程嬉しくも無い。
有名人としても、一人の人としても、一番好きな相手が今から戻る部屋に居るからなのだろう。


三条さんの部屋のリビングに入っても静かで、
(まだ起きてないな)
昨日夜間に此処へ来た時には閉じていたカーテンを開けると、大きな窓からは気持ちが良い程に晴れた空が見える。薄いレースのフィルターを掛けると白くぼやけて、冬間近の朝は、より綺麗だった。
「起きる前に作っておくか」
俺はそのままキッチンに入った。

俺は朝食を作った後に少しだけ三条さんの寝顔を覗いてから、リビングのテーブルでmimikoneのDMを確認していた。俺のリスナーからの大量の報告や質問で溢れ返っていたからだ。
YUJIのあのネックレス事件とまでは言わないが、再びmimikoneでひと騒動が起きているようだ。
ある程度の状況を把握し終えた俺は、今回は三山さん絡みという妙な安心感もあって、とりあえず今出来る事も無いので、一度スマホを置いた。
そして手が空くとふと思い出し、自分の直ぐ横、あの【深紅の檻】があるはずの棚の前に立った。
「あった…」
他のCDと並んでいたそれを手にとってケースを開ける。
やはりずっとその名前が気になっていたからだ。
「明平帝内。誰なんだ?」
そしてその下にある御塚光瑠の名前。

「ヒカルさん、か…」

同じ人のようで、違っているように感じる。
御塚光瑠が「居た」のは今から十八年前。
当時、俺はまだ五歳だ。
(俺が生まれた年には、光留さんはもう中学生だったんだな)
若い見た目とノリの良さのせいで、つい忘れがちになる俺と三条さんの間には、十五年もの時差がある。
今そう改めて実感すると、無性にあの肌に触れていたくなるのは何故だろうか。
そして、三条さんは何故、この名前を捨てたのだろうか。更には、何故「司」なのだろう。

(知りたいことばっかだな)

三条さんの事なら何でも知りたいと思う。どんなに些細なものでも。
これはマニアとしての域を明らかに出た思いだ。
「で、めでたくセフレか」
だがそれも、俺にとっては悲観するには勿体ないような現状だ。寧ろかなり願ったり叶ったりだ。
(でも、何だろうな)
それは無理だろうからと早々に理解して諦めたものから、より遠ざかってしまった気がするのだ。
CDケースの薔薇に指で触れると、また御塚光瑠の声が聴きたくなった。
(…今とちょっとだけ違うんだよな、なんていうか若いっていうか、尖ってるっていうか)
「いや元々声がエロいのは一緒なんだけど、いや!初のBLって点で言わせて貰えば、そういったこっちの気持ち的な面では?これが一番やっぱ…リアル?や、でも今の方がより凄いからなー三条司は。いや、そもそもリアルがどうこうって言い出すなら昨日のが…」
はっとして寝室のドアを見る。
(ヤベ、全部声に出てたな)
しかし寝室のドアはきちんと閉まっている。
(光留さん、貸してくれるかな。コレ)


三条さんが寝室を出て来たのは九時。
「あ、お早うございます」
朝は朝でナチュラルなその姿には気分が上がる。
しかし、椅子を立って挨拶をしても三条さんの表情は冷たい。
「お早う、まだ居たのか?」
ちらっとこっちを見ただけで、直ぐに背を向けられる。
「え…。あ、すみません。玄関の鍵掛けられないし、もう少ししたら出なきゃならないから声掛けようと思ってたっすけどーって、…あれ?」
俺がそう答えるも、三条さんは洗面所へ行ってしまった。
(ええ?……マジか)
ショックというか、拍子抜けというか。
そしてタオルを手に、耳元や口元を拭いながら戻って来た三条さんはそのまま無言で寝室に入って行った。
(おお……マジか)
朝の三条さんがローテンションなのはイメージしていたが、スタジオではそれなりに反応を返してくれる為、これ程までとは思っていなかった。
暫くの間はあっさりと閉じた寝室のドアを見ていたが、そうしていても仕方がないのでそのドアをノックしに行った。
返事はないがそっと開ける。
「光留さん…?」
すると、三条さんはベッドで頭から布団に包まり、驚く程に丸くなっていた。
「あ…寒いんすか?それとも…」
昨日のせいで体調を崩したのかも知れないと不安になり、近づいて顔の辺りの布団をぴらっと捲った。
「あ…光留さん?」
バッチリ開いていたそれと目が合う。
「な、何だい?」
「いや…どうしたのかなって」
不機嫌なのかと思いきや、三条さんは少し焦ったような顔をしていた。
(あれ…?)
「何でもないよ。鍵は開けて行っていい。好きな時に帰りなよ」
「ああ…と…」
「それじゃ」
布団を掴んで、また隠れてしまった。
だから俺も直ぐにもう一度捲る。
また同じ目だ。
(可愛い…)
「起きてんしょ?」
「ん?」
三条さんは惚けて目を逸らす。
「エッグサンド、食いません?」
「エッグサ…」
その目は食いついた。
「今あっためるんで、出てきて下さいね」
俺は笑って布団を掛けた。


朝食はキッチンで食べる習慣なのか、三条さんはキッチンのテーブルに着いてカーディガンの襟を直した。
しかし、目を合わせればまだぎこちなく逸らされる。
「どーしたんっすか?」
俺はコーンサラダを皿に移しながらゆっくりと大きな声で訊いてみた。すると少ししてから三条さんは目を伏せて言う。
「すまなかったな…昨日」
「え?」
「あんな…みっともない…感じを、君に見せてしまって」
そう言って小さな咳払いをし、ウエーブの髪を片耳に掛けるのを見ながら、俺が思い出したのは乱れる三条さんのエロい残像だった。
(あ…ヤベ)
「いや、俺はめちゃくちゃ興…」
「デカイ声で歌った記憶があるんだ」
「あ、そっちっすか」
笑わないように鼻から長く息を出した。
「君が一生懸命に俺を止めてた気がするし、すまなかった…」
ちらっと見てくる三条さんに、コーンサラダに付いていたドレッシングを掛けるかどうかを小さなパックを見せて確認し、許可が出たので満遍なく掛けた。
「いえ、俺は嬉しかったですよ?生歌」
「そうか…ん?他に何かあったか?」
「エロ過ぎてごめん、かと」
「な!?」
三条さんはショックだったのか呆然と俺を見る。そして、
「それは仕方ないだろう?そういう事をしてる…って、野暮だな、君」
男のマナーだぞ、とでも言いたげに見てくるのに安心する。
「じゃあ、めっちゃ綺麗でしたよ」
「だから男にそういう…」
「ははは!男にだって言っていいっしょ。光留さんが嫌なら一生言いませんけどね」
大人の嗜みは知らないが、俺は良かった物事は口に出して相手に伝えたい。
「まあ…見苦しくなかったなら…良かったよ。それより!ああ、いい匂いだ。シェフ、モーニングは何かな?…あ」
エッグサンドです、とは言わずに笑っておいた。何故か余所余所しい三条さんだったが、その手元にトースターで焼いたエッグサンドとコーンサラダを出すと嬉しそうにした。
「紅茶は分かんないからコーヒーでいいっすか?」
いただきますの声の後に尋ねてからコーヒーメーカーで作っておいたブラックコーヒーをカップに注ぐ。
三条さんの歯でパリっと。焼けたパンが囓られる音がすると嬉しい。
「あーーー美味い。朝食を食べるとまともな人間になれた気がするよ」
「いつも食わないんっすか?はい、コーヒーっす」
「ありがとう。休みの日はまず朝に起きてないし、仕事の日も万が一にも悪いもの食べて体調崩すのが嫌だから飢えてなけりゃ食べないんだ。その分、夜は結構食べるけどな」
となると、今朝は昨夜の影響で腹が減っているという事か。そんな些細な事でも俺は嬉しいと思う。
「そうなんですね。でも朝食わないと…」
「ハイハイ。俺にはそれ効かないぞ。今までの人生で数えきれない程言われてるから。でも食ってないんだ。つまりこれが俺のルーティンだよ」
お口チャック、の仕草をする三条さん。
「ははは!了解っす」
朝食を摂るとまともな人間になれると思う、と言うのならば、食事の重要性はちゃんと分かっているのだろう。
「けど、このエッグサンドなら毎日食べるかもな」
王子の微笑みに事も無く全てが報われた。
「あざっす」
「君はもう食べたのか?」
「急に午前の予定が入ったんで、出先で食います」
「そっか」
俺は前に座って暫く眺める。
「仕事かい?」
「NACの会社に行きます。社長の家っす」
「三山さん、だっけ?」
「はい。え?知ってましたか?」
「YUJIの時に一度会ったよ。名刺も貰った」
「マジっすか!?」
(あの人まで俺より先に光留さんに会ってたのかよ!!)
どうやらNACの中で俺が一番最後に三条さんに会ったらしい。
「神様って酷くないっすか?」
俺がつい愚痴ると、サンドを頬張った三条さんは「そーでもない」と、手にある小さくなったそれを振った。
薄い塩胡椒味のスクランブルエッグと、マヨネーズを薄く塗ったパンという、何の変哲も無い地味なエッグサンドをなかなかに気に入ってくれたようだ。
「でも、だ。そんなに見ていられると、少し食べにくいな」
三条さんの口角が上がって、俺は自分ががっつりと見つめてしまっていた事に気付く。
「ははは!すみません!」
慌てて目を逸らした先にあるスマホ。出発しなければならない時間だ。
「あの、光留さん。今日あのCD借りて帰ってもいいっすか?」
「CD?」
「あ、えーと」
「ああ、あれか。別に構わないよ」
「あざっす!」
「だけど、ちゃんと返してくれ」
「勿論っす」
別に狙ったわけでも無いが、また近いうちにCDを返却するという、三条さんに会いに来られる理由が出来た。
「じゃあ、俺そろそろ行きますね」
俺が立ち上がると、三条さんも一緒に立ち上がる。
「あ、いいっすよここで。ゆっくり食べて下さい」
「違うよ、玄関で少し待っててくれ」
「え?はい」
三条さんはモゴモゴと言うと寝室に向かった。
俺が玄関で靴を履いてから振り返ると、丁度三条さんがやって来た。
「どうしたんすか?」
「明日の夜ちょっとしたパーティーに顔を出したら、その後は時間があるから。これ、君に預けるよ」
渡された赤い箱。
見ただけでも腕時計の化粧箱だと分かる。
「え?俺に?」
しっかりとしたバネをグッと開くと中にあったのは鍵だった。
ベルトを固定するアーチを取り外したシルク生地の窪みの上、斜めに鍵が寝ている。
「……え!?」
「失くされるのは困るから入れただけだ。好きなキーホルダーでもつけてくれていいよ」
「え!?光留さん!?」
「十時までには帰るよ、入って待っててくれ。エントランスのロックはその鍵の頭のボタンで開くから」
「マジっすか!?」
驚いて、他に何を言えばいいのか分からない。
「遅れるぞ?」
「あ、え?いや、けど…」
促されるまま外に出ると、
「また明日。君がもし、暇ならな」
朝の光の中の三条さんは無敵オーラで眩しそうに微笑んだ。
「あ!来ます、俺」
とにかく約束しておかなければと焦るも、
「ああ。じゃ、いってらっしゃーい」
三条さんはそうとだけ言って、またあっさりとドアを閉めた。
「い、ってきます…」
暫く、呆然と立ち尽くす。

(神様が酷いなら、こんなの持ってないよな、俺)

キスより先にセックスをして、スマホの番号より先に合鍵を貰った。

「やっぱ並みじゃねーな、三条司…」

思い切りが半端じゃない。
しかし、この鍵は信用の証しだと思っていいだろう。
そして、この後エッグサンドの元へ戻るのだろう三条さんを思うと、やはり幸せだ。

(いや!やっぱ心配だなあの人!)

世の中悪い人間は居るはずだ。
さらっと鍵を渡してしまう三条さんへの心配は本当だが、朝の街を歩く俺の口元は綻んでいる。











◆三条 司

(バカバカバカバカバカバカ!)

キッチンのテーブル、海が作ってくれたエッグサンドを囓りながら嘆く。
(鍵なんて渡して!困ってたぞ!?)
大きな溜め息を、飲んだコーヒーが掬いあげる。

「ああ、美味い…」

咄嗟だった。
咄嗟に鍵を取りに寝室に入って、まるでイメージトレーニングでもしていたみたいに、並んだ箱の中から一つを選んで時計を取り出して、鍵を入れて箱を閉めていた。
それを海の前だからと、さも爽やかに渡して見せたのだから根っからの馬鹿だ。
エッグサンドの最後の一つを皿から取って眺める。

あの鍵は来るもの拒まずの体を張るつもりだったのだろうか。
(まあキャラ的には、それっぽい行動だったな、うん。設定に忠実じゃないか)
それに、海が俺に飽きた頃には、連絡先を渡すよりかは海の為になるだろう。
海が逃げたくなった時には、海はただ此処へ来なければ済むのだから。

(いいや……違うな)

多分、そう思って渡したのでは無い。
俺は、今後自分から「いついつに会おう」などとはっきりと誘わなくてもいいように、海の判断に任せたのだ。
セックスまでしてしまった今。
海を、セフレなどにしてしまった今。
今後の自分の行動に、海からその『意味』を問われずに済むようにだ。

「狡いな……」

だがそれも、いずれは巡り巡って、他ならぬ海の為になるのだ。

最後の一つを囓る。

「君と居ると太るぞ?三条司が」
そんな時、開けたままだった寝室の方から微かに着信音が聞こえた気がして立ち上がる。
枕元にあったスマホには晃介の名前。
「おはよう。珍しいな、朝から」
『なんだ、生きてたか』
昨日の俺からの相談のせいだろう。
「ああ、思ったより平気だったよ。ピンピンしてる。今は静かなモーニングタイムだ」
(ケツ筋はちょっと痛いし、太腿裏もつりそうだし、そういえば脇腹もな。全身に筋肉痛くるな…)
『なら良いが?』
きっと仕事場に向かう為の運転中なのだろう、いつもより少し音声が遠い。
「心配させて悪いな晃介。今から仕事か?」
『ああ。お前は?』
「なーんの予定も無い休みだよ」
晃介は笑って軽い舌打ちをした。
「羨ましいか?」
俺も忙しい親友を笑ってベッドに腰掛け、脚を組む。すると、ふと絨毯の上に小さく細い短冊のような紙を見つけた。
『年明けまでそうやってるのか?』
「いいや、今月いっぱいだ。年末には詰まってるよ。楽しみだ」
ベッドを降り屈んで摘み上げると、黒い紙に薄いピンクの光沢がある癖の強い筆記体で何か文字が書いてある。
(何だこれ)
見た感じでは洋服のブランドタグのような物だが、見覚えが無い。
『今が暇だからだろ』
「まあな。ゆっくり二度寝でもするよ」
『慣れない連休で体調崩すなよ?』
「それはホント気をつける。でもその辺りはエンビリアンが整えてくれるさ」
『それもそうだな。じゃあ、ごゆっくり』
「ありがとう晃介。無理するなよ」
晃介は最後にも少し笑って切った。
俺はベッドに仰向けに倒れる。

シーツを撫でると、昨夜を思い出した。

他者から今までとは違う触れられ方をした。
あんな風に圧されてこの身体を投げ出したのは初めてだった。本来なら、男が受ける類いのものではなかった。
間近で熱に揺れていた海の目。
(あれだ…)
改めて考えてみても、今までの俺の認識としては昨夜の二人の行いは異常なものだ。それなのに海の目は昨夜中、ほんの一瞬でさえそう思ってはいなかっただろう。

(あの目に弱いんだ、俺は)

今はまだ、俺と海の歯車は噛み合っている。











◆竹山 海

俺が三山さんの部屋に到着すると鍵は開いていた。
「お早うございます」
とりあえず玄関でそう声を投げて靴を脱ぐ。
「あれ?」
此処の玄関で見るには少し雰囲気の違う、明るい色の革の靴が揃えられていた。
「もう来てるのか」
今はもう十時過ぎだ。SINが先に着いたのだろう。
リビングのドアを開けると一人の男がソファーに座っていて、たった今俺に気付いてゆっくりと立ち上がった。
ゆっくりと言っても、堂々としてという感じではなく、どうすればいいのか分からずとりあえず立ち上がった、という様子だ。長身で、俺よりも少し高いだろう。
顔には見覚えがある。
「SIN、お早う」
俺はとりあえずSINの前に向かう。
「お早う。KAI」
通話した時より緊張感はあったが、さして隔たりも感じない表情だった。
パリっとしつつも肩苦しくはないデザインの、グレーのシャツと黒いパンツ。座っていた席の背凭れには濃いベージュのロングコートが掛けられている。
さっき見た靴や洋服のセンスで言っても、NACの中では大人っぽい雰囲気だった。
「あれ?三山さんは?」
部屋を見渡すが、その範囲内に三山さんは居ない。
「ああ、朝ご飯買いに行くって、さっき出て行ったよ。もう少しすれば君が来るだろうって」
SINは朗読の配信中と同じく感情の薄い顔と声で言った。
「ははは!!自分が出てってどうすんだっての!」
三山さんは逃げ出していた。
「凄く薄着だったんだけど…」
笑った俺に返ってきた静かな声は、それでもどこか「彼は外に出るには間抜けな格好だったよ」と言いげで、俺はそのSINの余裕にホッとする。
「たぶん下のカフェに行ったんだと思う。座ってろよ。俺ちょっと会社のメール見ないといけねーから」
「うん」
SINの近くに荷物を置いて、そのソファーの前の三山さんの机に向かった俺は、NAC宛てのメールボックスを確認する。
SINはまたソファーに腰掛けて、そこから俺を見ているようだった。
「お!五十嵐さんだ」
スマホアプリ【美男子学園】の会社の人からメールが来ていた。内容は追加エピソードの収録についてだった。
「よっしゃ!」
仕事が入りそうだ。
他のメールも目を通すが、他は三山さんが判断する内容だった為、俺はSINの居るソファーへ戻った。
「KAIもメールを確認してるの?」
「そう。俺が一番最初にNAC入ったから、ここに来たら毎回俺にもメールの確認をしておいて欲しいって三山さんに言われてんだ」
「そっか」
「SINもそのうち事務仕事させられそうだけどな」
見た目の印象だけでも真面目そうなSINは、俺に少し笑っただけだった。
(まだ入るって決まってないなこりゃ)
下手に話を進められないと知った俺がmimikoneの話題でもしようかと上着を脱いだタイミングで会社の電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。チームネットアクトです」
『お早うございます。お荷物お届けに参りました。今からで宜しいですか?』
「え、あ、はい。お願いします」
『18個口です。かなり大きいのでエントランス使わせて頂きますねー』
「18個!?あ、大丈夫です。宜しくお願いします」
三山さんは一体何を買ったんだとSINを見るも、SINはじっと俺を見ているだけだ。
電話を切ると直ぐにインターホンが鳴った。
「はい、今あけ…あ、その人に言って下さい」
『え?』
モニターに移る二人の配達員に横から話し掛けている三山さんが居た。三山さんはSINが言った通り、黒いVネックの薄いセーター姿だった。頭には白い中折れ帽子。出掛ける間際にコートよりも帽子を手に取ってしまうセンスは割と好きだ。
俺は下の事は三山さんに任せて、モニターで見えた一つの荷物の大きさから慌ててリビングのドアを開けたり、玄関付近の家具が邪魔にならないか確認する。
「SIN、靴動かしてもいいか?」
「あ、何か手伝うよ」
「ありがと。植木鉢動かさねーと。なんかヤベーの上がってくるぞ。ははは!」
俺とSINは玄関に行くと大きなユッカの木の重い鉢を二人で持ち上げる。
青年の木とも呼ばれるこの青々とした大きなユッカは、最近誰かから贈られたものらしく、まだリボンが付いている。薄いピンクと白というリボンの組み合わせから察するに、贈ってくれたのは三山さんの女の誰かだろう。
俺がNACに入ったばかりの頃にも、日付けはバラバラだったが胡蝶蘭やら花束やらが沢山届いた。しかし、どれも直ぐに三山さんがこのマンションの住人達に配ってしまった。
だから、と言うべきか、このマンションの年配の女達に三山さんはやたらと人気があったりもする。
そしてそれは今日みたいに、エントランスを占領して疎まれそうな時なんかにも、甘い目で見てもらえるなんて効き目があるのだ。
「重…」
「ちょ、大丈夫か?SIN」
「ああ…大丈夫」
筋肉が十分にあるとは思えないスラッとしたSINでなくとも、土の詰まった鉢とは思った以上に重い物だった。
「OK!あとは傘立てだけだから」
座ってていいぞと言う前に、SINが片手で傘立てを移動させた。
「じゃあついでに玄関ドア開け放っててくれ。ストッパーはドアに付いてるから」
「うん」
俺はその間に鳴っていたスマホを見る。
三山さんだ。
「はい」
『KAI、玄関のドアを開けておいてくれ。あと植木も邪魔になるか…』
「もう済んでるっすよ」
『ナイスー。了解ー。あ、じゃあこのままで』
三山さんは配達員と話しながら切った。
「俺もちょっと下行ってくるから、SIN、悪いんだけど玄関に居てくれねーか?」
「ああ、見てるよ」
「ありがとな!」
俺がエレベーターホールまで出て行くと、丁度二つの大きな荷物と三山さんが上がって来た。
「お早うございます」
「おう!コレ頼むわ」
「俺が下行くんで、いいっすよ三山さん。ここ居て下さい」
「マジ?あ、けどこれコーヒー入ってんだ…SIN!!SINさん!!SINさーん!?ちょっとー!!お願いしますー!」
「あっははははは!!」
(頼んじゃったよこの人)
三山さんに大声で呼ばれ、モデルみたいなSINは革靴ですっすと歩いて来る。
俺は荷物を下ろして空にしたエレベーターに乗り込んで、三山さんから朝食の大きな紙袋を受け取るSINを見ながら一階のボタンを押した。
「あ、ども」
一階に着くと配達員が忙しそうに挨拶をくれる。
「俺も受け取り先の人間っす。手伝い言われて来ました」
「あ、ありがとうございます」
「マジでデカイっすね!すんません、なんか!」
「いえいえ。こちらのお荷物はパソコンらしいので、僕らが運びますんで、良ければこっちお願い出来ますか?」
「ああ!了解っす!」
(パソコン!!)
三山さんが買ったのだから相当のスペックの物だろう。俺のこの重労働への気構えも変わる。
(MAKIの奴喜ぶぞ!)
重そうなそれと比べれば、まだ軽そうな長い箱の荷物に意気揚々と俺が手を掛けると、
「それも結構重いっすよ?」
荷物と車の見張り番らしいもう一人も笑いながら言ってくる。
「あーいけ…ます!いけるっすよ!」
重いが持って歩けない程ではない。
「じゃあすみません、ありがとうございます」
軽く額の汗を手袋の甲で拭う配達員の一人と荷物とでエレベーターに乗り込んでまた上に向かう。

その後三十分程で荷物の受け取りは済んだ。
「はいはい、お疲れさーん」
三山さんからの軽い労いの言葉を聞きながら、結局運び入れにも駆り出されたSINと一緒にソファーに沈んだ。
「SIN大丈夫か?」
「うん、まあ…ちょっと疲れた」
「ははは!!休んで!あ三山さん、これ、PC買ったんすか?」
三山さんは荷物の横に立って答える。
「ああ、一人一台な」
「え!?」
それでこんなにも大口の荷物だったのかと納得する。
「うわ、これガムテがエグいな。ったく、めんどくせーな。カッターどこやったかな。精密機械だし、無理に引っぺがそうとしてうっかりゴンとやったらヤバイのによ」
俺は何故か急に苛立ったような珍しい三山さんを見るが、三山さんはぷらぷらとカッターなんてありもしない場所を、探す気も無い態度で往復する。
さっきの配達員は気を利かせて業者専用の大きな衝撃吸収マットをサービス外で二枚も置いて帰ってくれたのだが。
「あー、けどアレだな。カッターなんて使って万が一にも新品に傷でも付いたら嫌だなー」
三山さんは唸り始める。
(何だ?何か妙だな…)
普段の三山さんの性格を知っている俺には、そんな事で細かく愚痴る様子が腑に落ちない。
するとベリっと音がして、俺と三山さんが同時にそちらを見遣ると、SINがソファーから腕を伸ばしてガムテープを一本剥がしたところだった。
「簡単に剥がれますよ」
涼しい顔で三山さんに言ったSIN。
「あ、ホント?でも横なんかちゃんと貼り付けてなかっただけだろ?」
三山さんはそう言って、また無意味にうろうろする。
SINは一度俺を見たが、ゆっくりと立ち上がって今度はPCの段ボールの上のガムテープを剥がした。
そして「ほら」と言いたげに三山さんに剥がしたばかりの長いガムテープを見せると、三山さんはそのSINの手を指差してニヤリとした。
「ウチの荷物を許可無く開けたな?」
SINが固まった。
「じゃ、お前のだぞ。それ」
SINは三山さんを見つめたまま何も言えずに、とりあえず手の中のガムテープをゆっくりと器用に小さく畳んだ。
「ぶっ!」
俺が笑うと、SINは無表情だが再び大人しくソファーに座った。

「引っ越し?」
俺は三山さんが俺の到着までの時間を潰す為だけに大量に買い込んで来たパンを食べながら、自分の机の椅子に座って例のスコーンを囓る三山さんを見る。
「そ。俺の荷物全部引き上げて、全部の部屋を仕事場にする。お前ら好きな部屋使え。ブースと同じで、その部屋も配信に使って良いから」
「マジっすか!?」
三山さん宅はお洒落で広い上に個室も多い。
「お前ら二人は今日頑張ったから先に好きな部屋取れよ」
「頑張ったっつっても、荷物運んだだけっすけど?」
「荷物運んだし、部屋の掃除もしたし、全ての荷物を開封したし、デスク組んだし、PC組んだだろ?十分働いた、うん」
つまり、この後掃除とデスクの組み立てとPCの設置をさせられるのだ。
「…え?SINも?っすか?」
「はい。そうですが?」
俺が見ると、SINは口に当てていたクリームパンを少し離した。
「あっははははは!ヤベーっすね三山さん!SIN、今日時間あるのか?」
「まあ…。でも俺はまだNACに…」
「ここの一番上の階、ずっと使ってなかったんだけどな、二部屋とも繋いじまおうかと思って。今日業者来るんだわ。俺そこに引っ越すから。だから後の作業は頼むぞKAI、SIN」
「え!?最上階買ってたんすか?」
俺は驚いてSINの言葉を流してしまった。一部屋に一体幾らするのか想像も付かない。
「だって、俺のマンションだもの」
またしても驚愕の事実だった。
流石のSINも「は?」と三山さんを見る。
「この前三山さん不動産のページ見てたからマンション買うのかと思ってました」
「ああ、あれは追い追い…まあいいか。お前らの寮的なものに使える場所ねーかなと思って見てたんだが、吹っかけてくるから辞めたわ。ここにもまだ空きが四部屋あるからそれを置いておけばいいかなってな」
「俺達の寮?」
「特にYUJIな。最近身バレしてるだろアイツ」
「あ!そうっすね!学校もバレてるし、写真撮られてるっすからね」
俺としても少し心配していた事だった。
「人気もどんどん出てるしな。アイツの場合ちょっと危ないだろ。お前らも安く貸してやるから、言えよ?ちゃんと」
「あざっす。俺は大丈夫っすけど、姉ちゃんの事考えたら今のアパートは不安かもっすね」
「そうだろ?ミオンちゃんもお前と住むならウエルカムだ。直ぐにでも話してみ?」
「はい。今日言ってみます。それはマジで有り難いっすね」
「一部屋くらいは別に住まなくてもみんなのホテル的なものにしてもいいしな。少し考えるわ。MAKIもここから店通っても電車で三十分ありゃ着くだろ?」
「っすね。逆に近くなるんじゃないっすかね?」
「まあ、アイツはしょっちゅうブース使いに来てるし、金が浮く事には飛びつくだろうから住むの決定だな」
「はははは!配信し放題だし喜びますよ。今とか壁にさらに段ボール重ねて貼って防音してるらしいんで」
「正直ソレ全く意味無いけどな」
三山さんがあっさり言うと、次はコーヒーに口を付けていたSINも少し笑った。
「俺の荷物も残りは三箱くらいで、南の部屋に置いてるけど邪魔ならこの辺に出しててくれ。割れ物入ってねーから」
「了解っす」
一通り話が終わると、俺も三山さんも何となくSINが話し出すのを待った。
しかし、SINからは何も話が出ない。
無言で居たいわけでもなさそうだが、三山さんに何を言おうかと考えている空気だった。
「昨日、YUJIと話したんだろ?」
助け船になればと声を掛ける。
「うん。対岸車窓をやったよ」
「俺も後で聴くよ。リスナー増えたか?」
三山さんは黙ってコーヒーを飲みながらPCを弄っているが、ちゃんと聞いているはずだ。
「今朝見ると怖いくらいに増えてたけど、たぶんYUJIや三山さんのファンだよ」
「けどまあ、そっからじゃん?俺もYUJIやMAKIのリスナーに来てもらったりしてるしさ。それで個人的に興味持ってくれれば固定されるよ」
「うん。そうだね」
SINはmimikoneを辞めようと思うと言っていた。俺が今それに触れるべきかどうかを悩んでいると、三山さんがPCの向こうで顔を上げた。
「お前下手でもねーのに何で人気無いんだ?」
ズバリと言う三山さんにSINは特に気を悪くはしていない様子だ。
「さあ、それは俺には」
「顔だってイケメンだろ。やる気がねーからか?」
そんな三山さんにはたと気付きSINが見遣る。
俺は三山さんの観察眼に何も言えなかった。
「俺がお前にしつこい理由、聞くか?」
「はい」
SINは直ぐに返した。
「どうしても欲しいからだ」
「ぶ!…あ、すんません」
理由と言えるのか分からない言葉に、つい反応してしまった。
「それ、昨日も聞きましたけど」
SINの口調はのんびりしていて、例えばYUJIが同じように返した場合よりもずっと柔らかく感じた。
(SINって、別に三山さんを嫌がってるってわけでもないんだな)
「お前の声は他にないからウチが先に獲りたいんだ。諦めるつもりもないぞ」
「先にって、別に他から声は掛かってませんよ?」
「だから、今のうちにってこと。今何か仕事してるのか?」
「はい、バーで働いてます。正社員です」
「Blue ladyだな?他には?」
「え」
SINは驚いているが、三山さんの情報網が一般的ではないレベルだという事をNACの俺達は知っている。
「SINってあのバーのバーテンダーなのか!?」
そのバーは老舗である。老舗であって新しい。細い長い三階建のビルで、中は吹き抜けのような構造になっており、一階には高級レストランのようなテーブル席があり、その上の二階部分は壁に沿ってドーナツのようにカウター席がズラリと、中央の穴に客が背を向ける形で並んでいる。一度ジムの社長に連れて行って貰った事があったが、計算された間接照明が洒落ていて、俺の年齢で一人で飲みに行けるような場所では無かった。
驚きなのは、その二階席のカウンターにはかなりの人数のバーテンダーが並んでいた事だった。
俺が連れて行って貰った日は一階では大きなシェイカーを幾つも使って行われるショーも催されていた。
「うん、そうだよ」
そう返すSINは確かにあの空間に居そうである。
「スゲーな!」
「他の社員と比べれば大した事ないよ。資格も一番浅いものだし」
「バーテンダーの資格!?カッケー!!」
「あのー。ちょっとKAI君」
話の腰を折った俺に三山さんから注意が来た。
「あ!すみません!ははは!暫く黙ってますね」
SINは俺に少し笑い掛けてから三山さんを見る。
「もしウチに来るなら、給料が面倒か?まあ暫くは今の会社の方になるだろうけど、いずれこっちで稼ぐようになったら申告が必要だろ?」
「いえ、別にその辺りの事は。元々基本的にダブルワークだったので普通徴収ですから特に何も変わりませんよ。それと今の会社もダブルワークを推奨してるので、口で話せば、それで」
「ダブルワーク?mimikoneの分か?」
三山さんの調査が及ばなかったネタが出てきた。
「いえ、俺はmimikoneでは税金掛かる程の稼ぎは無いので。最近までパートみたいな感じで、早朝から昼まで事務処理の仕事をしていたのでその為です」
「ハードだなー。それ」
そう言う三山さんの顔は感心したもののようだ。
「そうでもなかったですよ。パートの方は業務内容は軽いものだったので。それよりも三山さん、俺は…」
「ふーん、で、KAIお前だ」
三山さんは確信犯的にSINの言葉を遮った。
「ジムの方はどうする?そろそろウチをメインにしないとややこしいだろ。ゲームCMの分入るし、BIGMANIAの件も追加来てるしな。見たか?メール」
「見ました。バレンタインイベ分の追加っすよね。嬉しいっす」
「なー。あ、それYUJIにも連絡しないとな。まあどちらにせよ、お前はどうせ直ぐにNACでの収入が上限超えるからな。今更ウチ辞めないだろ?」
俺のmimikoneの方の収入は、MAKIと一緒に三山さんが紹介してくれた税理士に任せている。YUJIも今はそうだろう。
「っすね、ジムの方の経理さんにもそれとなく教えてもらって。三山さんに相談しようと思ってたんっすよ」
「そっか、じゃあ後は任せろ」
「はい。宜しくお願いします」
「よし。絶対辞めるなよ?」
三山さんがそう言うのは、俺の実家の美容院の事だ。美容師になるのかどうかを俺は以前に三山さんに訊かれた事がある。
「ま、ウチはケースバイケースで柔軟に対応致しますけどね」
三山さんはその時にも今と同じ言葉を言ってくれた。将来を問い詰めて来ないのは自分の経験からなのだろうと俺は思っている。
「はは!NACは絶対辞めないっすよ。三山さんには本当に感謝してるんで。恩は返します」
「ホントかよ、全くお前らはー」
三山さんは苦笑いで頬杖をつく。
「なんすか!ははは!!」
「恩はNACの名前売って、将来ちゃんと儲けで返してくれよ?肩たたき券とかいうゴミ要らねーからな?MAKIにクレヨン渡すなよ?絶対にな」
「え?どういう事っすか?」
「アイツは勝手に買った画用紙代でも平気で領収書あげてくるような奴だからな。ちょっとお前ら、ここ見ろよ」
三山さんが自分の机を指差して言うので、俺は三山さんの後ろに立って机の角に目を凝らす。
すると、完全に反転した『カレーライス 200円』という文字があった。
「あの小僧が勝手に経費で買ったクレヨンと画用紙で、勝手に作ったカレーライス作りますゴミ券の亡霊だ。この家にあるレトルトカレーで俺から金取ろうとしやがるんだよ」
「あっはははは!!やべえ!おもしれーMAKI!!」
薄っすらとしながらも確実に机にこびり付いている緑色の汚れに腹が捩れる。
「クレヨンでここにくっついてよ、字が逆になってんのがまた…クッ…腹立つだろ?これぇ。しかもそのソファーで作ってたんだぜ?俺の目の前でよ。ニコニコして、どういう神経してんだって。で、これ見て謝んのかと思いきやキャーキャー言って爆笑してんのよ」
笑いを堪えながらも指で怒りを表すように表面を擦る三山さんには、いつの間にか俺の後ろに居たSINでさえもこっそり笑っていた。
木の肌触りの良さもデザインとして使った三山さんの新品の机は、コートが殆ど施されておらず、油性の文字は拭いても落ちなかったのだろう。
MAKIはこの手作り券を、五枚で千二百円という何故か一皿分割増しシステムで三山さんに売りつけたのだそうだ。
(てか、何でその券買ったんだよ三山さんも)
そんなくだらない話を一頻り笑った俺とSINがソファーに戻った頃、
「さあ、こんな感じですけど」
と、三山さんがSINを見て言った。
唐突に、NACに入りませんか?という事だ。
「え?」
SINは分かりにくいが、その表情は「言いたい事を言うタイミングをくれるのではなかったのか」と、多分驚いている。
「あっははははは!もうちょっと何かあるっしょ!」
「入りましょう。逃げられませんし、俺からは」
「ははははは!!ツエー!!」
「いや、でも」
すると、三山さんのスマホが鳴る。
「あ、じゃあ俺は一旦上に行くわ。お掃除宜しくー」
「あ!朝言いましたけど俺バイトの時間には帰りますよ?」
「それまでには俺も戻るし。今日は壁に穴開けられるかどうか見て貰うだけだしな。SIN、帰るなよ?」
コーヒーを持ちパンを一つ取ってからSINに釘を刺した三山さんは、そのまま電話をしながら出て行った。
俺とSINは顔を見合わせる。
「じっとしてないのか?三山さんって」
「ははは!!今日はたまたまだよ。あ、けど普段もこうかな?」
「困るなあ…」
SINはそっと息を吐いてコーヒーを飲む。
「三山さん、ホントにSINに入って欲しいんだ。俺とMAKIにも言ってたし」
「そうなんだ…」
「NAC入ってもホントに損はしないって。仕事もそんなにドンドン入ってくるわけじゃねーからバーの方は続けた方がいいと思うけど、現状マイナス要素って何もないぜ?仕事の仕方も相談すればSINに合わせてくれるだろうしさ」
「相談する時間をくれないよ」
「はははは!あー、アレじゃね?入ってくれたら相談聞きますって事じゃね?」
SINは呆れて笑った。
「たぶんそうだね」
「あの人は自分が人と違った生き方してるから、どんな相談したって否定したりしないよ。型にもはまんねーし、何があってもSINの味方してくれるって。ああ見えて実は頼れる人だよ」
俺が言うとSINは暫く俺を見つめた。
そして、
「君が言うなら、そうなんだろうな」
と少し笑った。

各部屋の掃除が済んだ午後二時頃に、三山さんはふらりと戻って来たが、四つの部屋にPCやモニターやそれを乗せる机と椅子をそれぞれ割り振り終わった時には、誰かからの電話に応えてまた出て行った。
「ネット接続は三山さんに任せた方がいいから、とりあえず机組むか」
「そうだね」
SINが梱包を解いているうちに、俺は一番簡単な椅子の組み立てを済ませた。
「おあ!気持ちいい!この椅子!」
所謂ゲーミングチェアの小柄バージョンみたいな、しっかりと硬めのクッションの効いたその椅子。
「え?」
「座ってみ?」
SINの作業を引き継いで、椅子に座る長い脚を見ながら机に使うネジが入った小袋を段ボールから剥がした。
「ホントだ。楽だ」
「結構高価だよな、椅子ってさ。俺が家で使ってるのもまあまあしたけど、これめっちゃ高そう。デザインが」
「それに凄くしっかりしてる」
そう言ってSINが背凭れをぐいぐいと押していたその時だ、

「KAI、いんの?」

部屋の入り口に急にYUJIが立った。気配が一切しなかったので、俺とSINはなかなかに驚いた。
「お!YUJIじゃん!お疲れ。授業は?」
「終わった」
YUJIはSINを見る。SINはすっと椅子から立った。
「あ、昨日はありがとう」
SINが言う。
「うん、こちらこそ。そっちは大変だったな」
YUJIはSINにふっと笑ってから「三山さんは?」と俺に問う。
「どっか行った。ははは!!」
「何それ。俺、先にパン食ってい?」
YUJIは俺達が開けている段ボールを見ながら言う。
「おー。パンめっちゃあるから。キッチンにいつものインスタントのコーヒーならあるよ。ゆっくり食えよ」
「わかった」
YUJIはキッチンに向かった。
「昨日、色々話したのか?YUJIと」
作業を再開しながらSINに訊く。
「いや、そんなに会話はしてないよ。YUJIも配信中に急に三山さんに俺と繋がれて困ってたから」
「はっははは!!めちゃくちゃだな!」
「ホントだよ。MAKIも何度か入ろうとしてくれたんだけど、三山さんが悉く切っちゃって」
「あはははは!!そういえばMAKIがそんな事言ってたな!」
SINが笑って手際良く天板のビニールを破るのを見ていると、SINにとっても顔を真っ青にする程の事でもなかったのだろうと安心した。
(案外どっしり構えてんのかもな)
「MAKIも七時くらいに来るって」
パンとマグカップとスマホを持ったYUJIが入って来て、さっき俺が組んだ椅子に座ってマグカップを床に置くと、大きなメロンパンを両手で持って囓る。
YUJIが自分からそうしてくるとは思っていなかった為、何となく嬉しい気分だ。SINが少しNACに馴染み易くなる気がしたからだ。
「七時かー、俺はバイトだからいねーな」
「KAI何時?」
「んーと、四時くらいにはここ出て一旦家に帰る」
YUJIの質問に応えながら、三条さんの部屋に泊まった事で着替えられていない自分の服を見る。ジムの方はスタッフ用のユニフォームが必要だ。
「俺もそのくらいまでなんだけど。SINは?」
「俺は…」
SINは俺を見る。
「はは!たぶんラストまでだな」
MAKIが来るなら三山さんはそれまでSINを帰さないだろうと思うからだ。仕事終わりのMAKIが腹が減ったと言い出して、三山さんとMAKIとSINで晩飯を食べに行く予想が出来た。
YUJIも背凭れに深く沈んで、メロンパンの囓った跡を見ながら小さく笑った。

「あ!!壁の事忘れてた!!」
急に三山さんが帰って来たのは全ての部屋の段取りが終わる頃だった。
「壁?」
YUJIが訊くと三山さんはSINに隣の部屋に行くように言ってドアを閉めた。
「あ、防音か」
俺が言うと三山さんはYUJIの冷めきったコーヒーを一口。
「って、クッソ不味いなあオイ!」
「一時間前のだし」
「ははは!で?どうするんすか?」
SINは移動したままだ。
「お前ら何か叫べよ」
三山さんがSINが移動した部屋との壁を見て言う。
「SIN!!」
俺が少し大きめの声を出したがSINの反応は無い。
「SIN、今の聞こえたか?」
ドアを開けて訊く三山さん。
向こうから戻りながら話すSINの声が段々と聞こえる。
「そっか、じゃあ別にいいか。歌うとかならブース使え。朗読くらいなら問題ねーな」
「OKっすか?」
「ああ。後から気になればパネル買おうぜ。よし。配線は俺がやっておくからお前らもう休憩しろ。お疲れさん」
「下に通すの?」
YUJIが床を見る。
「そう、俺は線が見えてるのダメなんだ。そこに埃とか溜まったらもうマジでムリ」
言いながらソファーに向かう三山さんに続いて出ながら、俺達は畳んだ段ボールをそれぞれ持って玄関の近くに運んだ。
「三山さん、コーヒー淹れましょうか?二人は?」
俺は自分の飲み物を調達するついでにみんなに尋ねる。
「俺は熱いやつ。アツアツの」
「俺は水がいい。ありがと」
「手伝うよ」
SINも一緒にキッチンに入る。
「あのPC使うのめっちゃ楽しみなんだけど」
「最新のモデルだよね。モニターも入れて二百万くらい?」
「もっとするする。それが四つだからな。ちょっとおかしいよな三山さん」
俺の言葉も悪かったのかSINが笑う。
「でもスッゲー快適だと思う。どんだけ窓開いてもサクサクだぞ?何年も使えるしな。SINも良いの使ってるのか?」
「いやノートだよ」
「え?mimikoneも?」
「君らほどコメント来ないし、困る事は無かったけど。同時にotohon開くとちょっと重くて」
「あ、そうだな。あのPCなら何でも同時にヌルヌルだ。三山さんが使ってたモニター何個も余ってるからさ、みんなもう一つずつ足してもいいかもな。…あ、ごめん!はははは!!」
勝手にSINを含めて話をしてしまっていた。
「いいよ。あ、水って…」
「あ!これで。ウオーターサーバーあっちにあるけど、YUJIもMAKIも三山さんに合わせてると冷た過ぎるって言うから。ペットボトルのを常温で置いてあるんだ。ほらアレ、箱の中身全部水」
俺はテーブルの下の箱を見せて言う。
「あっちの箱は?」
「全部カレー。はははは!!」
「ああ、さっきの」
SINがふっと笑いながら食器棚からグラスを取ったり、それに水を注いだりするのを見ていると、その所作は明らかに滑らかだった。
こんな単純な作業で何が違うのかは分からないが、プロっぽいのだ。
(あ、音がしないんだ!)
「KAI、どうかした?」
「あ、いや。カッケーなSINって」
「どこが」
急に言ったせいか、SINは驚く。
「バーテンダーとか絶対モテるだろ?」
「あー、そういう事か。確かに制服着てカウンターに立ってればそうかも」
「え?」
「同じようなものが揃って並んでたなら、その中から一つ、特別だと思うものを選びたくなるのが人の性だ。だけど実際には、一度選んだものがまた別の何かに紛れたなら、その価値が下がってしまうのも常だよ。それに俺はそもそも、カクテルをレシピ通りに作る事しか能がないんだ」
まるで真実を捉えているかのようなSINの言葉に、返す言葉を慌てて探していると、SINは俺より先に続けた。
「俺から見れば、君の方がずっとかっこいいよ、KAI」
「俺?」
「うん。何か眩しい」
「眩しい?」
「変な事言ってごめん。初対面でも君って何かあったかいからさ」
「あったか…?」
「その」
SINはグラスの底の硝子が厚い部分だけを親指と人差し指の間に挟むように持ってトレイに乗せ、その手で自分の目元をさっと囲った。
「目、だと思う」
俺はよく分からず、
(詩人的なタイプなのか…)
と思った。
「優しいのが分かるんだ」
「はあ…」
「誰も君を警戒しないんじゃないかな」
確かに話し易いとはよく言われる俺だ。
「安心するよ。君が居ると」
SINは俺がインスタントコーヒーの粉を入れた三山さんのマグカップを取ってトレイに乗せた。
「そっか、良かった。俺でよければ何でも言えよ?」
「ありがとう」
「おう。あ!俺も水飲もう」
「常温?」
「んー、俺は冷たいのが好きだけど」
ウオーターサーバーの水は冬には俺にだって冷たい。
「いいものあったよ。ここに」
SINは食器棚を開けてその隅にあったそれを出した。
「あ、これ何なんだ?ずっとあるなーって思いながら謎だったんだ」
「ミキシンググラスって言うんだよ。三山さんのかな。水でもジュースでもお酒でも、ちょっと冷やしたい時にも使えて凄く便利だよ」
SINは大きな切子のビーカーのようなものをさっと水で濯いで、氷を入れ水を静かに注いだ。その手にはバーテンダーがよく持っているあの長いスプーンもいつの間にかあった。
「混ぜる程に冷えるから、今の時期なら注いで数回混ぜるだけで良いと思う」
そう言って氷ごと全体を静かに混ぜた後、バネっぽいものが付いた、取っ手付きの蓋を被せて中の水だけをグラスに注いだ。
「おー!そうやって使うんだ、これ」
「飲んで」
一口飲むとほんのり冷たい。
「うま!」
「口の中の体温より低い温度の水の方が新鮮に感じるんだ」
「へー!!勉強になった!ワインにも使えるか?」
「んー、ワインは人によるよ。氷入りを好む人もいるし。こうすると空気も混ざるから、あまり良いワインには向かないかも。風味を変えると怒る人もいるからね。辛い料理の時にこうやって少し冷やすと良いかも知れないけれど」
「そうなんだな」
「でもシェリー酒なんかには良いんじゃないかな?フルーティーさが感じられると思うよ」
「シェリー酒!マジありがと!ネットで買うよ!」
「うん、本当に便利だから。無駄にはならないよ」
(光留さんに使ってあげよう!)
「あ、普段から酒飲む人って、コレ持ってるものか?」
「どうだろう。家で簡単なカクテル作る人や、焼酎やウイスキー、ブランデーとか好きな人は自分で使ってるかもしれないね」
三条さんは紅茶にブランデーを使っていた。紅茶に入れずにブランデーだけを楽しんでいる可能性はある。
「そっか。まあいいや俺も欲しいし」
「誰かに何か作ってあげるの?」
「え?ああ、うん。そう。ははは!酔うと可愛くなる人だから、飲ませようかなって、はははは!!」
「スパイス程度にね」
SINは今日一番の笑いを見せた。

リビングに戻った俺はウオーターサーバーの熱湯を三山さんのマグカップに注いで混ぜて渡した。
「サンキュー」
「KAI、三山さんが何か言ってる」
YUJIはSINから受け取った水を飲みながら言う。
「その言い方な、お前」
三山さんが苦笑い。
「今度は何言ってんすか?三山さん」
「お前もな?えとな、NACのホームページでお前ら一人ずつの朗読を聴けるようにしようかと思ってな。コレってやつを一人一本な」
「WORLD TUBE使ってっすか?」
「そう。アカウントは俺のじゃなくて、会社で一つ作るつもりでいる。そしたらさ、どんなメンバーなのか分かり易いだろ?仕事探す時とかも、お前らもホムペを見て下さいとも言えるしな。名刺も作るしサラッと売り込め。イベントの様子とかもアップ出来るし。流石にmimikoneってアプリで私を探して見て下さいって、通じない場合があるだろ?」
「っすね。それよりは会社のホムペの方がまだ感じは良いっすよね。あのスローガン下げてくれるならっすけど、ははは!」
「俺に魂売れってのか?」
するとYUJIはさっと口を挟む。
「ブレッブレの魂じゃん…」
「あっははははは!!」
「ブレてない!!まあ、何かと使えるだろ。君らのファンもNACの様子知りたいだろうしな」
「なにを読んでもいいの?」
YUJIが質問する。
「BLとかエロ以外な」
「わかってるし!なんかウザかった、今の…」
俺とYUJIは笑う。
「otohonで探させて貰っていいんすか?」
「それが一番安心だな、色々と。勿論お前らが使わせて貰う作品にはちゃんと払いますよ」
「探してみる」
YUJIが言うと三山さんは頷いた。
「生活音とか要らないからここで録れな、一人一部屋、立派なPCがあるんだから。マイクやヘッドホンは各自で買って領収書くれ、ここ宛てにしてりゃ受け取ってやるから。じっくり時間掛けて練習してくださいよ。SINもな」
「え」
「了解っす!な、SIN」
俺がゴリ押すとYUJIがくすくす笑う。
「けど!朗読に編集は入れるなよ?BGMのみ許可します」
「それ難しい…」
YUJIは想像するように頬に手を当てて目を閉じた。すると三山さんが言う。
「頑張れYUJI」
「ちょっ!あははは!」
適当過ぎる言葉だ。
「何それ」
「……頑張れ!」
「笑ってんじゃん…」
「一回やってみようぜYUJI」
「うん、わかった」
「ま、とりあえず、ホムペにアップするのは厳選した一本丸々ぶっ通し。コレは俺が決めた事。お前らいつもmimikoneでやってるんだから平気だろ?録画なんだし失敗したらやり直しゃいいんだから。急がなくていいんだ頼んだぞ」
「はーい」
俺とYUJIが返事をした。

それから暫くしてYUJIが帰る様子を見せた為、俺もまだ少し時間はあったがそろそろSINも三山さんと二人で話したいだろうと思い、YUJIと一緒に出る事にした。
それに、YUJIが居るのなら少し頼みたい事がある。
「YUJI、この後ちょっと時間ねえ?」
マンションを出た所でYUJIに尋ねる。外の気温は少し下がっていた。
「あるけど?バイトは?」
YUJIは不思議そうに言う。
「まだ早いんだ」
「じゃあカフェ行く?」
「出来れば俺んちかお前んちが良いんだけど。PCが必要で」
「PC?近くなら俺んちだな。行こうぜ」
「ありがと。あ!!また色紙忘れた!」
新尾さんからのミッションを俺はまだこなせていなかった。
「今日ついでに買えばよくね?」
「そうしよ!前に言ったYUJIのサイン頼むよ」
「うん」
「三山さんとMAKIのも頼まれてんだけど完璧に忘れてた。ははは!!」
「俺が色紙渡しておくよ。明日MAKIとコラボで会うから。三山さんのも渡しておくし」
「助かる!!」
俺とYUJIは駅の近くの大きな文房具屋で色紙とペンを買って、YUJIの部屋に向かって電車に乗った。

「お邪魔しまーす」
「最近掃除できてないけど」
YUJIの部屋には俺もMAKIも何度か来た事があるが、相変わらず殺風景だった。
(というか、帰ってるか?この部屋)
元々必要なものしか置いていなかった部屋だが、以前に増して生活感が無い。
「ノートでもいい?」
「うん、悪いな」
「全然」
この礼にとマンションの近くで俺が買ったミルクティーを袋から出していると、YUJIがベッドの上にノートパソコンの準備を済ませた。俺もYUJIの横に腰掛ける。
「何すんの?」
「あのさYUJI」
俺は三条さんに借りたばかりの【深紅の檻】をカバンから出してYUJIに渡した。
「なに?」
「ちょっとコレ、聴いてくんね?」
「薔薇?」
YUJIはCDケースを暫く眺めてから静かに開けた。
「BLなんだけどさ、この攻め役の男の声の色って分かる?」
「色?」
俺は訳を尋ねて来るYUJIの目に答える。
「ほら、YUJI前にさ、俺に黄緑色の犬って言ったの覚えてるか?」
「ああ…うん」
YUJIは覚えていた。
「それと同じ感じで聴いてみて欲しいんだ」
「いいけど。俺、その人と実際に会ってみないとあまりイメージって出来ないと思う」
「それでもいいから、頼む。声のイメージだけでいいんだ」
「うん」

YUJIは二十分くらいで顔を上げ、ヘッドホンをずらした。
「聴いた?」
「うん」
「じゃあさ、今から聴いてもらう声の中に、その声優がいるかどうか試してみてくれねーか?」
「誰?」
「先ずはコレ」
俺はWORLD TUBEにいくつかパターン違いでアップされていた【ふて魔女アリス シーズンⅡ】の公式の予告動画を流しながら、それを聴くYUJIを見る。
「これってさ、マンマート?」
「え!?YUJIふて魔女見てんのか!?」
「あ…うん…」
YUJIにはアニメを見ているイメージがなかった為、少し驚いた。
「マジかよ!そう、常盤さんって声優なんだけど!さっきの声と、どう?」
俺は常盤さんのナレーションを何度かリピートさせてから尋ねる。
「んー、この人じゃないと思う。声だけなら緑と…黒?っぽいから」
「緑と黒、か。そっか。じゃあ次はコレ」
「ギルディルク?」
「そうそう!マジかよYUJI。ちょっと嬉しいって!」
「んーと…この人は……分からない」
「分からない?」
「役柄だろうけど本人の色が分かりにくいんだ。わざと単調にしてあるから」
「成る程…」
「でも、たぶん赤だと思う」
「赤?」
俺が川俣さんに対して持っていたイメージの色とは何となく違ったが。
「赤と黒。ひょっとしたら、CDの声も出るのかも?」
「ってことは…」
「うん、CDの声は赤だ。でも…まあ声だけじゃ分からねーけど」

明平帝内の声の色は、赤だった。

「そっか。じゃあ次なんだけど、YUJI持ってるよな?Reset」
NACに届いたものを三山さんがYUJIに渡したはずだ。
「ちょっと貸してくれね?」
「Reset?何で?」
ミルクティーのストローのほんの先っちょを咥えるYUJI。
「林さんの声も聴いて欲しいんだ」
「林さん?でも、CDの声優は林さんじゃないけど」
「え?」
たぶんとか、きっととか、そんな言葉も使わずに言い切ったYUJIに、明平帝内に一番近い声優は林典隆だと思っていた俺は今、自覚していた以上に落胆している。
「絶対に違う。あの人は青だから。赤じゃない。変な事言うみたいだけど、俺の中でこの二つの色だけは、同じ人からは出ないんだ。俺にしてみれば…例えば紫も、赤と青を混ぜた声ってのとはちょっと違うんだ。そんな感じはあるんだけど、紫の声は、最初から紫なんだ。赤っぽい声を出せたり青っぽい声を出せたりしてもそれは赤でも青でもないし、赤っぽい声を出せる人は青っぽい声は出せないんだ」
俺は何となく頷き、YUJIの言う「色」の具体性が少し分かったような気になった。
「その性質の上で、これは林さんじゃないって事か?」
「うん、違う」
「マジか……」
「もしかして、このCDの声がKAIが電話で言ってた声優なのか?」
「ああ、うん。そうなんだ」
「そっか…」
YUJIでもはっきりと分からないのなら、今日はもう打つ手無しだ。
というより、ほぼ行き詰まった。
明平帝内は本当にこの候補の中に居るのだろうか。
(最早ルージュすらも、全く関係なかったりしそうになってきたな…)
俺が【深紅の檻】をYUJIのPCから出してケースに戻していると、YUJIが言った。
「なあKAI、てかそれ、三条さんに聞けば早いんじゃね?」
「え!?」
俺はギクリとする程驚いてYUJIを見る。
「スタジオで三条さんと話せる時間ないのか?」
俺がまだ何も言えずにいると、YUJIは前髪を掻き上げ「やっぱ俺の時よりバタバタしてるのか」と呟いた。
「何で…三条さん?」
「え、だってこの受け、三条さんだろ?」
マニアなのに知らなかったのかと言いたげな目で見てくる。
「…マジかよYUJI!!天才だな!!そうだよ!三条さんなんだこれ!」
YUJIは声優に全く詳しくない。当然御塚光瑠の名前も今この時まで知らなかったはずだ。
「え?すぐに分かったけど」
「YUJI!!」
俺は感動してYUJIの肩を掴む。
「なんだよ、どうした?」
可笑しそうにするYUJIだが、YUJIの「色」に対する才能はどうやら本当に本物だ。
「いや、何でもない。けど…三条さん教えてくれねんだよ」
「何で?」
「さあ。でも、また振り出しかーー」
俺は大きく伸びをしてから溜め息をつく。YUJIは暫く【深紅の檻】の声優達の名前を眺めていたが、
「なあ、KAI」
CDを俺に渡しながら言う。
「ん?」
「ギルディルクの人なんだけど」
「川俣さん?」
「その人の作品って他に何がある?」
「え?めっちゃいっぱいあるけど。何で?」
「聴いてみたいなって。感情が入った赤の声」
YUJIは真剣だった。
「へー。興味あるんだ?」
「うん。俺も赤を出してみたいから」
「赤…か。じゃあ川俣さんが出てる作品、俺のオススメからいくつかタイトルメールで送るよ」
「うん。あと、この明平帝内って人が誰なのか分かったら、俺にも教えて欲しい」
その理由も多分、明平帝内の声が赤だったからだろう。
「うん、分かったら教える」
「うん。なあ、ふて魔女ってさ、めっちゃ力入ってね?配役」
「YUJI……」
「かっこいいよな、みんな」
「YUJI!!」
「ふふ!何だよKAI。どーした?」
YUJIの変化には感動ばかりだ。
「あ!そうだ!ひ…三条さんの色って何色?」
「え?三条さん?」
「ほら、Resetで会ってるし、三条さんの色ははっきり分かるんだろ?」
ついさっきも御塚光瑠を三条さんだと見抜いたYUJIだ。
返答を楽しみに待つ俺だったが、YUJIは何故か首を傾げた。
「三条さんは金か紫なんだけど…。改めて訊かれると…。三条さん、か…。あの人、特殊なんだよな」
「特殊?」
「ずっと役着てるから」
「…え?」
俺はその言葉に、何かを言い当てられたような気分になった。
「あ、偽ってるとかって意味じゃなくて、オフでもオンって言うか。いつ見ても常に三条さんだったなって」
常に三条さんという点については、多分あの人の「王子キャラ」の事を言っているのだろうが。
「プライベートはどんな感じなんだろうって。実はあの人だけ最後までよく分からなかったんだ、俺」
何かを思い出すようなYUJIの横顔を眺める。
「それにあの人。一度だけ、赤だったんだ」
「え?」
「はっきりと真っ赤だった気がしたんだけど、何の瞬間だったか覚えてない。なんか、急に赤になってまた金か紫に戻ったんだ」
「へー……」
(真っ赤?赤っぽいじゃなく?)
それはさっき言っていたYUJIにとっての「色の定義」を外れるものなのだろう。だから「特殊」となるのかも知れない。
「真っ赤なのは初めてで、すごく印象的だったのに。点で刺されるみたいにはっとしたのに…俺もその時ちょっとごちゃごちゃしてたから…って、あ、ごめん」
YUJIは突然謝った。
「あ、いや。俺YUJIのそのセンスすげー好きだよ」
「うん、ありがとう。これ、今は俺の特技。ふふ」
YUJIは俺に柔らかく微笑むが、
(YUJIって、こんな風に笑ったっけな)
俺はそんなYUJIを初めて見た気がした。少し前までは「自分の特技」何て言い方もしなかったような気がするのだ。言ったかも知れないが言ったとしてももっとニュアンスが違った気がする。
そしてYUJIは、また何かを思い出すようにぼんやりとして言う。
「三条さんか、もう一度会ってみたいな」
「え!?三条さんに?」
「うん。勝手で悪いんだけど、俺ちょっとだけ親近感あるんだ、あの人に」
「親近感?」
「意味分かんないだろうけど、何て言うか…仕事の先輩って言うより、兄弟であって欲しいかなって」
「兄弟……」
(YUJIが、YUJIじゃねえ!)
俺は新鮮な気持ちでYUJIを見ながら、それでも何だか嬉しいのだ。
「ホント…ごめん」
YUJIは小さく笑った。そして、
「あ、KAI。ちょっと待って」
思い付いたようにベッドをぴょんと下りてベッド脇の低い本棚を覗いている。
「どうした?」
「台本」
「台本?」
「そ。大西監督がくれたんだ」
隣に戻って来たYUJIの手元を見ると【Reset】の台本が数冊あった。
YUJIは何故か、一度深呼吸をしてからその台本を開いた。そんな様子に、YUJIは収録後初めてこの台本を開いたのだろうと思った。
パラパラとページを捲りながらも、真剣な目で文字を見送るYUJI。
そして、
「あった。確かここだった」
「え?」
「三条さんが、赤だったとこ」
YUJIが指差していたのは、『拓馬は君を愛してるんだ』という、三条さんの台詞だった。
俺がこの作品をCDで聴いた時は、このシーンは山場であり、俺自身もストーリーに入り込んでいて、自分の好きな声優の台詞がどうとか考えていなかったのだろう。
「上手いって、思った。凄く綺麗な音だったんだ。ホントに、何の邪魔にもならなくて、正真正銘、台本の中の世界の、赤羽薫の声だったんだ」
その収録現場に居たYUJIは今、『愛』という文字をトンと指で叩く。
「恋愛話だし、愛って言葉が浮くような空間じゃなかったのに。はっとしたって言うよりは、綾斗として…かな…?妬けたんだ、薫の綺麗な想いに。自分は今、神城の為にそんな風になんてしていられないのにって…」
YUJIは小さな声で言い、その指先にそっと笑ったように見えた。
「へえ…」
「俺、KAIほど声優に詳しくないけど、三条さんって凄い声優だと思う」
「うん」
「今見るとそんな突き刺すような台詞じゃないのに、何でかずっと記憶にあったんだ。あの時の赤が」
微笑みながら台本を閉じたYUJIの、その不思議な色の目が伏せられると、たった今俺は自分がYUJIを羨ましく思っている事に気が付いた。
「すげーな、YUJIは。マジでさ」
YUJIはその目で俺を見る。
俺は自分も何かの役を得て、今のYUJIのように実体験として声優を見たいと思った。
それが声優マニアとしての夢なのか、それとも将来への希望なのかは分からない。
「あ!YUJI。ついでに訊きたいんだけどさ、俺は犬だったじゃん?黄緑色の。ひ、三条さんは?動物だと何?」
するとYUJIは一瞬天井を見てから直ぐに答えた。
「イタチ」
「ああ…イタチ…か」
(イタチ!?なんで!?)
「え?理由は?それも何か定義みたいなのあんのか?」
「ない」
「ない!?」
「はは!これこそ俺の勝手なイメージだから」
「へー。イタチかあ…」
これはよく分からなかったが、何故か遠くもない気がするから不思議だ。

「なあ、KAI」

俺は今までにも時々、YUJIと目を合わせると時間が止まったように感じる事があった。勿論、いくらYUJIでもそんな能力は無いだろうけれど。この宝石みたいな目が何か訴えて来るような時に、そんな風に感じるのだ。
「ん?」
「俺も一人、好きな声優、いる」
YUJIが変わったと俺が感じる度に、この簡素な部屋の色の無さが増した。
YUJIはもう、ここにはあまり帰っていない気がする。
「……え!?誰!?YUJIが好きとか思うのって珍しくね!?」
するとYUJIは笑って背を向けて、台本を本棚に戻した。

「たぶん、秘密」













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