鬼人婚～ある日突然七人の鬼の花嫁候補になりました～

2.花嫁候補

「あら、剛毅くんおかえりなさい」

　剛毅と呼ばれた男が玄関を開けると綺麗な女性が出迎えた。

「ただいま。金恵かなえさんどこか出かけるの？」
「そうなの！久しぶりに夏樹とライブに行くんだぁ！」
「ふーん」

　自分から聞いといて剛毅は興味無さそうに靴を脱ぎながら相槌を返した。

「剛毅くんてば相変わらず反応薄いなぁ。自分から聞いたくせにぃ…て、あら？あらあらあら？」

　金恵は唇を尖らせて不満を漏らすと剛毅の後ろにいた桃に気付き目を丸くした。
　桃は慌てて頭を下げた。

「あ、あの。お邪魔します」
「ちょ、え？剛毅くんいつの間にこんなに可愛い彼女作ったの！？でも、駄目じゃない本邸にまで連れてきちゃ」
「いや、あの彼女じゃないです」
「けど、そっか～。剛毅くんもやっぱ男の子だったんだねぇ。お姉さん安心したよ」

　桃の否定は勝手に話を進め納得する金恵にかき消された。
　感激して一人盛り上がる金恵を鋭い目つきで剛毅が睨みつける。

「冗談じゃん。そんな怖い顔しないでよ～」

　言いつつも、顔は笑っていて全然怖がっているようには見えない。

「ついに来たんだね。花嫁候補」
「花嫁候補？」
「込み合った話は後にして取り敢えず貴女も上がって。ほら、早く早く」
「あ、はい」

　聞き慣れない単語に問い返すが、聞き流され金恵の促しに応じ邸に上がり案内されるまま長い廊下を歩いた。

「貴女名前は？」

　剛毅は桃と金恵を気にする様子もなく一人で廊下を進んでいく。金恵は桃の隣に並び興味津々といった様子で桃に問いかけた。

「流川桃です」
「桃ちゃんか！私、鬼島金恵。旧姓は、坂田金恵でーす。カナちゃんとか金恵ねーさんって呼んでね！」
「あ、えっと。じゃあ、金恵さんで」
「えー、ふつー。つまんない～」

　金恵は頬を膨らませ不満げだ。その後も、ずっと質問責めされたり、自語りが始まった。桃は金恵のペースについていけず戸惑うばかりだった。

「あ、そうだ。みんな呼ばないとだった」

　金恵は思い出したように言うと二回手を叩いた。
　すると、何処から現れたのか曲がり廊下に中郎が立っていた。

「ついに来たわ。みんなに広間に集まるように連絡して頂戴。それから、晴稀さんと法子姉さんにも報告忘れないで。あと、荷物も運んであげてね」

　そう告げると中老は桃の荷物を預かり頭を下げ闇に溶けるように姿を消した。桃は驚いて目を見開くが金恵と前を歩く剛毅は気にした様子もなく進んでいく。

「さあ、着いたわよ」

　長すぎる廊下を進みやっと辿り着いたのは広間だった。そこには、複数の男性と二人の女性がいた。
　掛け軸のある床の間を背に上座に座る和服姿の男女と、並べられた座布団に座っている者もいれば立って壁に背をもたれている者もいる。
　タイプは違えど全員整った顔立ちをしており、芸能事務所にでも来たのかと錯覚しそうだ。

「連れて来たよ～今回の花嫁候補ちゃん」

　金恵は桃の背中に手を回して軽く前に押した。

「へぇ、この子が。結構可愛いじゃん」
「そう？まあまあじゃない？僕の方が可愛いでしょ」
「……」
「何言ってんのよ。私が一番可愛いに決まってるでしょ」
「どーでもいい。それより早く寝たいんだけど」
「めんどくせぇ。お前らで勝手にやってろよ」
「俺が選ばれるのは確定だが、俺にも選ぶ権利があるからな。この俺に相応しい女かどうか見定めてやる」

　剛毅は入口付近の壁に寄りかかって座ると静かに目を閉じた。
　中にいた桃と歳が近いと思われる五人の男たちと一人の女が口々に言った。

「みんな静かになさい」

　着物姿の女性が笑顔で注意すると、男たちは口を閉ざした。

「ようこそ。私は現当主の鬼島晴稀はるきと申します。こちらは…」
「はじめまして。妻の鬼島法子のりこと申します。旧姓は一寸法子です」

　上座に座る男性が自己紹介をすると、隣に座る笑顔の女性が続けて挨拶をした。

「はじめまして。流川桃といいます。あの、花嫁候補ってどういうことですか？」

　ここに来て直ぐに金恵が口にした言葉が聞き間違えではなかったと知って困惑した様子で尋ねた。

「君にはそこにいる七人の花嫁候補となって一緒に暮らしてもらいます」
「は？え？ちょ、ちょっと待ってください。突然そんなこと言われても困ります」
「あははは、そうだよね。私もそうだったなぁ」

　理解が追いつかない。金恵は笑い声をあげるが説明をしてくれる様子がない。

「言葉の通りです。貴女は鬼島家の花嫁候補に選ばれた。七人の中から一人婿を選んで頂きます」
「選ばれたって…私何も聞いてません！人違いじゃないですか？私はただ、お婆さんから頂いたメモの場所に来ただけで花嫁候補ではありません」
「そのお婆さんからこの場所を紹介する条件として何か言われませんでしたか？」

　晴稀は柔らかい口調で問いかけた。
　昨日お婆さんと出会ったときの会話を思い返す。衣食住を与えてくれると言った後、確か何か言っていた。

『但し条件がある。それでも良ければこの場所にいきなされ』

　確かにお婆さんは言った。「条件がある」と。
　しかし、その条件がなんなのか聞く前に姿を消したため聞けなかった。

「条件があるとは言っていましたが…もしかしてその条件って……」
「花嫁候補になること、ですね」
「そ、そんな。いきなりそんなこと言われても無理です。それに、お互い見ず知らずで初対面なのに花嫁候補とか婿とか勝手に決められるのって皆さんも嫌じゃないですか？」

　桃は部屋の中にいる男たちに同調を求めた。
　だが、男たちは誰一人桃の言葉に賛同しなかった。

「花嫁候補が婿を選ぶ。これは代々鬼島家で受け継がれてきたしきたりです。七人も幼い頃から知っていることなので初対面だとか問題ありません。それにこれから互いのことを知っていけばいい」
「で、でも……」
「花嫁候補は誰でもいいというわけではないのです。貴女は鬼島家の花嫁候補としての素質があるとして選ばれた」
「どういう…ことですか」
「君はこの家に辿り着いた。その事実だけで花嫁候補としての素質が十分あるのです」

　優しく晴稀が言った。それでも桃は理解が出来なかった。話が進む程状況理解に苦しむ。

「あんたが門の前にいた時どうやって来たか尋ねただろ。この山一帯に結界が張ってある。だから一般人がこの本邸に辿り着くことは不可能なんだよ」

　剛毅が静かに目を開けて、補足した。

「僕たちは花嫁候補のしきたりに反対はないよ。ね、六月むつき」
「そうだね、凪葵なき。それに花嫁候補なだけあって美味しそうだし」

　一卵性双生児だろうか。見分けがつかないほどに同じ顔をした凪葵と六月が言った。

「まあ、私も別に問題ないわ。あ、私は志紀しき。よろしくね」

　女の子と思っていた志紀は男だった。志紀は女装が趣味でどこからどうみても女にしか見えない。男が見たら全員一目惚れするのでは無いかと思うような笑顔でひらひら手を振った。

「お腹空いたし眠いんだけど。仁輝にき、部屋運んで」
「なんで俺なんだよ。充輝みつきお前、一日のほとんど寝てんじゃねぇか」
「あんた、桃とか言ったか？勘違いするなよ、選ぶのはあんたじゃない。選ぶ立場にあるのはいつだってこの俺、一輝いつき様だ」

　充輝は横になり四肢を丸めて座布団の上で猫のように丸くなった。オールバックの髪型にいかにも男に惚れられるようなお兄さんタイプの雰囲気を放つ仁輝。バックにはキラキラが飛んでいるのでは無いかと目の錯覚をするほどに甘いマスクをしている一輝だが、黙っていればイケメンを地で行く残念系だ。

「彼等もこう言っていますし、問題ないでしょう」
「いやいやいや、問題あります！私はまだ受け入れてませんし他の条件にしてください！まだ召使いとかの方がいいです。掃除洗濯なんでもやりますので」
「困りましたね。召使いは間に合っているで必要ないですし、君が花嫁候補である以上もう逃がすわけにもいきません。それに、此処を出たとして貴女に行く場所があるのですか？」

　口調は何処までも柔らかいが、桃の全てを見透かすような鋭い目が晴稀から向けられる。
　彼の言うとおり鬼島家を追い出されたら桃に行く場所などない。また、ホームレスに逆戻りだ。

「それに、直ぐに答えを出せと言っているのではありません。一緒に暮らして互いの事を知り合って恋すればいいのです」

　晴稀の発言で桃の顔が一瞬にして赤くなる。その様子を見た一同は言葉を失い沈黙が流れた。いち早く反応したのは法子と金恵だった。

「まあまあまあ、なんと愛らしい」
「もしかして、桃ちゃんってまだ恋愛したことないの？恋って言葉で顔赤くするなんて初心だねぇ。可愛い～」

　法子は着物の裾を口元に運びにこにこと微笑んでいる。隣にいた金恵は桃に抱き着いてよしよしと子供を宥めるように頭を撫でた。