奴隷落ち予定の令嬢は公爵家に飼われました

茗裡

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第一章

24 波乱を呼ぶ合同授業

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準備は整い、大講堂に普通科の生徒達が次々と姿を現す。


生徒達は席に着くと最後にパトリス殿下一行が姿を現した。


殿下の周囲を囲うのは見目麗しい御仁達。



その中に紅一点


一ヶ月前までは私が居た場所にアメリーの姿があった。


私という悪役が断罪された事でアメリーは少なからず周囲からの支持を得られているのか、殿下達と共に居ても拍手で迎えられている。


側近含め六人が此方へと歩いてくる。


席順は既に決まっている。


一番中央にパトリス殿下。


その前の席は婚約者が座るものだが、パトリス殿下の婚約者の席は空席のままだ。


その為、次席には宰相の息子で殿下の一番の側近であるディオン様が座るはずなのだが、報告で上げられた席順は次席がアメリーとなっていた。


公式の席ではないとはいえ、貴族の令息令嬢が集まっているのだ。


この事は脚色が付いて彼等の両親達に報告が行くことだろう。


陛下や王太子の苦労する姿が見えるが既に私には関係の無いこと。


殿下の隣の席の椅子を引いて私は主人が着席するのを待った。


「ルナリア様御機嫌よう。今日は宜しく御願いしますね」
「……アメリー様。此方こそ宜しく御願い致します。本日は精一杯務めさせて頂きます」


アメリーは私の姿を認めるなり笑顔で挨拶をしてくる。


接待される側が従事する側に軽々しく声を掛けるなど品位の欠片もないことだが、彼女にとっては平民に落ちたかつての悪役にも優しくする自分を演じているのだろう。

大体、優しさをアピールするのであれば私では無く、今日一日彼女を担当する後ろの女生徒に自然に挨拶をして宜しくするのが一番効率的だというのに。


それに、アメリーを担当する生徒は伯爵家のご令嬢だ。


アメリーより家格が上であり、実力も殿下のテーブル班に選ばれる程の折り紙付きだ。


現時点で、育成科の中で彼女に適う女生徒はいない。


その彼女を気遣う事が出来れば、彼女を取り込めたかもしれないのに……


顔には出していないが伯爵令嬢である彼女は今、いい気分では無い事は確かだろう。


一日とはいえ、自分が担当する主人が平民の私にしか挨拶をしなかったのだから。


「あまり無理はするなよ」


私の傍まで来ていたディオン様が小声で告げる。


私の右手の心配をしているのだろう。


だが、ワゴンやティーカートの使用が許可されている為それ程負担になる事はない。


「ありがとうございます」


小さく御礼を言って椅子を引く。



ディオン様が席に着こうとしたその時だった、



「ディオン、貴様はエリクの席だ」



殿下の一言に周囲がザワつく。


育成科の生徒も教師達も驚愕に目を見開いた。


身内は事前に知っていたのか、殿下の側近達はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。

既に殿下側近の一人、エリク様が殿下側の席に来ているということはそういう事なのだろう。


エリク・アギヨン。彼がいた席は末席。


つまり、ディオン様の殿下からの信頼が落ちた事を意味する。


ディオン様が座るはずだった席には騎士団三番隊長の息子で殿下の近衛であるジェルマン・クヴルールがディオン様の隣に立っていた。


「……承知致しました」
「ふっ…ざまあねぇな」


ディオン様にとって最大の屈辱だ。


しかし、彼は気にも止めず了承するとエリク様の席へと向かう。


ジェルマン様とのすれ違いざまに彼がディオン様に囁いた声は近くに居た私にも聞こえてきた。


こんなにも仕える主人を馬鹿にされて黙っていられる従者が何処にいるだろうか。


物申そうかとする私をディオン様が止める。


「折角用意してたのに悪いな。行くぞ、ルナリア」
「はい……」


喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。


悔しい。


ディオン様が全生徒の前でこんな仕打ちを受け馬鹿にされているというのに、私には何も出来ない。



何も出来ないどころか守られてばかりではないか。


権力社会でこれ程力が無いことを後悔した事はない。


侯爵の力があれば、ディオン様の力添えくらいにはなれたというのに…


何一つ言い返すことすらも出来ないなんて…


私は拳を握り締めた。


「えーっ!ディオン様、私の隣に座るんですか?私とっても嬉しいですぅ」


状況を理解していない者が一人。


アメリーは隣に座るディオン様にずっと話し掛けていたが、彼は始終答えることはなかった。


それどころか、アメリーは無視されているにも関わらず一品食べ終わるごとにディオン様にばかり話し掛ける所為で、パトリス殿下や側近達の不興を更に買う形となっていた。


食事は緊迫した空気の中進んだ。


私の方もコームさんやクロードさんのフォローを受けつつも問題無く、合同授業は終盤に差し掛かる。


「はあ、やっと終盤か」
「授業が始まったばかりの時はどうなるかと思ったよ」


裏の作業場でコームさんとクロードさんが食後のデザートとお茶の準備をしながら言葉を交わす。


「確かにあれは驚いたよね。殿下も考えなしだな~」


そう言ってコームさんは何やら楽しそうに笑う。


「お前、言ってる事と表情が伴ってないぞ」
「おっと、いけない。僕用意出来たから先に行くね」
「ああ、俺もすぐ行く。ルナリア嬢、準備は出来たか?」


茫然と二人の会話を聞いていたらクロードさんが顔を覗き込む。


「はい。大丈夫です」


慌てて返事をして最後の給仕に出る。


最後の品であるカッサータを置いて紅茶を注ぐ。


その時、アメリーと目が合った。


彼女は私が給仕する間ずっと粗探しでもするように私の行動を見ていた。


その他にも、料理をサーブする時に私が近くを通るとナイフを落としたり飲み物を零してしまったり。


本人はドジったように見せかけていたが、彼女には羞恥というものは無いのだろうか。


私に事後処理を頼もうとしてきていたが、彼女に着いている女生徒は育成科の侍女で優秀な生徒だ。



即座に対応する為、アメリーが私に声を掛ける前に後ろに控えた女生徒が既に処理を行っていた。


これが最後の給仕ということもあり、彼女は今まで以上に粗を探す。


「アメリー嬢、私の侍女に何か用でも?」
「い、いえ。何でもありません」


ディオン様の指摘にアメリーは慌てて目を逸らす。


その後物凄い形相でアメリーに睨まれた。


解せぬ。


「ふんっ、ディオンはアメリーが何を思っているのかも察せぬのか」
「アメリーはそこの女に虐められていた過去がありますからね」
「また、何かされないか怖がっていることも察せないとは」
「本当は顔を合わせるのも辛いのだろうに、アメリーはなんて健気なんだ」


すかさず、殿下や取り巻き達のフォローが入る。


凝視されていたのは私なのに顔を合わせるのも辛いって矛盾している。


怖がられるどころか敵意丸出しでつい先程睨み付けられたばかりだ。


「みんな、そんな言い方しちゃ駄目ですよ。ディオン様は本当は分かっているけど優しいからルナリア様を侍女に付けられてしまった手前外す事が出来なかったんですよ。私、過去のことは気にしてませんから大丈夫です!」
「アメリーはなんて優しいんだ」
「だけど、アメリー震えているじゃないか」
「アメリー程寛大な心を持った女性はいないですよ」
「アメリーは優し過ぎる。俺は心配だ」



なんだこの茶番は。



私達は今何を見せられているのだろうか。


ディオン様とは反対側に座った一人はアメリーの肩に手を置いて慰める。


というか、アメリーの発言の何処に優しさがあったのか疑問だ。


ディオン様は私の事を嫌っているけど無理矢理侍女として付けられた。


彼女の言葉を直訳するとこういうことよね?


「私の侍女を悪く言うのは辞めて頂けますか。彼女を選んだのは私自身です」
「わ、悪くなんてそんな」
「貴女の言い分だとそう聞こえたものでしたので。一つ訂正させて頂きますとルナリアは侍女として付けられたのではなく、私がルナリアを侍女にしたのです。そこを履き違えないで頂きたい」


ディオン様が底冷えするような目をアメリーに向ける。


傍から見ている私達でも肝が冷えるのだ、直接その視線を向けられているアメリーはもっと怖いだろう。


現に、彼女は顔面蒼白となっていた。


「ディオン!貴様まさかっ」
「殿下、私がルナリアをどうしようと彼女と婚約を解消した貴方には既に関係の無いこと。それに、此処は衆目があります。何か言いたいことがありましたら授業後にお聞き致します」


この騒ぎに周囲の生徒達は何事かと殿下達に注目していた。


ディオン様の言葉にパトリス殿下は口を閉ざした。


しかし、ディオン様を見る表情は怒りに満ちた瞳で睨み付けていた。
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