レッド ルーム

輪念 希

文字の大きさ
上 下
4 / 25

2.

しおりを挟む




◆三条 司

「普通だな。どんなの来るかと思ったけど」
哲平がまたKAIの背中をちらりと見て言う。
「要領良さそうだね、見てる感じだと」
さっき来た晃介が俺と哲平に軽く手を上げて通って行ったが、KAIはしっかりと晃介にも「お早うございます」と挨拶した。
それ以外にも時々女の子らに話し掛けられても笑顔で応えている。
(ピアス、全部取ってんだな)
KAIの特徴である片眉と鼻、そして両耳の大量のピアスは、一つも付いていない。
(見たかったのに)
「あいつもそうだったけど、洒落てんな、服」
初見だと気難しいタイプである哲平をもさらっとクリアしたKAIは今日、襟がたっぷりと分厚いネックウォーマーのようなハイネックの細身の黒いロンTに、下は変わった形のパンツを穿いている。カフェ店員の丈の長い腰巻きのようなベージュのものだ。
右側の尻の少し上には赤と黒のチェックのワンポイント的なアップリケが付いている。そして超ハイカットの黒いスニーカーで巻きの下のパンツの裾をインしているようだ。
「うん。何系って言うんだろうな」
哲平が言う様に、悠二も服はいつも可愛かった。しかしKAIは悠二とはまた違った感じのお洒落を楽しんでいるようだ。
「パンク系だろ」
哲平が言う。
「あー、パンク系か。哲平好きじゃん」
「あのパンツのブランド結構持ってる。あそこまで変わった形のは買わねえけど」
「結構高いの?」
「まあまあするな」
昨日のイベントにも、KAIは変わった長いスカートみたいな真っ赤なパンツを穿いていた。
赤っぽい髪に良く似合っている。
(ああいう顔のタイプ、結構好きだな)
俺は自分が目尻の下がった二重の顔のせいか、KAIのように奥二重の切れ長っぽい目は、無い物ねだりで昔から好きだ。
(和服も似合いそうだけど、若いからその辺りには興味無いか)
収録が始まるので、録音室に入ると西原君のようにKAIも扉の横に居た。
(習ったのか、気遣いか)
その前を通って中に入る。

俺が背負う役は敵方のナンバーツーの
「エンビリアン」だ。ファンの期待値が高いだけに少々気構えが必要だが、俺お得意のイケメンでセクシーな男のキャラで、アリスが通う高校に保健医としてやって来る。
哲平のシュニックは、アリスの同級生として別のクラスに転入だ。
「アリス」はシーズンⅠから引き続き四方 日和よも  ひより二十七歳が演じている。
誰よりも小柄な四方日和は、この「ふて魔女アリス」が自他共に認める代表作で、目立って美人ってわけでは無いがクセも無い演技で、声が可愛らしいとファンが多い。現場での性格も当たり障りの無い、程よい性格で、それでも強かに二期目を努めている。
そして同じ一期目から「黒猫のマンマート」の常盤さん。
今回正体を明かす事になる真の魔王「エティリオ」の晃介。
エティリオの側近の「オリンヴィーダ」の井伊 杏樹いい あんじゅ二十六歳。オリンヴィーダも一期から人気があり、アリスの女の子としてのライバルキャラだ。
真の魔王と側近は一期目はただのアリスの同級生とその兄だった。

後は二期から参加の、水晶に封印されし美魔女、セクシーなマダム・ブーケ役の中黒ゆいと諸々だ。
今日はシュニック中心の回を録る為、人数は七人と少ない。
それプラス西原君とKAIを含める雑魚役の新人四人だ。

『今日からシュニックとエンビリアン役の栖本君と三条君が参加です。皆さん宜しくお願いします』
大西さんが軽く紹介して、俺と哲平は手短かに挨拶した。

『では、Aのテストいきましょうか』

前半は全く滞り無く、スムーズに終わった。


「さっすが栖本君。キャラ光ってるじゃない」
哲平が常盤さんに捕まった。
「ああ常盤さん。マンマートも可愛いじゃないですか」
「そうだろ?黒にゃんこ役でまた人気出ちゃうよ」
「今回も例のザックザックあるんですか?」
ザックザックとは一期からある猫のマンマートが猫のトイレで砂を搔きまわすシーンの常盤さんの台詞だ。
「あるよ。もう十回は出たよ。ねえ四方ちゃん」
「はい。棒読み可愛いです。ボーっとしてるんですよね、おトイレ中は」
「もうネタですもんね常盤さんの」
「そうそう」
そんな会話をしながら出て行く三人。
俺は中の椅子に座る晃介に歩み寄る。
「晃介、飯食わないのか?」
「ああ、ここ終わってから食う」
晃介は俺を見てから台本を置いて伸びをした。
「午後も入ってんだ?」
「まあな。今日は早く終わりそうだから助かる」
「早死にするなよ?」
晃介はそれを鼻で笑って、ふとドアを見る。
そこにはKAIが居た。
「ご飯食べて来なよ」
俺が言うと「はい」と微笑んで出て行った。
「悠二、元気にしてるってよ」
「あ?」
「KAIに訊いた」
晃介はいつものように呆れて笑う。
「俺達の事、良い人達だったって言ってくれてるんだって」
「そうか、良かったな」
「何だよ、もうちょっと何かないのか?悠二の事忘れたわけじゃ無いだろ?」
「あいつのファンだって言ったのか?竹山に」
「言ってないよ。悠二に言われたら恥ずかしいだろ」
「何だそれ。言って飯でも誘えば良いんじゃないのか?」
ふと投げられる視線が妙に柔らかい。
「ん?そういうわけには行かないさ」
「どうしてだ?」
「悠二が俺に気を遣って、嫌々なのに無理して来たら可哀想だろ?」
「くだらねー」
腕時計を見ながら白い歯を少し見せる。
(あれ?晃介って、こんな風だったか?)
「あーあ。悠二がKAIでも伝言に使って食事にでも誘ってくれないかな」
このままもう二度と悠二と会えないのだろうかと、俺が脚を組むと晃介の視線を感じる。
「ん?」
「いや」
晃介は何やら半笑いで目を逸らした。
(んん?)
「何か食って来い」
再び台本を手に戻すのを見て、
「そーだな」
俺は通りを挟んだ所にある古いパン屋で何か買って来る事にした。

「どっか出るの?」
常盤さんとテーブルに着いていた哲平が尋ねて来た。
「向かいのパン屋。何か要りますか?」
俺は二人に訊く。
「じゃあ甘い菓子パン一ついい?」
常盤さんもあまりがっつり食べない方だ。
「はい。哲平は?」
「俺弁当あるからいい」
「愛妻弁当かー。羨ましいね」
俺が手を上げて階段へ歩くと、常盤さんが「見せてくれよ」と哲平に言った。

階段を下りようとすると、横のテーブルから声がした。
「買って来ましょうか?三条さん」
「ん?」
KAIだった。西原君と座っている。
「いいよ。自分の事は自分でね。甘やかさなくていいんだよ。あ、何か要るかい?」
「いえ。ありがとうございます」
人好きのするスポーティーで爽やかな笑顔。

(こりゃ根っから要領良いわ)

「はーい」
俺も笑顔を返しておいた。

(つまんなーい)

しかし、そんなKAIは、この後一番面倒な事を口走ってしまうのだった。

俺が戻って来るとKAIは笑顔の常盤さんと哲平のテーブルに呼ばれていた。
(早速気に入られてるわけか。お達者で何より)
「お帰り」
と言う常盤さんの言葉を受けて、俺もそのテーブルに座る事になった。
「そのアプリもうリリースしてんの?」
哲平が隣のKAIに言う。
「いえ、まだです。事前登録が昨日始まったばかりです」
俺は常盤さんに菓子パンを渡すと、丸いテーブルのKAIの前に座った。
「ありがとう」
「いいえ」
「どこって?アプリの会社」
「BIGMANIAです」
「知らねーな」
「新設です。全然無名の」
「へー。お前は声優になりたいのか?」
哲平にそう訊かれて、KAIはちらりと常盤さんを見る。ベテランの前で気まずいのだろうか。
「え?なに、言いなよ。俺って怖いの?イメージ。ただ長生きしてるだけだけどなあ?」
常盤さんは俺に笑って言うが、
「そんな事ないですよ。常盤さんは優しい人ってイメージですよ。色んな声優さんから名前出てます…し…」
KAIはそう答えてから、しまった、という顔をした。
「んん?何それ、下馬票の話かな?」
常盤さんは菓子パンを囓る。
そこに哲平が突っ込む。
「あ?お前、声優ファンですとか言わねえよな?」
「あー…え、と…」
「いーや、ダメだぜそれ。こんな場所ではっきり言っちゃーよ」
「…すみません」
KAIは苦笑いした。

(ばーか。やっちゃったなーKAIくーん)
俺は内心ほくそ笑んだ。

「そんな事言われるとやりにくいじゃーん。で?誰が好きなの?」
常盤さんの冷やかしだ。
「えと、誰がって、そういう感じじゃないんですけど…」
「常盤さんですって言っておきなよー。それで済んだのにや。素直なんだからー」
常盤さんが笑う。
一旦は追い込まれたKAIだったが、
「ファンっていうか、マニアっすね。今日いらっしゃる全員の公表している生年月日と血液型言えますよ。それとあと、出演した作品も殆ど全部」
と開き直った。
「マニア?声優マニア?」
常盤さんが興味深げに茶を飲む。
「はい。頭の中に声優特化辞書あるんです。あ、常盤さん一年前にSNSでうさぎの耳の帽子被ってアップしてたじゃないですか。飲み会の」
「うん、したした」
「あれ常盤さんは書いてなかったですけど、中黒さんからプレゼントされたものですよね?」
「そーだよ!?何で知ってるの!?」
「中黒さんが半年後くらいにラジオで言ってました。中黒さんのお母さんが手作りしたんだって。正確には、手芸が趣味のお母さんが作ったウサミミ帽子をスポーツ系アニメで共演した大先輩にプレゼントしたって言ってたんですけどね」
「ひえ!そうだよ!」
「こっわお前!…何なの?他には?」
哲平も腕を摩りながらも促す。

(あれ、二人共なんでもっと弄らないわけ?息ふきかえしてるじゃないか…)

「何でも載ってますよ。俺の辞書」
「青柳君のヤバイネタないの?」
常盤さんが冗談でヒソヒソと言う。
「あ、悪意があるのは出しませんよ?はは!裏付け説明でさっきの中黒さんのみたいな、常盤さんと公に仲が良い人同士のネタならどちらかの前でなら出しちゃいますけど」
「ほー。中黒ちゃんとはホントに仲良いよ。長い期間一緒だったからね。今でも現場が同じ時は良く飲みに行ってるよ」
常盤さんが言うとKAIは「長寿アニメでしたよね」と喜んだ。
「へー、妙なルールがあんのか。俺のは?何かある?」
哲平だ。
「あ!あーでも、これはちょっとマニアネタって言わないかも知れないですけど。俺の独自ネタなんですけど」
「おー。いいぞ、何?」
「俺が穿いてるこのパンツの」
KAIは自分の尻のワッペンを哲平に見せる。
「ここの店のエンペラーって名前のパンツ買いましたよね?」
「おい、マジかよ!?エンペラーめっちゃ穿いたわ俺!何なら三本買ったわ!まだ新品のが一本あるし!」
「ははは!めっちゃ好きですねソレ」
「はあ!?けど何で知ってる?俺どっかに載せたっけ?仕事には安いデニムしか穿かねーんだけど」
「店に写真ありましたよ?買った日に撮ったんじゃないですか?」
「はあ!?確かに撮ったけど!スタッフのお兄さんに頼まれてさあ!レジの机の中の方に貼ってくれてるやつだろ?あんなちっちぇー写真で何で俺って分かんの!?」
「俺もめっちゃ買いに行くんすよあの店。それでたまたま会計の時に見たんですけど、ソッコーで栖本さんだって分かりましたよ。それで、ちょっと見せて下さい!って頼んで。やっぱ栖本さんだ!って、喜んだんすよ」
「マジかよ!こっわ!仕事以外でそんな事言われたの初めてだわ。声優やってて外で気付かれること滅多にないからな俺」
「え?マジっすか?気付きますよ。マニアックですみません。え?けど、いつもマスクしてませんか?顔バレ意識じゃなくて?」
「ちげーわ!気付かれないって言ってんのに、どんだけ意識高いんだよ俺は。喉よえーんだよ。あ、喫煙者だけどなっ」
「あ!はははは!」
「えー、辞書に書かれんの?栖本、ノド、弱めって」
「え……………」
KAIはテーブルに視線を落として暫く葛藤したのだろう後に、
「…………ダメっすか?」
と、子犬がしそうな、窺うような目を哲平に向けて笑う。
「じゃも書けよー!書いたかどうか気にする方が嫌だわ!ずっと気になるわ、何やってても!」
哲平が吹き出し笑いで許可すると途端に元気になった。
「あざっす!あはははは!気にしぃ、なんすね」
「だ!から、やめろってお前!」
「栖本さん決まったメーカーのマスクしか使わないんすよね?確か」
「そーです!これ!このマスク!何か違うとほっぺが痒くなるんです!」
「えと、それは…?」
「書けよ!書け!書くって何!?記憶だろ?」
「栖本、懐かれる、弱い。だな!いははははーはー!」
「うるっ!あ、大先輩だったわ」
「あはははは!ヤベ、面白いっすね」
「お前はうるせーから」

(ちょっと待て、哲平まで飲み込まれたぞ…)
俺は何となく面白くない。

「じゃあ三条君のネタもあるの?」
常盤さんに言われてKAIは俺を見る。
「ん?いいよ。特別に答え合わせしてあげる。何でも言いなよ」
俺は脚を組んで笑いかける。
キリッとした目の印象から、俺はKAIにシャープなイメージを持っていたが、こうして向かい合うと顔の輪郭はそれほど細くないようで、mimikoneで見るより若く感じた。
「俺、三条さんにはめっちゃ詳しいっすよ?同じマニアにも誰にも負けないくらい」
俺を射程に入れて来るKAIの眼光。
(へえー?なら、かかって来いよ)
「本命か?いいじゃん、何か言ってみ」
常盤さんが勝手に許可した。
「じゃあ、どれにしようかな…」
KAIは悩む。
(よし、俺から行くぞ?)
「俺の妹の星座知ってる?」
「乙女っすよね」
「うん…正解」
(かなり昔に受けたインタビューのネタだぞ…)
「じゃあ、実家のペットの名前」
「チワワのエリーですよね。お母さんがつけた名前で」
「正解。じゃあ俺の好きなワインは赤か白か」
「白」
「正解。じゃあ、ワインより好きな飲み物は?二つあるんだけど?」
「シャンパンとシェリー酒」
「それらと合わせる自家製のツマミがあるんだけ…」
「オリーブのオイル漬け。美味しいのが売ってないから自分で作っている」
「正解。じゃあ…嫌いなマーク、モチーフは?」

(あっ!しまった!待って!)

「ドクロ。昔激ヤセした時にドクロのTシャツ着てて、青柳さんに同じ顔してるって言われたんですよね?」
グフ!っと言った常盤さんと哲平が気を遣って笑いを堪えるが、二人とも肩が激しく揺れている。
(クッソ…!!)
「まあ…正解?はは。すっごい昔だけど。はい、次。焼肉屋に行って俺が先ずする事は?」
(ああっ!ヤバイ!俺のバカ!)
「限界まで脱いで、他を全部ビニール袋に入れること。匂いがつくからっすよね?しかもさっきのドクロの件も、珍しく参加した打ち上げの日で、焼肉で、性分でシャツ脱ぐしかなくて、青柳さんにTシャツ見られたんですよね?」
常盤さんと哲平は深く俯く事でしか、もはや笑いを隠せないらしい。
(く…!海馬の繋がりで余計に恥ずかしい答えを導いてしまったじゃないか…)
しかし、
「あとそれから、焼肉の日とピザの日はいつもと違う、アメリカ産の強烈なミントの歯磨き粉とフロスを使って歯磨き。幼少期からの癖なんですよね?ハワイで大量購入してくるんですよね?」
ドクロから離れた答えも返って来たので、先の二人は顔を上げる事が出来た。
(助けたつもりか?)
「…正解。じゃあ次だ」
KAIの勢いを止めてやりたい俺は、脳をフル稼働させ、ついに、これだ!という質問を閃いた。
「つい昨日、俺にバースデーケーキをくれた声優の名前とそのケーキにあった蠟燭が示した年齢は?」
(あの蠟燭に気付いたのは俺自身でさえ収録の後だった!音声では誰も言っていないぞ!よし!勝った!!)
「橋下風也さんからのサプライズで、蠟燭は27歳。Resetで共演した時にラジオ出演を約束していた」
即答するKAIに他の二人ものめり込む。
「そうだね。ふふ、やるじゃないか。じゃあ次は…」
(どう言う事だ!昨日だぞ?mimikoneとBIGMANIAのイベントで、YUJI達と朗読して、その後も美男子学園の鮫島類の声を担当したと、NACのチームの一員として結局多分最後までMAKIの代わりにMCとして出てたんじゃないのか?家に帰ってから俺がたまたまシークレットゲストだった橋下君のラジオも聞いて、写真もチェックしたと言うのか…。いや、しかもそれだけじゃ無い。Resetで約束していただと?つまるところ、俺の作品全部、共演者から収録期間まで把握してると言ってるのか…?)
という事は、
(俺の事なのに、自分が何処で何を発言したか覚えてもいない俺が、このまま質問をし続ける限り、俺が後出ししてるような勝確のぬるい勝負のはずなのに、じわじわ自分の秘部晒して必ず負けるみたいなものじゃないか!)

KAIは真っ赤な舌でぺろりと唇を舐めて、集中したまま俺からの次の質問を待っている。
(そんな事は、あってはならない…。勝って終わらなければ。俺は御本人なんだぞ?)
俺は、意地になった。

「じゃあ、俺の本名は?」

「…え?」
KAIの目は目尻が更に切れそうな程驚いている。

(勝った…のか?)
「あ、芸名なの?三条君って」
常盤さんだ。
「そうですよ」
俺は常盤さんに笑顔を返す。
「知らなかったよ。流石の竹山君も?」
「はい…三条司さんだと、思ってました」
「はい、残念ー!!」
哲平が笑う。
(ああ…ちょっとやり過ぎたか)
「教えてあげようか?」
俺は少し可哀想な気がして言ったが、
「いえ、俺が知らないって事は、それは公表してない事ですし、この流れで聞くのは何か悪いので。三条司さん、ということにしておいて下さい」
とKAIは笑って目を逸らした。

(ん?何だよそれ、確かに公には言ってないけど、聞きたくないのか?マニアなんだろ?)
何故か逆に俺がモヤっとした。

「へー面白いな。暫く遊べるわ、お前」
哲平は周りを見回して問題に出来そうな人物を探す。
「でもさー君らって俺達のこと、何か神様みたいな扱いしてるじゃん?」
常盤さんが言う。
「あー、そうっすね。すみません」
KAIは自分の仲間達を背負って浅く謝る。
(確かにな。でもそこは指摘してあげなくても良いじゃん…)
俺はそう思うが、マニアです、と言い切った相手だからこそ常盤さんは敢えて触れたのかも知れない。
「俺達もフツーの人間だからね?此処に来てれば分かると思うけどさ」
俺と哲平は無言のまま常盤さんの言葉にやんわり頷く。
「はい。でもやっぱり凄いっすよ。此処に混ぜてもらってこそ、そう思います」
俺と哲平は、今度は KAIの言葉に「結局そうなるよな、マニアだもんな」と思いながら頷く。
「えー、やりにくいよー。裏話、友達に話しちゃったりやめてよ?常盤のじじいがバナナ食ってたとかさ」
「はははっ!それは大丈夫ですよ。常盤さんはバナナが好物だ、って事になったなら書き留めちゃいますけど」
「あー、まあそのくらいだったらいいよ別に。好物だし。林檎すりおろしたやつも好物だよ。書いていいよ」
「ありがとうございます!あの、自分でも常識はある方だと思ってますので、声優マニアの名にかけて、変な事は絶対しないんで、俺」
KAIの低くても溌剌とした大きな笑い声と端整な笑顔は、しっかりした悪意の無い誠実な人間性をイメージさせるもので、間違いなく好かれるものだ。

(ふーん。mimikoneの時と差は無いんだな)

空気が読めて、仲間の面倒も見れて、仲間から離れた場所でも今みたいに臆せず話し、マイナスに捉えられそうになったものを大胆な切り返しで逆に妙な信用に繋げた。
多くの「新人」を見てきた俺達には分かる。
KAIの対人スペックは高い。

(今時の若い奴らは、ホント何でも出来るな)

「でもここの女の子達の前で声優マニアだって言うなよ?」
常盤さんは小声で言う。
「そうっすね、何かコワイっすもんね?そんな男が居ると」
KAIは「分かってます」と笑う。
「違う違う。バッチリメイクしてミニスカート穿いて来るかも知れないじゃん。可愛い女の子増えたらじじい集中出来ないからさー」
「あははは!ええ!?そっちっすか?」
「はい?何言ってんのこのお方。今のマジにすんなよ?」
哲平もマスクを外して愛妻弁当を食べる。
「はい。はははは!面白いっすね常盤さん」
「だろ?俺は全然怖くないよ。怖いのは今日此処にいない人達だから」
「ぐふ!こら、ダメでしょマンマートさん。こいつの辞書作りに協力しちゃあ」
哲平が笑う。
「えと、聞こえてなかったっすよ?」
「ははは。ま、この常盤のじじいは全然怖くないニャン」
常盤さんは「黒猫のマンマート」の語尾で言う。
「うわあ…ヤバイ!ありがとうございます!」
「えー、今の嬉しいの?困るなー。ねー?三条君」

ただ、

「ええ、まあ?可愛いマニアをがっかりさせないようにしなくちゃいけなくなりましたね」
「そーだよ。やりにくいよー」
「けど。俺達も真剣にこの仕事してるから、そんな余裕も無いですけどね?常盤さん」
「だね。多めに見てよ?」
「いや、そんな!もうホントすみません、うわー、やっちゃったっすね俺…ははは」
「俺は安心したけどな、今回は」
「え?」
KAIは聞き逃したのか、意味が分からなかったのか、哲平に顔を寄せる。
「哲平、その美味しそうなアスパラのカリッカリのベーコン巻き、喉奥に突っ込んであげようか?」
「三条さんは性格悪いから気をつけろよ?マニア君」
「おい哲平、誰が性悪だって?」
「ははははは!仲良いんすね」

ただ、この瞬間も。
KAIはあの俺の質問からは全く一度も。
俺に気を遣うようにして、俺の顔だけ見なくなっている。

「お前!耳!よく見りゃエグイなそれ!」
哲平がKAIのピアスの穴を見てドン引きする。
「はは!穴もどうかと思ったんですが、10個以上もピアスしててダメな奴だと思われたくなくて。すみません。苦手っすか?」
「鳴らなきゃ良いんだよ。シリコンのヤツでも入れとけよ。コワイわ。ちょ!これとか向こう側見えてるじゃねーかよ!え?ここ軟骨だろ?立派な改造だぞ。大丈夫だったのか?これ」
「最初に拡げる時に倒れそうになりましたけど。ミリ単位で上げてったんで。今は全然、全く何ともないっすよ」
「うえー。その状態でスキーとかしたら凍傷になりそう」
常盤さんが舌を出して痛そうな顔をする。
「そうっすね。相当冷えますね、たぶん」
「見てコレ、三条さん」
哲平がKAIの耳を指差してこっちを見る。
「ペンネとかマカロニ詰めたくなるよな」
俺は適当に言った。
「はい!?」
「結局穴じゃん」
常盤さんが笑う。
「うどんでも何でも入れて来ますよ俺。三条さんが言うなら」
そう返してくるKAIだが、やはり哲平や常盤さんを見ている。
「言ったな?お前」
「アヤですよ!栖本さん!あははははっ!ヤバイでしょ、耳にうどん飾ってる奴とか!何なんすかソイツ!」
「いつのうどんだよってなるな、間違いなく」
常盤さんは耳にうどんを掛ける振りをする。
「今朝以外ないっすよ!昨日とか!」
「きったねーな!」
「いーはははははは!!」

(いつぞやのカジキ入れて来い!)

「ピアスよりお前さー、コレ、音立てんなよ?めっちゃ怒られるぞ大西さんに」
哲平は多分最初から気にしていたのだろうKAIの変わったパンツを見る。
「そうそう。あの人が一番怖いからね?だけどさ今の若い子はお洒落だよなー。それとかバーテンダーみたい」
常盤さんも身を屈めて見ている。
「コレめっちゃ柔らかいんすよ」
「あ!ホントだ!何これ!楽そう!」
哲平と常盤さんは同時にKAIのパンツを掴んだ。
「いや!ホント。音鳴らないな。良い生地だ」
「そうなんすよ。俺普通のパンツって持ってなくて、今日帰りにデニムのスキニーでも買いに行きます」
「鳴らないならいいじゃんコレで。服装なんて誰も言わねーよ。要は、他人の邪魔しなきゃ良いんだよ」
「マジっすか?いや、けどちょっとラフ過ぎる気がしてきました。良い機会なんで。んーカラーパンツにしようかな」
「まあ黒のパンツは持ってて損しないからな」
常盤さんが言うとKAIは「はい」と素直に頷いた。

(毎回ファッションチェックしてやろうと思ったのに)

ピアスも服も性格も、丸く整えるらしい万能なKAIは、
それでも一度だけ俺の耳辺りを見た。


その後の収録もスムーズに終わり、皆んなそれぞれが忙しそうにスタジオを去って行く。
哲平もあっさり返ってしまい、俺は階段前で晃介を捕まえた。
「お疲れ晃介」
「ああ、お疲れ。どうした?」
俺も普段はさっさと出て行く方なのだが、今日は真っ直ぐ帰る事に対して気が散っている。
「まだ時間あるだろ?お茶付き合ってくれないか?」
「今からか?」
「そう。そっちもマンションに帰っても、また出て行くの手間だろ?台本見てていいし」
ふと見た晃介は、いつもと雰囲気の違うチャコールグレーのコートを着ていた。
(んん?)
質の良いシンプルな服を好むようだった晃介が今着ているのは、身幅が広く、一見大きく見えそうなのに生地が厚くなくシームレスで、短めな袖が細めで野暮ったさの無い洗練されたデザインのものだった。
「これどこの?可愛いな。しかもカシミアか」
友人の珍しい着こなしに、つい裏地までチェックしていた俺は、
「なあ、司」
「ん?」
また何やら半笑いで見られていた。
「家ってのは、仕事が済んだら飛んででも帰るもんだぞ?」
「…はい?」
晃介の事だ、わざわざ言うのには意味がある。
「お互いお一人様だろ?どの口が言っ……はあ!?まさか!」
その時に俺の背後をKAIと西原君が通った。
(あぶね!!)
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
二人は頭を下げて通って行った。
「ああ、お疲れ様」
「お、お疲れ様ー。また明日」
二人が階段を折り返して見えなくなると、俺は晃介に詰め寄る。
「できたな?妙だと思ったぜ、晃介」
「あ?」
「あ!あ!!それ見せろ」
俺はニヤリとして晃介の手首を掴んでスマホ画面を見る。
そこには何かの料理の画像。
「これは…アサリの酒蒸し、か?」
「みたいだな」
「美味そうだな…。へー、いつの間に?美人か?まあ訊くまでもないか」
晃介はまたふっと笑う。
「なんだよ、何か煮え切らないな。もしかして俺の知ってる相手か?」
「会わせてやろうか?」
「また珍しい事言ってるよ。まさか…ここの誰かか?」
「いいや」
「ふーん。ま、興味はあるけど邪魔はしないさ。帰ってやりなよ」

電車が嫌いで、どんなに早く家を出てでもマイカーで来る俺と晃介は、駐車場まで歩いて車の前で別れた。
俺は買い替えたばかりの黒い愛車に乗る。
「あーあ、そうですか。こっちはツーシートのイケてるスポーツカー買ったばかりだってのにさ」
エンジンを掛けると低く良い音がする。
次いで、朝の続きのR&B。
「お前しかいないな。今日は行く所も無いんだ、ドライブに付き合ってくれ」
アクセルを踏むと軽快だ。
「良い女だね」

だが、街は中心を外れるまで信号ばかり。
目紛しい仕事の段取りから、たまたま暫くの期間解放された俺が、一人っきりの車内で考えるのは晴れない物しかない。

(どうにも後味が悪いじゃないか…)

窓枠に肘を突いて、赤い信号を見つめる。

この「三条 司」が、
自分のファンを傷つけるなんて事は本意では無い。
(何でも知ってるって言って来る方が失礼だろ?)

『俺が知らないって事は、それは公表してない事ですし、この流れで聞くのは何か悪いので』

(それで弁えてるつもりで居るのか?)

あの瞬間のKAIの顔。

『三条司さん、ということにしておいて下さい』

(…俺が苦し紛れに、一方的に土俵を変えたのか…)

いつから声優マニアなんてやってるのかは知らないが、
今日あの瞬間まで、KAIは俺を「三条 司」だと信じて疑いようも無かったわけだ。

「ホント、後味が悪いな」

信号はまだ変わらない。
ルームミラーで髪を整えていると、ふと自分の耳が気になった。

(ピアス、俺が先に付けて来てやるか…)










◆竹山 海

「ただいまー」
今日もまた広がり放題の姉の靴を足で避ける。
「おかえり」
今日の姉は、レインボーのパステルカラーのモコモコのパーカーに、全く同じ柄のセットのホットパンツでキッチンに居た。
「寒くねーのか?冬だぞ」
「見て超長いレッグウォーマー買ったんだ。ほら、太ももまでホカホカ」
長い髪は頭の真上で、ピンクのテカテカなシュシュで団子にまとめられている。
俺はテーブルに移動した姉の手元を見て驚いた。
「え?メシ作ってんの?」
「そ。嬉しい?」
「買い物行ったの?」
「うん。疲れたー。ご飯買いに行くのホント嫌い」
「レッグウォーマー買いに、だろ?」
尻を叩いてやった。
「うるさい。ちゃんとスーパーも寄ったじゃん」
ベタベタと触りながら皿に盛り付けているのを覗き込むと、巻き寿司だった。
「って…切っただけじゃん」
「うるさい!蕎麦もあるし!」
黒いレッグウォーマーの足で尻を蹴られる。
「ちっちぇープロレスラーかよ」
(こいつ絶対結婚できねえ)
俺はコンビニで買ったタピオカミルクティーを二つテーブルに出してから部屋に行く。
「手、洗いなよ?」
「うん、上着脱いでから洗いたい。蕎麦まだしてねーんだろ?」
「うん作ってない」
「俺やるからもう座ってろよ」
「ラッキー!」
「目がチカチカすんだよ、その服」
「可愛くない?」
「ええ?」
上着をクローゼットに掛けてからキッチンに出ると、姉は服とは一切関係の無い格闘ゲームのキャラクターのポーズを取る。
「可愛いけど」
「ついでにカチューシャ買った。ほーら、800円。百均じゃないよ」
「またピンクかよ!見てるこっちがノイローゼなるわ!ははははは!」
俺はつい笑って洗面所に向かう。
「ピンクしか嫌だからねーん。タピオカ、チュッチュ」
礼を言うのと同時にストローをぶっ刺す音がした。

「かいー」
「んー?」
洗面台で顔を洗った後、鏡で髪の伸びをチェックしていると姉に呼ばれる。
(カラー行くか)
「なにー?」
「部屋入っていいー?」
「なんでー?」
返事が無くキッチンに戻ると、姉は既に開けたままだった俺の部屋の敷居を踏んでいる。
「蕎麦出来るまで王子のラジオ聴いてる」
「すぐ出来るって」
「えー」
「分かった分かった。ベッド座んなよ?」
ごねられる前に部屋に入って昨日録音したラジオの用意をする。
「座ってもいいじゃん!毎回毎回うぜーな。何の拘りなの?」
「え?女できなくなるだろ?はは!」
「マジ!?エロガキ。そんなので出来ないとか信じてるの?」
「平気でパンツ脱ぎ捨ててる女に言われたくねーよ」
「やだ!事故じゃん!事故っていってんじゃん!」
「ほら、貸してやるから。はい、椅子」
色違いで買ったヘッドホン。
姉はピンク。俺は赤。
しかし、
「あ!ちょー!あははっ!何してんだよ!座んなって美音!」
俺が振り返った時には、姉は笑いながらベッドに片足を乗せていた。
「そろーーり」
「何がそろーりだよ、ほら!椅子!」
「いーや!寝転ぶのー」
「ちょ、MAKIかよ!」
「私の方が先に生まれてますぅー!」
「大して変わんねーだろ?立てって、あははっ!ウゼーこいつ」
「ミオンの強パンチくらうか?」
「そんなヘロいやつ掴んで投げてやるって」
「確反ナシだし!」
「ははは!クソゲーかよ。お前のフレーム生まれた時からおかしいから!」
「きゃあっはは!竹山家ではミオンが最強!あ!やーだ!ベッドがいいのー。弟が姉ちゃんに逆らっていいわけないでしょ?」
「てか、蕎麦食う気無くなんぞ?」
「いーや!!ヘッドホン貸して!」
完全に仰向けになって両手を伸ばしている。
「ったくもー」
俺は諦めて蕎麦を作りに行こうとするが、
「海。再生、押して」


「もう出来るぞー!」
「えー?もう?」
たったの数分で姉の食欲が失せている。
「ほらみろよ。ゼッテー結婚出来ねえアイツ…」
「はあ?なんか言った!?」
「ちゃんと食えって言った。こっちで聴けるだろ」
俺は二人分の蕎麦を席に置いてさっと鍋を洗う。
「かーくんも一緒に聴こー」
「なにー!?聞こえねー!」
「三条司!聴こうよ一緒に!」
「あー…」
湯を止めて鍋を水切りかごに干す。
「俺、今日はいいや」
「ん?」
自分のヘッドホンも手に持った姉が真横で片耳だけ俺のヘッドホンを外す。
「美音は聴いてろよ」
「ちょっ!やだ!手びしょびしょじゃん!」
「座れっての。のびるぞ」
「はーい」
「食ったらカラー行ってくる」
「そっか今日母さん髪してくれる日だ?」
姉は手にあった自分のヘッドホンを背凭れに引っ掛けて、俺のヘッドホンを着けたまま片耳をずらして椅子に座る。
「うん。一緒に行く?」
「行く。次ベージュっぽくしようかな。海は?」
「黒にしようかなって思ってる」
「えー!言われるの?」
「いや、全然」
「じゃあ赤でいいじゃん」
「んー」
「一番似合ってるの、赤が。シルバーも良かったけど赤の方が可愛い」
「そう?じゃあいっか、赤で」
「うん。海は赤が運気いいよ」
「テキトーだろ」
「当たり前じゃん」

姉が自分の趣味以外何も出来ないのも、思い付きで適当な事を言うのも、うちの親父の血だ。

(それが可愛いからいいか)

そうやって甘やかして駄目にするのが母親の血だ。








◆三条 司

『大きなショックによって苦手意識が芽生えた、のだとしたならば…』
俺の言った言葉を確認する様にリピートしてくる声を聞きながら、スマホを片手にリビングをゆっくりと歩く。
『それを克服させるにはどうすればいいか…か?』
「そう」
『何の話だ?』
「頼むよ晃介。長年守り抜いてきた俺の誇りに傷が付きそうな程のピンチなんだ」
『俺は精神科医じゃないぞ?循環器内科医の役ならやったことがあるが?』
ふっと笑うのが伝わって来る。
「知ってる、俺は麻酔科医だった。ちゃんと答えてくれ。何か案はないか?」
『案?…あ?なに?』
「ん?」
『あ、いや…。ちょっと待て』
晃介は柔らかい物か何かにスマホを伏せたらしい。
「あ、彼女か。悪いな」
聞こえていないだろうが一応謝っておいた。
通話中に相手の音声が途切れると、待たされるその間、不思議と人は身動き一つが遅くなり、何も出来なくなるものだ。そして聞こえないと分かっているのに聞こえている時よりも集中して向こう側を察しようとする。

スマホが持ち上げられた。
俺はわざとらしい咳払いをして、晃介の声を促す。

『それ以上の幸福を与える、だそうだ』


晃介との通話を終え、リビングに置いてある硝子と木目の美しい木で出来た華奢な丸テーブルにスマホを置いて、テーブルとセットの脚の高い椅子に座る。
「幸福…か」

新車で小一時間ものドライブをして帰って来たのにも関わらず、俺はあのKAIの目を忘れられず、「罪悪感」に似た焦燥に駆られていた。

やってしまったから極力早めに対処しよう。そんな安易な不祥事の証拠隠滅だ。
(黙らせないとな)

「三条司はファンを傷つけない」
これは俺のポリシーだ。
もっとも、そんなものを掲げたのは極最近の事だが、それでも十年近くにはなる。
(KAIの幸福…)

幸い俺は「声優」だ。
道具はあろう。

テーブルの奥にある棚を眺める。
その棚にはこの仕事を始めてから今に至るまでの色々が置いてある。
俺はKAIと利害が一致しそうな品を探す為に、椅子を立って棚の前に行く。
晃介や哲平関連のものは勿論、中黒ゆいからのバースデーカードや常盤さんのサインが入ったペアのシャンパングラスの桐箱もある。
昨日貰ったばかりの、橋下君のラジオ番組の名前が入ったビニール製のポーチに丸めて入れられた、同じ名入りのスポーツタオルなども。
「どうせなら何か粋な物が良い。マニアが喜ぶ一品…」
KAIは俺には特に詳しいというような口ぶりだった。
(誰にも負けない、か)
つまり、俺のファンだと思っていいのだろう。
だがしかし、ごちゃごちゃと渡してあの件を意識していると思われるのも格好がつかないし、「三条 司」=「ちょろい奴」と、あまり良い気になられても困る。
(上からいかないとな。謝ってくれてるのかなー?って感じさせる意思表示はするが、マウントは譲れない、この場合は絶対。うん、よし)
俺に関連する物をあれこれ手に取って見ていく。
「げー、この辺り懐かしいな」
かなり古い作品のCDがまとまって出てきた。

「あ…」

その一番下にあった古いBL作品。

(ちゃんと持ってたのか…)
何度か引っ越した際に失くしたものとばかり思っていた。
(もう何処に行っても手に入らないだろうなこれ。マニアは知ってるのか?こんな作品まで)
他の物と同じく未開封のままのCD。
パッケージにはキャラクターは描かれていない。

「へー。今、出てくるんだ?君…」

今まで一度も、ずっと長い間目に入っても来なかったのに、

「今なのかい?」

自称マニア、が現れたこのタイミングで。

「もう一度咲きたいのかい?」

真っ赤な混沌を詰められたそのCDは、封を切られるのを望んでいるように思えた。

「呪わないでくれよ?今更…」

俺は次にリビングの隅にオブジェ的な気持ちで積んでいた、赤、白、黒の、光沢のあるボックスを運んで来ると、他の声優の名の入った物を全て中にしまった。












しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

BL短編まとめ(甘い話多め)

白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。 主に10000文字前後のお話が多いです。 性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。 性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。 (※性的描写のないものは各話上部に書いています) もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。 その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。 【不定期更新】 ※性的描写を含む話には「※」がついています。 ※投稿日時が前後する場合もあります。 ※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。 ■追記 R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます) 誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

短編集

田原摩耶
BL
地雷ない人向け

処理中です...