7 / 25
4.
しおりを挟む◆竹山 海
翌朝、日の出前に姉の部屋のドアが開く気配で目が覚めた。
否、
(一っっっ睡も、出来なかった!)
昨夜帰ってからシャワーを浴びた身体はともかく、ドロッドロに鈍った脳味噌を首の上に吊るし上げてベッドから出ると、姉の気配が移ったキッチンに出た。
「おはよー、海」
下手くそなウサギの絵柄のベビーピンクのスウェット上下の姉は冷蔵庫の前から、こちらも徹夜明けの目を寄越す。
「…おはよ」
俺は「あーよく寝た」というように伸びをしてから、水切りかごのグラスを二つ取ってテーブルに置く。
それに2リットル入りのスポーツドリンクを注ぐ姉は大きな欠伸。
姉はよく朝まで対戦の練習をしている為、これはよくある光景だ。
「今から寝るのか?」
「うん。なーんかまたコントローラー調子悪くてさ。イラついたから倍疲れたー」
「また?脚乗っけて寝てるからだろ」
一杯目を一気に飲み干した姉と俺は同時にグラスを置き、重そうなのに何故か片手で注ごうとする姉からペットボトルを取って俺が注ぐ。
「レバーレスにしようかな」
ピンクの短い爪で目の下を擦りながらまた欠伸。
「赤くなるぞ。そんな急に変えていいもんなの?コントローラーって」
「ホントはヤだけど、練習する。効かないのイライラするもん。次は大事にする」
寝不足の姉はだいたい素直で可愛い。
「買ってきてやろうか?」
「いい。ネットで頼んだから」
「レバーレス?」
「ううん。今のと同じの」
「ちょ、なんだそれ」
(変える気ないだろ)
姉は長いベージュの髪をめっちゃくちゃに撫で回しながら「ここさむーい」と欠伸混じりにぼやいて冷蔵庫にスポーツドリンクを戻しに行った。
その背中に、昨日の光景が戻って来る。
「なあ、美音」
「んーーー?」
姉は閉めた冷蔵庫に腹で凭れ掛かりながら多分目を閉じている。
「もし、よく知らない男にこういう事されたらどうする?」
「ん?」
俺は昨日三条さんにしたように背中から姉を抱いてみた。
「わっ!わっ!何か懐かしい!よくやってたよねー公園で!わーあの頃の海だー。ねむーい」
「どうする?」
「ブン殴る」
「…だよな?」
(普通はそうだよな?)
「えー?ナニ?」
腕を解くと、姉は面白そうに見て来る。
「あーー。かーくんもしかしてー」
「はいはい、もういい。今日俺三山さんトコ行くから車使っていい?」
「うん。でも私もチーム行かなきゃだから迎えに来てよ?」
姉は週三回、所属するプロゲーマーのチームの集まりに通っている。
「おん。行きは?送ろうか?何時?」
「電車で行く。昼の三時。合わないでしょ?時間」
「だな。帰りは?」
「九時くらいかな」
「帰りは絶対行くよ」
姉はいつも通りちゅっちゅと唇を鳴らすが、直ぐにニヤニヤと笑ってまた髪をくしゃくしゃと揉む。
「ねえ、一年ぶりじゃないっけ?彼女」
「は?ってか、母さん冬なのに汗だくになってトリートメントしてくれただろ?ちゃんと維持しろよな、髪」
「この色可愛いよねー」
「うん、可愛い」
姉は何か分かったように笑ってグラスを手に自分の部屋に向かう。
「美音、おやすみ。ちゃんとベッドで寝ろよ?」
俺が言うと、姉は少しの幅だけ開けたドアの隙間から丁度胸のウサギと一緒に顔を出した。
「エロガキ」
「うるせー」
飲み干したグラスを洗って手をタオルで拭っていると、さっき抱いた姉の感触を思い出す。
(やっぱ、違うんだな…)
柔らかい姉の身体。
(あの人は…)
薄いのに姉より横幅があるような。
(何ていうか…)
服の直ぐ下に肌を感じたというのか。
(ダイレクトって…いうか…)
熱、というのか。
(なんか)
俺は自分の腹に手の平を押し当ててみた。
(俺とも違った)
『何かおかしいかい?』
(全く、効かなかった…)
至近距離で見た甘い目尻。
ウエーブの髪の隙間から見えた、あの余裕綽々と上がった口角。
カチ、カチ、と。
何かが鳴る。
『感じ始めてるな?』
喉の奥全てを震わせるような低い男の声。
『やめて、下さい!』
若い男の、硬い怯えた声。
『イキタクナイ…助けて下さい…』
『抗うな、お前は俺のものだ』
『ああ…誰か…俺の声をきいて…!』
『ほら、どうだ…そろそろだろう?』
『愛…してると…言ったじゃないか…!』
『これが俺の愛だ。ほら…どうした?快がってるぞ?嫌なんだろう?』
『助けて…ぁあ…!イキ…たくない!』
『毎日毎日抱いてやる…飽きさせはしない』
『誰か…俺は此処に…』
【深紅の檻】では、冷たく熱い異常な愛に弄ばれ、肉体を支配されていく自己憐憫にもがき喘ぐ青年の悲恋と、肉体と自我の蹂躙こそが所有物への愛であると、あわや自己犠牲を含むとも思われるような精神として確固とした男の欲望が、息遣いや効果音で表されていた。
『誰かぁ…イヤだ…イヤ!快くなんてない!イカサナイデ!お願い!オネガイ…』
作品を聴く者の真横で鳴るストロボの効果音が、結局この作品には最後まで一人も登場しなかった「救済の念を持つ者」と「略奪の念を持つ者」とを俺の胸の奥に同時に焼き付け、
俺が現実に居る今だから、その何度目かのストロボの効果で、一瞬、三条さんの顔を思い浮かばせる。
(あの時…)
三条さんは俺があのCDのビニールの紐を引いて破る時、一瞬だけ俺を睨んだように見えた。
そしてまた、最後のストロボで写ったのは、あの口角の上がった唇だった。
しかし、それは俺が知るものでは無く、
(赤い…)
赤い唇だった気がした。
「三条 司」が赤い口紅なんてのを付けた事は無い。どんな雑誌のどんな企画の写真でもそんな物は一つも無かったはずだ。
俺の思考が創り出した映像だった。
「三条 司」は美しくても、美しい男であって、女のような美しさとはまた別だ。
だが、そんな情報も、今となっては。
(あの人は一体…)
俺は頭を横に大きく振った。
考えないようにと意識して一晩中眠れなかったものを結局追ってしまっている。
そして部屋のPC前の椅子に座ってからも尚、
「何で、逃げなかったんだ?」
あの時の自分が、三条さんからの拒否や反撃を覚悟していたのかどうかも分からないが、
「やっぱ美人、だったな…」
俺がずっと追って来た相手は、想像していた「キャラ」よりも難しい人だった。
『じゃあ、俺の本名は?』
まさかの真実だった。
思いっきり突き放された気分だった。
(悔しいけど)
他の人からなら、何でも無い事だった。
「知らないから…教えてくれよ」
昨夜、あの部屋で、「マニアの域」を超えてしまった自責の念に、天井を見上げた疲れた目を両手の平で覆った。
部屋でじっとしていられなかった俺は、十時過ぎには三山さんのマンションに着いていた。
「お早うございます」
「お早う」
メンバー全員が貰っている鍵でリビングまで入ると、三山さんは何やら真面目な顔でソファーで電子煙草を吸っていた。
朝のテンションが低いのはいつもの事だが、今朝は別の理由がある気がする。
「入ってんすか?ソレ」
「ん?」
三山さんは上手くいかない事案があると、それだからこそ本気の文句を言わない人だ。
「コーヒー」
「あ!無いわ!ナイス!」
「下で買って来ますよ」
「よろしくー。MAKIも来るからついでにパンか何か好きなモン買って来いよ」
「あざっす」
「俺スコーンな。窓際のプレーンなやつ」
三山さんが財布を開ける間にPCの画面をちらっと覗く。
(…不動産?)
「あれって美味いっすか?」
「一番美味い。あ、そーだKAI」
「何すか?」
直ぐに分譲マンションの画面から目を上げて、一万円を受け取りながら三山さんを見ると、
「お前さ、SINと仲良いか?」
「しん?…あ、mimikoneのっすか?」
「おー」
「いや、そんな知らないっすね」
SINはハイランカーでは無いし、ランキングの10位にも入っていない。
二年に一度行われるmimikoneの会議にも、参加していた記憶も無い。
「YUJIにも訊いたが、お前も知らないのかー。あいつ誰と仲良いの?単独系?」
「SINっすか?どうなんすかね?俺はちょっと分かんないっすねー。どうしたんっすか?頼むからmimikone内の奴干さないで下さいよ?ははは!」
「しねーよそんなの。あいつさ、何か良いよな」
「あ!」
「連絡先、何とかなんね?」
「マジっすか?」
三山さんはYUJIの時にも俺に何かと探りを入れて来た。あの時程では無いが、どうやら本気らしい、多分。
「この前からNAC入ってくれってDM送り付けてんだけど、興味無いみたいでよ。完全無視」
「あっはははは!姑息な事やってんすね!てかmimikoneのアカウント持ってたんすか?」
「姑息とか言うなよ。道栄社長に頼んでユーザーの公式アカ作って貰ったんだ。お前らハイランカーと同じ「♡」に「m」の公式マーク付いてるやつ、じゃなくて、「◯」に「m」のな。何処のサービス使うにも公式の御認め印貰わねーと何処にでも沸くからな、俺の偽物」
「マルエム付いてんすか!?運営マークっすよ?俺らよりレアっすよそれ!」
最早身内扱いされる程の三山さんに笑う。
「KAI、そんな事よりSINよ」
「あ、っすね!ははは!」
「あのYUJIだって一言、嫌ですって連絡して来たぜ?」
「あっはははは!!知らないんじゃないっすか?あんたの事」
「日本で俺の事知らないネット民って存在すんの?好きか嫌いかは別として」
そんなのは長い冬眠明けの何かか、百年振りにあの世から蘇った者くらいだ。
「いや、居ないっすよねー」
「mimikone居てYUJI知らない奴いないだろ?って事は、NACを知らないって事もあり得ないわけだ、配信者としてよ」
「そっすね」
俺はその通りだと頷く。リスナーならまだしも、mimikoneの配信者がYUJIをスルー出来るはずがない。三山さんに至っては世界規模だ。
(声優マニアが林典隆を知らないみたいなもんだもんな)
「お前らの時にゴリ押ししたからさ、今回はちょっと待ってやろうと思ったんだが、もう仕方ないな」
「は?何する気っすか!?」
「だからゴリ押し」
三山さんはカップを持ち上げるが、「あ」と言ってカップを置く。
「あっははは!!どうやるんすか?DM無視されてんっしょ?」
「まあ、それは今から考える」
「可哀想な事だけはダメっすよ?」
「じゃあお前、行ってくれる?」
三山さんのスマホが鳴る。
(そうくるよな)
三山さんは一度画面を確認しただけでソファーに伏せた。
「とりまっすよ?とりま俺が近付いてみるんで。元々仲良かったYUJIの時みたいにはいかないっすからね?マジ無理なしで頼みます。三山さんみたいな人にはピンと来ないでしょうけど、下位にランカーが近づくと面倒もあるんすよ。主に向こうにとってっす」
「まあ、分かった。お前の腕を見る」
親方風に腕を組む三山さん。
「ポイントすり替えられてっけど、あんたがスルーされてんっしょ?」
「そこ言うなよー」
「ははは!向こうにその気無いなら一旦引いて下さいよ?フラれてんのカッコ悪いし」
俺がそう言うと、三山さんは腕を逆に組み直す。
「若いなーお前は。勘違いすんな、欲しいものを簡単に諦める奴の方がよっぽどカッコ悪いんだよ。お前ら、自分トコの社長がそんなダッセー男でいいのか?」
「あ…」
「お前もYUJIもMAKIも、俺が他より手え付けたのが早かった。俺は何事も他者より一歩早い。それが俺の勝ちの理由だ。有名人目指してるんじゃないなら尚更、SINはウチが獲る」
三山さんのこういう所は、「カッコイイ」と思う。
「分かりましたよ。SINには先ずは俺がワンクッション入れるんで。多分渋るんだろうけど、その後カマして下さいよ?社長さん」
「頼むぜ、KAI」
三山さんは満足そうに電子煙草を咥えるが、俺がコーヒーの買い出しに行こうとすると呼び止めて来た。
「あ、KAI」
「はい?」
「多分お前は不思議がってるだろうけど、俺はお前らがハイランカーだから欲しかったんじゃねえ。それだけは言っておく」
三山さんは、ランキングに入っていないSINで本当に良いのか?という俺の疑問をさらっと見抜いて来た。
「っす」
俺はとりあえず頷いて部屋を出た。
(SINか…)
エレベーターを待っている時に、配信前に何度か見かけたSINの部屋のサムネイルを思い出す。
顔の印象としては配信者らしくない静かなイメージだった。mimikoneには暇つぶし程度に配信している年配のサラリーマンユーザーも多くいるが、若いはずのSINもどちらかと言えばそっち寄りだった。
(イケメンだった気がするけどな。どんな声だっけなー)
俺は一応ニューフェイス欄に出たユーザーは一通りチェックしている。ひょんな事からコラボやイベントで一緒になった時に相手本人に「知らない」と言いたくないからだ。
だが、SINの声は全く記憶に残っていない。
今確認しようとパンツのポケットに手を入れてみるが、
「あ、スマホ忘れた」
俺は三山さんの一万円札と鍵しか持っていなかった。エレベーターに乗り込んで一階のボタンを押す。
(あの顔、誰かに似てんだよな)
初見の時にもそう思った気がする。
(俳優?)
マンションのホールを出ると丁度MAKIに会った。
「KAIじゃん!おっはよー!!どこ行くんだ?」
眩しい笑顔。
「おはよ。コーヒー。来るか?」
「三山さんのお金?」
「そう」
「行く行く!!めっちゃ腹減ってんだ俺!電車で鳴りっぱな!ハズいっての!」
「ははは!お前のソレ覚悟のコレだな」
俺が一万円札を見せるとMAKIは喜んで食べたいものを指で数えながら歩いた。
「あー!SINか!俺も絡んだ事ねーや」
「ま、良いんだけどな。もう」
そう言ってコーヒーを啜る三山さんのPCを両脇から覗いて、俺とMAKIはSINの動画を見ている。
「一年やって動画こんだけしか残してねーんだ?」
俺がマウスを取って過去のものをざっと見るも、SINは自動で保存される生配信の様子を意図的に消しているらしい。
どれもしっかりと朗読した日のもので、雑談しているものは一つも残っていない。
「えー?不思議な声だなー」
MAKIは流れたままの音声に言う。
「だろ?」
三山さんはMAKIを見る。
「SINって聞いてピンと来ねー理由だな!」
MAKIは三山さんの横にしゃがんでPCに耳を近づける。
「特徴がねえ」
「そうだ。どうだよ、面白いだろ?この声」
三山さんは最早自慢気に笑う。
「確かに」
俺も聴いた側から記憶から消えていくような妙な声に頷く。
「声の特徴はねえのに、聴いた文章は頭に残るっすね…変な感じだなー」
「そ。これが欲しい。何としても」
やはり三山さんは本気らしい。
「なあ、誰かに似てね?この顔」
俺は二人に訊いてみる。
「え?誰?んーーー?誰?」
MAKIは「気のせいじゃね?」と言う。
「そっか、気のせいかも」
実際に俺にも結局分からない。
「なんか色んなモノに乗っ取られそうな顔してるよな?コイツ」
三山さんはあまり表情を変えないSINを笑った。
「えーあー!ちょっと似てね?」
MAKIが俺を見る。
「え!誰!?誰!!ずっと気になってんだよ俺!言ってくれ!!」
俺はモヤモヤを解消したくてMAKIと同じようにしゃがむ。
「YUJI!」
「え?YUJI?」
俺が思った答えでは無かった。
(全然似てねー…)
だが三山さんは頷いた。
「あー、ちょっとな。顔っていうか。そうじゃなくて、このさ、ホラ、なんか、何だ?心此処にあらずみたいな?」
「そうそうそうそう!!雰囲気!!最近のYUJIじゃなくて前のさー」
(あー、そうかも)
前のYUJI、と言われて何となく分かった気がした。
「というワケで、SIN入るから。ウチに」
三山さんが言うと、
「リョーカイ!!」
MAKIは直ぐに受け入れてカフェの紙袋を開くと次のパンを取る。
「おっ?コレ何?あ、こういう感じの好きー俺!」
「あ!!ソレ俺のだ!馬鹿!」
「なんで!?」
「スコーンは俺の!!齧んなし!コラ!!」
「きゃははは!もう歯型付いたから俺の!!てかそんなに美味いの!?俺が食う!」
すると三山さんはあっさり手を引いた。MAKIは一口食べて顎を止める。
「え…何これマッズ…味ねーし」
「ばーか!ガキには分からん。プレーンなスコーンとアメリカンのハーモニーはな」
「超おっさん!!きゃっはははは!あ、このジャムつけて食べよーっと!」
「やかましい!返せ!このちっぱい揉み倒すぞ?」
「やめ!あっははははー!!KAI!!マジセクハラ!この社長!!マジヤベー!!ガチでティクビ転がして来たんだけどー!!」
「してねーだろ!どこについてんだよお前の!脇腹にあんのかよ、犬か!?」
「ちょ、コーヒー零すって三山さん」
「KAI、こいつ躾けてくんね?」
三山さんがスコーンを無理矢理MAKIから取り上げた。
「KAI、コイツ躾けてくんねー?」
MAKIは真似をして三山さんを指差す。
「はあ!?お前!」
「きゃーっははははは!!」
思いっきり擽られて、MAKIは爆笑しながらバタバタと暴れる。
「あっはははは!ハイハイハイハイ!ストップ!ストップ!めんどくせーって!あはははは!!」
その後はMAKIと一緒に三山さんにNACとしての仕事の近況報告を済ませ、Tシャツを発注する会社から送られて来ていたメールからリンク先に飛んで、こんなタイプの物もありますよ、というカタログを見て、
「フツーの丸首がいいんじゃね?」
と言ったMAKIに賛成しつつ、「あ、でもこのスタンドカラーのやつYUJIに着せたい」と言うのにも頷いて、今回は発注数が多いからという理由で、3パターンだけ「見本」としてどの型でもプリントしてプレゼントしますよ、という相手の譲り枠で、YUJIのそれとキャップとフェイスタオルを一つずつ注文した。
昼過ぎにはバイト先の新尾さんからの連絡を受けて、顔を出しておけと言う三山さんの言葉で昼飯を食べに行く二人とマンションの下で別れた。
姉と共用のアウトドア派のモスグリーンの四角い軽車で、新尾さんが指定したショッピングモールの定食屋を目指す。
(あ、サイン用意すんの忘れた!まあいっか。YUJIいねーしな)
また次の機会にと思い、信号待ちで不要なカーナビからテレビ放送に変える。
(何にもねーなー)
時間的にも丁度番組の穴で、ちゃっちゃかとチャンネルを変えるがどれもこれもだ。
「もういいや」
結局ナビに戻して、赤い信号を見る。
(赤信号を無力化出来る能力が欲しい)
じっと赤い信号。
手前で光っているような、奥から漏れ出して来ているような奇妙な発色。
(ああ…ヤベ…)
やたらと目に付くように設置された誰の目にも鮮やかなその赤い色に思い出されるのは、あのCDのパッケージだった。
真っ赤な薔薇。
内容を思い出さないように、半ば必死にパッケージのみの記憶を辿る。
思い浮かんだのは、
御塚 光瑠、という名の文字。
そして、
(あれ…?)
今になってやっと引っ掛かった事がある。
(何て読むんだ…?)
明平 帝内、という名。
その名前は三条さんの名前の上にあった。
つまり、一番上に。
御塚光瑠の名前の下には、一回り小さなサイズの文字で名前が続いていたが、一つは今も人気の名前だが他は正直に言えばそこまで頻繁に見かけない名前ばかりだった。それでも三条さんみたいに別の名義だったりしても俺はちゃんと全員の名前を知っている。
それなのに一番上の名前を知らない。
そして名だけでなく、その声も、俺は知らなかったのだ。
あの位置に来るだろう声は、きっとあの低い声の男のはずだ。
(あけひら、ていない?)
引っ掛かっるのは、
十八年も前から居るその男の名を、「俺が」知らないと言う事だ。
「誰だ…?」
スマホをホルダーから取るが、その瞬間に信号が青になった。
(そんな名前、あったか?)
スマホを直ぐにホルダーに戻して前の車に続く。
頭の中で辞書を開くが、
「ちょっと待て…」
その名前も声も、何処にも無い。
「知らねえぞ?そんな声優…」
そしてもう一つ、
「知らない」と言った自分の言葉に、たった今起きた疑い。
(本当に…?)
俺は、「声優マニア」だ。
その事実は変わらないはずだ。
つまり、新たに浮上したのは、俺はその声を「知っている」のではないか、という疑いだ。
耳を伝って脳の中に、晴れない霞がかかったようだった。
●KAI君♡
●こんばんは♡
●おつかれさま
●美男子コラボ背景いつみてもアガるw
●髪の色変えた?
●ピアス外してたの?♡
●KAI君こんばんわ!
夜の十時。
俺は新尾さんとの食事や買い物の後に、その足で姉を迎えに行って少し前に帰宅した。
間を開けずに配信を開始したのは、何かしていないと三条さん絡みの件をあれこれと考えてしまうからだった。
あのイベントの日からmimikoneのトップ画面では、BIGMANIAとのコラボで、ゲームアプリ「美男子学園」の事前登録の大きなバナーが表示されていて、mimikoneの背景も、年末まで黒と桜色のグラデーションだ。
「この背景良いよなー。ずっとこれで良くね?あ、今日ちょっとさ、何するか考えずに枠取っちゃったから、とりま雑談で、ははは」
配信を開始するクリックと同時にピアスをつけ忘れていた事に気付き、大量のピアスを丁寧に仕分けて入れているジュエリーボックスから、とりあえず適当に選んで付けていく。
俺はリスナーに「ふて魔女」の事はまだ言っていない。
時々エンディングに載るのは俺の本名だ。
もしいつか何かの作品で、何かの役が貰えたなら「KAI」として載せて貰いたいと思っている。
リスナーに伝えるのは、それが叶ってからにしようと心に決めている。
●雑談しよ♡
●ずっとこれが良いよねー
●鏡見ないでピアス入れれるのすごい
●雑談ww
●早くルイ君と登校したい
●髪前より赤くなった?
●今日のピアスどんな?
「ルイ君な。あと何日?デートしような。俺じゃないけど、ははは!!えーと、ピアス?クマ。ほら」
手に取ったピアスをウェブカメラに翳して、にっと笑いかける。
●可愛いかよ
●ヤバ♡デートする!
●クマさん♡
●熊だ!可愛い
●ルイ君まであと25日!
●テディベア♡
●ルイ君楽しみすぎる♡
●おんなじの欲しい
●頭ママのとこ行った?
●かわいい♡
●ルイ君やってKAI♡
●どこのピアス?
●バリカンの剃り具合好き!
●雑談嬉しい!この前のイベントのこととか?
「ルイ君?いいよ。全然やってって五十嵐さんからOK貰ってるから。じゃあ、今日の最後にやろうかな?ははは!悪どいな、俺。あー、ちょっと重いんだよな、このクマ。上やめて下の穴にするわ。え?そうそう、髪の色明るくした。母さんとこ。切ったのは父さん。毎度と同じ。あ、これバリカンじゃないよ、全部ハサミ。俺も父さんの頭やってる。どう?赤、やり過ぎ?」
●シャラシャラピアスしてー♡
●五十嵐さんありがとう!
●ルイ君楽しみにしてるね
●わーい!!
●似合ってる!
●最後までいるから大丈夫♡
●パパ上手!綺麗だね!
●赤似合うよねKAI君
●ママ元気だった?
●KAIに髪切ってほしい♡
●カッコいい♡
●KAIって赤ってイメージ♡
●上手いよねご両親の店
「シャラシャ…これか。なんかみんな好きだよなーこのピアス。毎回言われるんだ。父さん凄いよ、マジで。母さん?元気元気。髪似合ってる?良かった。ちょっと切って染めただけだけど。上手いだろ?最近若い客増えてさ、やる気になってるよ二人とも」
眉と鼻のピアスをつけて、最後に髪を弄ろうとしたが、いつも机にあるクリップ式の鏡が見当たらない。
(美音か)
まあいいか、とカメラを見る。
「ごめんな。完了です。ははは!」
●頭の形がいいよねKAIって
●しょっちゅう行ってるねカラー
●NACはみんなオシャレさん
●イケメン♡
●KAIの笑顔好き!
「頭の形?あははは!そうそう!俺めっちゃ立体なんだよ。中学の頃ボウズだったし」
●野球部?
「4番んんん、バッターターターター、KAI、君クンクンクンクン」
そんな事をしながらも、今日の配信で何をしようかと考える。
●うますぎwww
●ウグイス嬢www
●セルフエコーww
●上手いwww
●クオリティ高www
●器用だね!ww
「俺、中高バスケ部だけどな。ははは!1番ンンンン、ピッチャーアーアーアー、YUJI、君クンクンクンクン」
●バスケっていってたよね
●YUJI君ピッチャーだったww
●それどうやってるの?すごくない?
●YUJIまで野球部ww
●美しいマウンドwww
●勝ち確だったww
●エース登場ww
●美しすぎる♡
●エコー上手すぎてウケるww
「喉喉。ほら、アー、アー、アー」
●できないからwww
●できねーよ!ww
●ムリムリ!www
「あはははは!あ!!2番ンンンン、キャッチャーアーアーアー、MAKI、君クンクンクンクン。MAKIが来た」
タイミングよく、MAKIがmimikone内の機能でウェブ通話を掛けて来た。
●MAKI君?
●MAKIはキャッチャーかwww
●来た??
●上手いってば!www
●私もエコー練習しよw
●MAKI?
●キャッチャー可愛いやつ
「おつかれー」
『こんばんはー!!キャッチャーのMAKIです!!』
「はははっ!テンションたけー!」
リスナーには見えていないが、俺の画面には笑顔で手を振るMAKIが居る。
今から配信をする予定だったのか、服は三山さんの部屋で会った時と同じだった。
●MAKIの声だー!
●配信前?
『てかKAI上手すぎじゃね?なんでそんな響く?ちょ、俺も!ピッチャーアーアーアーYUJI君クンクン』
「もっとこう…アーアーアーって。喉のお小仏をこう…アーアーアー」
●お小仏www
●おけつまずきゃるなw
●ヤバwww
『OK!アーアーアー。三山、君クンクンクンクン』
「あっははははははは!!顔もそれっぽくなんのやめろよ!」
ウグイス嬢のようにしっとりした顔を作るMAKI。
『記録員ンンンン、三山、君クンクンクンクンンンン。俺なんかさー、喉ボトケより耳の下が動くんだけど!!』
●監督じゃなかった!www
●三山クンwwww
●記録員は大事だからね!
●ヤバすぎる!www
●NAC野球部めっちゃ強いかめっちゃ弱いかだよねww
「記録員ンンン、ニートトトトトト、三山、君クンクンクンクンってナンデ!?ははは!」
『ニートなのに仕事してんじゃん!ヤベー!!てか負けた!練習しとく!』
「バカな事してるわー。配信今から?」
『やろうとしたらKAIいたから見てた。乱入したった、あは。まだ通知してないからKAIのとこ居るって通知していい?』
「うん」
『ちょい待ち』
MAKIはキーボードを打ち込む。
「じゃあ画像出すぞ?」
『OK!通知もカンリョ!』
MAKIの許可が出て、俺は配信画面にMAKIの映像を出した。
●MAKI MAKI可愛い♡
●MAKIくーん!
●二人ともイベお疲れ様♡
「キタキタキタキタ!一瞬で増える!!ははは!!」
MAKIが自分のリスナーに通知のメールを出して数秒で閲覧数が飛び跳ねる。
『みんな!いらっしゃい!ちょっとKAI君とあそぼーぜー!俺のところ今日は深夜枠でするから』
「いらっしゃいませ。こんばんは。雑談しよ」
『雑談しよしよ!』
●お邪魔します!
●KAI君こんばんは♡
●MAKIが窓要員って珍しいねww
●こんばんわ!
●KAI君こんばんは。お邪魔しますね
●KAI君とこだー♡
『はいはい、いらっしゃいいらっしゃい』
「コメはえーよ!!」
『あはははははは!!ダブルだからな!』
●これでYUJI君も来たら落ちるね、mimikoneww
●KAIの熊ピアス可愛い♡
「サーバーメンテしたんだよな?」
『したした!けどYUJIやってる時はリスナー数半端ないから、はははは!!最近深夜やってないよなYUJI。さみしー』
「学校だから?」
●夕方やってるよ
●YUJI君五時くらいからが増えたね
何でも知っているリスナー達。
「夕方にしてんだ?」
『あそうそう。昨日セール始まって店が忙しくて夕方休憩遅くてさ、一人だったからmimikone見たらYUJI居てソッコーでコメした。なんか先にYUJIが居たら嬉しいよな!ははは!!』
「一人で休憩しろよー。YUJI気づいた?」
『うん!YUJIのリスナーがみんなでYUJIに言ってくれてさ。あ、MAKIだ、つってあははは!!超クーリッシュ!!』
「わかるわ!!YUJIっぽい!!」
●わかるww
●今日深夜枠だよ、YUJI君
●YUJIカッコいい♡
「うんYUJIは実物もヤバいぜ。あ、今日は深夜なんだな」
『やったー!じゃあYUJIのとこにも行こ!』
「あはは!渡り歩くなっての!」
『NAC渡りの術!』
「元気ありすぎ!仕事中眠くねーの?」
『眠いです!!』
「あっはははは!!ダメじゃん!」
『お客さんいるから何とかなってる。暇な日は地獄!意味もなくストック入って、一瞬ずつ寝るし俺』
「あっはははは!入るたび?夜に寝ろよフツーに!ほんとテンションおばけだよなMAKIって」
●一瞬ずつwww
●一瞬ずつってww
●想像できる気がするw
●私もたまにやるw
『楽しい事が多すぎるんだって!寝てらんねー』
「幸せ者だなー!はははは!」
『セール期間中特当て出るしマジ幸せ、俺!みんなにもぉ、ボクのしあわせわけてあげたいなっ』
MAKIがショタボでカメラに向けて両手でハートマークを作ると、コメントには「可愛い」が押し寄せた。
「確かに、可愛い可愛い。5才くらいだな。ホント可愛いMAKIのそれ」
『ボクごさい。うれしくってねむれなーい』
「寝ろよ!給料泥棒!あははは!」
『オネショしちゃうもんっ!』
「え?5才ってオネショする?」
『全然するする、甥っ子が俺んちでした!あははっ!めっちゃ可愛いの!地図って言うんだよな、アレ。スッゲー立派な地図だった!』
●する!
●地図ww
●うちの子供もまだするw
●可愛いけど毎日だと大変よ?
「大冒険したんだな。へー、するんだ?記憶にないわ俺」
『俺小3くらいまでしてたぜ?あー、毎日はキツイな!はははは!』
「小3!?まあ、個人差あるからな」
『学年でお泊りみたいなやつあるじゃん?あれで夜中先生に起こして貰ってたもん。希望者は事前にプリント提出してさ。何人かいたよ、不安な奴。あはは!』
「へー!!なにそのシステム!知らねぇ!」
『船出防止システム』
「あははははは!冒険行かせて貰えないんだ!?」
『そうそう。港で止められる、わりとガチめで』
●あったよねww
●あったあった!
●あれトイレ行くシステムだったんだー
●懐かしいww
●ガチめでねwww
『このままオネショの話してていいの?みんな今夜しちゃうんじゃね?へへへ!』
「やめよやめよ!あ、今日何食べ行った?あ、今日の昼に三山さんとこ行ってたんだよ、俺もMAKIも」
俺はリスナーに分かるように言う。
『行ってた。てか!聞いて!またカレーだったんだけど!?』
「え?いいじゃんカレー。あー、ファミレスでもカレー食ってたよな三山さん。イベの後」
『そうなんだよ!イベの日カレーじゃん?で、その次の日もカレーの写真アップしてたじゃん!?で、今日俺とカレー!!』
「げーカレーしか食ってねーじゃんあの人!!逆に昨日何食ったんだってなるよな!」
『ははは!しかも今日の帰りに美味かったから明日の朝メシに来ますって店員に言ってんの!ヤバくね!?きゃはははは!!』
「三山さんってそんな好きだっけ?カレー」
『分かんない!けど最近ハマってるのは確かだな!』
「あ!キッチンにレトルトカレー山積みしてなかったっけ!?」
『そうだ!!してるしてる!!箱陳してる!』
●カレー好物じゃなかった?
●カレー好きなんだよ三山さん
●昔からカレー好きだよ?ww
●周期的にカレーがくるんだよ三山は
『え!マジ!?』
「ええ!みんなが知ってるのがスゲーんだけど!!」
そこで俺とMAKIは同時に「流石三山」と言ってしまい爆笑した。
「言っちまった!」
『マジそれ!!悔しーーー!!』
●昔は都内のカレー屋巡りしてたよ
●WORLD TUBE見てカレーシリーズあるよ?ww
●色んなカレー屋に独断と偏見で☆つけてたよww
●カレーニートww
「ははは!!カレーTシャツだな、これは」
『ヤバ!!次は作ろ!!』
「知らなかった!!」
●KAI君コメ欄見てー
●SITTAMAさん来てるよKAI君
●SITTAMAさんだ!
●SITTAMAさんコメしてる!
『あ!KAI!コメ欄にSITTAMA居る!!シロタマサシ!』
「え?マジだ!あっ、かかってきた。音声アゲるぜ?SITTAMA。はい、こんばんはー」
MAKIと同様に、BIGMANIAのイベントで一緒だった配信者が入って来た。
『こんばんはー。来ちゃった。ってMAKI!本名だからそれ!!』
「あっははは!!」
『はははは!イベおつおつ!!』
●シロタマサシwww
●本名だったんだ!
●ネタじゃないんだ!?
●それでSITTAMAなのか!
「おつー。SITTAMA、カメラいいの?」
『あ、ボサボサだけどよろしく。イベめっちゃ緊張したってー。噛まなくて良かったよマジで』
俺は画面の左右に二人のカメラ映像を移動させる。
SITTAMAは横に鏡を置いているのか、画面外をチラ見してセットをしていない髪を押さえつけた。
●SITTAMAさん寝てたなw
●SITTAMAさんこんばんはー
●イベ行ったよ私!キーホルダー私まであと数人ってとこでなくなっちゃった!
「噛んだ人いるからココに。来てくれたって人いる、ありがとう」
『ありがとう!』
SITTAMAは手を合わせてリスナーに感謝の意を伝える。
『ありがとー!へへへへ!噛んだの一箇所だけじゃん!キーホルダーなー、また次の機会あるってきっと』
MAKIも肘をつきながらもカメラに寄ってウインクする。
『お前につられてKYOUPEIが噛んだんだよな』
「あっはははははは!!噛んだってかMAKIの噛みっぷりに笑っちゃったんだよな」
『ごめんごめん!横だったからさ!』
●KAIウグイス嬢して♡
●SITTAMAもマウンド入れてあげよ
「あ、そうだった。8番ンンン、サードードードー、シロタ、君クンクンンンン」
●シロタ君www
●シロタwwww
『あははは!!やっぱうま!KAI!』
『ちょちょ本名!いいけど別に。エコー!8番とか意外に重要な時に打席回って来てスクイズ打てとか言われんだぞ?』
SITTAMAはバントの構えを見せる。
「あははは!そうなんだ?俺野球そこまで知らねーんだけど」
『俺だいたいそういう時ヘマするタイプ。プレッシャーに弱いんだ』
『わかるわ!!SITTAMAプレッシャーゲロ弱だよな!ははははは!!』
『お前らが異常なんだって!でも俺噛んでないから!』
『わー!ひでー!!』
KOされた格ゲーのキャラクターの様にMAKIは大袈裟に椅子の背にひっくり返った。
そんな時、運営からメールが届いた。
メールを開くと『只今アクセスが集中しています』と書いてあった。
「あ、集中してるってmimikoneから通知来た。落ちたらごめんな皆んな。多分大丈夫だけど」
『え?そんな通知来るんだ?』
反応したのはSITTAMAだ。
「うん。俺もあんまり来ないけどなこんなの。瞬間的なアレで自動で送られて来るんだ」
『あー、アクセス重なったらなるんだ?』
「そうらしい」
『大丈夫大丈夫!YUJIだって毎回配信出来てんだから。こんくらいじゃ平気だって俺らのmimikoneは!』
多分MAKIはこのメールを今までに何度も受けているのだろう。
「だよな!MAKIとYUJIが同時に開いてても何とかなってるしな」
『そうそう!』
『へー!ハイランカーの配信が重なったらヤベーんだ?』
「って言ってもイチからナナまで同時に、とかじゃなきゃ問題ねーよ。まあそのイチがヤバイんだけど、ははは!!」
『きゃは!YUJIいつか10万人とか行きそうだよな!KAI』
「生で!?流石に無いんじゃね?それはヤベーよ!一瞬で落ちそう!」
『YUJIはいずれ行きそう。mimikoneがYUJIに追いつかねーよな、このままじゃ』
「ホントそれ」
俺が予め用意していたミネラルウオーターを飲むと、SITTAMAが言う。
『ちょ!KAI、MAKI、きいて!俺、ランキング何位でしょうか?』
『上がったのかSITTAMA!前は確か7位だったよな?じゃあ、5位?』
『ブッブー!』
「俺知ってるんだけど!てかさっき…」
『ハイKAIは黙ってろ。ほら、MAKI』
『えー!?3位はKAIだから…4?けど4位って永久のOBさんだろ?』
●8
●8位w
●8
『ちょ…コメ見ちゃったし!!あははははは!落としてんじゃん!!ヤバ!!』
『コメ!オチを取るんじゃない!』
「はははははは!!原因は?自己分析した?」
『明らか回数不足でございました』
「初歩の初歩!!」
『あっはは!!ヤベー!何年やってんだよー!SITTAMA!!』
「お前まだ一年じゃんMAKI」
『そーだよ!抜いていきやがってー。生意気なんだよー』
『きゃはははは!!サーセン!!』
『生意気なんだよーNAC』
「NAC批判!はははは!メンドクセー!」
『NAC批判は全部三山さんにお願いしまーす!イエーイ!』
MAKIは両手のピースサインを何度も何度もカメラに近づける。
「あっはははははは!!全部投げた!」
『俺も入れろよー!ハハハ!』
『笑い声が高いからダメっすねー先輩』
「あっはははははは!!ヤッベー!!めっちゃウケる!!」
●笑い声ww
●私も思ってたごめんww
●確かに高音だったSITTAMAww
『うぜーー!!でもありがとう!!』
「どっち!?」
『どっち!?きゃははは!』
『ハハハハハハ!!』
「高い高い!!この枠うるせー!」
俺はSITTAMAの笑い声を邪魔しないように、マイクから顔を背けて爆笑した。
『マジ高音!耳が割れる!!』
『鼓膜だろ。でも今日見たらちょっとアクセス増えてたからー、次は7位に戻ってると思う。イベの影響だと思うけどさ』
「あーウケる…。ハイランカーでいて下さいよ?」
『それは勿論!イベ呼んで欲しいからなー』
『SITTAMAが一番mimikone長いんだっけ?』
『いやOBさん。あの人が一番古いよランク始まって初代トップだからな』
「OBさんだよな。安定してるよなー」
『YUJI降臨してソッコー入れ替わったけどな!この前KAI坊が抜いてくれちゃってよーーってボヤいてたぞハハハハハハ!しっかりNAC批判してたから大丈夫』
「ヤッベー!批判は聞き捨てならない!ははは!OBさんのは愛があるから嬉しいけど」
『三山社長!NACの敵増えてますよー!!』
『ハハハハハハ!!お前らと揉めたら宇宙と戦うのかよ!ヤバすぎだって!』
「ナイナイ。これは三山さん関係ないから。背負わせすぎだろMAKI」
『いいのいいの!社長は背負ってナンボなの!』
「ガキ供は勝手にやってろ、って言われるって」
『勝手にやってろっつってカレー食うんだよな!』
「ちょ!!あっははは!!」
『側から聞いててお前らの三山批判の方がコエーよ』
『確かに!愛だからこれも!俺らめっちゃ好きだから三山さんのこと』
「そうそう、愛愛」
SITTAMAは「ホントかよー」と笑ってから思い出したように言った。
『一つきいてい?何でNACなの?TNAじゃないの?チーム、ネット、アクトだろ?』
『あ!ホントだ!!』
MAKIが「ビックリ!」の顔で言う。
「ホントだ!じゃねーよ。なんかね、三山さんいわく、何で?って思わせてネットで検索して欲しいんだって。それだけの為にあの略し方してんの」
『そーなんだー!みんな何でだろって言ってたんだ。そんな理由なんだ?気にはなるもんな』
『俺も今知った!』
MAKIもSITTAMAと全く同じ表情だ。
「MAKIは遅いだろ!なんか腑に落ちない気持ち悪い略し方のほうが頭に残るし、検索したら検索履歴と印象に残るじゃねーかって言ってた。ははは!」
●へー!!
●そういう背景があったのね
●気にはなってた!
●めっちゃ気になってはいた!
「単に言いやすいのもあるけどな」
『案外細かいんだな三山さん』
『カレーばっかだけどな!』
「検索して、名前を覚えて貰う事からだっていう、ネット民の初心だな」
『それで今のニート三山人気なら納得するしかないな』
『へー。カレーばっかなのに』
「さっきからカレーばっかなのお前、MAKI。ははは!」
『あはっ!あ!ちょい待ち!じゃあmimikoneって?』
『MAKI!それはヤベーぞ?』
「mimikoneは、俺達の声でリスナーの皆様のお耳をこねこねするって意味だよ」
『マジ!?マジに!?エロいじゃん!!』
「エロくは無い」
『エロでは無い』
●知らなかった!
●うん♡
●そうらしいね!
●イイ声ばっかだから癒されるmimikoneって
●毎回KAI君にコネてもらってる♡
「癒して差し上げるって意味だよな、SITTAMA」
『はい、うん。KAIはしっかりしてんのに、MAKI、お前はホント幼稚園児だなー』
『きゃははははは!KAIが居てくれるからいいんだよ!引っ張ってくれるからさ』
「そんな事はないけど。YUJIも案外…な、あはははは!」
『そうそう!ゴーイングマイウエイだから、YUJIも!あっはははは!!』
『ぽいぽい!YUJIは不思議だよなー。KAIが居て良かったな、NAC』
「あっははははははは!!めっちゃ心配されてるんだけどNAC!今日はNAC回だな」
『俺らのお兄ちゃんだからな、KAIは!好き好きっ!!』
「ちょっ!なんか誰かとカブるわその台詞!」
勿論、姉だ。
『誰?』
『誰?』
「なんでもないです。はは!」
『あ!店長から電話掛かってきた!ごめんちょいオチる』
MAKIはスマホを持って、俺に自分の音声と画面をオフにしてくれと合図する。
「おう」
『いってらーっさいっ』
MAKIの画面を一旦オフにした。MAKIは椅子を立って何処かへ行った。
「SITTAMA、飲み物いいの?」
『大丈夫。行って来いよ』
「あ、俺も大丈夫」
俺はやっとリスナーからの投げ銭箱を見る。
既に5万ポイントを超えていた。
「ちょっみんな投げすぎ!」
『え?そんなに凄いの!?』
「この後のMAKIの枠で投げてやってくれ。あいつ仕事も配信もスッゲー頑張ってるから。イベ前とか超忙しかったのに一言も文句言わなかったよ」
『MAKI頑張ってたよな。てか投げ銭うらやまー』
「はははは!!ゲスいって!」
●テンポがイイと投げちゃう♡
●KAI大好き♡
●MAKIはホント可愛い♡
●MAKIのときはそのとき投げるよん♡
●KAI君への気持ち!
●ピアス代にして欲しい♡
●またカラーしてママに使ってねKAI
「ありがとな。マジで無理だけはしないでな」
『だな。…ふう。それよりKAI君。小さな子供が、居なくなりましたね』
SITTAMAを見るとSITTAMAは姿勢を正していた。
「あっははははは!ナニ!?アダルトな話は駄目だって」
『恋愛トークしましょうよ、イケボのお兄さん』
「マジか!!いきなり!?」
●MAKIは子供?ww
●急にww
●恋愛トークしよ♡
●イケボのお兄さん達www
●してして♡
●また投げちゃいそうww
『狙ってる女が年上なんです。アドバイスくださいお願いします』
SITTAMAは俺とリスナーに向かって頭を下げた。
「あっははははははは!!持ち込んできたなーー!!」
『ずっとモンモンしてる』
「ヤベエ!あっはははは!!シモは無しだぞ!?」
『分かってるって。助けてマジで』
カメラに拝むSITTAMAを見て俺は机に伏して爆笑した。
『チューしたくて仕方ないんだ』
「やめろってば!!腹いてーよ!!」
『年上の女はナニ目的ですか?』
「はっはははははははは!!」
●切実だったwww
●ナニモクですかwww
●可愛い!!
●急にアダルトww
●もう付き合ってるの?
●何才上ですか?
『付き合っては無いんだけど、そういうコトは一応済みっていうか…コレはアウト。ハハハハハハ』
「ガチで照れんな、ヒトの枠で!あー、え?付き合ってはないんだ?俺も全然アドバイスなんか出来ないけど、リスナーが居るから訊いてみよ」
『お願いします』
「あっはははは!!」
●付き合ってなくて?チューはまだで?その先はしたってことでOK?ww
●チューより先に!?
●ウケる!www
『仰る通りです。チューのタイミング逃して、したのはしたんですけど、チューをしよう、みたいなチューはしてないんです』
「待ってくれって!ははは!!」
『休日のデートも無いんです。これってなんですか?』
「なんですかヤベエ!!」
●wwww
●その人本気なのかなー
●告白待ってるかもよ?
●KAIちゃんときいてあげよww
●SITTAMAさん待ちなんじゃ?
●チューしたいって言えばいいと思う。言って断られたら遊びかも?
●女で付き合ってないのにってなると遊びたいんじゃない?
『遊ばれてんのかなやっぱ』
「あー、腹捻れる。え?SITTAMAは付き合いたいの?」
『できれば』
「年上?」
『うん。5個上』
「てーっと」
『30』
「30かー」
●難しい年頃
●上も下も狙える歳だよね30って
●三十路の頃って私も若い子食ったなーww
●五つくらいなら差になんなくない?
『待って待って!うげっ!ココのコメはや!さっきの若い男食ってたって人!ナニ目的ですか!?』
「一人を捕まえんなって!はっはははは!」
●私かな?wwカラダ目的でしたww
『ブハ!!』
「ヤベエヤベエ!!あっはははは!!」
俺とSITTAMAは、聞きたくなかったような、聞いてみたかったような言葉に爆笑した。
●結構いるよ?カラダ目的ww
●いるいる
●私もそうww
●女だって欲はあるの♡
『全然イイカラダしてねーんだけど!ハハハハハハ!!』
「なんか悪い気しねーのは!?」
『なあ!!ちょっと喜ぶ俺!ハハハハハハ!』
「え?でもそれって付き合う気は?ある?」
『そこ!男はさー、何回でも的なトコあんじゃん?連絡つくなら的な、めんどくねーなら的な。ハハ!これヤバ!女ってどうなの?』
「言葉気をつけろっての」
●人による?
●最初にそんな話しがないなら付き合う気はないんだと思うww
●何回もって考えってあんまりないよね?
●ペットみたいな?ごめんねww
●イケメンならずっと居ていいww
『厳しー!!ハハハハハハ!!』
「出た!ペット!ペットかー。でもぶっちゃけそうだよなー」
『そうだな!』
「働いてんだろ?その人」
『え、俺の会社の上司』
「アカーーン!!」
俺とSITTAMAが爆笑する。
「アブね!暴れて配信切るトコだった!はっはははは!!」
●ないねwww
●上司だったwwww
●面白い!ww
●収入も相手が上ならちょっとキツいかもねー
●やな女じゃーん
●上司でもいいじゃん?ダメなの?
●エロい上司ww
●ヤバイwww
●SITTAMAさんが気づいてないだけの不倫とかじゃないよね?w
●私後輩と結婚したよ?旦那ちゃんいまお風呂入ってる一緒に見てるよKAI君の配信
●セクシーな人なんだろうなって思っちゃうw
『見た目はホント普通、うん』
「あ!結婚した人いるって!」
『マジ!?』
「幸せな人いて良かった!」
『希望だ!!ありがとう!!』
「因みにごめん。さっきの人、カラダ目的から始まった?」
『お前だって一人をガッツリ行ってんじゃん!!』
「ごめんごめんごめん!!はははは!でもココは訊かねーと!」
『まあな!?』
●旦那がお風呂入ってるって書いた女です。カラダ目的ではなかったですwww
「違ったーーーー!!」
『清かった!!』
●ごめんなさいww
「いえいえ全然いいよ。そっかー」
『じゃあ最後にぶっちゃけ訊いていい!?』
「なになに!あっはは!」
『カラダから恋は始まりますか?優しさなしで、リアルなお答えお願いします!』
「ガチじゃんSITTAMA!」
●ある!
●ありません
●あると思うけどなー
●ないでしょ?
●ある。カラダの相性は大事。ずっと一緒に生きるんだもん♡
●ない、かな?
●ナイ。ぶっちゃけお金が大事。ある程度安心して子育てしたい。それが円満の秘訣。
●結婚と恋愛って別だよね。私のまわりには結婚願望ない女が多いの。だからカラダ目当てww
●ある!
●カラダは最初だけ。あとはお金です。
●アリ!
●私はペット彼氏欲しい♡ww
●カラダで始まったらカラダ止まりかなー
「からい!!あはははは!でもこれがマジ現実だよな」
『そうだなー。リアル!ありがとう!』
「え?もしかして諦めんの?」
『俺もカラダ目的でいきます!』
「あっははははははは!!男が言い切るとなんか違わね!?」
●そうなるww
●それでイイww
●究極の答えww
●すれないで欲しい!もっとイイ人いるよ?
●それでいこう!ww
●SITTAMA頑張って!
●見返して恋させようよ!
●カラダで惚れさせよ!
●純粋だったのに!www
●好きなら好きってちゃんと伝えてね!
●腹を割ってちゃんと話し合ってほしいですー
『でもチューはちゃんと狙ってします。あ、腹割ってね、うん、そうだね。みんなありがとうございました』
「ありがとうございました」
『勉強になった。感謝』
SITTAMAはまた拝む。
「なった。マジで。でも一回告白はしようぜ?まだ決まったわけじゃねーんだから」
『うん!勿論!するする!好きだし、俺はね』
「わー!なんかツラァ!!あっはははは!!」
●やっぱりやめよ!ww
●その人やめとこ!www
●ツライよーww
●やめやめ!
●他の女にして!ww
『分かってくれる?お前イケメンでもこの無力さ分かってくれる?』
「イケメンじゃねーけどめっちゃわかる。なんか分かんないけど、スッゲー応援したい。わーなんか…なんか分かるわ!何がかは分かんないけど」
『お前何いってんの?ハハハ!』
「無敵オーラだよな、年上って」
『わ!すげー!そうそう!!そうそうそう!!何考えてんのかマジ分かんねーの!!歯がゆいったらさー!!俺のコト要るの?要らないの?って!訊けねーのよな!ソコ!』
「あー、分かる。俺も最近見た。年上のアレ。歯が立たねえ感じっつーか、さ」
俺は結局、また三条さんを思い浮かべてしまっていた。
●え!?
●どういうこと!?
●KAI君?
「や!違う違う!あははっ!恋人とかじゃなくて!大丈夫大丈夫!」
『ビビった。俺静かにオフラインになろうかと思った』
「あっははははは!!ネタ振っておいて逃げるなって!」
『KAIの炎上とか見たくないから。俺お前好きだもん。あーあ、年上ってムズイな。自分が上なら合わせてあげるのに』
「だな。俺も年の差気にしない性格だからさー。けど気にする人はするからな」
『うんうん。マウント取りたい系なのよ、その女がさ』
「あー。なるほど。上司ってのもあるかもな」
『うん。でもこっちも男の意地ってか、イイとこ見せたいのに端から潰される感じ?ハハハ!』
「え!?潰されるんだ!?」
●ヤバイwww
●かわいそうww
●やめよその人
●その人の気持ちもわかる私
『やー、分かってんだよ?俺も。あんた若いしー部下だしー男なんか信用しないしーみたいな事なんだと思うよ?あの人ちょっとコジってんだよね多分』
「あっはは!そんくらいじゃこじらせ系って言わなくね?」
『言わないか。ま、だからしたいように転がされてやろうって思うんだけど』
「んーんー?んー」
『頼ってくれよってなるじゃん?男なら』
「わかる。あ、ごめん分かんない」
『どっちよ!』
「年上の女は知らないから。俺が共感出来るのは、頼って欲しいって言うSITTAMAの漢気と、年上に対する無力感のみ」
『ハハハハハ!何があった?それ』
「びくともしなかった。眼中に無しって顔で」
●何があったの??
●気になるんだけどー
●KAIの言ってる人誰?
「謎だった、マジで。誰か突破できるのかなーアレ」
『女の話?』
「あ!男男!」
『男だったらそーだよ。仕事で負けるわけにはいかねーんじゃん?俺の話と種類が違うんだけど』
「あー、うん。そうだな」
●よかったー
●女じゃなくて安心ww
「女じゃないよ。まあ、難しいな!あははは!」
『ムズイ!頼って欲しいから俺。やっぱ年下が合うのかな?』
「んー?好きならどっちでもいいだろ?違うのか」
『甘いねーKAI。青いわ』
「マジっすか。俺青いままでいいんで」
『強!メンタル!』
「あっははは!けど分かんない。いざ年上の女とってなったら俺もSITTAMAみたいに悩むんだと思うよ」
『そんときは俺と飲も』
「何の解決にもなんねーけどな!あはははは!」
『気は紛れる。大事だって仲間は』
「だな!その時はよろしく!」
『舐め合おう!』
「あっははははははは!傷をな!?」
『分かんないぞ?』
「何が!?あっはははははは!!」
●やだーwww
●KAI君は渡さない♡
●舐めあおう!ってwww
●今日でSITTAMAさん好きになった頑張ってほしい
●年上でも年下彼氏に甘えたい女も沢山いるからね!
●SITTAMAさん頑張ってね!
●報告持ってます
●働いてる女は甘えたい人の方が多いよ!
●年齢なんて関係ナイ!応援してる!
「そーだよ、年下に甘えるタイプもいるよな。今後も定期報告な、SITTAMA。頼むぜ?」
『また動きあったら来るから』
「あはは!!じゃあMAKI帰って来ないけど、今日はもう雑談のまま終わろうか。何か集中できねーわ」
『オッケー。あいつまだ電話?』
俺だけが見られるMAKIの画像を見ても椅子は空だ。
「寝てんのかも」
●寝てるねww
●MAKI君寝てそう
●スマホ持って寝てそうだね
●MAKI可愛い♡
「YUJIの枠行くって言ってたからまた起きると思うけど」
『うんうん。ありがとう、相談してスッキリした。みんなもありがとう。この話したくて入ったから今日』
「マジか!!頑張ろうぜ?好きなら好きで一直線で。俺はそれが一番男らしいと思う」
諦める男はダサいと言った三山さんを思い出した。
(ホント、そうだよな)
『おー!そうだ!俺は男を見せるぜ!今更カラダ目当てになんかなれる気しねーし頑張る!!』
「よし!じゃあ今日はありがとうSITTAMA、いないけどMAKI。それとみんな。おやすみーーー」
『おやすみーーん』
●おやすみー♡
●ルイ君!!www
●ルイ君して♡
●KAI君おやすみ♡
●ルイ君は!?ww
●二人ともおやすみーん
●ルイ君忘れてるwww
『ルイ君!』
「あ!!あっはははははは!!詐欺るとこだった!ごめんごめん!えーと…ハイ、アレでいきます」
『お!じゃあ、KAIのルイ君まで、3、2、1』
「お前がメイドするってんならさ、俺も朝から行こっかな。…ハイ!」
『イケボっ!!ヤバ!!』
「あヤバ…ヒント言っちゃ…ハイ!!学園祭お楽しみに!はははは!ごめんなー!おやすみー!」
『メイド最高!!』
「はははははは!!」
●イケボ♡
●かっこいい!
●よき♡♡♡
●ルイ君♡KAI君♡
●メイドがヒント?ww
●ルイ君はKAI君みたいな性格とみた♡
●イケボー♡
●メイドを選べばいい的な流れがある?ww
●かっこいい!ツライ!
●KAI大好き♡
●ルイ君と学園祭するから!
●メイドねww任せて!
●ありがとう♡
●おつー♡
●おやすみー♡
●SITTAMAさんまたきてね!
●おやすみKAIくん♡
配信を終え、SITTAMAと少し話した後にMAKIに一言メッセージを入れ、
ついでにSINを「お気に入り」に登録してからmimikoneを閉じて風呂に向かった。
シャワーを済ませて湯船に入ると、壁に付いている防水のタブレットで姉のWORLD TUBEのチャンネルを開き、最新のライブ配信の動画を再生する。
(4時間!?)
ライブ分には特に編集を入れない姉。
酢イカを食べる自分カメラの映像と、コントローラーを使う手元カメラの映像、そして画面下のそのリアルタイムで閲覧者が書き込んだコメントも二列ずつゲーム画面と同時に観ることが出来る。
「秒じゃん」
ほぼノーダメージで次々と世界の強者達を撃破していく。
俺は動画となったこのコンテンツへのコメント欄を流し見して、変なコメントが来ていないかをチェックした。
勿論良いコメントばかりでは無いが、そんなものは俺達は慣れている。重要なのは特定厨や行き過ぎたセクハラが無いかどうかだ。
(大丈夫そうだな)
姉のWORLD TUBEでのキャラ配置も大方決まってきたらしく、有難い事に「ミオンは無害」「ミオンはガチプロ」「ミオンはカワイイ」「ミオン=酢イカ」といった感じで、最初の頃のような「女だワーイ」みたいな扱いは減っている。
世界規模の動画サイトで世界規模のゲームタイトルの為、色んな国の言語のコメントも多数貰っているが、とりあえず英語圏からのコメントも「上手い」や「キュート」などの意味の他、「どこかのチームに入っていますか?」と、多分プロゲーマーからの質問などだ。
(大きくなったな、美音)
当の本人は、腕の上達以外一切成長無しだが、ファンがずっと支えてくれている。
偏見では無いが、やっぱり姉が女である事は心配材料だったが、今ではチームにも加えて貰え、その名前でネット上で守られている所はあるだろうから、俺としては本当に有り難い。
(すっぴんの方が断然可愛いのにな…)
派手なメイクも「ミオン」の見所だ。
そして暫くの後、姉の動画をバックグラウンド再生しながら検索窓を立てる。
調べるのは勿論、
【明平帝内】だ。
「出た」
しかし一つの記事しかヒットせず。
明平帝内の参加作品はあの一作品だけだった。
「アキヒラ、テイダイって読むのか。明らか本名じゃないな。つーか情報少な過ぎだろ…。年齢も事務所も分かんねーのか」
当然のようにこの人物の写真も無い。
この情報化社会で、リンクするページも一つも無く、作品名を久し振りに検索しても、前と変わらず作者の他の作品の情報ばかりで、これもまた大した情報を得られずだ。
たらい回しとも言えない数ページを行き来するだけの俺は、既に詰んでいる。
御塚光瑠の名もただの文字で、リンク先が無い。だがこれは俺も知っている事だ。
それでも【御塚光瑠】という名前を知ってさえすれば、検索した先で悪意の無いAIによって三条司の記事に誘導されるものだ。
しかし明平帝内をどれだけ検索してもAIは近い名前のブロガーや神社なんかの写真を結び付けてくる始末。
俺が素人だったなら、必死にそんな全く関係の無い記事を開きまくって累積を作り、今以上にこの謎の声優から在りもしない方向へ情報網を広げてしまうだろう。
俺は明平帝内という名を、あのCDの中のキャスト一覧を実際に見て初めて知った。
(誰なんだ、マジで…)
あの一作で声優を辞めるようなヤワな声では無かった。
「くっそ…」
ここの所、何かと己の無力さを知らされている俺は、この明平帝内にだけは辿り着きたいと思っている。
そして俺にはまだ、三条さんに直接質問出来るというチャンスが、多分あと一度くらいは残されている。
(それが一番早いもんな)
湯に肩まで沈めて天井を見る。
俺が「御塚光瑠」という三条司のこの別の名を知ったのは、中学三年の、高校受験前日の深夜だった。
とある師匠から、勉強に煮詰まった脳の休憩として問題に出された事がきっかけだった。
試験三日前から趣味とPCを封じていた俺は、突然投げられた甘い飴に飛びついて調べ出した。
それが憧れの三条司の事だったのがとても嬉しかった。
そして師匠は勝手にこう言った。
『光御塚瑠、やで』
ヒカリミツカル。
何の小ネタか知らないが、俺の試験への応援のつもりだったのだろう。
人生の最初の難関に、柄に無くナイーブになっていた俺は、本当に「栄光」でも掴めそうなくらいに勇気付けられたのだった。
「こういうのって、本人が知ったらどんな反応するんだろな」
それで安心してスヤスヤ眠って、まんまと受験に受かった俺。そんな傍迷惑なエピソードがある。
無事に高校を卒業した後は、美容師の両親の影響で姉と同じ美容専門学校に通い、一応二人とも美容師の資格は得ている。
裕福でも無い家なのに、のんびりした性格が集まって、「誰が何を言おうと、今したい事をしないと損」なんて甘い事を言ってくれる両親のお陰で、姉も俺もやりたい放題なのに幸運にも何故か金銭的に困らない生活が出来ている。
(俺はどの道に行きたいんだろな…)
「ミオン」が、
『おっしゃああ!勝ったああ!!コラあああ!!』と叫んだ。
(少しはヨモモンを見習え)
今度は謎の歓喜の歌を歌い出した姉に笑う。
「まさかのオリジナルかよ」
もう一度下手な歌を聴いてやろうと画面に手を伸ばすと、タブレットのバッテリー切れを知らせる赤いランプが点いた。
(もう一度…)
あともう一度くらいは、
あの秘密の部屋で会える。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説



BL短編まとめ(甘い話多め)
白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。
主に10000文字前後のお話が多いです。
性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。
性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。
(※性的描写のないものは各話上部に書いています)
もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。
その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。
【不定期更新】
※性的描写を含む話には「※」がついています。
※投稿日時が前後する場合もあります。
※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。
■追記
R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます)
誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる