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第一章
17 落とされる
しおりを挟む私はあらゆる妨害を予測して周囲を警戒した。
足を引っ掛けようとして来たり、私が用意していた予備のカトラリーが無くなっていたり。
あまり表立って妨害は出来ない為、簡単に予測出来たし回避する事が出来た。
「疲れた…」
「お疲れ、ルナリア。」
授業も終わり昼休み。
昼食を終えた私達は、他の生徒達より一足先に講堂へと向かう。
「午後の授業が憂鬱だわ」
「午後は侍女侍従の実技ね。ドレスに細工がされる可能性があるから早目に行って確認しとかないと」
「ごめんね。エメまで巻き込んじゃって」
「何言ってるの、友達なんだから助けるのは当然でしょ?それに、私努力せずに人の足を引っ張って蹴落とそうとする考えって、人として許せないんだもんっ」
自分の事のように憤ってくれるエメの優しさが嬉しい。
エメの言う通り、私に構うよりも侍女としての技を磨けば、より良い家柄の令嬢令息の目に止まるだろうに。
育成科に通っていた男爵家の令嬢が公爵家の令嬢に気に入られて専属の侍女になったという話もある。
私に構う方が時間の無駄だ。
そう思うのも私は既に公爵家に仕える身であるから、ただの驕りなのかもしれないが。
「ごめん、エメ。忘れ物しちゃったから先に行っててくれる?」
「一緒に行こうか?」
「ううん。大丈夫。すぐ戻るわ」
「分かった。じゃあ、先に行って授業で使うものに細工されてないか確認してるね」
「ありがとう」
途中でエメと別れて教室へと向かう。
授業前の確認も必要だけど、それよりも鞄に入れっぱなしにしているものをどうにかしなくてはならない。
まだ昼休みという事もあり教室にはあまり人がいなかった。
私は生ゴミが入った袋を取り出す。
この御時世でご丁寧に袋に入れられているとはいえ、生ゴミなんかを寮に持って帰れるはずもなくゴミを持ったままディオン様の迎えに行く訳にもいかない。
私は出来るだけ両手で袋を隠しながら焼却炉へと向かう。
階段を降りていると前から二人組の女生徒が上ってきた。
「嫌な人に会ってしまったわ」
「本当。最悪ね」
談笑していた二人は私を見るなりヒソヒソと言う。
私は俯いて足早に二人の横を通り過ぎようとした。
「ほんと、目障りなのよ」
ドンッ
「え?」
身体が宙に浮く。
階段の段数はまだ八段ほど残っていたのにいつの間にか階段は消えて地面が近くなる。
「きゃぁぁっっ」
私の身体は未だ段数を残したまま階段から投げ出された。
そこまで高くない段差だったのが幸いして私は階段から落ちても打ち身だけで済んだ。
周囲には他にも数人生徒達がいた。
だが、私を助けようとしてくれる者はいない。
それどころか、クスクスという笑い事が私の耳に届いた。
ドクドクと早鐘を打つ心臓は確実に私に恐怖心を植え付けた。
「っっ。」
私は恐怖で震える脚を叱咤して無理矢理立ち上がる。
立ち上がる時に右手に痛みが走ったが袋を抱えて玄関へと急いだ。
「大丈夫。このくらいで負けちゃ駄目。このくらい何ともないわ」
校舎裏の焼却炉に急いだ私は奥の方に生ゴミを入れた。
ディオン様に知られる前に漸く処理出来た。
そう一息ついた時、膝から崩れ落ちた。
「こわ…かった」
階段から落ちた時に打った両膝と手を着いた時に捻ったのか右手に鈍痛が響く。
あの段数で死ぬことはないけど、死ぬかと思った。
だけど、
突き落とされたことより何より
階段から落ちても誰も助けてくれない。
それどころか、いい気味だと嘲笑われるこの環境に恐怖した。
「ふっ…うっ…。私が何したっていうのよ…っっ」
恐怖と悔しさに涙が止まらなかった。
暫く、焼却炉の前で座り込んで泣いた。
漸く落ち着いた私は涙を拭って立ち上がる。
「エメが心配しちゃうから早く行かないと」
制服についた土を払って講堂へ急ぐ。
「ルナリアこっちこっち」
「お待たせ」
「なかなか来ないから何かあったのかと思ったよ」
「ごめんね。針の先が欠けているの忘れててなかなか予備の針が見つからなくって」
「そうだったんだ。糸と針は必需品だもんね」
講堂に入り直ぐにエメの元へと向かった。
「ドレスの確認は済ませたから安心して。私が一番乗りだったから何もされてないしさせてないよ」
「ありがとう、エメ。本当にエメが居てくれて良かった…」
「ルナリア?」
「あ、ほら。そろそろ集合でしょ。行こ」
エメがいなければ多分耐えられなかった。
エメが居てくれて本当に良かった。
午後の授業は男女分かれて行われた。
私達はペアを組んで、ドレスを着せたり化粧を施し、ドレスに合う靴を選んだりと侍女としての本格的な実習内容だった。
「いたっ」
「どうかした?」
「う、ううん。大丈夫」
私はエメとペアを組んで、エメを女主人として衣装の補佐をする。
髪を結っている時に右手首の鈍痛が響き眉宇を寄せた。
振り返ったエメに笑顔で返して誤魔化す。
「本日の授業はこれまで」
今日一日の授業が何とか終わった。
「ルナリア何か顔青くない?」
「え?そ、そう?そんな事ないと思うけど」
初めの頃より右手首の鈍痛は鋭痛に変わりツキンツキンと絶え間なく痛みが続いていた。
「そっちも終わったのか」
「ブリス。ええ。そっちももう終わり?」
「ああ。やっと終わったって感じだな」
「何時ものことだけど、やっぱ審査されるのは緊張するよね」
私達が出た講堂とは別の部屋からブリスさんとクロードさん、コームさんの三人が出て来た。
ブリスさんとエメは今日の内容を話し合っていた。
それを遠くに聴きながら左手で右手を強く握り手首の痛みを誤魔化す。
「ルナリア嬢」
「クロードさん…如何なさいましたか?」
「ちょっと右手を見せてもらえるか?」
「何故…でしょうか?」
クロードさんに呼び止められ足を止める。
彼の言葉にビクリと身体が揺れた。
顔に出さないようにしていのだがバレたのだろうか。
クロードさんを見遣ると彼は真っ直ぐに私を見つめていた。
「ルナリア?クロード?どうしたの?」
私とクロードさんが足を止めたことに気付いたエメが振り返る。
「ううん。何でもないよ。クロードさんも早く行きましょう」
「ルナリア嬢!」
「いっ…」
「ちょっと、クロード何して…って、何それ」
クロードさんは私の肘を掴んで引き止めると私の袖を上に上げる。
驚いたエメが注意しようとするも私の手を見て目を見開いた。
「ルナリア…これっていつから?」
「見た目ほど大したことないから大丈夫」
「ルナリア!隠さず話して」
私の手首は青黒く腫れ上がっていた。
直ぐに袖を下ろして隠すが遅く、エメが問い詰める。
「えーっと、昼休みに。ヘマしちゃって…。階段降りてる時に足がもつれて落ちちゃったの。その時に着地に失敗しちゃって」
えへへ、と後頭部をかく。
エメなら本当のことを言っても信じてくれる。
そう思ってる。
だけど、言えなかった。
迷惑をかけたくない。
その気持ちが勝ってしまったのだ。
エメは黙り込む。
「え、エメ?」
「本当に足がもつれて落ちただけ?落とされたじゃなくて?」
「ち、違うよ。私が鈍臭かっただけだから」
「そう……」
再びエメは黙り込んでしまった。
私は間違えてしまったのだろうか。
エメを巻き込みたくない。
そう思って嘘をついた。
「取り敢えず、医務室で治療が先だな。ルナリア嬢を連れて行くからブリス達は先に戻っててくれ」
「ああ」
「え?いえ。わたくし一人で行けますので大丈夫ですわ」
「断るなら仕方ない。お姫様抱っこでお運びするのもルナリア嬢ならばやぶさかではないが?」
クロードさんの言葉に一緒に医務室まで着いて来てもらうことにした。
勿論、歩いて。
「HRは私の方から先生に言っておくから。」
エメはそれだけ言ってブリスさん達と教室へと戻った。
何だかエメ少し怒っているような気がした。
医務室に着いた今もずっと、エメの様子が頭から離れなかった。
もしかして、嫌われてしまったのだろうか。
そう考え出すと、思考はどんどん悪い方向へと転がる。
「何故エメ嬢に嘘をついたんだ」
医務室からの帰り道。
クロードさんの言葉に驚いて顔を上げた。
「そんなに思い詰めた顔をするなら嘘をつかなければ良かったんじゃないか」
「な…ぜ…」
「あんなあからさまにエメ嬢から目を逸らせば誰だってルナリア嬢が嘘をついてることくらい分かるよ。俺達は育成科の生徒だしな」
そうだった。
育成科の生徒は主人の些細な変化にも気付けなければならない。
その為、洞察力に優れているのは当たり前だ。
「わたくし…エメに酷いことをしてしまいましたわ」
私を信じると言ってくれたエメを私は裏切った。
なんて酷い女だ。
「まだ今なら間に合うんじゃないか」
「そう、ですわね。クロードさん…ありがとうございました」
私はクロードさんに深く頭を下げてエメの元へと急いだ。
教室に着く頃にはちょうどHRが終わり皆が教室から出て来ているところだった。
「エメ!」
「ルナリア。大丈夫だった?」
第一に私の心配をしてくれるなんて本当にエメは優しい。
「ごめん、エメ。私、エメに嘘ついた。本当に、本当にごめんなさいっ」
私は生徒達が全員帰ってから本当の事を話すことにした。
その際、何となく状況を察していたエメは協力してくれる人は多い方がいいからとブリスさん達も加えて、今日の事を包み隠さずに話した。
それにあたり、今までの事も話すことにした。
エメには知って欲しいと思ったから。
初対面の私に信じると言ってくれたエメを私も信じようと思ったから。
エメならば、普通科で起こった事も全部真摯に受け止めてくれると思ったから。
「そっか。辛かったね。…よく、頑張ったね。ルナリア」
話が終わるまで黙って話を聞いていたエメはそう言って私を抱き締めた。
「私はルナリアを信じるよ。」
「あ、あぁぁ。エメ、えめえぇぇ」
ありがとう。
そう言いたかったのに、出てくるのは泣き声だった。
声を上げて泣いたのは初めてかもしれない。
諦めていた。
弁明することも信じてもらうことも。
だけど、エメは私の言葉をきちんと聞いてくれた。
エメは泣き止むまで胸を貸してくれた。
「ごめ…ね。引き止め…ちゃって…」
しゃくり上げながら謝罪する。
「大丈夫。リシャール様にはブリスが伝えに言ってくれているから」
そういえば、いつの間にブリスさんがいなくなっている。
「ほら。涙拭いて。ルナリアも今日はディオン様を迎えに行かなくちゃいけないんでしょ?そんな不細工な顔で迎えに行ったら怒られちゃうよ」
「エメ…ひどい…」
「あははっ」
「ふふっ」
エメの発言にジト目で睨むと彼女は声を上げて快活に笑った。それに釣られ、私も笑う。
「うん。ルナリアにはやっぱり笑顔が似合う。可愛い可愛い」
私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ちょっ、エメ。髪が乱れるよ!」
「あはは、ごめんごめん。」
「もう~っ、」
クロードさんとコームさんが濡らしたハンカチを持って来てくれて、目の赤みを冷やし落ち着いた頃に皆で普通科に行く事となった。
リシャール様にエメを借りたことを謝罪とお礼に行きたいと言う私のお願いを聞いてくれて、リシャール様とブリスさんの元に行くこととなった。
リシャール様は快く私の謝礼を受け入れてくれた。
エメ達とはそこで別れることにした。
心配したエメやリシャール様が生徒会室まで着いて来てくれると言ってくれたが、流石にそこまでは迷惑をかけられないと断った。
代わりに、
「じゃあ、俺がルナリア嬢を送って行きますよ」
というクロードさんに生徒会室まで着いて来てもらうことになってしまった。
「あの…クロードさん。わたくし一人でも…」
「リシャール様にも頼まれたからね。無責任に頼まれ事を放り出せなんて言わないよね?」
「うっ…」
それ以上何も言えなくて大人しく生徒会室まで送ってもらうことにした。
「今朝の事と言い、本当にありがとうございました。クロードさんのおかげでエメとも仲直り出来ました」
並んで歩きながら、クロードさんにお礼を言う。
彼に背中を押して貰わなければ、エメとすれ違ったままになっていたかもしれない。
「俺は何もしていない。話すことを決めたのはルナリア嬢の勇気だ」
「その勇気を出させて下さったのがクロードさんなのです。わたくし一人ではずっとうだうだとしたままでしたわ。クロードさんがいて下さったお陰です」
本当に。
私は周りの人に恵まれている。
こんなにも、優しい人たちがいる。
周囲の目はまだ厳しいし怖いけどきっと大丈夫。
私を信じてくれる人が少しでも居てくれるだけで頑張れるから。
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